第10話

「ここは茶屋でございます。

 普通のお茶の他にも、花茶、麦酒と葡萄酒と米酒も売っております。

 菓子は菓子パン、それに団子と花餅を売っております」


「エル。

 わたくし喉が渇きました。

 休んでいきましょう」


 クリスさんは茶屋に興味を持ったようで、わしの手を引いて入ろうとする。

 骨組みと屋根が材木でできていて、壁代わりによしずで囲った簡単な造りだ。

 道に出て客引きをしていた他の茶屋娘も、こちらを見て笑っている。

 クリスさんと一緒にお茶を飲みたいのはやまやまだが、無銭飲食をするわけにはいかん。


「いや、それが恥ずかしながら、屋敷に財布を置いて来てしまった。

 申し訳ないのだが、入る事ができん」


「大丈夫でございます。

 わたくし買い物をしようと、金貨を一枚持って参りました」


 クリスさんがうれしそうに笑う。

 本当に世間知らずの公女様なのだな。

 まあ、わしも世慣れた剣術指南役が色々教えてくれていなければ、何も知らずにもっと恥をかいていただろう。


「いや、金貨が使えるのはもっと高い物を買う時なのだ。

 確かこのような店で買い物をする時は、銅貨を用意せねばならぬはずだ」


「まぁ、そうなのでございますか?

 わたくし乳母から金貨しかもらってきませんでした。

 疲れて休みたいですのに、困ります」


「まぁ、まぁ、まぁ。

 そのような心配は無用でございます。

 茶屋の代金などたかが知れております。

 またついでのおりに届けていただければ大丈夫でございます」


 茶屋娘が親切でよかった。

 疲れたと言うクリスさんに、無理に歩いてもらう訳にはいかぬと思ったいたのだ。


「さようか。

 あいすまぬ。

 明日には必ず屋敷の者に届けさせる」


「ありがとうぞんじます」


 公女様でもちゃんと躾けられたのだろう。

 いや、元々の御気性がよいのだな。

 茶屋娘にちゃんと御礼が言えるのだから。


「御親切にありがとうございます。

 エル様、代金の方は御心配してくださりますな。

 明日私が届けさせていただきます」


「いや、いや。

 騎士たる者、婦女子に代金を支払わせることはできん。

 わしが払わせてもらう」


「まあ、まあ、まあ。

 御嬢様が御疲れでございますよ。

 そのような事は中でお休みになりながらお話しください」


 茶屋娘も言う事がもっともだ。

 疲れたクリスさんに休んでもらう方が先だ。

 わしとアンさんは顔を見合わせて、顔を赤くしてしまった。

 だがクリスさんはそのような事は気にしていないようだ。

 わしの手を引いてさっさと中に入っていく。


 中は土間になっていて、椅子と食卓が兼用になっている床几が四つ並べられ、川沿いの奥にちゃんとした四人用の食卓と背もたれ付きの椅子が並んでいて、川を見ながらお茶ができるようになっていた。

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