第7話

 一人がいきなり右手で殴りかかって来た。

 口にしていた通り、わしを男娼に売り飛ばすつもりだろう。

 剣を使わないのは、殺すと金にならないからだと思う。

 剣術指南役が教えてくれた話はそうだった。

 女衒のような人攫いをする者は、人間が商品なのだそうだ。

 殺してしまったら元も子もないし、傷をつけても商品価値が減るのだと、剣術指南役が言っていた。


 できるだけ傷つけないように、一撃でわしを倒すつもりだったのだろう。

 だがわしも非常時には伯爵軍を率いるかもしれない公子だ。

 剣術指南役に徹底的に鍛えられている。

 大抵の相手に後れを取ることはない。

 御家騒動になるのも嫌なので、家臣達には見せていないが、有り余る膨大な魔力と怪力もある。


 わしはスッと一歩踏み込み、ゴロツキが殴りかかって来た右手首の急所陽谿を左手で取り、ゴロツキの殴ってきた勢いを利用して投げ飛ばしてやった。


「ギャ!」


 死なないように頭から落ちないようにしてやった。

 だが激しく背中から踏み固められた地道に叩きつけられたので、苦痛の悲鳴を上げて気絶してしまった。

 わしの手際に一瞬怯んだのだろう。

 残る二人が真っ青になっている。


 だが逃げればメンツが潰れると思ったのだろう。

 一人がついに剣を抜いて襲い掛かって来た。

 わしは結構度胸があるようだ。

 剣術指南役との実戦形式の訓練がよかったのかもしれないが、初めて明確な殺意を持った相手が斬りかかって来たのに、冷静に状況判断ができている。

 いや、初めての殺気ではないな。

 剣術指南役が実戦形式訓練で放ってきた殺気があった。

 あの時の殺気に比べたら、ゴロツキの殺気はそよ風同然だ。


 斬りかかって来たゴロツキの剣を避けるのは簡単だが、それではクリスさんの視線に醜いゴロツキが入ってしまう。

 剣を持ってゴロツキ襲い掛かって来るのを見てしまったら、度胸のあるクリスさんといえども恐怖を感じてしまうかもしれない。

 そう思って剣を振りかぶったゴロツキの懐に入り、急所の鳩尾に右こぶしを叩き込んで気絶させてやった。


「ウグッウ」


「こなくそ!」


 妙な気合を叫んで最後の一人が襲い掛かって来た。

 少しは先の二人の事を見て考えて攻撃してきたのか?

 それとも馬鹿の一つ覚えの戦法なのか?

 先の二人よりはしっかりとした攻撃になっている。

 もしかしたら、この戦法で無辜の民を苦しめてきたのかもしれない。

 そう思うとムクムクと怒りが湧きあがってきた。

 それにクリスさんを怖がらす事のないように、避ける訳にはいかない。


 思うのと剣を抜くのが同時だった。

 ゴロツキが突いて来る下から剣を跳ね上げ、ゴロツキの剣を天空高く飛ばしてやった。

 その勢いに負けて仰け反るゴロツキの後頚部を剣の柄で叩き、気絶させてやった。

 落ちてくる剣が他人を傷つけないように、軽く飛んで受け止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る