第5話

「エルは一人で買い物をした事がりますか?」


「あります。

 わしは冒険者ですから、何でも一人で買い物しています」


 ああ、思わず見栄を張ってしまった。

 わしにこのような虚栄心があるとは、今日まで思ってもみなかった。


「ではわたくしに何か買ってみてください」


「任せてください」


 ああ、また口から勝手に言葉が出てしまった。

 お金もないのに買い物などできない。

 確か質屋と言うモノがあったはずだ。

 それに剣術指南役の話では、冒険者ギルドでは何でも買い取ってくれたはずだ。

 まあとにかくマインまで行くことだ。

 買い物はそれから考えればいい。


 マインに近づくと、もう太鼓や鉦や笛の音が聞こえてきた。

 芝居小屋などを盛り上げているのだろう。

 近づけば近づくほど人通りも多くなってきた。

 行き会う人と肩をぶつけそうになる。

 余りに人が多く、わしとクリスさんの間を通り抜けようとする者までいる。

 後ろから付いてきているアンが、不安で焦っている気配が感じられる。

 思わずはぐれないようにしたのだろうが、クリスさんがわしの手を握って来た。

 情けないが、心臓が跳ねるように激しく打ち出した。


 内心は焦っていたのだが、それをクリスさんに気付かれるのが嫌で、表情を取り繕っていたのが悪かったのかもしれな氏。

 わし家は元々武で成り上がった伯爵家で、それだけに体格がいい。

 身長は一九〇センチを超え、身体つきも剣術指南役に鍛えられて筋骨隆々だ。

 何よりクリスさんは天使と見紛うほどの美貌だ。

 その二人が人目も憚らずに堂々と手を繋いで、天下の往来を歩いたのだから、目立たないはずがないのだ。


 わし自身クリスさんと手を繋ぐ事ができて舞い上がっていたのだろう。

 あれほど盗賊ギルドには気をつけないといけないと思っていたのに……

 マインは繁華街で、盗賊ギルドの影響力が強い所だと聞いている。

 王都の町を盗賊ギルドが縄張りを主張するなど、国王陛下を恐れぬ大罪だ。

 絶対に許されない事だ。

 だが実際には、隠然たる勢力を持っていると聞いていた。

 実際その通りだった。


「おい、おい、おい。

 不義者が手を繋いで歩いてやがる。

 こいつはおもしろい。

 ひっ捕まえて屋敷に突き出してやろうぜ」


「いや、いや、いや。

 不義者は二つに重ねて斬り殺されても文句が言えないんだ。

 だったら俺達が自由にしても構わないはずだ。

 ひっ捕まえて売春宿に売り飛ばせばいい」


「そいつはいい。

 いいところの御嬢さんのようだし、何と言っても別嬪さんだ。

 こいつはいい金になるぜ!」


 三人組のゴロツキだ。

 家臣達から聞いていた通りの風体をしている。

 どうみても盗賊ギルドの下級構成員だ。

 不味い事になってしまった。

 わし一人ならどうとでもなるが、クリスさんとアンさんを怖がらせるわけにはいかない!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る