第4話

「エルは魔獣を見たことがあるのですか?」


「ええ、見た事はあります」


 これは嘘ではない。

 わしは貴族家の公子だ。

 父上や兄上に代わって、いつ家臣を率いて魔境や魔窟に討伐に行くか分からない。

 剣術指南役が、弟子を率いて魔境に入り捕獲してきた魔獣は、何度も見ている。

 そしてその特徴や弱点は厳しく覚えさせられた。

 それがこんな所で役に立つとは思わなかった。


「わたくし不思議に思います。

 なぜ頭が三つになったのでしょうか?

 魔境に住むモノは全て頭が三つになる訳ではないのでしょう?

 それに頭が獅子になり、尻尾が蛇になるとも言いましたね?

 その違いはなぜ起こるのでしょう?

 誰かが手を加えているのではありませんか?」


 この公女は単なる変わり者ではないのだ。

 不思議をそのまま鵜呑みにするのではなく、真相を確かめようとする。

 その好奇心は、公女を賢くするだろう。

 もし深窓の令嬢に生まれていなければ、賢者になれたかもしれない。

 これは耳学問のいい加減な事を言うと、馬脚を露すことになるかもしれない。

 こんな美しい人に軽蔑されるのは嫌だから、気を引き締めて真摯に話さないと。


「クリスさんは偉いのですね」


「何がですか?」


「クリスさんもいずれ嫁がれるのでしょう?」


「それは女ですから、いずれは父上様の勧める方に嫁ぎます」


「その時に町場の事も知っておかないと、困ることがある。

 そう考えて、町場に出てこられたのですね」


「それほどはっきりと意識して出てきた訳ではありません。

 ですが侍女の話を聞いていると、わたくしの知らない物が町場には沢山あります。

 それを一度見ておきたいと思ったのです」


 クリスさんは、もう侍女の振りを止めてしまった。

 わしを信用してくれたのだろう。

 ちょっとうれしいな。

 できる限りの手伝いをしてあげたい。


「どんな所が見てみたいのですか?」


「冒険者ギルドを見てみたいのです。

 八百屋さんも、魚屋さんも、肉屋さんも、穀物屋さんも見てみたいです。

 あ、布屋さんと刀剣屋さんも興味があります。

 八百屋さんと魚屋さんは、道々見てみましたが、アンが止めるので買い物ができませんでした。

 一度買い物もしてみたいのです」


「おもしろいですね。

 天使様が下界に降りて買い物をされるのですね。

 いいでしょう。

 魔獣小屋で見物してから買い物をしましょう」


 とは言ったものの、今日は思い立って直ぐに抜け出したから、買い物など頭になく、お金を持ってこなかった。

 まあ、今まで一度もお金を持った事がない。

 クリスさんには思わず見栄を張ってしまったが、当然買い物もしたことがない。

 世間のうわさ話や、剣術指南役の昔話は色々と聞かせてもらったから、やってできない事はないと思うが……

 馬脚を露す事のないように、気をつけようと思ったばかりなのに……

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