第3話

 これは少し面白くなってきた。

 この天使は間違いなくどこかの貴族家の公女だ。

 わしと同じように、自由に街を歩いてみたくなって、重臣達の眼をくらまして、お気に入りの侍女一人を供に、屋敷を抜け出してきたのだろう。


「クリスさん、わしは親切で勇気もあるから、マイン橋を案内しようか?」


「駄目でございます。 

 騎士殿はもう構ってくださいますな」


 アンはクリスさんより少し年上のようだ。

 それに供に選ばれるだけあって忠誠心もある。 

 わしを睨みつけてきっぱりと言い切るのが小気味よい。


「いや大丈夫だ、アンさん。

 何も心配しなくていい。

 もし叱られるような事になったら、わしが謝ってやろう。

 だから安心しなさい。

 さあ、行こうではないか」


 若い騎士と若い侍女二人が、何時までも橋の上で立ち話をしていると、悪目立ちしてしまう。

 もう既に幾人かの民が物珍しそうに立ち止まっている。

 盗賊ギルドの連中に眼をつけられるわけにはいかない。

 ひとまず先にマイル橋の方にゆっくりと歩こう。

 ついて来てくれればよし。

 ついてこなければ密かに護ってやればいい。

 当初の街を歩くと言う目的は果たせないかもしれないが、これも男に生まれた者の役目だろう。


「エルはマインを知っているのですか?」


 クリスさんが平気でわしと肩を並べて歩く。

 貴族公女としては、かなりはしたない行為だ。

 わし同様に、貴族家に生まれた人間にしては変わり者だな。

 ちょっとうれしくなってしまう。


「マインなら時々行くからよく知っていますよ」


 本当は行ったことがない。

 王城と屋敷の移動で通ったことがあるかもしれないが、大抵は馬車なのでよく分からない。

 だがクリスさんを不安にさせる訳にはいかないから、ちょっと嘘をついておこう。

 耳学問とは言え、冒険者として実戦経験を積み、世慣れた剣術指南役から色々学んでいるから、全くの嘘を言っている訳ではない。


「マインには色々な見世物があるのですよね?」


「ええ、色々ありますよ。

 一番人気があるのは芝居小屋ですね。

 ここは庶民だけではなく、貴族もやって来て観劇します。

 次に庶民に人気があるのは、軽業小屋と魔獣小屋ですね」


「魔獣小屋ですか?」


 クリスさんは魔獣に興味があるのかな?

 変わり者とは言え深窓の令嬢、貴族の公女だから、魔獣など見た事も聞いた事もないのだろう。


「ええ、魔境や魔窟で捕まえた魔獣を見せてくれる小屋です。

 頭が三つもある犬のような生き物や、獅子の頭と蛇の尻尾を持った山羊もいます。

 

「まあ!

 そのような生き物は見たことありません。

 ぜひ見たいです。

 案内しなさい、エル」

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