第3話 鳴り響く警報音、静かな町にて
クズ男こと桜井が言うには気づいたらここにいて、いつものドッキリなんだろうなと目隠しを外していつもの反応をしたけれど、いつもよりも静かで様子がおかしい事に気づいたらしい。
らしいと言うのも、聞く私のことなど御構い無しに自らの事を話し続けていたために、途中から聞いていなかった。これがマシンガントークというものか、と少し感心してしまった。
正直に、この男は嫌悪感の塊だ。告白した女性がドッキリの仕掛け人だと分かった瞬間に悪態をつき始めたのがこの男に関する新しい記憶だ。一番生で見たくない芸能人ナンバーワンではないだろうか。
「ねえ、聞いてる? 仕方ないから話すんだけどぉ」
最初はお構い無しに話す桜井の話を聞いていたが、同じことの繰り返しでうんざりしてしまった。何回も何回も同じことを話すNPCのようで、次第に相槌を打つのも面倒になっていた。
仕方ない、と言う言い方に少し苛立ってしまった。今日初めて会った人を無下にする事も出来ずに、言いかけた悪い言葉を飲み込んだ。
路地裏を抜け大通りに出た、が、何故か桜井まで付いてきてる。
「あの、何で付いてくるんですか」
「ひっどーい! 一応撮影中かもしれないんだよ? テレビ出れるよ?」
いや、出たくないし。と言うか、それどころじゃないし。
今までで大きなため息をついてしまった。そんな私の様子にもお構いなしに喋り続ける。この男の口はスピーカーか何かだろうか。
ん、スピーカー?
空を仰ぎ見る。確かこの辺は警報機が等間隔で置かれている地帯のはず。
「何探してんの?」
「大きなスピーカー」
横から桜井の声が聞こえ、軽く答えた。視線を電柱から電柱へと移しながら、町の人からは警報機と呼ばれている大きなスピーカーを探す。
「大きなスピーカーならそこの通りにあったはずだよ」
桜井が遠くを指差したと同時に走り出す。スピーカーさえあれば町中に警報を鳴らすことができる。そしてその警報を聞いて起きる人がいるはず!
「あっ、ちょっとお!」
桜井がドスドスと足音を立てながら追いかけてくるのを背後に、私は桜井が指した交差点へと向かっていた。
交差点に出ると左右を確認する。相変わらず車も人も通っていない、静まり返った街並みが続いていた。
真上で鳥の声がし、仰ぎ見ると電柱の上に大きなスピーカーがつけられていた。ということはこの辺りにスイッチがあるはず……。
乱れた呼吸を落ち着かせながら地面を見る。昔、徴兵で軍にいた頃の従兄弟から聞いたことがある。万が一のために、警報機や防災無線の下には緊急スイッチがあるのだと。
「あった」
「何が? もぉ、ゆっくり走ってよお」
電柱の足元に配電盤、と書かれたマンホールの蓋を見つけた。長い間放置されていたのか、土を被って一見するとそこにマンホールがあるのかさえ分からない。私より息切れしている桜井を尻目に蓋を開けようとしたが、やはり開かない。いつもなら全力で嫌う爪の中に土が入っていくこの感触を厭わず、蓋のわずかな隙間に指を入れようとしていた。が、いくら自分が力が強いと言われても、この蓋はびくともしない。
開けられないって、分かってる……でも見つけた希望にすがりつきたいもの。
「どいてよ」
声と同時に、桜井が肩を叩く。会った時の表情から想像できないほどの真剣な顔だった。
「開ければいいんでしょ? 少し離れてて」
素直に従うと、桜井がポケットからドライバーのようなものを取り出した。
「何でそんなの持ってんの?」
「いいから、いいから! 後ろに下がってなって!」
桜井はそのドライバーのようなものを蓋の僅かな隙間に刺し、思いっきり押した。バコッという大きな音ともに粉塵が上がり、視界が曇っていく。手で粉塵を払い、足元を見ると砂だらけの配電盤が姿を現した。
すごい、やっぱり桜井でも男なんだ。
「で、どうすんの? 何か放送でもするの?」
「……あ、緊急放送というボタンありますか?」
「ん、これだね」
桜井の声に我に返り、慌てて自分の目的を思い出す。桜井が躊躇なく赤いボタンを押した瞬間、けたたましい音が辺りに響き始めた。
何の音もしない町に、そのけたたましい警報音は反響していく。これだけの音がして起きない人はいないはず。それに、家庭にある警報器からも同じ音が鳴り響くはずだ。
「勝手に押しちゃったけど……」
「いいんです、もう二日も経ってますし」
少し遠慮するような声に、自信を持たせようとわざと大きな声で返した。
どうか、誰か起きて!
……暫くしても、誰かが出てくる気配もない。突然鳴り響いた警報に、警察も出動してこない。桜井はブツブツ文句を言っているようだが、警報にかき消されて何も聞こえなかった。
そうか、警察署に行っていなかった。
半ば諦めた状態で、何も言わずに歩き始める。耳をつんざくような音が、自分を急かしているようだ。
「ねえ、誰も来ないねえ」
無言で付いてきた桜井が警報に消されるような声で言う。私は小さく頷いた。もう、疲れが体を襲い、歩けるだけの体力しかない。
何で、誰も起きてこないの……?
警報に気づいた人は何事か、と外に出てくるはず。出てこないにしても、警察官や軍人は真っ先にやって来るはず。
絶望、という感情が歩みを遅くしていた。
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