第22話 姉妹大バトル!
「あんたなんか大嫌いよ!」
そこに繭の絶叫が聞こえてきて、いよいよ拙いと必死に文人は登る。取り敢えず、繭は本当に墓の前にいたようだ。
「だからって、何もかも捨てていいわけ?」
それに続く毬の声。一応、説得しようとしているらしい。が、火に油を注ぐ言い方だ。
「いいわよ!お姉ちゃんが不幸になればいいんだから!!」
ほら、見事にとんでもない発言を引き出している。文人はやれやれと思いつつ、必死に残りをよじ登る。早く行かないと姉妹で殺し合いを始めかねない雰囲気だ。
「不幸に?どうして?」
「どうしてって。私ばっかりとばっちりを受けるからよ」
「それは父さんのことを言ってるの?それとも兄さん?」
「どっちもよ。私なんてどうでもいいみたいな。お前なんてハニートラップくらいしか出来ないんだろうみたいな」
「それは違うわよ。少なくとも兄さんは」
「どうだか」
よじ登っている間も完全な水掛け論が続いているので、文人は気が気ではない。というか毬。もう少し冷静に話し合ってくれ。普段は非常に冷静だというのに、どうして家族に対してはああなのか。彼女も彼女なりに家族に対して不満を溜め込んでいるということか。
「それよりあなた、かなりの幻惑の術が使えるみたいだけど、本当に父さんと寝たの?ひょっとして惑わせただけじゃないの?」
しかも、しかも直球の質問を全力でぶん投げている。怖い。怖すぎる。何だか必死に登るのも、自然と遅くなってしまう。
「あら。それにも気づいてたんだ」
「ええ。日向から、父さんは臆病者だという情報を得ていたからね。ひょっとしたら、寝ていないんじゃないか。いや、寝たと思い込まされているんじゃないかって思ったのよ。焔兄さんのどっぷり術に掛かっている感じからしても、父さんを幻惑させるのは簡単だった」
「ちっ。あの鬼め」
毬の指摘に繭は舌打ち。え、そうなのか。ちょっと安心。あれ。でも、その場合は巌は完全に欺されていたってことか。どっちにしろ、あの姉妹二人の能力が男たちを上回っているというわけか。
「で、どうして操っているのに、こんなことをしたの?」
「だから言ってるでしょ。お姉ちゃんに不幸になってもらいたかったって」
犯行動機に関して、それしかなかったのか。何とも未熟な子どもらしいと、文人はようやく最後の垂直登りに入りつつ思う。この、もう腕の力が限界ってところで垂直は止めてほしい。しかし、気力を振り絞ってよじ登る。
「たったそれだけ?」
「ええ。それだけよ。だから大事な友人たちを奪ってあげようと思ったの。さすがにあの鬼には手出し出来ないから、二人を狙うことにしたのよ。麻央さんは予想外だったわ。兄さんに掛けた術に気づいちゃうんだもの」
そこで繭がにやっと笑うのが見えた。そうか、駒形家は幻術を得意としている。ならば、術に掛けられている人を見抜くのも得意だというわけか。
「そう。たったそれだけ」
一方、毬は自分が予測していたような、この村を滅ぼすのが目的だというのと違って落胆しているようだった。いや、現実問題は滅ぼすことに直結することになる事件だが、それにしても、自分個人に向いていたのは、よほど意外だったらしい。
「兄さんは、可哀想だから私とちゃんと関係を結んで貰ったわ。だって、すでに人間不信に陥っていて、その心は壊れかけていたんだもの。そして、その心を総て破壊するんですもの。童貞のままじゃあ可哀想でしょ」
「あら?その点に関しては、実際のところは解らないじゃない?あの人だって一応は忍びとしての仕事をこなしているんだから。陽忍として、どっかで経験しているかもしれないわよ」
「ふん。そんな度胸、あるわけないでしょ」
「――」
しかし、しんみり空気をぶち壊す会話が続いてくれる。おい、止めろ。同じ男として、凄く切なくなる言い合いだぞ。しかも、童貞だったとしても妹とは駄目だろ。犯罪だよ。思いとどまれよ焔。
「まあ、実際は私の身体に溺れたんだから、結果は同じよね」
勝ったとばかりに笑う繭に向け、何も解ってないわねと毬は首を振る。
「違うわよ。あなたに同情しただけよ。だから術が掛りやすかっただけ」
「そんなことない!」
「そんなことあるわよ。焔兄さんは、私を大事に思っていたのだとすれば、あなたのことも大事に思っていたはずよ。あなたの勘違いを正そうとしただけだわ。それを、あなたは術を駆使するためにおかしくしただけよ」
「そんなわけあるかっ!」
繭がムキになって毬に怒鳴る。なるほど、毬は焔のことは信用していたのか。色々とぼろっかすに言ってたけど。
「あなたは何も見てないのよ。それなのに、勝手に嫉妬しているだけだわ。ちゃんと術を使えるというのに、それを正しく使えていないだけ。忍びが衰退の道を辿っているとはいえ、仕事はゼロじゃない。幻惑の術ならば、色々と使いようがある。それが得意であるというのは、暗殺依頼が減る中で重要な仕事を担えることなるはずだもの。だから父さんは、あなたには積極的に幻惑の術を教えたんだわ。まあ、襲おうとしたのは自業自得よね。馬鹿なのよ。その点は返り討ちに遭っても仕方ないと思うわ。そういう感覚は昔のままの人だから」
「で、でも」
「私に手出ししなかったのは、もし当主とするならば乙女でなければ困ると、そういう昔ながらの判断に基づいているだけよ。他から婿を貰う場合でも、やっぱり乙女でなければ後々困ると、そう思っているだけなの。いい。役割を押しつけられているのは、何もあなただけじゃない。私は――もし好きな人が出来ても、両親がいる限りは勝手に結婚することは許されないのよ」
「――」
そういう事情もあったのかと、文人は目から鱗が落ちる気分だった。そういえば、ハニートラップをしない場合に関して、毬ははっきり答えていなかった。それは自分に関わることだからか。
「でも、私はお姉ちゃんが嫌い。そしてこんな変な決まりばっかりの村も大嫌い。だから、消えればいいのよ」
ややトーンダウンしたものの、繭はぎっと毬を睨み続ける。それは村の存続を何より望む毬を許さないことで保っている、繭なりの矜持のようなものだ。
「そう。でも、あなたが兄さんを唆した事実は消えないわ。きっちり罪を償って貰う。さっさと術を放棄しなさい」
毬はざっと両手にくないを構えて繭を睨む。一方の繭も、しっかり鎖鎌を握っていた。繭はあの時と同じく中学の制服姿だが、鎖鎌を構える姿は様になっていた。と、見惚れている場合ではない。マジか、ここでバトルする気かと文人は驚く。
「お、おいっ」
「危なくないところに隠れていて」
「で、でも」
バトルなんてしていいのかと、そう思っていたら足元に手裏剣が飛んできた。
「丁度いいわ。総てを知る禍も消して上げる」
「ぎゃああ」
繭が妖艶に笑ってこっちに手裏剣を投げてくる。文人は全力で逃げるしかなかった。当たらなかったのは、毬が払ってくれたおかげだ。
「そうやって誰かに責任を押しつけたって、現実は変わらないのよ」
「変えれるわ」
「いいえ。あなたはずっと、自分の幻術の中で生きていくだけ。周囲はただのお人形しかいなくなるわね。それでも、兄さんのように都合のいい人形なんて出来ないわよ」
「っつ」
繭の攻撃が、そこで完全に毬にシフトした。文人は怖ええと思いつつも、木の陰から必死に二人を見守る。
それにしても、焔は繭が自分と似たような存在だと気づいて同情したということか。今までの会話の流れからして、そういうことなのだろう。
目立つがゆえに人を信じられず、内向的な性格。焔はそれでも自分で出来ることを見つけ、この秘密の村ならば隠れて生活できると解っていて、この村を離れずに生きていたのだ。たまに、嫌々ながら忍びの仕事を手伝うことになっても、それを上回るだけの恩恵があることを、焔は知っていた。
だから毬は、ずっと焔は信じることが出来たのだ。焔はメリットとデメリットを知った上でここで生活している。そんな生活を守ろうと、毬は自らが次の総代になることを決めた。二人の間で明確な会話はなかったかもしれない。しかし、二人の間にはしっかりとした信頼関係があったのだ。
それを、思春期になって不安定な繭は知るよしもない。焔は自分が経験しているだけに、同情的になったのは当然だろう。そこを、幻惑の術を駆使できる繭につけ込まれた。
そして、抗いながらも繭に従うしかなかった。繭に同情すればするほど術にどっぷりと掛かってしまい、自らも抜けられなくなってしまう。最悪の悪循環がそこにあったのだろう。そしてついに、繭が文人を引き入れて事件が始まってしまった。
文人が史跡巡りをしていたのはたまたまだけれども、なんせ滋賀県だ。丁度いい人材なんて他にも見つけられるだろう。歴史を、それも表面だけではなく深く知る者は、今の時代ならばそれなりにいる。どれだけ若者の読書離れが叫ばれていても、知ろうとする人間、本を読み続ける人間は何時の時代も絶えないのだから。
「あっ」
毬が石に足を取られてよろめいたところを、繭の鎖鎌が通過した。一瞬ひやっとしたが、毬はよろめいた不自然な体勢からもちゃんと横に飛び、いつの間にか木の上にいる。
「本当にお姉ちゃんは生粋の忍者よね」
「そうでもないわ。多聞と一緒に鍛錬しているだけよ」
「そうやって、自分が恵まれていることを自慢しないで!」
繭が毬のいる木を攻撃する。何とも切れのいい鎖鎌だ。遠心力を利用したその武器は、見事に木をなぎ倒してしまう。どおんと重い音が、山中に響き渡った。これは、比叡山でも天狗の仕業になるんだろうか。そんな場違いなことを文人は思ってしまうのは、悲しい歴史好き脳みその性だ。
「ちっ」
一方、毬は素早く地面に降りると、勢いよくくないを繭に向けて投げる。繭はそれをスカートをはためかせながら避けた。いやはや、姉妹そろって天晴れな身のこなしだ。
「あなただって一人前の忍びじゃない。なのに何が不満なの?」
毬は立ち上がると理解できないと訊く。これは、永遠に平行線だなと文人は思った。しかし、部外者である文人には止める手段がない。というより、割って入っても止められない。
「不満よ。全部が不満なの。どうしてお姉ちゃんには解らないの。お兄ちゃんは解ってくれた。この村はおかしいのよ。歴史なんてどうでもいいでしょ!!」
そう繭が叫んだ時、ビックリすることが起こった。
「えっ」
「――」
繭も理解できないのか呆然としている。毬は、武器で攻撃することなく、繭の頬を思い切り張り飛ばしていた。
「どうでもいいわけないでしょ。どんな人でも、たとえ普通の高校生や中学生だとしても、歴史の上に立っているのよ。解ってないのはあなただけよ」
「っつ」
静かならがも重い言葉だ。繭は頬を押えながら毬を見つめる。
「どんなに無関係だと嘯いてみても、近隣諸国は戦争のことを持ち出す。未だに解決しない問題として残っている。これは解りやすい例だけど、日本の国内にもそんな問題は山のようにあるのよ。同じ日本人同士でも、どうしても踏み込んじゃいけない部分があったりするの。私たちは、たまたまそれが見えやすいポジションにいるだけなの!」
毬はしっかりと繭を見つめて言葉を紡ぐ。理解できるはずだと信じている。
「それに、日向を見ていればよく解るじゃない。人は、ちょっとの違いで排除するの。鬼として、別の世界のものとしてしまうの。それはどんな時代になろうと変わらない。これが、連綿に続く歴史なのよ」
唇を噛んで告げる毬は、本当はこういうことをどうにかしたいと、最も考えている。日向のことを最も心配し、この村でのことは変えられるからと、自らが当主になるために頑張っているのだ。
「日向にすれば、この村に着いたのは幸運だったんだよ」
ようやく出て行っても大丈夫そうだと、文人は毬の傍に行くと肩を叩いた。毅然としているが、今にも泣きそうなのがよく解る。毬は、あまりに多くのことを一人で抱え込みすぎだ。
そして、それが繭には鼻持ちならないものに見えたのだろう。何でもこなせて、みんなから慕われて。目立ってもそれを受け流せて。でも、それは突っ張っているだけなのだ。ともすれば折れそうになるのを、多聞や日向、そして焔がそれとなく助けていた。しかし、矢面に立つというのは楽じゃない。
「毬は日向がこの先、自分の道を歩くって決めても送り出せるんだろ?日向はもう、鬼という役割を背負う必要はない」
文人がそう訊ねると、毬は頷いた。そして、次に二人は繭を見る。
「繭だって同じだ。別の道に進みたいというのならば、毬ならば送り出してくれる。それが、総てを背負うって決めたってことなんだよ。この村は毬が守ってくれる。君は、無理に毬にならなくていいんだ」
「っつ」
文人の指摘は、最も繭の心を揺さぶることに成功したようだ。ぽろぽろと、大粒の涙が零れる。
「繭。あなたは忍びとして完璧でなくていいの。だから、あなたのやりたいことを教えて」
毬も言うべきことが解ったのだろう。泣く繭を抱き締めると、そう呟いた。
「私、どうしたら」
許されて、後悔が押し寄せる。繭はとうとう大声を上げて泣き始めた。これでようやく終わったのか。文人は膝から力が抜けた。思えば、山の斜面を登って体力的にも限界だった。
「まったく、あなたってカッコイイのが一瞬よね」
毬にそうからかわれても、言い返す元気はもう残っていなかった。
「毬、繭」
「あっ」
じたばたと暴れていた焔が動きを止めた。そして二人の名前を呼んだので、多聞はようやく術が解けたのかとほっとした。
結局あの後、大暴れの末に焔を家の隅の物置まで追い詰め、何とか取り押さえることに成功した。しかし、多聞も日向もぼろぼろだ。当然、押えられる焔も傷だらけである。
「俺は」
「兄さん。戻ったのか?」
「大丈夫ですか?」
呆然とする焔に、多聞と日向は顔を覗き込んで訊いた。すると、焔はようやく正気を保った目で二人を捉える。
「ああ」
そして、小さく嘆息を漏らした。どうやら何があったのか、総てを理解したらしい。
「俺が、二人を殺したんだ」
「それは」
「違いますよ。手伝ったのは事実でしょうが、繭さんが幻術で逃げられないようにして、ですよね。毬さんが、江崎さんの家でツボを刺激する針を見つけています。あなたには使えない術のはずです」
「――そう、だな。でも、あの子に罪を背負わせるわけにはいかないんだ」
日向の指摘に、焔は毅然とそう答えた。そして、満身創痍だというのに立ち上がる。
「おいっ」
「犯人は俺だけだ。そして、総てを終わらせなければいけない」
よろよろと、焔は二人を押しのけて物置を出て行こうとする。
「死ぬおつもりですか?」
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