第18話 毬に翻弄される!?

「たまたまここを訪れただけで葬式続きとは、疲れるだろう」

「え、ええ」

 が、巌は毬には向けなかった笑顔を文人に向け、そう労いの言葉を掛ける。それに、どういうことだと文人はますます困惑してしまう。

「こんなことにならなければ、もっともてなしたかったんだが」

「い、いえ。十分よくして頂いてます」

「そうか?何か不満があったら、いつでも言ってくれ。毬が君を気に入っているようだから、その点が安心できるよ」

「は、はあ」

「もし、あの子と付き合う気があるなら、真剣に頼むね」

「――ええっと」

「あの子が認めた人だ。さぞかし、しっかりしておられるんだろう」

 戸惑う文人を、巌は笑みを湛えつつ、しかし目は鋭く見据えていた。それは何かを見透かそうとしているような目で、臆病だという情報を忘れてしまいそうになる。

 いや、臆病だからこうやって先手を打ってきたのか。というか、あんたの中で俺は娘の恋人なのかと、そこにびっくりしてしまう。が、焔も似たような反応だった。

「あの子はどうも冷めているからねえ。このままでは婿を貰わないと言いかねないなって思っていたんだよ」

「は、はあ」

 しかし、さらっと婿を貰うという表現を使うあたり、やっぱり毬を次期当主として見ているわけだ。文人はこの家に婿入りは嫌だなと心底思う。というより、この家はどうなってしまうんだろう。

「ああ、いきなり妙な話をして悪かったね。しかし、よく考えておいてくれ。こんな田舎だが、気に入ってもらえるとありがたい」

「は、はい」

 迂闊なことは言えないうえに、頷かなきゃ出て行けない状況。なんて最悪と、そう思いつつも頷いて、ようやく巌の前を辞することが出来た。まったく、どいつもこいつも腹の底が見えなくて困る。

 廊下に出ると、毬が面白くなさそうな顔をして立っていた。それは明らかに部屋の中の会話を聞いていたという顔だ。

「む、婿になる気はないからな」

 だから、思わず文人はそう言ってしまう。こんな家を背負う運命にある毬に対して、大変だなとは思っても、それを傍で支えますとは言えないところだ。

「それはどうでもいいの。でも、あの父の態度は気になるわね」

「――そうか」

 どうでもいいって、動揺した俺の気持ちを返してくれ。そう言いたくなるのを飲み込み、文人はどの点がと訊ねる。

「おそらく、父もこの家の誰かが犯人だと思っているようね。まあ、それはそうよね。自分の手駒のはずの繭があなたを連れてきて、しかも、そんなあなたは私と一緒に行動している。疑って当然だと思うわ」

「へ、へえ」

 それってひょっとして、俺と毬が犯人だと思われているってことか。ひょっとして婿に来いというのは、総て握りつぶしてやるからってことか。いや、逃げられないってことか。文人の頭の中では最悪の想定が駆け巡ってしまう。

「それもあると思うけど、私が芹奈を殺したり麻央さんを殺す理由はないってのは解ってるわよ」

「ああ、そうだよな。それに多聞のこともあるし」

「ええ。多聞を追い詰められるということは、相当な手練れだわ。しかも、術に長けているとしか思えない」

「ってなると、ますます」

 焔が怪しいんじゃないか。文人はそう思うが、毬は納得出来ないようだ。

「そうなのよね。焔兄さんが有力候補なのは解っているわ。でも、事件があの人の性格と合わないというのが、どうしても引っ掛かっちゃうのよね」

「性格と合わない。それこそ、わざとじゃねえのか?」

「ううん」

 毬は言いつつ、葬儀の準備が進む広間へと移動した。文人もそれに付き従う。

「繭ちゃんは?」

「あれから話を聞くのは至難の業よ。後回しね」

「ああ。操られているから」

「ええ。日向からの情報を得るまでもなく、繭は操られているとしか思えないもの」

「へえ」

 まあ、確かに第一印象から不可思議な子だ。それが今まではちょっと心的な何かかなと思っていたが、暗示の最中だったというだけで、不思議さは取り除かれていない。

 広間は着々と一昨日と同じ姿になろうとしていた。違いは飾られる花がなにげなく種類を変えていること、それに、中央にある遺影だ。いつの間にか、大きな写真が飾られている。そこに写る麻央の顔を見ると、朝の無残な姿も思い出され、誰がこんな酷いことをと怒りが沸いてくる。

「ここで終わらせないと駄目なのは解ってるわ。手伝ってよ」

「も、もちろん」

 文人の怒りが伝わったのか、毬が手を握ってくる。それにドキッとして怒りは遠のいたが、ここで終わらせなければ、次に毬が死ぬかもしれない。いや、その前に繭が邪魔だと消されるかもしれない。それは何とかしなければならない。新たな覚悟が湧き上がった。

「ただ、事件の本質が見えないままだわ。容疑者はうちの家の誰かとなったまではいいけど」

「いや、良くないけどね」

 邪魔にならないように庭に移動して、毬と文人はそんなずれたやり取りをする。

「一体誰なの?条件としては焔兄さんだけど、やっぱり何かが引っ掛かるのよね」

「へえ。どういうところが?」

 文人はもう焔で決まりと思っていた。しかし、よく知る毬から見ると、やっぱり納得出来ないのだという。

「まず、あの人はほぼ引きこもりなの」

「――そ、それはなんとなく解るな」

 あまり家から出ないというのは、焔を見ていて気づくことだ。毬なんてどこにでも首を突っ込むというのに、焔は必要な時以外は出掛けたくないという感じがする。

 それに積極的に話し掛けてくるタイプでもない。最初こそ見慣れない奴がいるから敵意満点に声を掛けて来たが、その後、焔が話し掛けてくることもなかった。毬には何かと気を遣うようだが、これはシスコンゆえだろう。イケメンなのにもったいない。

「麻央さんとは一応仲が良かったものの、それほど積極的に喋っていたわけでもないし、ましてや芹奈なんて、接点がゼロよ」

「そ、そうなのか?」

 それも意外なんだがと、文人は驚いてしまう。だって、この村はほぼ全員が顔見知りではないか。

「顔見知りであることと接点があることはイコールではないでしょ?同級生の弟と、あなたは接点がある?」

「な、ないか」

 絶妙な例えをするなあと思いつつ、確かに同級生に弟がいることを知っていたとしても、その弟と接点があるとは限らない。

「つまり、村に江崎芹奈という私の同級生がいることは知っていても、ただでさえ女嫌いの気がある兄が話し掛けることはないし、ましてやどうこうってのはないのよ」

「そこが親父さんとの差だな。いや、親父さんを見ていて嫌になったのか」

「ああ。それはあるかもね。潔癖症っぽいし」

「――」

 焔さん。あんたは妹を好きかもしれないが、妹はあんたのこと大嫌いっぽいぜ。ふと、文人は心の中でそう焔に呼びかけてしまう。

「ということで、兄が女子ばかりを狙う事件を起こすとは思えないのよね。いくら次の世代を絶やすためとはいえ、それならば、真っ先に多聞と日向を狙いそうだもん」

「その場合は日向も狙われるのか?」

「男としてカウントするならって話」

「ああ。まあ、そうか。同年代の男子って日向しかいないのか。それでもって、日向もそれなりに技術を持っているし」

「ええ。何より、村の精神的な支えでもあるからね。彼がいなくなるのはダメージが大きいわ。いくら鬼という役割だとしても、やっぱりみんなの心の支えなのよ」

「へえ」

 まあ、嫌う理由は身体にあるわけで、後は村のために祈祷してくれる存在なんだ。いわゆる生き神様。そりゃあ下手に手出しは出来ないし、いてくれることが重要になってくる。

「そういうこと。あ、多聞から連絡だわ」

 そこで毬がスマホを取り出したので、そこは普通にメールで連絡を取るんかいと、文人は心の中でツッコミを入れてしまう。出来れば矢文とか、そういうのが良かったなあ。

「無事に合流できたみたい。犯人はやっぱり見ていないようね。日向が頑張って思い出させようとしてくれたみたいだけど、暗がりから一撃で仕留めようとしてきたって」

「へ、へえ」

「それを躱して一目散に逃げたはいいんだけど、途中で腕を捻挫しちゃったのよ。それでしばらく隠れてたの」

「す、凄いね」

 さすが、一般とは違う能力を持つ高校生。咄嗟に逃げるのもそうだけど、捻挫して痛いだろうに隠れていられるのも凄い。

「夜に日向の家に戻るって。深夜に合流しましょう」

「あ、ああ」

 深夜か。何だかハードな一日になりそうだ。いや、すでにハードだけど。

「しかし、一撃で仕留めようとするって時点で、雪さんが外れちまうぞ」

 が、今の情報で完全に裏稼業には参加していない雪は除外されるのではないか。そう指摘すると、毬も頷いた。

「ええ。そうね」

 しかし、そうなると容疑者は繭と焔しかおらず、必然的に焔が犯人となってしまう。だが、それは違和感がある状態。ううむ、じゃあ、犯人は誰なんだよ。

「そう。どうにも事件を握っている人が見えないのよね。そもそもこの事件、私が想像したとおりに次の世代を消すことにあるのか。村の滅亡が目的なのか。これさえ怪しくなってきたわ」

「い、今、それを言っちゃうか」

 それを前提に考えていたのにさと、文人はがっくり肩を落とした。となると、犯人は全く別の可能性だって出てくるじゃないか。

「でも、村の秘密を知っていなければ無理だわ。そして、何が得意かを知っていないと」

「ああ。取られた部分か」

「ええ」

 死体の一部がない。それも芹奈は心臓で麻央は眼球。これを狙えるのは、二人の習得している技術を知らなければならない。

「ん?駒形さんが暗示を掛けるのが得意だとして、江崎さんは?」

 そういえば芹奈がどういう技術を持っているのか知らない。

「ああ。そうか。芹奈は、というより江崎家は変装が得意なの。それはもう、全くの別人に成り代わることが出来るわ」

「ああ。だから、本人かどうか確認して」

「ええ。生きながら心臓を抜いたってこと。さすがに身体的な特徴を総て消すことは無理だもん。痣とか黒子の位置とか」

「ああ。その場ではメイクで消せても、完全に消えているわけじゃないってことか」

「ええ。あまりに大きかったらレーザーで消したりするけど、それって医者に情報が残っちゃうからね。やらないわ」

「――」

 凄いよな。裏稼業だからできるだけ情報を残さないことにも気をつけているわけか。後から警察が何か調べるかもしれない死体に触れないのと同じわけだ。と、今はそれは重要ではない。

「ということは、家ごとに得意分野が違うんだ」

「そうよ。そうすることで、村の結束力も保たれるでしょ」

 なるほど。早乙女家が独占するのではなく、各家に能力を分配する。そうすることで、うちはこれがあるという自負が生まれる。そして、早乙女家とは信頼関係だと思えるというわけか。

「ええ。早乙女は依頼を一手に受けて、それを他家に分配しているって感じなのよ。まあ、それは明治くらいまでの話だけどね。世界と戦争をする時代になると、私たちの仕事って激減」

「――スパイとしてってのは?」

「その場合、村の独自性を保てないでしょ?それに政府に依存することになっちゃうから危険なのよ」

「へえ」

 色々とあるもんだ。そして、これが歴史の顧みられない部分だ。文人は不謹慎にもゾクゾクしてしまう。ああ、見えない事を知る快感ってこれだよなあと思ってしまった。

「だから、この村の人間たちに警戒対象にされるのよ」

「うっ」

 何を考えていたのか、毬には筒抜けだったらしい。思い切り呆れられてしまった。しかし、それが勉強をしようと決意した理由なのだから致し方ない。

「まあね。そういう面が魅力的なのは確かよ。でも、多くの人はスルーしちゃうところ。エンターテイメントとしては受け入れられても、リアルとしては受け入れられない。ましてや、古文書の裏を読むなんて面倒でしかないものね」

「そうだよなあ。日本書紀や古事記だって、単なる神様とその他の動物が出てくるメルヘンって見ちゃうのが楽だもんな」

「そういうこと」

 と、納得し合っているが、今はその議論をしている場合ではなかった。

「駄目だ。どうにもリアルの殺人事件から逸れる」

「仕方ないわ。あなたの興味は事件じゃないもの」

「す、すみません」

「謝らなくていいわ。こうやって手伝ってくれるだけでも助かるもの。それに、村のことをもう一度考えるのにも丁度いいから」

 そう言ってふわっと微笑む毬はめちゃくちゃ美人だった。そして大人だった。大学生の自分よりも達観している。

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