第19話 ひょっとして・・・

 しかし、考えなくていいわけがない。次を止めるためにも、何とか事件の様相をはっきりさせたいものだ。

「そうね。でも、解らないのよ。逆に言えば、誰も望んでいないことをやっているんだし」

「ああ。そうか。日向ですら受け入れているんだもんな」

「ええ。特殊であることが防御になることもあるのよ」

 毬は、だからこそ、今でもこの村が近代化せずに残っているのだと言い切る。その理由を、今の文人ならば解った。

「踏み込めないからな」

「ええ。普遍的である場所には人は簡単に踏み込めるわ。しかし、何もかも違う場所には踏み込めない。まあ、この村は比叡山の山腹にあって、普通の人は知らないし」

「だよなあ。俺も、どれだけ転がったのか、未だに解ってねえし」

 ごろごろと急斜面を転がったことは覚えているが、転がったおかげで距離感が掴めていない。ここは、比叡山のどの位置に当たるのだろうか。日向曰く、滋賀県であるらしいが。

「解らなくてもいいじゃない」

「まあね。というか、林道は何時になったら復旧するんだか」

「そうね。あそこが使えないと、学校に行くのが大変だわ」

「日頃は山駆けしながら行っているのか?」

「ええ。鍛錬にもなるし」

 なるほど、毬が走るのが速いわけだ。毎日のように山道を走っている相手に敵うはずがない。

「林道に関しては、事件さえなければ村人の力で何とか出来るのよ。こうやって葬儀に掛かりきりになるから出来ないだけ」

「ああ。つまりは、総て計算されているってわけか。川に死体を捨てるのも、わざと死体を発見させるためにやっているんだ」

「ええ。つまり、相当な知能犯なのよ」

 そうなると、ますます焔が怪しいんだけど。ネットで資産運用しているという焔が、馬鹿なわけないだろう。知恵が回らなきゃ、ああいうのは出来ないのではないか。

「ええ。そうね。頭脳の面から考えても、焔兄さんが怪しいのは認める」

「でも、お前にとってそれは納得出来ない」

「そうなの。別に兄さんを庇う気持ちはないのよ」

「それはよく理解してます」

 家族に対してボロッカスに言ってるからなと、文人は苦笑いだ。しかもそれが、思春期特有の反発からではなく、冷静な視点からだというのも解っている。毬はそういう少女だ。

「どうしても、事件の性質と合わないのよ。それは父が合わないのと同じなの。ううん」

「――」

 しかし、焔を大事に思っているんだろうなというのは、言葉の端々で感じてしまう文人だ。今も巌は父で済ますのに、焔に対しては兄さんと言っている。どちらを大事に思っているかは明白だろう。きっと、当主になろうと思ったのだって焔を支えたいからだ。

「そうだわ。慎重な兄さんの性格と合わないのよね」

「慎重」

「ええ。この事件、派手でしょ」

「ああ」

 そうだなと、文人は頷く。単に死体を川に放置するだけではない。その家の特徴となる部分をくり抜き、死体をわざと損壊している。それは、慎重な性格の人がやるだろうか。そう疑問になる気持ちは解った。

「でも、事件の時まで冷静か――って、この村では愚問か」

「ええ。そういう場で冷静ではない人間は、この村では生きていけないわ」

「ううむ」

 なるほど。考えれば考えるほど、色々な場所に齟齬が出てくるわけか。しかし、村人以外だと文人か鴨田しかいないので、この可能性もない。あとは医者の高木先生と看護師の川田か。が、こちらも命の現場で生きている人たちだ。むやみに人を殺すはずもなく、また、理由も存在しない。

「まあ、高木先生は村の出身だけどね」

「そうなんだ」

「ええ。代々、この村で医者をやってるから」

「へえ」

 それもそうか。村人の個人情報を握れる立場にある人だ。そんな人が、こんな閉鎖的な村で余所者のはずがない。つい、警察官が余所から来た人だから、除外していた。

「警察は取り引きの結果だからよ。医者に握られる情報に比べたら軽いわ」

「そうなのか。ああ、病歴とか怪我に関してとか、他に知られたらヤバいか」

「ええ。それはすなわち、その人の弱点だから。この村の稼業にとっては大打撃だわ」

 そうだなと、文人はここでも村の決まりに納得してしまう。この村は無闇矢鱈に因習に囚われているわけではない。必要だからこそ生み出しているのだ。そして、それを守っていくことが自分たちを守ることになることを、よく理解してやっている。

 となると、ますます村の次の世代を狙う必要なんてないわけだ。特に高校生たちまでは、この村のシステムをよく理解して動いている。

「えっ」

「どうしたの?」

「い、いや」

 ふと、自分はどうして高校生までと線引きしたのだろう。ああ、そうか。繭はわざと禍を呼んだからだ。自分のことを禍と呼び、安易に招き寄せる子が、この村のシステムに納得しているはずがないと、どこかで思っていた。

「えっ。あれ」

 となると、総ては繭の意思ではないのか。そうすると、あの子は操られていないのか。

「ねえ。どうしたの?」

「いや、あり得ない可能性に辿り着いたんだけど」

「――」

「早乙女家って、人を操る事も出来るのか?」

「え、ええ。他家に分配しているとはいえ元締めだもの。さすがに専門家には劣るけど、出来ないことはないわ」

「じゃあ」

 あり得るんじゃないか。外観は焔がやったように見えるのも、そういうことはないのか。

 巌がすでに繭に手を出しているというのも、それは布石なのかもしれない。文人の頭の中で、散らばっていたピースがどんどん嵌まっていく。

「まさか、解ったの?」

「まだ確信はない。でも、そうかもしれないって仮説は出来た」

「え?」

「どうにか挑発できないかな。そうすれば、一気に真相は見えてくると思う」

「――解ったわ。あなたの仮説を話して」

 毬はあなたを信頼すると、真っ直ぐに文人を見つめたのだった。






 決行は葬儀が終了してから。そうでないと、他の村人も家に出入りしてしまうからだ。

「いいか。決定的な状況になったら助けに来てくれよ」

「了解です」

「へんっ。まさか余所者に頼る羽目になるとはな」

 文人が仮説を披露して作戦を述べると、日向からは素直な返事が、多聞から皮肉を込めた返事が返ってきた。

 深夜。ただいま日向の家で密談中だ。メンバーは日向と多聞、それに毬。思えば、この次世代の高校生たちが結束しているというのも、事件を引き起こす要因だったのかもしれない。

「多聞は後方支援しか出来ないから拗ねているのよ。仕方ないでしょ?利き腕を捻ってるのに」

 そして毬が冷静なツッコミ。ううむ、いつも通りだ。文人はいい同級生関係だなと眩しく思ってしまう。

 しかし、多聞が動けないというのは痛手だ。やはり深夜、襲われて逃げる時に腕を捻ってしまっている。こっそり高木医師に診せたところ、一ヶ月は安静にしないと筋をやられるとのことだ。今、多聞の右腕はしっかりギブスがされている。

「骨折じゃねえのに」

多聞は悔しそうにギブスを叩いた。この子なら絶対に動かすと、高木は見抜いているのだろう。実際、隠れている間も大人しくしていなかったらしい。おかげで悪化したのだ。

「日向がいれば大丈夫だろ?」

「ええ、まあ。ただ、多聞ほどパワーがありませんから。そこは半分、女性が入っているので。筋肉が上手く発達しないんですよね」

 純粋男子より劣りますと、日向は困ったように笑う。が、どう考えても一般男子の文人より強いはずだ。試しに腕相撲をしてみたら、あっさり負けた。

「大丈夫だ。日向。お前は男であることに自信を持て。つうか、女子でもムキムキの奴はいる」

「はい」

 そう励まされるとは思っていなかった日向は苦笑する。文人はいい意味で色んな悩みをぶっ壊してくれるタイプだ。それも無責任ではなく、理解した上で壊してくれるから有り難い。

「そうよ。性器がどっちもあるってだけだわ」

「だから毬。そのあけすけな発言は止めろ!」

 でもって毬が包み隠さず言うのには過剰に反応。日向は堪えきれずにくすくすと笑ってしまった。

「すげえな、文人。お前、こいつを笑わせられるなんてよっぽどだぜ」

 そんな様子に、多聞は先ほどまでとはちょっと違って、認めた感じになる。ああ、高校生っていいなと、文人は心底思った。

「でも、問題は相手にしなきゃいけないのが、今は村一番の使い手であるってことですかね」

「まあな」

 が、今は微笑ましく高校生と会話している場合ではない。作戦はかなり危険を伴う。多聞と日向がすぐに気を引き締めたのはそのためだ。

「ああ。しかも俺は武術とかからきしだからなあ。体力には自信があるけど」

「でも、毬が囮になるよりは、お前がなった方がこっちも対処しやすいし。というか、そんだけ嫉妬してるんだったら、ついでに殺そうとしてくるだろうよ。禍としての役割も終わりそうだしな」

 文人が困ったというところに、多聞が容赦ないことを言ってくれる。思わずうっとなった。

 そう。確実に文人を狙ってくる。それは解っている。いや、暗示に掛かっているのならば尚のこと、悪い虫は早急に排除しなければならないと思っているはずだ。

「ははっ。よく理解しているじゃねえか」

 多聞はしっかり嫌味をくれる。どうやらこいつもまた、急速に毬と仲良くなっているのが気に食わないと見た。しかも日向とも仲良くなっているものだから、悔しいのだろう。

「そうなのよね。問題はこの仮説だと焔兄さんが暗示に掛かっていることになる。となると、制御なんて出来ずに全力で来るわよ」

「だよなあ」

 それって怪我するなあと、文人は思わず多聞のギブスを見てしまった。山道を転げた時は運よく怪我しなかったが、今回も大丈夫という保証はない。しかも、相手は全力で殺しに来るんだ。

「あの」

「ん?」

「もっと説得力のある方法を思いつきました。そして、それならば文人さんをさほど危険にしないかと」

 そう提案したのは日向だ。自分のことを丸ごと受け入れた文人の力になりたい。その顔は今まで見た中で一番男らしい顔をしている。

「なんだ?」

「僕が男であり女であることを活用する時かと」

「――ああ」

 なるほど、それはアリだな。文人としては日向を男と認識しているし、都合がいいかもしれない。

「そうね。引き金が父で、それをずらされて暗示に掛かっているのならば、余計に効果的なのかも」

 でもって毬も瞬時に理解し、にやっと笑った。それはこれから、身内の中に巣くう鬼を退治してやるという意気込みが発せられていて怖い。

「ともかく、明日だな」

「ええ。そして、俺が早乙女家に行けるとなれば深夜です」

 良くも悪くも鬼として排除される日向は、この村を自由に歩き回ることが出来ない。人目があっては無理だ。

「夜中の方が色々と都合がいいしな。毬、日向に制服を貸してやれよ」

 多聞は駄目押してそれくらいやっておいた方がいいし、他の誰かに目撃されても誤魔化せると、いたずらっ子のような笑みを浮かべていた。






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