第17話 シスコン疑惑

「日向の指摘するとおりだわ。あの人だったら、村中を一気に滅ぼす方法を採るはずよ」

「はあ?」

 なんでそんな過激な可能性になるんだよと、文人は目を丸くする。

「証拠を残さず、悶々とすることもなく、一発で終わるから、ですね」

 それに対し、日向はさすがですと同じ考えに至った毬を褒める。ええっと、つまりどういうことだ。しかし、文人も遅ればせながら理解した。

「ああ、そうか。連続殺人事件、しかも多聞には逃げられているって、ストレスが半端ないってことだな。いつバレるか、いつ復讐されるか。それにビクビクしなきゃならない」

「ええ。臆病で、自分の娘や僕のように非力で下の人間にしか手出しできないような人なんです。そんな人が連続殺人鬼にはなれないんですよ。こっそりやるなんて言語道断。しかも、巌さんはこの村で唯一、葬儀を上げる立場にある。自分で殺した人に対して手厚く念仏を唱えるなんて、臆病な人には無理ですね」

 日向の言葉も容赦ないが、確かにその通りだと頷けた。つまり、巌は白。これは確定なのだ。

「ええ。逆に言えば、力の問題を解決すれば母も繭も一気に黒だわ。それと、焔兄さんも」

「え?」

「あまりに関わりたがらないからよ。でもまあ、そこまでの行動をするに至るか。その可能性が一番低いのは変わらない」

「――」

 容疑者は三人。その全員が早乙女家という状態。しかも、動機があるのは繭か雪。力や技術という点だけ追求すれば焔という状況。

「三人ともが犯人って可能性もあるんだよな」

「――そうね。でも、だったらどうして、あなたを引き込んだのかしら。それが疑問になるわ。あなたの行動は目立っていたから、この村に報告が上がってくるのは当然なんだけど」

「そ、そうなんだ」

「ええ。私たちの情報網はそのくらい凄いのよ。それこそ、インターネットに勝つわ」

毬は自信満々に言い切った。それはまあそうだろうと、文人も素直に同意出来てしまうが。

「そうか。俺がこの村にやって来たのは、操られているかもしれない繭ちゃんに導かれたせいだ」

「ええ、そう。本来ならばあなたに疑惑が向くべきなのにね。それはしていないところが、不思議なのよ。禍になり得る旅人だというのに、それを利用しようとしないところが疑問」

「さらっと酷いことを言うな」

「あら、真実よ」

 呆れる文人と、あっさり言う毬。それに日向は苦笑した。

「ひょっとしたら、繭さんは術とは関係なく、いえ、術を振り切って文人さんを引き入れたのかもしれないですよ」

「え?」

「誰かを止めて欲しかった。もしくはこれから起る惨劇を止めて欲しかったとか」

「どうだろう。禍を呼んだと言っていたけど」

 文人は日向の意見に首を傾げる。しかし、毬は真剣に検証しているようだ。

「そうね。禍が誰に対するものか。その台詞だけじゃあはっきりしていないし」

「ちっ、ややこしいな」

 ともかくまだ、誰もが犯人である可能性があり、結託している可能性だってあるというわけか。

「そうですね。あ、そろそろ葬儀の準備に入らなければならないのでは?」

 日向にそう言われ、毬はそれもあったわと溜め息だ。忙しい。

「じゃあ、日向。あなたは多聞と合流してくれる?早乙女家の中に犯人がいるのだとすれば、多聞の手助けも必要になるし、何より、多聞が危ないわ」

「了解しました」

 どうやらこちらが本来の用事だったらしいなと文人は気付く。というか、やっぱり日向もそういう特殊な訓練を受けているわけか。ますますもって、日向のポジションが謎だ。いや、警察への言い訳の説得力のためか。

ともかく、すでに多聞から連絡を受けている毬が詳しいことを日向に伝え、とはいえ文人にはさっぱり解らない暗号だったが、二人は早乙女家に戻ることになった。

「にしても、どうして二人も殺さなきゃならなかったんだ?」

 これから再び葬式かと思うと、文人はげっそりとしてしまった。だから思わず犯人に文句を言ってしまう。村人たちだって、あんな大変なことを連続してやりたくないだろう。いくらそれが最大の供養だとはいえ、大変だ。

「皆殺しにせず最短のルートを通っているだけでしょう」

「ああ、そう」

 しかし、毬からは犯人がきっちり考えて計画的にやっているという意見しか聞けなかった。より気分がどんよりする。

 そんな気分とは関係なく、空は真夏らしい青空が広がっていた。セミたちも変わらずに姦しく鳴いている。世界は、この村を取り残して回っているかのようだ。

「そうね。過去の因縁を引き受けているこの村は、いつしか時代から取り残されているわ。でも、それでも、必要とされている」

「そう、だな」

 実際にどういうことで必要とされているのか。文人には想像できない。しかし、毬は真っ直ぐと前を向き、自分の信念を、自分たちが守ってきたものを通そうとしている。つまりは、それだけの何かがある証拠だ。

「ともかく、今度は家族の動きに注意しないと。今までは漫然と村の人たちを見ていたけど、今度は見落とさないわ」

「ま、漫然と行動を見張っていたのか?」

「当たり前でしょ?これは村の今後に関わることなんだから」

「――」

 すげえな。正直に文人はそう思った。そして大津の町中で、受験生頑張れとエールを送った自分が恥ずかしくなる。毬は受験生以上に大変なことを、毎日のようにやっているわけだ。自分のような平々凡々の青年が勝てなくて当然ってところか。

 早乙女家に着くと、昨日の今日とあってか、あれこれと準備が手早く進んでいた。

「料理が困るわね。食材は残っていたかしら」

「ああ。それならばあれを出したら?くぎ煮なんかは残ってるわよ」

「そうねえ」

 台所では料理をどうするか。そんな相談がなされている。中心にいるのは雪だ。今日もきっちり和服姿の雪は、その上にエプロンをして首を捻っている。

「さすがにあの林道が使えない状態で行き来は難しいか」

「そうそう。別に魚がなくてもお酒さえあれば大丈夫ですよ。手軽なものにしましょう。お肉なら、イノシシや鹿があるから大丈夫でしょ」

「そうね。後はお野菜を多めに。量だけは確保しましょう」

 どうやら方針は決まったようだが、ジビエ料理と野菜という山の中らしい料理に決まったようだ。

「すげえな。その肉はもちろん」

「ええ。村の男たちが仕留めてきたやつ」

「ですよねえ」

 そしてそれ、猟銃じゃなくて弓矢とかそっち系の武器でですよねえと、文人は今日と明日の料理を思い浮かべて、すげえなと感心。ともかく、雪は今、奥様方と料理中だった。

 と、早乙女家に戻ってきた文人たちは、家族の様子をそれとなく探ることから始めていた。雪に関しては謎が多いだけに、もう少し探りたいところだったが、料理で忙しい今は何か事を起こすこともないだろう。

「えっと。一応は巌さんも確認するのか」

「そうね。ま、着替えていたりお経を読んでいたりするだけでしょうけど」

 すでに巌は容疑者から外れているからか。毬はやる気なしだ。それとも、村の乙女たちに手出しをする不逞の輩だからだろうか。

「殺すなよ」

 思わず文人はそう注意してしまう。すると、毬は意外そうな顔をしていた。

「なんで?」

 そんな注意を受ける覚えはない。そんな顔をしている。それが文人には意外だ。てっきりこの場で懲らしめるつもりだったのかと思ったのに。

「えっと、だってさ」

「誰に手を出していようと、この村では仕方ないことよ。仕事の一部だもの」

「――」

 その納得の仕方は絶対に駄目なやつ。そう思うも、注意として言葉にならなかった。そもそもこの村では仕方ないって。

「スパイ映画を考えれば解るじゃない。女性の最大の武器って何?」

「あ、ああ。ハニートラップってこと」

「そう。それを仕込むのが父親だったってだけで終わるわ」

「――」

 あの、もう少し言い方が何とかなりませんか。そう思う文人は遠い目をしてしまった。ともかく、虐待ではないぞってことなのか。事実、繭は中学生とは思えない妖艶さを纏っていた。それは、ああ、そういうことか。文人はがっくしと肩を落とす。

「実際、最初を狙うのもそういうニュアンスがあるためよ。セックスに対して淡泊にするためって言うか。好きな人が出来てもやりにくくするためっていうか。ま、絶対的な力で来られると、その先も有利だしね。使う側は。そして逆に、そういう方面をやらないって決めている場合は、絶対にやらないようにしちゃうのよ。やり方はそれぞれあるんだけどね」

「ええっと」

 話がまた凄い方向に進んできたなと、文人は顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。

「私はやらないって決めているけど、でも、それはここの当主候補だから。今のところは何もなしね。とはいえ、性に関しては淡泊だと自分で思うわ。というか、この村にいたらセックスに理想を見る人なんていないんだけど」

「――勘弁してくれ」

 色んなものが崩れるよと、文人は思わずそう呟く。これでも十九歳。あれこれと考えちゃうお年頃だ。思春期ほど過敏ではないとはいえ、セックスだの何だのに興味も理想もあるのだ。それを悉く粉砕しないでもらいたい。

「あら?ごめんなさい。でも、何がいいわけ?」

「何がって。女子高生と議論できるか!」

 思わず文人は怒鳴ってしまった。すると、手伝いに来ていた人たちがびっくりしてこちらを見る。文人はより顔を赤くしてしまった。

「ま、文人はどこまでも普通ってことよね」

「当たり前だろ」

 文人はあくまで、歴史が好きな、そして民俗学が大好きな、ちょっとオタクじみているだけの青年なのだ。しかも本をよく読む、文学青年でもある。どこをどう取っても、今時の若者とは違うものの、普通の若者だ。こんな歴史の闇どっぷりの村の感覚とは違う。

「あら。でも、普通の人よりこういう話に耐性はあるでしょ?」

「ま、まあ。ないとは言わないけどさ。言わないけどよう」

 女子高生に人生の今後の夢を壊されるこちらの身にもなれと、文人はこそっと溜め息を吐いた。しかし、鋭い視線を感じてびくっと身体が動いた。

「意外ね」

 その視線の主はもちろん焔だ。その敵意丸出しの視線に、毬が目を丸くしたほどだ。

「い、意外?」

 毬の顔を見て引っ込んでいった焔だが、毬の反応も不可解で文人はええっと驚くしかない。

「何にも興味ないはずの人なのに、文人のことは気になるし、気に入らないみたい。面白いわ」

「お、面白くないです」

 どこに面白さがあるんだと、文人は顔を真っ青にした。ヤバいじゃん。妹に集る害虫として駆除されちゃうじゃん。川に浮かぶ羽目になるじゃん。

「大丈夫よ。私が守るから」

「いや、だからさ」

 それがより焔からすると楽しくないんじゃないのと、文人は気になってしまう。ひょっとして、焔ってシスコンかもしれないじゃん。いや、その可能性はめちゃくちゃ高いと思う。

「へえ。そうなの?」

「お前はなあ。男ってわりと馬鹿だぞ。みんな日向のように頭は良くねえんだよ。解るか?」

「そうね。日向は頭がいいわ」

「――」

 そこ、さらっと認めるなよと、文人はがっくりだ。しかし、焔への印象ががらりと変わった瞬間でもある。そして、犯人最有力候補になった瞬間でもあった。

「面倒臭がりを動かすほどの理由になるの?」

 当事者の毬は解らないと首を傾げた。あれだけ鋭い指摘をあちこちでやっておいて、自分のことは解らないのか。

「なるだろうよ。ほら、お前に負担を掛けたくないって思っているとか」

「あら?だったら兄さんが当主を継げばいいだけでしょ。本末転倒もいいところだわ」

「まあ、そうだけどさ」

 違うんだよなあと、文人は上手く説明できなくて困ってしまう。そういう、家を守りたいとか、仕事の負担を減らしたいとか、そういう意味じゃないと思うのだが、それで毬は納得しない。そうだ。彼女には普通というものが存在しない。それを、苦痛とは思っていないのだが、知らないのだ。

「それより、父のところに行きましょう」

「そうだな」

 色々と、色々と問題のある家。その問題の天辺にいて臆病だという巌の元に、二人揃って赴いた。巌の部屋は屋敷の南側の奥にあった。

「どうした?」

 予想に違わず墨染めの衣を纏って読経中だった巌は、毬と文人が来たことに心底驚いているようだった。

「段取りの確認です。昨日の今日とはいえ、麻央さんの葬儀ですもの。ちゃんとしたいんです」

 毬は平然とそんなことを言う。しかも、それが揺さぶりになると解っていて言うのだから、この子の心臓には毛が生えているに違いない。

「そ、そうだな。まさか、江崎のところに続いて駒形のところにまで」

 その巌の目はちょっと泳いでいた。どうやらどちらとも何かあったようだ。しかし、芹奈を手籠めにしたとあれば毬にばれているだろうから、こちらとは何もなかったのだろうと文人は思っている。が、何かはやらかしているらしい。この親父。

「うら若き乙女ばかり、困ったものです」

「ああ、うん。そうだな。駒形の子はうちの焔と一緒になるんじゃないかと、そう思っていたのになあ」

「ええ」

 白々しい会話の応酬だ。とても親子の会話とは思えない。

「段取りとしては、いつもの通り、夕方の六時から通夜を始める。その前に湯灌だが、今回も難しいんだろうな」

「ええ。ですので、前回と同じで大丈夫でしょう」

「解った。では、ほぼ江崎の時と同じだ」

「了解しました」

 毬は頷くと、すぐに立ち上がった。それに文人も続こうとしたが

「ああ。待ちなさい。古関君」

 と呼び止められる。一体何だとビビったが、毬はすぐそこにいるからと言い残して、先に部屋を出て行ってしまった。おかげで部屋には二人きり。文人はあれこれ聞いてしまった後だけに、何だかそわそわとしてしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る