第14話 二人目の犠牲者は

 でも、それでいいのかなと思ってしまう。だって、この村にいなければ、日向は普通に生きていけるはずだ。もちろん、あれこれと困難はあるだろう。しかし、ここで悪意と哀れみの目で生きていくよりはマシだろう。

「大丈夫よ。あなたが心配しなくても、日向はしっかりした子だもの」

「でしょうね」

 二度ほど話しただけだが、とてもしっかりしているのは解っている。それこそ、高校生らしからぬ感じだ。毬も初めは高校生っぽくないなと思ったが、こうして喋っていると、やっぱり高校生だと感じさせられる。でも、日向には隙がない。

「ま、問題は日向じゃなくて、次の世代の担い手である高校生を殺そうとしている犯人よ。長引くとあなたへの危険のリスクも高まるし、何とかしなきゃ」

「そうだな。せめて多聞と連絡が付けばいいんだが」

 襲われたのならば、犯人を目撃しているはずだ。ということは多聞は犯人を知っている。

「反撃を考えているのかもしれないわ。ともかく、今日は何も動けないわね」

「ああ」

 こうして長かった一日は終わり、翌日から捜索を開始しようとしていたのだが――





「古関さん。大変です!」

「むがっ」

 容赦なく襟首を掴まれて揺すられて、文人は早朝、夜が明けきらないうちから叩き起こされた。犯人は鴨田だ。

「鴨田さん」

「ま、また、死体が」

「え?」

 まさか多聞がと、文人はそこで完全に覚醒した。しかし、鴨田から告げられたのは予想外の名前だ。

「か、川で、駒形さんが」

「なっ」

「しかも今度は」

 そこで死体の状況を思い出したのか、ぶるっと鴨田は身震いをする。今回も無残な死体だったということか。

「また心臓が?」

「ち、違います。今度は、目ん玉です」

「――」

 無残な死体を想像し、文人も黙るしかなかった。そうしているうちに、ささっと毬が部屋にやって来た。その毬はすでに制服に着替えていて、いつ起きたんだと驚かされる。

「駒形さんが死んだって。麻央さんですか?」

「え、ええ。朝、見回りに出たところで」

「行きましょう」

「ええっ」

 毬がすぐに飛び出そうとするので、これには鴨田が驚いた。見ない方がいいですと押し留める。

「いいえ。大丈夫。それより鴨田さんは兄に知らせてきて。兄さんは昨日、麻央さんと部屋で喋っていたんだし、何か知っているかも」

「え、ええ。はい。って、現場に行くのはいいけど、死体に触れないように。というか、見ないようにね」

 止めても無駄と悟ったのか、そんな不可能なことを付け足して、鴨田は文人の部屋を飛び出していく。まったく、警察官だというのにあの人が最も落ち着きがない。

「行きましょう」

「み、見たくないなあ」

 目玉をくり抜かれているらしいという情報が、文人の心をすでに挫いている。というか、どうして目玉なのか。

「それは簡単よ。人を操るのに必要なのは目だから」

「――そ、そういう理由なのか」

「ええ。芹奈の時が心臓だったのもそう。術に関わる部分だから。そしてそこを欠損させれば、その人はもう復活できない。変わり身であろうとね」

「なるほどね」

 理由に関しては今やあっさりと納得出来るものの、しかし、気分のいい話ではない。そして、見たくない気持ちに変化は訪れない。が、毬がそれを許してくれるはずもなく、手早く着替えて川へと向かった。

「うっ」

「酷いわね」

 すでに川原には町の人たちが集まり、死体を遠巻きに取り囲んでいた。今回は芹奈の時と違って、誰もが近づこうとしない。それもそのはずで、目玉が抉られた死体というのは、想像よりも強烈だった。

 元は美人だった顔が無残にも崩れ、ぽっかりと空いた血の塊を宿す穴がこちらを向いている。まさに異様だ。そして、身体のあちこちは食い散らかされたようになっている。

「誰か筵を持ってこいよ」

 そう言う声はするものの、誰も触ろうとはしなかった。いや、前回の死体も引き上げたのは文人と鴨田、そして杉岡だ。村の人たちは、極力触れないようにしている。

「秘密の部分のせいよ。下手に事件に関わりたくないの」

「ああ。証拠としてデータが取られちゃうから」

「ええ。今回は警察が入って来れないから、それほど警戒することはないんだけど、貴重な収入源だからね。絶たれる可能性があることには手出ししたくないのよ。それがたとえ身内の死体であっても」

「ほう」

 警察に疑われて証拠を、指紋やDNAを採取されたくない。そのために、彼らは遠巻きに見ているわけか。そして、疑いは総て鬼である日向に押しつける。なるほど、そして日向は日向でそれが役目だと解っているから、率先して自分の情報を提供するってことか。よく出来たシステムだ。虫酸が走るほど嫌なものだけれども。

「あっ」

 そんなことを考えていると、日向が家から出て来て、川の近くに筵を置いていった。服装はまるで神官のように真っ白な着物と袴だったのが、文人がいた位置からでもよく解った。

「あれが、日向の役目なのか」

「いいえ。それは緊急時のみよ。というより、あの格好を見たでしょ。あの子はこの村の人々を護るのが仕事よ」

「――」

 緊急時には切り捨てるって言っちゃってるし、それに虐げておいて護るのが役目って、どこまで昔なんだ。文人は腹が立ったものの、毬の言葉に違和感も覚えていた。

 今の言葉は明らかに村人と同じ意見であり、彼女自身の意見とは異なる。そう感じた。そしてその理由は明らかで、大勢の村人が毬と文人を見ていたためだ。

「――」

 この場では余計なことを言えないってわけか。それは毬が、まだ当主ではないからか。彼女が率先して早乙女を継ぎたいと思っているのは、自分の意見を言えるようにしたいからだなと、そこまで気付いてしまう。

「おおい。古関君」

「はい」

 その間に鴨田も早乙女家から駆けつけた。後ろには大八車を引っ張る杉岡の姿もある。ということはやっぱり、この三人であの死体を高木病院まで運ばなければならないようだ。

「禍の種かもしれんが、いてくれて助かったな」

「そうだな」

 そんな声が聞こえてきて、文人は額に青筋が浮かぶのを自覚した。が、声を荒げたところでどうしようもない。この村はそういう村だ。郷に入っては郷に従へとの言葉通り、余所者が他の場所のルールを口にしたところで、ここでは受け入れられない。

 秘密の、歴史の闇の血脈の中の人々。彼らはその業を背負い、そこから逃げられないのだ。そう思うと、理不尽な役目だろうとやってやろうじゃないかと思う。が、今回の死体はちょっとなあと思う。

「先に顔を隠しましょう」

 杉岡が文人の顔色が悪いことに気付き、率先して死体に近づくと顔に小さな筵を掛けてくれた。怖いおじさんだが、彼もまた村人たちよりは下位に位置する者というわけか。

こうしてようやく死体を川から引き上げることになった。この川がどこから流れ込み、どこに流れていくのか知らないが、村人からは忌避されている川だということは確かだ。

「よいしょっと」

 無事に川から引き上げて川岸に立つと、向こう側からこっそり日向が覗いているのに気付いた。軽く手を挙げて挨拶すると、ぺこっと頭を下げて帰っていく。無事に処理してくれたことのお礼を言いたかったようだ。

「普通なんだよな」

 身体には大きな秘密があり、過去に悲しいことがあったというのに。文人はいつしか日向を逞しく思っていた。

「さ、行きましょう。さっき県警に連絡を入れたんですけど、何カ所も土砂が埋まっている場所があって、なかなか来れそうにないみたいです。死体の処理や保存に関してはこちらに一存するってことのようで」

 鴨田もやれやれと腰を伸ばし、そう文人に説明した。そういえば、鴨田はこの村の秘密にはまだ気付いていないようだ。あの土砂崩れが人為的であることも、共有しないままだった。

「警察は当てにならないってことですか?」

 しかし、これからもこの村に関わらなければならない鴨田を怖がらせるのもあれなので、そう苦笑して訊いておくに留めた。

「まあ、自分も警察なんでそう言っちゃうのは問題なんですけど、そうですね。こんな小さな村で、しかも外からの出入りが難しいでしょ?犯人はこの中にいるのは確実だから、あんまり急ぐ気もないんでしょうね。どうせ村人の間で起った金銭トラブルなり親族間の争いなりって思っているでしょうし」

 鴨田も苦笑しつつ、まあ、事実ですけどと付け加える。たしかに、容疑者は村人二百人ほどに絞られているし、事件の動機はこの村に関わることだ。大筋では間違っていない。

「行きましょう。昨日に引き続きとなってしまいましたが、葬儀も行わなければなりません」

 杉岡は意見を述べず、そう言って先に大八車を押し始めた。だから二人も慌ててそれを手伝う。

「葬儀か。また長いんだろうな」

「そうですねえ。ここの葬式、長いですね」

 大八車の後ろを二人で押しつつ、思わずそう愚痴を零してしまった。死者には悪いが、都会であんな長丁場の葬式はないと、そう言いたくもなる。

「ここの葬儀は、亡くなった者に勤めが終わったことを告げるためでもありますから」

 そんな愚痴に、杉岡は静かにそれだけ言った。勤めが終わった。それは仏教的に現世での修行が終わったと取ることもできるし、裏稼業での役目が終わったとも取れる。どちらにしろ、苦行であったことは変わりがないんだろうなと思う。そして、ふとここが比叡山の中なのだと思い出した。なるほど、やはり苦行というのが合うかもしれない。

 比叡山は言わずと知れた天台宗の総本山。そこで行われる修行は厳しく、さすがは密教というものが多い。比叡山を見て最初に思い出した千日回峰行もその一つだ。悟りを開くための努力というのは凄いもんだなと思わされる。

「あっ」

 そして、だからこの村の秘密も生まれたのかと気付いた。密教は山岳修行と密接に結びついている。だからこそ、ここの人たちも大きなネットワークを持って仕事が出来ているのだ。つまり、ここの人たちもまた山岳修行を行う山伏と変わりない。

 そして、だからこそ比叡山の山の中に住むことが許されているに違いないと、ようやく色々と頭の中で繋がり始めた。修行僧という扱いになっているからこそ、おそらく境内の敷地内であるはずのこの村も存在できている。そして、その村を束ねる巌が坊主の資格を持っているのも然り。

「いやはや、寸分の無駄もないな」

「え?どうかしたの?」

 思わず感心して声に出した文人に、何も知らない鴨田はきょとんとしていた。

「いえ」

 教えると面倒になるので、というか理解できないだろうしと、文人は曖昧に笑っておいた。そうしている間に高木病院へと到着する。

「あらあら。二人目だなんて。しかもまた女の子が」

 そして、高木病院の玄関でストレッチャーと一緒に待っていた川田が、嘆かわしいと溜め息を吐く。その様子に、何故かほっとしてしまって文人は緊張していたことに気付いた。

 そう、色々と村の謎は解けてきたものの、目の前で殺人事件が起っている現状は緊張状態を継続させている。しかも、芹奈にしても麻央にしても無残な死体となって川に放置されていた。その異常さに、神経がきりきりと張り詰めている。

「文人君も大変ね」

「ええ、まあ。でも、お役に立てているようなので」

「そうよねえ。この村の人って何をしているのかしら?見ず知らずの文人君に任せっぱなしなんて」

 川田はいくわよと、ストレッチャーに手早く死体を移動させ、一昨日もお世話になった診察室へと運び込む。さすがに今回の死体は二度と見たくないという気持ちがあって、文人は待合室で待つことにした。

「まあ、あれじゃあ仕方ないよね。俺も気持ち悪いし」

 鴨田も杉岡もそんな文人を咎めることなく、むしろ悪かったとばかりに謝って診察室へと消えていった。それだけでもどっと疲れが襲ってくる。

「ああ、もう」

 どうなってしまうんだろう。そんな漠然とした不安が、疲れもあって急に押し寄せてくる。村から脱出する方法はなく、謎の殺人事件まで起って、しかもそれがとんでもない秘密に絡んでいるなんて。

「歴史を知るって、こんなにも大変なのかな」

「そうね。本質を見ようとすればするほど、しんどい思いをするわ」

「ぎゃっ」

 独り言に返事があって、文人は飛び上がってしまった。いつの間に現れたのか、背後に毬の姿があった。

「そんなに驚かなくてもいいでしょ」

「わ、悪い。あれ、どうして」

「多聞から連絡があったわ。襲われた人の顔は見ていないけど、本気でこの村を殲滅する気だろうって」

「せ、殲滅」

 また過激な言葉がと、文人は目をひん剥く。

「もちろん、それはある程度の下の世代よ。もう引退している人も多いし、狙っているのは次の世代と今、つまり、麻央さんの世代ってこと」

「じゃ、じゃあ、焔さんも危ないんじゃ」

「ええ、そうなるわね」

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