第13話 日向の秘密

「さて、色々と整理が必要ね。あ、お腹が減ってるんだったらこれでもどうぞ」

 文人の部屋に入ると、毬はぺたんっと床に座り、話を進めようとする。ついでに制服のポケットからお守りのような小さな巾着を取り出して渡してきた。

「これって」

「今風に言うと栄養補助食品。歴史的な言い方をすると兵糧丸」

「ああ。あれか。って、実物を拝めることになるとは」

 巾着を開いてみると、中から饅頭ほどの茶色い丸い物体が出てきた。なるほど、これが聞きしにまさる兵糧丸かと、思わずしげしげと観察してしまった。

 兵糧丸とは戦国時代に戦場での携帯食として持ち歩くものだった。この丸っこいものには味噌や米、鰹節や梅干しやごまなど様々なものが練り込まれているのだ。高カロリー高タンパクな食べ物であり、まさしく栄養補助食品なのだ。

「あ、美味い」

 文人はその兵糧丸を恐る恐るたべたわけだが、意外と美味しくてびっくりだった。思わずばくばく食べたくなるが、その前に喉が渇く。

「ううっ」

「はい、お茶」

「お、お茶は普通」

 いつの間に入れてきたのか、麦茶が差し出された。文人は有り難く頂き、しょっぱさで渇いた喉を潤す。

「さて。状況を整理しましょう」

「は、はい」

 空腹も喉の渇きも癒やされたので、真面目に毬の話を聞くことになる。

「まず、狙われているのは高校生で間違いないわ。うち二人はすでに襲撃され、芹奈は死んでしまった」

 そこで毬は目を伏せる。やはり、気丈に振る舞っていても、そこは女子高生。悲しみが込み上げてくるのだろう。が、それはすぐに終わった。

「そして今、多聞が狙われて行方不明だわ。となると、こちらは長引きそう」

「ほう。で、後は高校生というと、君と日向君か」

「ええ。でも、日向は除外されるはずよ。私たちとは違う存在だもの」

「ああ。神子だから」

「そう」

 これもまた、裏側を知ってしまえばあっさりと納得できるのだから恐ろしい。つまり、日向は早乙女家とそれに連なる人々がやっている稼業に加わっていない。詳細は解らないものの、彼に託された役目は別であり、だからこそ忌避され、鬼とされているってわけだ。そしてこの事件はその裏側に関わることだから、日向が関わる余地はないというわけだ。

「わざわざ鬼に触れる必要はなし、か」

「そういうこと。となると、次に狙われるのは私ね」

「そんなあっさり」

 明日の天気でも話すような調子で言うなと、文人は呆れてしまう。が、おそらく狙われても自力で何とか出来る自信があるのだろう。なんといっても早乙女家の人間だ。

「ええ、そういうこと。私に勝つとなると、そうね。お父さんか焔兄さんくらいだわ」

「すげえな。杉岡さんは?」

「そうねえ。彼に本気で闘いを挑まれたら困るけど、あの人が犯人だったら、手っ取り早く早乙女家を皆殺しにするわ」

「――」

 だからそういう話題を気楽に言うなと、文人は何だかもどかしさを感じる。が、事実だから避けられない話題だ。

「だから、そう、困ってるの。繭を操って警戒対象のあなたを引き入れるのは、まあいいでしょう。そうやってこの村の情報が露見することを狙ったんだわ。でも、どうして次の世代から殺そうとしているのかしら。何か拙いことでもあったのかしら。情報を漏らして潰すだけでよかったはずなんだけど。そもそも、あんな裏稼業が未だに続いているなんて、多くの人は信じられないことだろうし」

「ああ。そうだよな。って、俺が狙われる可能性は?」

「あるから、私が常にくっついてるんでしょ」

「――」

 やっぱりあるんだ。文人はぞぞっとしてしまう。さすがに文人は生きながら心臓を抜かれるなんてことはないだろうが、殺されるのはごめんだ。というか、やりたいことが山ほどあるのに、こんなところで殺されてなるものか。

「ま、あなたは私が守るから大丈夫よ。引き入れたのが繭だし、見かけた時に中途半端にしか警告しなかった私も悪いし」

「ど、どうも」

 たしかにあの警告は解りにくかったなと、文人は溜め息を吐く。気をつけてと言ってくれたが、何をどう気をつければいいのか解らなかった。

「で、狙われる可能性が残っているのは毬ちゃんだけだってのは解った。そして、犯人に関しても誰かは特定できないってことだな」

「そうよ」

 文人がまとめるように訊くと、毬はこれまたあっさりと頷いた。ううむ、つまりはまだノーヒントに近いわけだ。誰が犯人なのか、皆目見当も付かないと。

「ただ、繭が操られているという事実。そして、そういう深層心理を操るのが上手いのは駒形だってことを考えると、繭と、そして駒形の誰かは犯人を知っているはず」

「そうだな。問い質してみたら」

「無駄でしょうね。繭は操られているって意識はないでしょうし、駒形の人も簡単に口を割るとは思えない。誰かを特定できていない以上、拷問するわけにもいかないしね」

「――」

 さらっと女子高生が拷問なんて言うもんじゃありません。と、文人は心の中だけで注意しておく。どうせ受け流されるからだ。というか、以前にやったことがあると言われても困る。

「ただ、次の世代を絶とうという手段が引っ掛かるしヒントになると思うの。そんなこと、すでに老人は考えないでしょ?」

「ああ、まあ、そうだよな。現役世代からすれば、次の担い手を失いたくないはずだし」

「ええ。私たちに世代が近い人ってことになるわ。となると、最も怪しいのは」

「麻央さんか」

「ええ。駒形の人間だし、ばっちり該当するわ。ただ、問題点もある」

「へ?」

 犯人は決まりとはいかないのかと、文人は目を丸くした。ついでにまだ残っていた兵糧丸を口に含む。

「兄と仲がいいってことよ。でも、恋人同士ではないみたいなの。麻央さんは気があるみたいだけど、兄はまったくね」

「へえ」

 それは妹としての願望なのではと思ったが、この毬に関して、それは当てはまらないように思った。ということは、客観的に見ての感想と考えるべきだろう。

 麻央は同級生である焔に好意を抱き、一方、焔は麻央を単純に同級生としか思っていないというところか。まあ、あのルックスだ。村の外に出ればモテるだろう。しかも、この村に関しては半分くらい関わっているので丁度いいと思っているのならば、村の人とは結婚したくないのかもしれない。

「焔ってどういうお兄ちゃんなんだ?」

 と、ここで焔って何者なのかが気になった。どうやら資産運用をしているらしいが、それだけなのか。

「人付き合いが悪く、愛想のない。ネット社会になって良かったわねって人よ。もちろん、裏稼業の腕も悪くないから、そっちだけで稼ごうと思えば稼げると思うわ。手段もわりとえげつないし。でも、そうはしたくないみたい。人付き合いが嫌いだから。裏稼業だと、人付き合いも込み入ってくるから余計に避けるのよ。だから農業やらないくせに会社勤めもせず、ネットで稼いでるの」

「――」

 どんだけ人付き合いが出来ないんだと思うくらいに強調されてる。それが文人の率直な感想だ。というか、そうか。あの目つきの悪さは人付き合いが悪いから、他人に家に上がり込んでほしくないってことだったのか。

「顔はいいのに」

 しかし、そのルックスを活かそうとは思わなかったのかなと、平凡な顔つきの文人は思ってしまう。別に彼女が欲しいとか思わないけど、彼女を作るのだって苦労しなさそうだ。

「だから余計になんでしょ。顔がいいから女が勝手に寄ってくる。ついでに男たちはそれに嫉妬する。そういうのに疲れちゃったのよ。おそらく」

「ああ、人気者だけが味わえる悩みだな」

 文人は羨ましいことでと、そこで焔に関して聞き出すのを諦めた。要するに、顔はいいが人と合わせるのは面倒なので付き合わず、実家にある資産を運用して老後も安泰。そういう人らしい。すでに隠居しているようなものだ。そうなると、ますます当主には相応しくない。

「そうそう。ご隠居と一緒なのよ。だから、この家はいずれ、私が継ぐことになると思う」

 なるほど、もう一人の候補は毬なのか。まだどっちか決まっていないから焔も候補扱いされているだけで、実質は毬に決まっているようなものなのだろう。しかし、長子は焔だから確定するまでは候補として扱われるというところか。

「そうか。大変だね」

「いいえ。むしろ燃えるわ。仕事が減っているって言われているけど、それは今までのネットワークに頼っているからよ。新規開拓し、海外にまで手を広げれば、ただ嘆くだけでなく、ちゃんと技術を活かせるはずよ」

「――」

 あ、凄く前向きなうえにやり手社長のようなことを言ってる。文人は平然と熱い野望を語る毬に、また意外な一面だなと思うのだった。






 結局、夜になっても多聞の行方は解らないままだった。葬儀の総ては夕方にはようやく終わり、では解散となった時には村人たちも酒で出来上がり、祭りの後の余韻のようなものだけが残っていた。

「多聞君の両親は心配してないのか?」

 おにぎりを食べながら縁側で星空を見つつ、文人は毬に確認する。先ほど、毬はぐるっと村を一周してきたところなのだ。その間、文人はすることがないので星を見ていたというわけだが、いやはや、さすがは山の中。邪魔される光源がないため、星が恐ろしいほど見える。天の川さえくっきりだ。

「心配はしているけど、大丈夫だろうとも思っているみたいね。ま、息子の実力はよく理解している人たちよ。むざむざやられるはずがないって思ってるわ」

「へえ」

 それは凄いこってと、文人には理解できない世界だ。そう、どういう秘密があるかに気付いたものの、未だにその世界は現実離れしているし、自分には理解できない範囲のことだった。

「実際、多聞の姿は村にないわけだから、逃げられたと考えるのが妥当だわ。怪我をして動けないんだったら、何らかの方法で連絡してくるでしょうし」

「ううん。気を失ってるとかは?」

「だったら、犯人がとっくの昔に捕まえて殺しているでしょうね」

「――」

 その場合、死体は川に放置されるはずだということか。しかし、この毬のさらっと死ぬとか殺すとか言う感覚にはついていけない。いや、裏稼業を考えれば、そういう言葉を忌避する意味はないのだろうけど。

「あっ、日向は?」

「まだお籠り中みたいね。でも、感じからして明日の朝には出てきそうよ」

「へえ」

 日向に関しても謎が大きなままだが、まあ、籠もって修行中だというのならば邪魔するわけにもいかない。しかし、謎だらけだ。この村そのものが大いなる謎で構成されているわけだけれども、やはり異分子だからか、日向のことが最も気になる。

「そういえば、日向君って男だよね?」

 ふと、その最も気になる中でも謎のまま残せないところを訊ねてみる。

「いいえ」

 すると毬はひょいっと文人が持っていた皿からおにぎりを掴んで一言。しかも否定。

「え?女?」

「でもないわ。あの子は両性具有だもの」

「――」

 凄い事実が出てきたと、文人は持っていたおにぎりを危うく落としそうになる。今日の晩ご飯がアリの餌になるところだった。しかし、それだけの衝撃がある。

「戸籍はどっちか選ばなきゃいけないから、男で出しているはずね。ま、股間にあれがあるし」

「と、年頃の女の子がそういうことを言うんじゃない」

 さらっと股間にあれとか、聞いている文人が恥ずかしくなる。ちょっとは羞恥心を持った方がいい。

「でも、中学の頃から生理も来てるのよ。ま、両性具有であることはこの村に来た段階で知ってたから、仕方ないわよねって話したのを覚えてる」

「――」

 いやもう、だから。男子相手に生理とか、さらっと言わないでくれ。文人は顔を真っ赤にして、心の中で悲痛な声を上げる。いくら大学生とはいえ、つい半年前までは高校生だったわけで、そういうことへの免疫はまだないのだ。

 しかし、両性具有って実際にあるんだなと、文人はあの不思議な雰囲気の理由に納得。どおりで男でも女でもある印象を受けるわけだ。というか、その場合、下半身はどうなってるんだろうと素朴な疑問も浮かぶが、毬の口から詳しく説明されるのは恥ずかしいので避けたい。

「そりゃあ、神子だな。納得」

「でしょ。そして鬼でもある」

「そうだな」

 人とは違うモノ。その総称が鬼だ。男女どちらでもある日向はまさに該当するだろう。

「あれ?そういえば日向君のご両親は?」

「いないわ」

 再びさらっと、毬は衝撃の事実を告げてくれる。いないとは、死んだということか。

「いいえ。あの子は川に流されたのよ。そう、本当に鬼なの。あの子は生まれながらにして鬼としての業を背負わされたのよ。流した両親はきっと、あの子の性を受け入れられなかったのね」

「――」

 川に流された。つまりは捨てられたということか。死んでも構わない。運が良ければ誰かが拾ってくれるだろう。そう託して流す風習がかつてこの国にはあった。それが、今も実行されていたということか。

「じゃあ」

「ええ。村で保護し、一応は鬼として飼うことになった」

「――」

 ぐさぐさと突き刺さる言葉の数々だ。村八分どころの騒ぎじゃないし、日向には守ってくれる人もいない。しかも飼うって。養うではない事実がとてつもなく重い。

「荒井ってのは」

「昔いたお巡りさんの名字よ。一応、その人の養子って形になったけど、早乙女家が多額のお金で納得してもらっただけ。だから、養育義務はその人にはないの。いえ、責任は一切負わなくていいようにしてあるわ」

「――」

 どこまでも凄いことの連続だ。なるほど、日向が冷たく扱われても受け入れているわけだ。そしてその理由は自分の身体にあることをよく理解しているからこそ、総てを受け入れている。

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