第12話 ヒントは高田崇史!?

「ともかく、狙われるのは多聞と、あとは私のはずよ。誰が犯人なのか、今のところは見当も付かないけど、確実に次の世代を根絶やしにしようとしているんだわ。そして、繭はそれに感化されている。だから、あちこちで目撃されていて、警戒されていたあなたをあえてこの村に引き込んだんだわ」

「け、警戒って」

 さらに衝撃的なことを告げられて、文人は呼吸するのを忘れそうだった。一体何なんだ、この村は。

 ただ因習に囚われている訳ではないのだと、唐突に理解させられる。総ての行動原理を司る何かがこの村にはあり、それが事件を巻き起こしている。そして、それは歴史に絡む何かなのだ。

「ええ、そう。ようやくなの?」

「えっと、すみません」

 何故か謝ってしまう文人だが、思えば散々、それに対する答えは毬からも、そして日向からも提示されていたではないか。二人が高田崇史の名前を出している、もしくは匂わしていることから、理解すべきだったのだ。そして、自分でも思ったではないか。歴史学と民俗学の知識をフル活用しなければならないと。

「つまり、俺は滋賀県のあちこちの史跡を回っていたから警戒されていた、と」

「ええ」

「じゃあ、この村って」

「だから、それはまだ駄目よ」

「――」

 ここでさらっと明かしてくれるんじゃないのかと、文人は溜め息を吐く。まだ、文人の理解が足りないと見なされているようだ。しかし、文人もようやくこの村の秘密の一端を知ることが出来た。そうなれば、後は頭の中にある知識と組み合わせていくだけだ。

「で、多聞は?まだ死体になっていないってことは生きていて、そして、逃げているってことか?」

「どうだろう。ヒントがなさすぎるのよね。すでに犯人が大方の痕跡を消してしまったのかも」

「ああ。焚き火の跡も隠されていたし」

「それは多聞よ。基本だもの」

「ああ、そう」

 もはや現代人とは考えない方がいいってことだな。そして、この村の秘密は歴史に絡むこと。そしてそれは歴史の闇に絡むこと。当たり前に鬼がいることが受け入れられる。さらに、やたらと足が速い毬に、野宿の知識があるという多聞。文人の中で給食に村の秘密が確かな形を作り出していく。

「ひょっとして」

「口に出したら駄目。それと、あなたがそれに気付いたことを、村の誰かにも悟られても駄目」

 思わず答えを口にしようとしたら、毬にむぎゅっとほっぺたを掴まれて阻まれた。

「わ、解った」

 もごもごと頷くと、毬はようやく手を離してくれる。しかし、まさか本当にそうなのか。今の身のこなしだって、一瞬のうちに文人の口を、身長差があるにも関わらずにあっさり出来ることも、その証拠ということか。いやはや。

「でも、どうして次の世代を消したいんだ」

「さあ?ただ、嫌気が差したのかも」

「嫌気」

「ええ。伝統を守らなければならないことにね」

「ああ」

 この村は、どこまでも秘密と、それにまつわる因習で雁字搦めだ。それを息苦しいと思う人間がいてもおかしくない。では、それは誰なのか。

「繭が感化されているってのはどういうことなんだ?」

 文人が問うと、あの子が単独で殺人を犯して死体を運べると思ってるのかと訊き返される。確かにそのとおり。それは不可能だ。昨日の朝だって、死体を運ぶのは三人がかりだった。それは川から岸へという持ち上げる動作を含んでいるからだとしても、やはり、少女一人には無理だろう。この村に関わることが出来たとしても、一人では無理だ。

「そういう、意識を操るのが上手い奴っているのか?」

「ええ」

「誰?」

「駒形家よ」

「え?・・・・・・ええっ!?」

 駒形って、初日に芋掘りのお誘いをしてくれたあの人の家だ。たしか、焔と同級生だとかいう。

「あのお姉さんが」

「あら、会ったことがあるの?」

「う、うん。初日に」

「それは、とっても怪しいわね」

 毬はそうかと顎に手を当てて考えている。まさか、あの駒形麻央が犯人だというのか。綺麗なお姉さんというイメージのあった人が、いきなり鬼女のイメージに切り替わる。

「ま、結論はまだ出ないわ。駒形家は確かにその麻央さんが今は中心だけど、両親は健在、さらにその上の世代にあたる祖母だっている。操るだけならば、駒形家の誰だって可能よ」

「うわあ」

 すげえ村だよと、ようやく秘密の部分を理解した文人は仰け反ってしまう。まさに、リアルに高田崇史の世界じゃないか。ひょっとしてあれか。あの人の本を読みすぎて、自分は幻覚を見ているんだろうか。そんなレベルに発展している。

「もしくは京極夏彦かしら」

「お、俺の思考を読まないでくれよ」

 日向を含むと京極夏彦の世界も交ざってるなと思った自分より先に、毬が言うので困ってしまう。ああ、もう。このダメージ、現実世界らしい。

「あなたの好みなんてお見通しだわ」

「そ、それはどうも」

 毬は思考を読むまでもないと言い放ってくれて、さらにきつい。ああもう、それより今だ。

「で、多聞は?」

「さあ。ともかく、ここにはいないとなると、本気で隠れているでしょうね。スマホはもちろん役に立たないから、向こうから報せがあるのを待つしかないわ」

「はあ。狼煙とか?」

「それじゃあ、村人全員に知られちゃうでしょうが」

「ああ。そうね」

 もう無理と、どうやら文人の知識では乏しい部分があるようだ。というか、歴史好きだけれども、そんな総てを網羅できているわけじゃない。高田崇史は大好きだけど、あそこまでの民俗学の知識だってまだない。

「ともかく家に戻りましょう。駒形の動きを知るためにもね」

「あ、ああ」

 そういえば今、葬式の途中だったんだよなと、あまりに目まぐるしく起ることに文人はパンクしそうだった。

 しかし、ようやくそういうことだったのかと理解したこともある。毬たちは、まさに歴史の闇に息づいてきた人々の末裔。闇の血脈を受け継ぐ人々だったわけだ。

「歴史は好きだし、そういう暗黒面にも興味あるけどさあ」

 出来れば、巻き込まれずに傍観者が良かったな。そんなことを思う文人だった。






「戻ったか」

「はい。すみません。多聞の姿がなかったものですから」

 家に着くなり、玄関先で二人を見咎めた焔に対し、毬は慣れた調子でそう告げた。そんな正直に多聞がいませんって言っていいのだろうかと思ったが、やはり口出しできない。

 というか、早乙女家が絶対というのも、あの秘密に関係があるわけだ。なるほど、この家だけ異様に大きく、そして村全体が見渡せる場所にあるわけだと、今更ながら理解する。ホント、情けない。しかも早乙女家に笹目村。どう考えても権力者じゃないか。

 早乙女とは神の乙女という意味で、そのサの音が意味するのは荒ぶる神だという。それに笹目村。笹は砂鉄に通じる言葉だ。この辺りで砂鉄が取れたのか、文人の知識では解らないが、比叡山という霊峰の中だ。そういう価値あるものが産出していたとしても不思議ではない。いやいや違う。比叡山では何も出なかったはずだ。そこが高野山との違いでって、これは重要ではない。

 ここはあの秘密の抱える村なんだから、ここで製鉄をやっていたわけではない。中継地点だっただけだ。各地に秘密裏に鉄などの重要なものを運んでいたのだろう。昔は人の行き来が多かった。その証拠の病院もあるではないか。そこから笹目という名前が来ているはずだ。さらには早乙女も笹も繋がっていて――つまりはどちらも歴史的に意味のある言葉を使っている。これに真っ先に気づけなかったとは、家に帰ったらQEDシリーズを読み直すより他はない。

「多聞が?そうか」

 文人が後悔している間に説明は終わっていたらしい。焔は相変わらず変化の乏しい顔で、そんなことが起こっていたのかと頷く。

「ええ。どうやらこの事件、ある意思を持ったものが連続して起こしているようですので」

 しかし、焔に対してそこまで報告していいのかと悩む文人だ。このおっかない人に報告すると、何かとややこしくなりはしないのか。

「解った。親父には俺から報告しておこう」

「お願いします」

 が、そんな懸念は必要なかったらしく、そこで話題が途切れた。早く入れとだけ指示される。

「あの人は調べようって思わないわけ?まあ、もう大人だけどさ」

「兄さんは昔からこの村に興味がないのよ。斜に構えているというか、人付き合いが苦手だからというか。ともかく、この村のことは半分くらいしかしないの」

「へえ」

 意外だなと、文人は率直にそう思った。だって、明らかにここの次期当主ですって顔をしてるしと、さすがにそこは口に出さない。しかし、杉岡も候補と言っていた。つまり、焔が問題なく次の当主になるとは思っていないということか。

「現実的なのよ。この村の裏稼業だけではもう、大して稼げないもの。というか、ネット社会だし」

「ああ、そう」

 あっさりこの村の秘密を裏稼業と言っちゃうんだと、文人は脱力しそうになる。さっき、気付かれないようにしろって言わなかったか。

「大丈夫よ。この家で聞き耳を立てるのは無理だから。杉岡がちゃんとしてるもの」

「ああ、そう」

 もうどうにでもしてください。そんな気分になりながら、文人は毬に従うしかない。というか、もう本当に彼女に頼るしかない。自分はあくまで補助だ。助手ですらない。

 葬儀が行われた広間に戻ると、それぞれが楽しく宴会中だった。すでに死体は窯まで運ばれ、見張りの人以外は宴会なのだという。

「見張り」

「ええ。昔から、焼いている時は色々あるって言うでしょ」

「ああ」

 そういうことねえと、文人は遠い目をする。つうか、焼いている時って生々しい。友人が殺され、その葬儀だというのに、毬の言い方は何とかならないのか。いや、犯人を捜そうと正義感は持っているけども。

「あれって筋肉の収縮のせいだよな」

「ええ、そうよ。でもそれは一般的な事ね。この村だと、本当に色々とあるから。まあ、今回は心臓がないわけだし、何もないでしょうけど」

 ああ、そうですかと、文人は再び遠い目をする。あれか、生き返るってやつか。そういえば、ずっとそれが話題になっていたなと、今になって思い出す。

「入れ替わりとか、仮死状態とかを考えていたってことか。だから散々復活するといけないって言ったたんだな」

「ご名答。だから、心臓は重要なのよ。そして、何があってもこの子は復活しないと示すことも重要だった」

「なるほどね」

 裏側を理解してみると、なるほどと納得出来ることばかりだった。しかし、あれに気付けというのは、無理だと思う。そういうものがあったと知っている人間でさえ、今もなおそれが当然のように続いていることを、どうしても忘れてしまうものだ。

 ましてや、毬や焔の態度が示しているように、それが今後も続くかどうかは微妙なところだろう。彼らの技術が活かされる場面は、非常に減っていると言っても過言ではない。

「お姉ちゃん」

 そこに繭がこっちよと手で示す。二人の昼ご飯はこっちに除けてあるということらしい。

「あっ」

 腹減ったと思って文人が近づこうとしたが、それを毬に制される。いや、腕を軽く掴まれているはずなのに、足は動かないし声も出なくなった。

「今はいいわ。ありがとう。それより麻央さんを知らない?」

「お兄ちゃんのところ。邪魔しない方がいいよ」

「あら、そう」

 そう言って、毬は動けなくなっている文人を引っ張っていった。いや、引っ張られたら謎の動けない状態は解除されたが、いやはや。

「おいっ」

「ご飯は後で確保してあげるわ。ともかく、繭の指示されたものは食べないで」

「あ、ああ。操られているからか」

「そういうこと」

 あなたの部屋に行きましょうと、毬は勝手に決めて歩き出す。

「あのさ、さっきのは」

「ツボを押しただけよ。おそらく、芹奈の動きを封じた人も使ったはず」

「へ、へえ」

 何でもありじゃん、と文人は思ったが、まあ、仕方ないよね。この村じゃあ。もう、どんな技でも術でも使ってくださいという気分だ。歴史を体感するという旅の目的は果たされているのだが、果たされ方が違うんだよなと文人は嘆く。

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