第11話 村に横たわる秘密
ぼやくように言う文人に、それは当然だろうと年下の毬に頷かれる屈辱。仕方ないとはいえ、知識として知らなかったのも恥ずかしい。
ちなみに湯灌というのは仏式による葬儀で、死体を棺に入れる前にお湯で身体を拭ってあげることだ。もちろん、今回の場合は芹奈の死体は損壊された箇所が多かったため、腕や足だけの形式的なものになったが、しかし、死体に直接触れる経験なんてないわけで、そりゃあもうびっくり体験だ。
「あれが、死後硬直か」
「どこで実感してるのよ」
「いや、ははっ」
で、その湯灌が終わったら祭壇を組み、ようやくお通夜の開始。そこから長いお経が続き、焼香もあってと、それはもう時間が掛る。
そしてそこでお開きではなく、夜通し死者を見守るための宴会が開始されたのだ。見守るのは基本的に親族のようだが、それでも、寝ずの番というのは大変なので、村の人が何人か付き添うという。
今、文人と毬は宴会場を抜け出して庭にいるのだが、それでも、大声であれこれ喋る声が聞こえてくる。
そもそも、異常事態での葬儀だ。誰もが神経を高ぶらせていて、酒も進んでいる。一体誰が犯人なのか。それが気になる。しかも確実にこの村の中にいるのだと解っているからこそ、一緒にいるには酒が必要というところか。
一時は疑いが日向に向いたものの、というか咄嗟に鬼の仕業だと言っていた村人だが、日向ではないと確信しているらしい。あの場合の鬼は説話に出てくるような鬼を指していただけなのだ。だからこそ、宴会は余計に盛り上がっている。そして、そんな村人全員が集まっている葬儀があろうと、日向はお籠り中だ。本当に村のシステムから排除された別の存在として扱われている。
「お籠りって、何をやるわけ?」
「精進潔斎をして、護摩を焚くのよ」
「――修行だよね」
「ええ。それが日向に課せられた使命だもの。あの子は特殊なの」
「――」
いやはや、日向に関しては総てが特殊な気がするが。しかし、そんなことをする奴が犯人ではないというのは、当然の帰結ということか。
「そうね。たしかに日向は鬼だけど、そういう鬼ではないから」
「――」
暗号ですかと聞きたくなる言葉だ。しかし、日向が容疑者から除外されているのはほっとすべきことだ。けれども、この村では民俗学の知識を総動員して考える必要があって疲れてくる。
「一体誰が犯人なんだろう?」
「さあ。ただ、言えるのは、さっきも言ったように復活の阻止ね」
「彼女の?」
「いいえ。この村の」
「?」
あれ、あの時は芹奈に関する話だけではなかったか。文人はそう思って首を捻ってしまう。
「たぶんん、犯人はこの村の秘密を消し去りたいのよ。今でも細々とだけど続くそれを忌み嫌っているんだわ。だから、次世代の子を狙ったのよ」
「秘密って、何か伝統でもあるのか?」
「ええ」
確かに何かありそうだよな。文人はううむと唸ってしまう。だが、文人の持ち得る歴史学と民俗学の知識を総合して考えてみても、この村の秘密はまだ理解できないままだった。
「で、どうして心臓を?」
「本人が現れては困るもの」
「あの・・・・・・それって幽霊ってこと?」
「違うわ」
あっさり否定され、なんだ違うのかと文人は反応に困る。だからどうして心臓なんだ。たしかにそれがないってことは、確実に死んだって解るけれども、いや、でも、他の方法だって確実に死ぬんじゃなかろうか。
「いいえ。この村では表面的な死は信じるべきではないの」
「はあ」
ますます解らないと、文人は首を捻るより他はない。
「なんだ、まだ気付いていないの?」
そんな文人の反応に、毬は呆れた様子で言ってくる。え、何をと文人は目を丸くするが、毬は答えてくれない。ううむ、どうやら今までの会話にヒントがあったらしいが、はて、何が何やら。大体、総てが現実離れしていて、殺人事件について真剣に考えられないくらいに解らないことが出てくる。
「まあ、いいわ。嫌でも理解できるはずよ」
「そ、そうなのか?」
「ええ。あなたの大好きな高田崇史の知識があれば」
「――」
そこ、ヒントなのか。というか、あれ。毬に高田崇史が好きだなんて言ったっけ。それにあの人の本は普通、ミステリーに区分されるはずだ。読んだことがある人ならばもちろん、それが歴史を扱っていることを知っているが、一見しただけでは解らない。しかも、歴史の暗部を丁寧に読み解いている小説を、歴史学科の人間が愛読しているかどうか、それだって解らないはずだ。
ううんと、首を捻っていると
「多聞」
毬が庭先に多聞の姿を見つけて手を挙げた。多聞は制服姿でこちらにやって来る。いや、毬も制服姿だが、すでに夜の十一時近いというのに制服姿の高校生がいると不思議な気分になる。葬式とは、こういう点でも非日常だ。
「俺はもう帰るな」
多聞は疲れたしと、それを言いに毬を探していたらしい。
「気をつけてね。たぶん、私たちを狙っているはずよ」
そんな多聞に対し、毬はそう忠告している。まるで高校生が重点的に狙われるかのような言い分だ。いや、毬は明らかにそう推測している。
「解ってる。俺の腕を舐めてるのか?」
「いいえ。でも、相手はそれを上回るはずよ。芹奈があっさり殺されたんだから」
「――解ってる」
そんな会話を交わして、多聞は去って行った。一体何がどうなっているのか。やっぱり肝心な部分は解らない。
「さ、私たちも寝ましょう。あなたのいる客間側だったら静かなはずよ」
「え、うん、って、え?」
「私もそっちで寝るわ。ああ、大丈夫よ。部屋は別」
「あ、そう」
一瞬動揺した自分が恥ずかしくなる。というか、相手は高校生だぞ。手出ししたら犯罪者だ。文人はそこまで考えて、毬にそんな感情は抱いていないと一人で否定。
「何やってんの?」
「い、いえ、別に」
「そう。じゃ、寝ましょう」
「はいはい」
こうして、こうしてようやく、長い一日が終わったのだった。
翌日。葬儀は朝から長かった。いやはや、都会では絶対に経験できない長さだった。ビックリさせられる。
「足が、足が」
そして、正座をし過ぎた足は痺れっぱなしだ。それに毬は呆れた様子で、繭に至ってはわざと二回も踏んづけてくれた。最悪だ。文人は邪魔にならない縁側で身悶えるしかない。そうしている間にも、会場は昼ご飯の支度へと変わっていた。
「火葬はどうするんだ?」
「山の中に窯があるわ」
「――」
ああ、昔ながらのやつなんだろうなと、文人は足を擦りながら想像する。都会だと近代的になっている火葬場だが、たぶん、映画に出てくるような古いタイプのものに違いない。
「そういう知識はあるのね」
「まあねえ」
それは葬式を経験していればと、文人は足を擦る。しかし、それも小さい時に曾祖母の葬儀で経験しているだけで、だから湯灌の知識なんて持ち合わせていないのだ。火葬場に関する比較知識は映画からだし。
「映画か。八つ墓村とか」
「そうそう。って、そんな話、したっけ」
「大体想像つくわよ。あなた、本が大好きなのね。そしてその中から、小説の舞台になっている歴史を知りたいと思うようになった。そういうところでしょ?だからまだ、特定のどの時代を研究したいとは思っていない」
「――」
図星で何も言えなかった。いやはや、日向とは違って合理的かつ文人の現在の心情によく合う考察だ。
「日向は?まだ、お籠りってのをやってるのか?本当に三日間もやるわけ?」
そういえばと問うと、毬は当然でしょうと頷いた。
「この村で穢れが発生しているのよ。念入りにやっているに決まってるわ。そうしないと、あの子が危ないもの」
「へ、へえ」
本当にこの村って江戸時代と平安時代が融合したような村だなと思ってしまう。時代がかっているというよりも、多くの時代の名残を残しまくっているという感じだ。
「ということは、日向って鬼というより神子的なものなのか?」
「そうね。そう考えてもらっていいわ」
「へえ」
あの不思議な雰囲気といい中性的な感じといい、確かに神子とすれば解りやすいか。だから、精進潔斎も必要で修行も必要だと。しかし、そのわりには多くの村人から嫌われ、鬼と呼ばれているようだが。これは不可思議な能力を持っていると見なされているか。少なくとも、人外の力を有していると考えられているのだろう。
「あれ?そういえば多聞は?」
もう一人姿が見えないなと言うと、これには毬の表情が変わった。それは動揺ではなく、引き締まった顔だ。
「まさか」
「本気で事件が連続していて、それに多聞が巻き込まれたと?」
きょろきょろと視線を這わせる毬は、まるで暗殺者かのようだ。殺気を含んでいるというか、何だか怖いしおっかない。だから、文人は決めつけていいのかと訊ねる。
「ほぼ間違いないと思うわ。そうでなければ、わざわざ日向が自分は犯人じゃないって明言する必要がないもの」
「え?」
「ともかく、付近を探してみましょう。村人の多くがここにいるから、探しやすいわ」
「あ、うん」
飛び出していく毬を、文人は追い駆けるしかない。その様子を焔が冷たい視線で見ていたが、それは無視する。
「は、速い」
そうやって屋敷を飛び出したのはいいのだが、毬が走る速度が速くて驚いてしまう。あっという間に置いてかれそうになり、文人は全速力で走ることになった。
「ど、どこへ」
「まずは多聞の家よ。って、あんた、足が遅いの?」
「いや、あの」
平均的ですけどと、文人は息も絶え絶えに言い訳する。明らかに毬が早いのだ。これは日々山間部の悪路を歩いて走っている効果だろうか。ケニアとか、南アフリカの人がマラソンに強いのと同じで。
そんな考察をしつつも、村の中腹にある多聞の家に着く頃には完全にばてていた。
「駄目ね」
「うっ、はい」
他に言うべきことはないので、頷くだけに留めておいた。というか、体力差が明らかになっただけでも良かったのではないか。これからは無茶な要求はされなくて済む。
「まあいいわ。あなたが一般人だって忘れていた私が悪いし」
「はあ」
あの走りを見せられた後では、何の反論のしようもない。この山道を走るという点だけみれば、文人は一般人で間違いなかった。
「そ、それで」
「こっちよ」
慣れた調子で毬は多聞の家に入っていく。今は家の中に誰もいないからって、思い切り縁側から家の中に侵入するのだから、都会っ子の文人はびっくりしてしまう。
「全員が顔見知りじゃなきゃ無理だよな」
文人はぼやきつつも、お邪魔しますと律義に声を掛けてから入る。家の中は昨日訪れた芹奈の家と似たような感じで、純和風だ。廊下をぎしぎしと鳴らして進んだ先、どこも子ども部屋は奥と決まっているのか、そこに多聞の部屋があった。
「あれ?」
「昨日から帰ってないのかしら」
ふすまを開けて踏み込んでみると、あまりに綺麗な部屋にびっくりさせられる。というか、昨日寝た形跡がない。いうならば、出掛ける前に片付けてそのままという感じだ。
「朝から片付けて出て行ったって感じじゃないよな。明らかに」
「ええ。多聞って寝起き悪いもの」
「――」
幼馴染みならではの情報ってやつか。なるほど、これはやっぱり寝ていないと考えるのが妥当らしい。
「ただ、それは布団で寝た場合だわ。昨日の段階で何か危険に気づき、避難しているのかも」
「ひ、避難」
それってどういうことですかと、文人はもう理解が出来ない。いや、多聞の部屋が綺麗であることを除いて一般的高校生の部屋で、ちょっとほっとしてしまうくらいだ。漫画雑誌が部屋の片隅に落ちているだけでもほっとしてしまう。
「避難しているならばこっちだわ。次は少しゆっくり走ってあげるから、頑張りなさい」
「は、はい」
こうして唯々諾々と従い、文人は再び毬にくっついて村の中を走ることになる。
毬としてはゆっくりめ、文人としてはやっぱり全速力で着いた先は山の中だった。それはもう、ここのどこで避難するんだというくらいの山の中。場所としては高木病院の裏手に当たる。
「いないみたいだな」
そもそもどこで寝るんだよと思って周囲を見る文人と違い、毬は何かの痕跡を探すように、枯れ葉の積もった地面をじっと見ていた。そして次に、何かを辿るように木々に目を凝らす。
「昨日の夜はいたみたいよ」
「え?」
「ここ」
そう言って毬が足で枯れ葉を除けると、そこから真っ黒な土が出てきた。よく見ると、それは焚き火の跡らしい。
「野宿?」
「ええ。この村の人間ならば誰だって出来るわ」
「――」
もう、深く考えないでおこう。山の中に住んでいるから、そういう知識も豊富なんだ。そう思っておくのが楽だと思えてきた。無駄に知識をフル活用して秘密に関して触れない方がいい。
「それにこれ」
「ん?」
毬がこれよと指差したのは木の表面だ。そこに、小さくカタカタのタが刻まれていた。
「これって」
「ええ。ここにいたという証ね。昨日、私が警告しているから、いなければ探しに来ると思って残したんだわ。ということは、ここにいる間に襲われたみたいね」
「なっ」
そんな冷静に襲われたとか言うか。文人は絶句してしまう。しかもそれは、二件目の事件が起ったということではないか。
「いえ。まだ未遂のはずよ。もし終わっているならば、芹奈のように死体を川に放置するはずだもの」
「川は、決定なのか?」
文人がドン引きしながら訊くと、何を言っているのよと睨まれた。
「え?」
「川よ。境界」
「ああ」
境界と言われて、ピンとくるものがあった。つまりはあの世の者だと示すために川か。お盆の精霊流しも川であるように、川とはあの世に繋がる場所と見なされる。それはもちろん、こちら側とあちら側を分断するものだからだ。
とすると、日向が川を挟んで向こう側に住んでいるのも、やっぱりそういうことか。この世の者ではない、鬼だから、境界の向こう側に追いやられている。まったく、どこまでもそういう考え方に基づいているわけか。これはもう、因習として見過ごしていいのかとさえ思う。鴨田の言ったとおり、村八分に近いではないか。
「日向のことは後よ。というより、あの子には協力してもらわなきゃいけないし、守らなきゃ。ま、相手も鬼まで殺そうとは思わないでしょうね。むしろ生き残ってもらって、あの子の手に委ねるのが一番と考えているのかも」
「はあ?」
どうやら毬は何かを見抜いて喋っているようだが、それが日本語で喋っているとは思えないくらいに理解できない。ただ、事件の根底にはこの村の何かがあるのは解った。やっぱり、知識をフル活用して考えることからは逃げられないらしい。
さらに境界の向こうに住む日向は別枠に考えなければいけないということらしい。これは先ほども考えたことと同じ。川の向こう側は彼岸として感知し得ない場所として扱われるせいだ。しかし、どうして高校生ばかりが狙われるのか。
「ああ、それは簡単よ。もうすぐ大人になるから。言ったでしょ。次世代を狙っているのよ」
「そ、そうだけど」
急に当たり前のことを言われて、文人はぽかんとしてしまう。が、毬の今までの言い分からしても、これが単純に普通の意味で大人と考えるのは早計だろう。実際、毬の顔は恐ろしく真剣だ。
「大人になると、何かあるのか?」
「ええ。でも、まだ教えない」
「――」
今、そんなことを言っている場合か。そう言って問い質すことは出来たはずなのに、何故か出来なかった。それは越えてはならない一線のような気がしたのは、毬が持つ雰囲気のせいか。
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