第10話 心臓が消えた理由
「葬式はするんだよな?」
「ええ。でも、私たちにやることはないからいいのよ」
現場を確認したいという毬とともに出掛けることになった文人は、屋敷の中があれこれと忙しそうなので、何も手伝わなくていいのかと訊いた。すると、先ほどの答えを頂戴することになった。
「やることはないんだ」
「ええ。葬式をする広い場所がこの家しかないから、葬儀会場として座敷は貸すわ。でも、後は輪番制なのよ。それに、早乙女家は手伝わずに仕切るだけがいつものことだし」
「へえ。そういえば、坊さんは君のお父さんなんだっけ」
「ええ」
つまり、ここはお寺も兼ねているということか。別に本尊があったり修行する場みたいなのはなさそうだが、というか、どう見ても武家屋敷でしかない家だが、そういう寺の役割も担っているというわけだ。
「おはようございます」
二人揃って玄関を出ようとすると、向こうから村人たちがやって来た。葬式の輪番に当たっている人たちらしい。
「おはよう。台所は母が仕切っていますので、指示は母から。他は寺岡に聞いてください」
「はい」
一応は家の者としての役目だからと、毬はそう説明した。すると、村人たちは解りましたと笑顔で家の中に入っていく。
「いやあ、こういうのを見ると昔の光景って気がする」
「そうでしょうね。町中では家で葬式、しかも他人の家を借りて葬式なんて考えられないでしょうし」
「う、うん」
あっさりと村の人間である毬にそう言われると困るところだ。文人は頷きつつ、ひょっとして毬ってこの村が嫌いなのだろうかと、そうぼんやりと考える。
村の中は凄惨な殺人事件があろうと、外見上はとても長閑だった。相変わらず夏の日差しが降り注ぎ、さらに蝉が大合唱をしていた。山の中だからか、まさに蝉時雨というに相応しい大合唱だ。しかも色んな蝉の鳴き声が混ざっていて、都会とはえらい違いだなと思わされる。
「この村は取り残されているのよ」
早乙女家から現場の川へと下りながら、毬はぽつりと言う。それに、文人はどういうことかと訊いたが無視された。おいっ。
「そういえばこの村って名前は」
しかし、無視されただけでは腹立たしいので、答えが返ってきそうな疑問を投げかける。
「笹目村よ」
「へえ」
「早乙女が訛ったんでしょうね。ま、他にも意味はあるけど」
「――」
相変わらず、何を訊いても含みのある答えしか返ってこない。もはや、普通の答えを期待するのが馬鹿なんじゃないかと思えるほどだ。
そんな少ない会話を交わしていたら、現場の川へと到着した。先ほど日向に会うときにも見たが、今やいつもの川だ。周囲に盛り塩が置かれている以外、ここで何かあったかを示すものはない。
「ここに放置されていたのよね」
「ああ」
毬の確認に、文人は頷いた。確かに放置が正しいのだろう。必要だったのは心臓だけなのか。
「いいえ。必要なものは何もないわ。心臓を抜いたのは、復活を防ぐためでしょうね。ああ、復活という言い方は正しくないわ。本人だと間違いないという証拠が欲しかったというところね。まあ、ともかく、よほど嫌っていたのね。もしくは他に理由があるか」
「――」
あなたの言葉が暗号のようですと、文人は遠い目をする。何だ、心臓を抜くことが生まれ変わりを防ぐって。それ、日本の話じゃねえだろと、遠い目しかできない。
「身体をぼろぼろにしたのも同じ。たぶん、目的はそれ」
「え?まさか入れ替わることがあるとでも?」
「ええ。そういうこと。そうじゃないなら、これは呪いだわ」
「――」
そういうこと、じゃないよ。文人はそう思ったものの、これもこの村の常識なんだと受け入れることにしておく。うん。しかし、呪いってのはすんなり受け入れられるなと、そう思う自分もどうかと思う。多分、死体をぼろぼろにしなければ本人と確認できない、なんて理論よりはすんなりと受け入れられる。
「日向に意見を求めましょう」
「え?」
しかし、次に毬がそんなことを言うので、びっくりしてしまう。村人たちは、日向と会話をすることさえ厭わしいと感じているようなのに。
「びっくりしなくてもいいでしょ。私はあの子を認めているの」
「はあ」
そういえば、毬は日向を重要視しているみたいだった。これもまた不思議な話だが、日向が誰からも顧みられていないわけではなくほっとする。
こうして再び日向の家に向かったのだが、家の前には何やら紙が貼ってあった。
「何だ?お札?」
「あら、困ったわね。どうやらお籠りに入っちゃったみたい」
「――」
またきた、変なワード。お籠りって、日向はやはり超能力とか予言者とか、そういうポジションの人なのか。まあ、不思議な雰囲気は満点だし、民俗学に精通しているようではあるけど。
「駄目ね。三日は会えないわ」
「そ、そうなんだ」
「ええ。仕方ないわ。現場を探しに行きましょう」
「は?」
現場はさっき見たじゃないか。そう文人が抗議しようとすると、冷たい目で見られる。
「あの」
「捌いたのはあそこかもしれないけど、芹奈を殺したのはあそこじゃないはずよ」
「――」
なるほど。そう思うも、捌いたなんて言わないでもらいたい。川原で包丁を持って心臓を取り抜こうとしている誰か。しかも暗闇で。もはやホラーじゃないか。文人はぞっとしてしまう。
「芹奈の家に行ってみましょう」
「え、うん」
今行っても大丈夫なのかなと思ったが、同級生の毬がお悔やみを言いに行くのは普通か。しかも、葬儀会場は早乙女家なわけだし。そう思い直し、ついて行くことになった。
「江崎さんの家って?」
「あれよ」
芹奈の家は早乙女家と川の間の真ん中くらい、棚田の一角にあった。家はいかにも農家という雰囲気たっぷりの家だ。瓦屋根も立派で凄い。
文人がどこも立派ないえばかりだなと見とれている間に、毬は躊躇いなくチャイムを押していた。すると、窶れた雰囲気満点の中年男性が出てくる。芹奈の父親だ。
「これは、お嬢様」
「おはようございます。この度は、お悔やみ申し上げます」
「いえ、わざわざありがとうございます。しかし、まだ芹奈は病院で」
「ええ、解っています。忙しいとは思いますが、芹奈の部屋を見せて頂いても?」
「もちろん。どうぞ」
そう言ってあっさり毬たちを招いてくれたが、いやはや。早乙女家の力を見せつけられている感じだ。ついでにお嬢様って呼ばれているのか。
「おば様は?」
「それが」
「いいえ。体調を崩されているのね。仕方ないわ」
「申し訳ありません」
部屋に着くまでの会話もまた奇妙な感じだった。娘が死んでそれどころじゃないと、怒鳴って当たり前のはずなのに、こんな風に毬に接している。しかも出てこれなくて申し訳なさそうなんて。いやはや、凄い。
「どうぞ」
そして奥にあった芹奈の部屋に通された。部屋の中は未だに主が生きているかのように、そのままだった。布団は僅かに乱れ、勉強机の上には広げたままの夏休みの宿題。部屋の片隅には高校の制服が掛けてあった。
「あっさりした部屋だな」
しかし、女子高生らしさのない部屋で、文人は思わずそんな感想を漏らしてしまった。もうちょっとアイドルのポスターとかぬいぐるみがあっても良さそうだが、そういうものがない。
「ポスターを貼るってのが発想として古いんじゃない?」
「そ、そう?」
毬の指摘に、そうなのかなと文人は首を傾げたが、自分も貼っていなかった事実に気づく。というより、生きている人間に興味がなかった。歴史が好きすぎて、ポスターは貼っていなかったが年表を貼っていたほどだ。
「文人ってずいぶんと固定観念に囚われているのね。芹奈はさっぱりした性格の子だったの。ちょっと男の子っぽいところもあったわね。雑貨とかに興味なし。シンプルなものが好きだったの」
「へえ」
たしかにシンプル好きだなと納得出来たのは、持ち物の多くが無印良品だったせいだ。なるほど、これは納得。というか、一つのブランドに拘っているところに、ちょっと女子っぽさが垣間見える。
「そうなの?」
「そうじゃないの?無印って女子が持ってるイメージが強いんだよな」
「へえ」
と、そんな会話をしつつ、部屋の中に何かヒントはないかと探した。が、これといったものはなさそう。
「スマホがないわ」
「あっ」
しかし、部屋の中から出てこなくて困る物を毬が指摘した。芹奈はどう見てもパジャマ姿だった。ということは、スマホは部屋にあってもおかしくないのに。
「犯人が持ち去ったのかな?」
「そうね。見られては拙い何かがあったんでしょう」
ここで拾えるヒントはそのくらいかと、毬は顎に指を当てて考えた。その間、文人は邪魔せずにあちこちに視線を巡らせるも、女子高生の部屋というより、会社員の部屋のようだなと、そんな感想しか浮かんでこない。
「ん?」
そこにスマホが震えて、鴨田からメールが入っていた。確認すると、司法解剖が終わったので遺体を早乙女家に運びたい。だから来てくれというものだった。
「あら、そうなのね。じゃあ、私も病院に行くわ」
「う、うん」
言うと思ったと思いつつ、文人は頷いた。そして部屋を出ようとして何かを踏んづける。
「いたっ」
「どうしたの?」
拾い上げてみると、やたら長い針だった。どうしてこんなものがと驚くと、毬がそれを横から掠め取っていく。
「あっ」
「証拠の一つだわ」
「え?ええっ」
あれがと思う前に、毬はその針をハンカチに丁寧に包むとポケットに仕舞ってしまった。いいのか。証拠品じゃないのか。そこは仮にも警察官の鴨田に渡すべきではないのか。
しかし、文人の抗議が聞き入れられるはずもなく、そのまま病院へと向かうことになった。その前に、遺体を移動しますと江崎の両親に報告しておく。奥さんは本当に寝込んでいて、布団の中から
「お世話になります」
とだけ挨拶して終わってしまった。
「大変だね」
「そうね。一人娘だし」
「――」
毬の素っ気ない言葉に、何も思っていないのかなと不思議になるが問いただせない。この村は、やっぱりどこか表面だけしか見せてもらえないのだ。何か秘密があるのは間違いない。そしてそれが、こんな時代錯誤な因習が続く理由のはずだ。
それに、毬の表情は表面上は変化がなく淡々としているものの、率先してこうやって動いているのだから、何か思うところがあるのは確かだろう。それを汲み取ってやるのが大切なのだと思い直す。
「ああ、来てくれたか。それに毬さんも」
病院の入り口では、困ったもんだという顔の鴨田が待ち構えていた。どうやら人員が確保できなくて困っていたらしい。
「あれ?杉岡さんは」
「彼は葬儀の準備で来てくれないんだよ。仏さんがいなきゃ意味ないだろうって思うんだけど、あっちの家を仕切る人が必要だからなあ」
「じゃあ、俺たちだけですか?」
「いや。沢田君が手伝ってくれる」
「ああ、そうか」
最初に芹奈の死体を発見したと飛んできた少年。そして、病院の手配もしてくれた多聞だ。しかし、今までどこにいたのか。
「ああ。それならば病院でひっくり返ってたんだって。しばらく寝たら治ったようだけど、まあ、無理もないよね。あんな死体」
鴨田はそこまで説明して、毬がいるんだったと口を手で塞いだ。すると、毬は気遣いはいいと言う。
「はあ」
「それよりも、詳しい死体の状況を教えてもらえませんか?」
「えっ?まあ、いいけど」
女子高生が犯人なわけないし問題ないけど、いいのかなと鴨田は躊躇っているようだ。
「この子、江崎さんの仇を取りたいんですよ」
仕方なく、文人は鴨田にそう耳打ちした。毬に聞かれると違うと否定されかねないので、そこは耳打ちにしておく。
「ああ、なるほどね。そうだよね。ま、死体検案書を見ながら」
ということで、三人は揃って病院の中に入った。病院の中はこの村では珍しく冷房が入っていてひんやりとしている。そして、待合室の中には多聞の姿があった。
「毬」
その多聞は毬の姿に驚き、同時にほっとした顔になる。
「大変だったわね」
「ああ。うん、そう」
毬の無表情の労いに、多聞は恥ずかしそうに頷いた。安心したら、ひっくり返った事実がみっともなくなったというところか。非常に男子高校生らしくて好感が持てるなと、文人は普通の高校生がいたことにほっとしてしまう。
「死体に心臓がなかったそうね」
「そうそう。さっき鴨田さんから聞いて驚いたよ。まさかと思うけど」
「たぶん、そのとおりね。だから多聞も気をつけて」
「ああ」
しかし、さくっとそんな会話をしているので、やっぱりこの村の高校生だなと思い直した。今のでどんな理解があったのか。まさか復活云々のところか。
「それで鴨田さん」
「ああ、はいはい。先生からお借りしてきましたよ」
毬と多聞が話している間に死体検案書を借りてきた鴨田がこれだとバインダーを叩く。
「見せるのは警官として駄目って判断しちゃうので、必要と思うところだけ」
「ええ」
「えっと、死亡推定時刻は今日の午前零時から午前三時の間だろうということだ。心臓は真っ先に抜かれ、それを解らなくするためにあれこれ死体を損壊したのではないか、というのが高木先生の見解だね」
「なるほど。やっぱり」
「え?」
やっぱりという呟きに、鴨田は目を丸くする。やはり、鴨田もこの村の人間ではないので、そこに納得する要素はないというわけだ。
「続けてください」
「ああ、はいはい。死因は特定できていないけど、失血死で間違いなさそうだという。どういうわけか、その」
「何ですか?」
そこで言いにくいことがあるのか、鴨田は躊躇う。が、毬が真っ直ぐに見据えてくるので、誤魔化せない。
「心臓を抜かれるまでは生きていたのではないか、と」
「――」
うわあと、文人は悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。しかし、毬と多聞はやっぱりと納得顔。だからどうしてさ。
「本人かどうか確認するのに手間取ったってところかな?」
「そうね。変わり身を防ぐためでしょう」
「なるほど。江崎だもんな」
「ええ」
そして、横ではさらに理解できない会話が展開されている。女子高生を殺すのに、本来の警戒すべき点と違うところを警戒していないか。そんな気分になる。
「まっ、お伝えできるのはこれが総てかな」
「そうですか」
もう十分ですと、文人はげっそりだ。横の二人も、確認すべき事は出来たという感じで頷く。
「じゃあ、早乙女さんのところに運ぼうか」
「はい」
文人と多聞は鴨田について芹奈のいる診察室に入った。そこには、先ほどまでの無惨な死体ではなく、まるで病死したかのように綺麗な顔の芹奈がいた。その顔を見て、多聞が思わず鼻を啜る。
「必ず、仇を取ってやるからな」
多聞がそう呟くのが聞こえて、文人も高校生たちの手助けと、無茶をしないように守ってやらないと。そう決意させられたのだった。
「通夜から大変だなあ」
「そうね」
しかし、田舎の葬式を体験することになった文人は、決意とは裏腹に疲れ切っていた。なんせやることが多い。
それは当然で、葬儀会社が間に入っていないのだ。何もかもが自分たちでやるんだから、そりゃあやることが多い。
「湯灌なんて初めて知ったよ」
「でしょうね」
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