第15話 容疑者がいない?
私と多聞を殺して終わりじゃないなんてと、毬も深刻な顔だ。いや、問題がややこしい。
「どうして、この村を」
「限界ってことでしょうね。色々と。ま、こんな閉鎖された環境だもの。嫌になるのは解るわ。私だって、嫌になることはあるもの」
「――」
この村のために早乙女家を継ごうとしている少女もまた、同じように嫌な気分になることがある。それがとても重く感じた。
「それはそうでしょ?誰だって自分の生き方には悩むものだもの。生まれた時から決まっていることにだって、反発したくなるのが当たり前だわ。伝統芸能の一家に生まれた人だって、疑わずにそれをやっているわけじゃないって、テレビで言ってるくらいだし」
「え、まあ、そうだな」
そこであえて伝統芸能を引っ張り出してくるかと思ったが、毬たちがやっていることもいわば伝統だ。それが今でも必要かは別として、彼女たちにもまだ仕事があるのは事実。だからこそ、毬は存続させる道を考えるのだし、こうやって反発する奴が事件を起こしたりするのだ。
「でも、必要だから続いているのよ。根絶やしにしたって、何の意味もないのに」
「そうだな。っていうか、需要はやっぱり政治家?」
「そうねえ。最近では政治家よりも経営者とか警察とかかしら」
「け、警察?」
「あら?どうしてここに駐在所があって、しかもその駐在さんは何も知らないと思ってるの?さらには早乙女家に丸め込まれたからに決まってるじゃない」
「あ、ああ。そういう」
「ええ。鴨田さんは知らないけれどもね。彼もまた日向と同じなのよ」
「――」
何ともややこしい。そして鴨田に気づいたことを言わなくて良かったと思う文人だ。この村の特殊さは徹底されている。
「あ、毬ちゃん。来ていたのか」
そこに噂の鴨田が登場。やれやれという顔をしていたが、毬に気付いて笑顔になった。美少女であるのは間違いないから、何も知らなければテンションが上がって当然か。
「兄の代わりに来たわ」
そして毬。鴨田に対してちゃっかり嘘を吐くのだから恐れ入る。実はのけ者にされているなんて、絶対に気づかないだろう。
「ああ、そうか。お兄さんはやっぱり麻央さんのことを」
「いいえ。ただ出て来たくないだけよ。でも、放ってもおけないから行ってこいって」
「へ、へえ。あのお兄さん、変わってるよね」
鴨田は呆気に取られるしかないようだ。確かにその点は同意出来る。美男美女で誰が見てもお似合いのカップル。しかも村では数少ない同級生なのだ。結ばれて当然と、事情を知らなければそう思ってしまう。
「そういう人なの。人間ってものに極端に興味が薄いのよ。数字が友達みたいな人だから」
「ははっ。そりゃあ難儀だ」
鴨田は乾いた笑いを発し、そういう枯れた男っているよねと文人に同意を求めてくる。二十代で枯れたという表現が正しいのか。いや、最近の言い方があったはず。
「それって草食系とか、絶食系って言うんじゃなかったですっけ」
ふと思い出して訂正すると、ああ、そうだったと鴨田は額を叩いた。動作がおっさんくさい。
「何だろうな。この村だと無縁の言葉って思ってた」
「はあ、まあ、そうでしょうねえ」
どう見ても閉鎖的で前時代的な村に、今時の草食系男子がいるなんて。そう考えていてもおかしくないか。まだ一年ちょっとしかいないという鴨田だが、だいぶこの村に毒されている。
「それより、麻央さんのことだけど」
「ああ。そうだった。目玉をくり抜くなんて猟奇殺人事件だよ。今回は死んでからだったって話だけど、そんなことをやる必要があるのかな」
鴨田は解らんと首を捻った。それはそうだ。村の秘密を何一つ知らされていない鴨田から見れば、無意味に死体を傷つけたいサイコパスのように見える。
「他に何かなかった?」
そして毬は平然とそんなことを訊く。ううむ、噛み合っていない感じがするのも、それは仕方ないのだが、間の立場にある文人は複雑な気分だ。
「いや、特には。ただ、死体の損壊の仕方は前回の犯人と共通するものがあるって、高木先生は言っていたな。ナイフが同型であることと、傷の付け方が一緒なんだって」
「なるほど」
完全に連続殺人事件で間違いないわけか。そして、多聞は襲われて逃走中。なんともややこしい状況だ。
「そういえば、沢田君も行方不明なんだったな」
鴨田にも多聞がいないことは伝わっているようで、どこに行っちゃたんだろうと頭を掻く。
「犯人ってことはないよな」
「ないでしょ。一件目の事件の時、死体を発見したって報せに来たのは多聞ですよ」
多聞に疑惑が向きそうだったので、文人は思わずそう指摘する。
「ああ。そうだよね。犯人自ら警官に近づくわけないか。しかも、林道が使えないのは解っていて逃げるなんて、疑ってくださいって言っているようなもんだし。あれ、ということは、沢田君も危ない」
「ええ。昨日から毬と探してます。今のところ、無事じゃないかなと思って信じてますけど」
文人は嘘にならない程度に気をつけてそう報告しておいた。
「あ、そうなんだ。そうだよね。毬ちゃんだけでうろうろすると危ないからな。文人君がボディガードってことか」
「え、ええ」
実は逆ですけどと、文人は遠い目をする。この村でたぶん自分は最弱だ。それを今は理解している。仮にも警官の鴨田は体力も武道も心得ているだろうから、マジで最弱ポジションである。
「多聞も心配だけど、どうして殺人事件なんて起こしているのかしら。殺せば済むっていう発想が気に食わないわ」
でもって毬は毬でそんなことを言い出す。確かに殺せば終わりじゃない。村そのものの壊滅を目指す誰かの所業だとしても、やっていることが謎だ。
次の世代さえいなくなればいいのか。では、そう考えるのは一体誰なんだ。早乙女家は頭領であるし、他の村人も、ここだってご多分に漏れずに少子高齢化で、子どもは少ないというのに。
「そうなのよ。びっくりするくらいに容疑者がいないのよね。まさか」
毬はそこで黙ったのは鴨田がいるからだろう。それとも、診察室から杉岡と川田が出てきたからか。
「あら。毬ちゃん。お久しぶりね」
川田は毬の姿を認めると、にっこりと笑った。それはもう、近所のおばちゃんが見せる笑顔そのものだ。
「お久しぶりです。今回は色々とお世話になります」
「いいのよ。本当にしっかりした子ね。早乙女さんのところって村の世話役だから仕方ないんだろうけど、あなたも大変ねえ」
「いえ。それでは色々とありますので。文人、手伝って」
「え、ああ、はい」
「あらあら。文人君も完全にお兄ちゃんみたいね。頑張ってね」
「はい」
そこは恋人っぽいではなくお兄ちゃんなのか。文人は何だか複雑な気分になりつつも頷いた。いや、こんな危険な子と付き合いたいなんて思わないけど、お兄ちゃんかあ。
「何を考えているの?」
「い、いえ」
「婿に来る気なら、相当の覚悟がいるわよ」
「お断りします」
だから人の思考を読むなよと思いつつ、文人は毬と一緒に病院を出た。そしてしばらく歩いてから、何かに気付いたのかと訊く。
「可能性として、繭が操られていたわけではなく、単独でやっていたらって考えたんだけど。でも、無理よね。いくらあの子でも、パワーが足りないし」
「ああ」
そういうことかと文人は頷いた。確実に事件に関与している繭。彼女が単独犯だったらと考え、しかし無理かと毬は結論づけるまでやっていたようだ。しかし、繭か。
「彼女だって次の世代じゃないか」
「ええ。だから、操られていると思っているの。使い終わったら死ねと命じれば、術中だったら躊躇わずにやるもの」
「うわあ」
すげえ話だなと、文人は何度目になるか解らないドン引きモードになる。
「ってことは、犯人は駒形さんも」
「ええ。使い終わったから捨てたってところでしょうね。繭は術にどっぷりと掛かっているようだし、真犯人としてはもう用なしだったんでしょう。私たちが調べているから、余計な情報が出る前に始末したってところかしら」
「うわあ」
もう何が何だかと思うほどに血腥い。というか、犯人の冷血さ加減に驚かされる。
「でも、そこまでのことをするのって」
「そう。訳が解らないでしょ。しかも繭と麻央さんを手駒にして。考えられるのは――兄の焔だけど、あの男がこんな面倒なことをするとは思えないのよね」
「――」
だから、焔の評価が低すぎないか。それが文人には気になるところだが、確かにあんまり関わってこようとしない。というか、最初に睨まれてから大して会話していない。
「あんだけ見た目は印象に残るのに、他の印象がねえなあ」
「そりゃあそうよ。話し掛けてこないだけじゃなく、家族ともほとんど喋らないのよ、あいつ」
「へえ」
無口なのか。ますますモテ男の要素を持っているなと文人は呆れてしまう。それで人嫌いだから女子とも付き合いたくないだと。ふざけているなあ。
「じゃあ、誰だ?二人に近づきやすいのって」
しかし、今は焔への嫉妬ではなく事件の犯人を見つけることだ。焔が犯人候補にならないのだとすれば、一体誰が繭と麻央に近づいて操ったというのか。
「いるわ」
「え?」
「兄を除いて二人に近づける人。それはうちの両親よ」
「あ――ああ、そうか。そうだな」
「調べましょう」
「――」
あっさり家族を疑い、あっさり調べようと提案してくる毬に驚かされる。いやはや、本当に。先に歩き始めた毬は、この村に色々と不満がありつつ、でも変革しようと考えている子なわけだが、あっさりし過ぎている気がした。
そこでふと思う。毬が犯人であっても二人に近づけるし、操れるのではないか。なんせ、志高く、みんなから慕われている。それをうざったいと考えて今回の犯行を――いや、何かが合わないな。そうだ。自分という異分子だ。
でも、そんな自分を連れ回して事件の捜査をしているのは攪乱するためだったら。下手に動かれて、こうやって村の秘密も見抜けるだけにマニアックな知識も持っていることだし、単独で動かれたら困ると思っているからってことはないのか。
あ、ヤバい。最も怪しいかも。そう思ったところで、毬が振り向いた。
「私を疑ってるわね」
「え?ははっ」
咄嗟に出たのは驚きと笑い。もはや疑っていましたと白状しているようなものだ。
「疑うのは自由よ。私は必ず、潔白を証明するから」
「悪かった」
さらっと放たれる言葉と自信、そして毬の真っ直ぐな目に、文人はすぐさま疑ったことを謝っていた。そうだ。彼女はどうあっても該当しない。その信念に揺るぎがないせいだ。しかも、この村にとっての異分子であり、いざとなれば切り捨てる対象の日向さえ気に掛けることが出来る。
「ふふっ。あなたのそういうとこ、嫌いじゃないわ」
「っつ」
するっと寄ってきて見上げてそんなことを言う毬に、文人は不覚にもドキッとしてしまった。ヤバい、可愛すぎる。そしてとても蠱惑的だ。相手が年下の高校生だというのを忘れそうになる。
「そうだ。戻る前に日向のところに寄りましょう。今日なら、朝の様子からしても、会ってくれるでしょうし」
「そ、そうなのか。ずっと話したかったんだよな」
まだドキドキする心臓を宥めつつ、文人は日向に会えるならばと素直に喜んだ。すると、毬は自分のことのように笑顔になる。
「よかった。日向と友達になれそうな人で」
「そ、そうか」
「ええ。村の人があの子に寄せ付けないのは、その身体の特殊さもあるのよ。下手に暴かれて、傷つくのはあの子だもん」
「あ、ああ」
事情を知らない人間が踏み込まないように見張っているのは、何も彼が鬼だからという理由だけではなかったのか。
確かにそうだ。文人だって下半身はどうなってんだと、すぐに思ってしまったほどだ。他の奴ら、例えば性欲満点のような奴がそれを知ったら何をしでかすか。考えただけでぞっとする。
「ええ、そう。でも、それは村人たちであっても同じよ。やっぱり、そういう興味を持っちゃう人はいるの。だから、互いに監視しているの。あいつは鬼なんだぞ。そんなことをしていいのかってね」
「な、なるほど」
差別することで守ることにもなる、か。皮肉な話だが、おかげで日向の生活は平穏無事であるわけだ。川の向こう、彼岸に追いやられているからこそ、彼は生活する事が出来るというわけか。
考えてみると、鬼だと嫌う割には死体の処理を日向にさせることはなかった。それはすなわち、神聖不可侵であるという意識が働いているせいでもあるのだろう。ああいう汚れ仕事をさせることはない。そういう保証も与えられているわけだ。
「日向が大丈夫だと認めているのならば、近づいても問題ないわ。もちろん、恋人関係になっても大丈夫よ」
「おいっ」
そういう目で日向を見たことはないと、文人は思い切り毬を睨んだ。しかし、毬はくすくすと笑うだけ。遊ばれている。
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