第6話 もてなされても・・・

「いやはや、久々の客人。これはいい。是非ともゆっくりされよ」

「は、はあ」

 そして夜。ついに文人は早乙女家全員と出会うことになった。乾杯の音頭を取る巌は、四十五歳だそうで、逞しいおじさんだった。そして横には妻の雪、テーブルの向こう側には焔が座り、その横にはあの謎の少女の繭、そして文人の横には最初の謎の少女である毬がいた。

 そんな大きなテーブルは十二畳はある畳の部屋にでんっと置かれ、このメンバーが座っているのだ。久々の畳に文人は緊張してしまう。そして、目の前には宴会なのかと驚く料理。刺身に天ぷらに肉にと、新年会のような有様だった。

「では、乾杯」

「乾杯」

 こうして大人たちはビールを飲み始める。文人も断り切れず、最初の一杯は頂くことになった。

「馬鹿ね。気をつけろと言ったのに」

「ご、ごめん」

 乾杯が済み、食事が半分ほど無くなったところで、毬が唐突にそう言った。だから、反射的に文人は謝る。そして、その辺りのことを詳しく聞きたかった。

「まあ、説明する義務はあると思ってるわ。あそこで全力を持って止めなかったのは私だもの。あんな警告じゃあ、警告にもなっていなかったでしょうし」

「――」

 それは、こうなることを予期していたということですか。文人はげんなりとしてしまう。つまり、気を付けてというあの警告は、この事態に陥るということを示していたのか。

「ん?どうしてそんなのが、予めに解るんだ?」

 文人は海老の天ぷらを摘まみつつ、そんなことって予期できるっけと首を捻った。

「簡単よ。あなたの姿は滋賀県のあちこちで目撃されていた。しかも、それは総て歴史に関わる場所でばかり。だから、ここに迷い込む可能性が高かったっていうこと」

「あ、なるほど」

 と一瞬納得するものの、目撃されていたって誰に。そんな素朴な疑問が過る。が、毬は無視した。

「この村は、歴史の黒い部分に繋がっているの」

「え?」

 しかし、次に毬が口にした言葉で、文人は思わず海老のしっぽを口から落としてしまう。

「く、黒い部分」

「ええ。せいぜい、気を付けて」

「――」

 すでに何だかヤバそうだなとは思っていたけど、ここ、とんでもない秘密があるってことか。日向のことだけが異常なのではなく。

「ま、何もなければ二日もすれば出られるわ。でも、問題は招いたのがあの繭だっていうこと」

 そう言って、毬は睨むように妹の繭を見た。ほぼ同じ顔をする二人の姉妹は、しばし睨み合ったものの、先に繭が微笑んで視線を外した。

「変わってるでしょ」

「ええ、まあ」

 あんたも十分に変わってるけどねと、文人は心の中だけでそうツッコミを入れる。口に出さないのは、味方が彼女しかいないからだ。

「ともかく、本気で気を付けてね。まあ、あなたに危害を加えるようなことはないでしょうけど、何だか危ない気がする」

「は、はあ」

 怖いことを言うなあと思っていたら、ぐさっと刺さる視線を感じた。だから反射的にそちらを見てしまって後悔する。

 睨んでいたのは焔だ。これはあれか。可愛い妹と親しくしてんじゃねえってことか。文人はびくびくしてしまう。

「大丈夫よ。あの人、誰に対しても睨むから。ついでに打ち解ける努力とかしないから。対人恐怖症っていうのかしら。ともかく気にするだけ無駄よ」

「そ、そうなのか」

「ええ。基本的に無視しておいて」

「――」

 妹のこの辛辣な評価をそのまま受け取ってもいいのだろうか。しかし、仲良くしたい相手でもないので、出来る限り関わらないでおこう。

「文人さんは大学生なんですよね」

「え、はい」

 が、次は雪が声を掛けてきて気が休まらない。が、雪はにこにことしていて、基本的に問題ないタイプらしい。その夫の巌も、まあ、付き合い難いタイプではなさそうだ。今も文人を口実に酒をぐびぐびと飲んでいる。

「ゆっくりなさってね」

「は、はい」

 だが、ゆっくりはしたくない。そんな本心を隠しつつ、文人は何とか笑顔で返事をしたのだった。





「はあ」

 ようやく解放された。深夜二時。晩御飯から続く宴会がようやくお開きになり、文人は客間に用意されていたふかふかの布団に倒れ込んだ。あの後、村の人が後から後からやって来て、まるで珍獣のような扱いだった。とはいえ、二百人全員がやって来たわけじゃないし、鴨田も来なかった。そして、当然のように日向も来なかった。

「ううん」

 解らんと思いつつも、疲れがどっとやって来てもう限界だった。だから、文人はすやすやとすぐに寝息を立てていた。だからその後、とんでもないことが起こっていたなんてもちろん知らず、そして、本当に村から脱出できなくなるなんて思いもしないのだった。





「た、大変だよ。おい」

「えっ」

 というわけで、翌朝。いきなり枕元に鴨田がいたのは驚いた。え、どうしてと、思わず枕を抱きしめてしまったほどだ。

「村から出られる道が消えてるんだ」

「はあ?雨なんて降りましたっけ」

「いいや」

「――」

 という、最悪の会話を寝起きから繰り広げることになる。しかもいきなり自分に声を掛けてくるってどういうことだよ。文人は何もしてませんよと逃げ腰だ。

「しかも一人行方不明でな。ともかく、手伝ってくれないか。この村の連中は、どうも信用できないし」

 だがぐっと近づいて来て声を潜めて言った鴨田に、どうやら文人は最初から何かの容疑者というわけではないらしいと気づき、ほっとする。

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