第4話 早乙女家

 この村は見た限り、学校がない。ということは、制服を着ていた日向だって、学校から帰ってきたところのはず。

 大丈夫。単なる山間の普通の村だ。そう思おうとするのだが、どうにも違和感が拭えない。変な気分になる。そわそわしてしまう。

「それにその荷物。旅の途中なんでしょう」

「あっ」

 指摘され、自分の背中に同化しているリュックサックを思い出す。そう、まさしく旅の途中だ。そして、このリュックサックこそ、斜面を転がり落ちる原因でもあった。つまり、バランスを崩したのは重心が後ろに傾いていたせいだ。

 って、今はあの時の言い訳はいい。ただ、その旅人であるというのが、何だか拙い気がする。しかし、咄嗟に嘘は浮かばない。

「旅の方をもてなすのは当然ですわ。お疲れでしょう。ゆっくりなさってね」

「は、はい」

 もはや頷く以外に選択肢がない。そう気付いた文人は、諦め気味に頷くのだった。





「うわあ、凄い」

 客間だという南向きの部屋に案内され、文人は感嘆を漏らしていた。そこから見えるのは立派な日本庭園だ。そして、周囲をぐるりと囲む比叡山の山並みも見えている。まさに高級旅館にいる気分。

「お褒めいただき光栄です」

「え?これ、杉岡さんが」

「はい。庭の手入れも私の仕事ですから」

 ああ、なるほど。それで作業着だったのかと、ようやく納得する。ともかく、村を脱出するためにも一泊するしかなさそうだった。それに、杉岡は怖いものの、庭を褒めたら素直に喜んでくれて、普通の気難しいおじさんってだけだ。

 しかし、気になることが山のようにあるのも事実。というか、どうしてこうなってしまったのやら。

「ごゆるりとお寛ぎください」

 そんな首を捻る文人を置いて、杉岡はさっさと行ってしまった。仕方ないと、文人は取り敢えず荷物を置く。しかし、どうにもそわそわして仕方がない。

「あ、トイレの場所を聞いておけばよかった」

 そして杉岡に色々と質問しておくんだったと後悔。が、日向への態度が引っ掛かるだけに、あれこれ親しくするのもなあと思ってしまう。

「せめてあの子、大津の町中や日吉大社であったあの子が戻っていれば」

 しかし、日吉大社から自転車を飛ばしてきた文人と、交通手段が何か解らない少女では、ここへの到着時間が違うだろう。というか、途中は斜面を転がったし。

「そうだ。あの子」

 もう一人、ここに自分を招いたという繭ならばどうか。いや、でもあの子は禍だの何だのと、今ひとつ解らない事を言うし。

「禍、か」

 どういうことなのか。こういう場合、見知らぬ人間が禍をもたらすというパターンか。もしくは六部殺しとか。さ、最悪じゃないか。のんびり泊まっている場合ではない。そんな時代錯誤ななんて言葉、この村では絶対に通用しないだろう。

「そうだ」

 日向だ。さっきも一応は答えてくれた日向。彼ならば、たぶん彼で合っているだろう、何か答えてくれるかもしれない。

「はあ」

 どうしてこんな変な村に迷い込んだんだろう。そう思いつつ、文人は一度屋敷を抜け出すことにした。

「誰だ、お前」

「ひっ」

 しかし、廊下を進んでいたら急に鋭い声で呼び止められた。振り向くと、非常に美形な男が睨んでくる。年齢的に文人より少し上くらいだろうか。すらっと背が高く、モデルみたいな人だ。

「あ、あの」

「泥棒、ではなさそうだが、何をしている?」

「えっと」

 どこから答えればいいのか。というか、声が鋭いし顔が怖いし、威圧的だし。目は鋭いし。何だかしどろもどろになってしまう。

「焔様。その方は客人です」

 が、ぱたぱたと足音を立てて杉岡が戻ってきたので、事態は最悪な状況にならなくて済んだ。ほっとしてしまうが、名前が凄い。ほむら。いやはや、モデルのような体型と顔に似合っている名前というべきか。

「ほう、客ね」

「はい。それも、繭様が呼ばれたようで」

「何だと?」

 再び焔の目が鋭くなる。それに、怒られているわけではないのに文人が肩を竦めてしまった。

「なるほど、お前が毬の気にしていた星か」

「え?」

「せいぜい気をつけろ。それから、しばらく村から出られると思うな」

「――」

 わ、訳が解らない上に脅されたんですけど。しばらく出られないってどういうことだよ。そう質問しようとしたが、焔は興味がなくなったかのように廊下を歩いて行ってしまった。

「あ、あの人は」

 仕方なく、残っている杉岡に質問。杉岡も焔には困るのか、ちょっと眉尻を下げ、

「次期早乙女家当主候補の焔様です。少々気のお強い方でして」

 と、性格についてまでコメントした。確かに気は強そう。というか、全人類が敵とでも思っているかのような目だった。

「というか、次期?」

「ええ。現当主の巌様はご健在ですから」

「――」

 いや、もう、何だか総てが時代がかってるなと文人は呆れる。というか、当主。未だに家の存続が大事なタイプか。いや、それはそうだろう。杉岡の話しっぷりからして、まだこの村の統治者のような感じだし。

「それで文人様。どちらへ」

「え?あの、お手洗いはどっちでしょう」

 嵐のような焔のせいで、外に出るという目的を忘れそうだった。しかし、杉岡と会えたのは幸い。トイレの位置を聞いておくことにした。

「ああ、そうでした。初めての方をお迎えするのは久々で失念しておりました。どうぞこちらへ」

「あ、はい」

 早乙女家の客人というだけで超丁寧に扱ってくれる杉岡に申し訳ない気持ちになりつつ、文人はようやく馬鹿でかい家のトイレの位置を知ることが出来た。

「他にも北に一つ、西側にも一つございますが、こちらをご利用ください。家人はこちらを使用しませんから」

 といって、南側にあるトイレを紹介された。というか、トイレだけで三つ。まあ、さもありなんという広さだから当然か。今ちらっと見ても廊下が延々と続いている。まるで時代劇で見る江戸城の松の廊下だ。

「じゃあ、失礼して」

「はい。他にもお困りのことがありましたら、いつでもお申し付けください」

 トイレに入る文人を見送って、杉岡は再びどこかに行ってしまった。この家の使用人って彼だけなのだろうか。いや、そんなはずはないのだろうが、人の気配がしない。

「はあ、もう」

 手早くトイレを済ませると、文人は今度こそ玄関に向かうのだった。






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