3.BLに飢えた勇者

「もう、なんだか聞いていた話と違うんですけどぉ。プロローグで魔王様に会えるはずだったのにぃ」

 やけに男前な声、鍛えられた身体、長身、黒髪が似合う爽やかイケメンは、いつも家を荒らしていく勇者であるが……あるが!

「勇者……櫻子様」

 サイコ女神が怪しい勇者のステータスを確認して名前を呼ぶ。櫻子……女の名前じゃないか。

「えっ、なに? えーと……女キャラってよく分からないのよね」

 勇者櫻子が女神スイレンをじーっと見つめた後、光る瞳で私を差してきた。

「あなたのことは知っているわ。話しかけないに限るって聞いていたけど、もしかしてしくじった?」

 この勇者にまで伝わってるー!

「ここで会ったが百年目! その命貰い受けます!」

 意気揚々と、まるで主人公のように本当の主人公を指差す。お行儀悪いですよ。

「……ほら! しーちゃん! 早く!」

「急に振られましても。武器どころかうちには包丁もないので……」

「使えないですね」

 お前がな。

「こんなゲームだったかしら」

 うーん。この渋くてカッコいい声なのに、オネエに見えてしまう。

「プロテクトが解けた今、勇者櫻子、あなたも自由の身です」

 どうした。急に女神らしく振る舞って。

「バグ?」

「似たような感じです」

 説明面倒くさそう。

「だからかー。ログアウトできないのよ」

 それって致命的なバグでは? 運営が謝るだけで済まされないやつでは。

「はっ!」

 もしかして魔物の気配にでも気づいたのか。櫻子(だが男だ)の目が鋭く光る。

「自由ってことは、魔王×勇者でなんでもできるってこと? この前読んだ屈辱系シーンも再現可能!?」

 この人、見た目と中身のギャップ以上にやばい人だ。

「もちろん!」

 お前も乗るな、サイコパス。

「実はですね、私たちは世界を征服する旅に出るんですが、あなたもどうですか?」

「相手勇者! 絶対悪属性でもなければ、現実の世界に戻れない可愛そうな人だから!」

「世界征服って、魔王様を倒しに?」

「はい。あとは四天王も倒しにいきますし、王国軍のイケメン騎士たちもなぎ倒しに行きます」

「聞いてないけど!?」

「この村人Cだったしーちゃんのレベルでは、町を出る前に死んでしまいそうなので勇者様にサポートをしていただけると助かります。イケメンは全て差し上げますので、どうぞお好みで調教してください」

「いいわ。その話乗ってあげる」

「勇者なら止めろよ!」

「だって、あたしにはこの道しかないのよ。そう、あれは中学三年生、受験期だったわ」

 設定されているわけでもないのに語り出した。微妙に腰を捻って話すな。腹正しい。

「友達が持ってきた男同士の友情を超えた作品を読んでしまったの。あれから勉強もせずに、BL作家の漫画をツ●ッターで読みまくったわ」

 勉強して。

「受験にはなんとか受かって、アルバイトを始めたあたしは自由になった」

 そこは置いてくれよ。頑張った人可哀想じゃん。

「そしてこの夏、魔王×勇者の聖書に出会い、原作に手を出してみたわけ」

 勉強して。お母さん、どうにかしてコンセントぶち抜いてください。

「推しに会えるなら利害一致しているし、なにより美少女がいればイケメンはやってくる!」

「女神様、よかったですね。これで私の存在意義消えました? 家の修理に戻ってもいいですか?」

「唯一の悪属性であるあなたがいないと、最後魔王になれないでしょう!」

「なりたくもない」

「それに私と離れれば弱体化も進み、日の光を浴びるだけで死に、栄養失調でも死にます」

 呪いじゃん。

「勇者様!」

 プライドを捨てて勇者に泣きつくことにした。

「お祓いとかできませんか!」

「あたしまだレベル五のぺーぺーだからさぁ。あと女の子じゃ妄想捗んない。イケメン連れてきて。綺麗な顔してえげつないプレイするやつ」

「えげつないのはあんただよ!」

「このゲーム買うためにも、同人誌を何十冊と我慢したんだからね」

 サイコパスと屈辱系好き腐女子と一緒にいたら、村人Cとしての立場がなくなってしまう。

「何を言っているんですか。悪属性の人間の時点でエクストラクラスですよ」

「しかももう人間ですらなかったわ……」

 明るい太陽、補整されていない道。太陽に背を向け、冷たい地面と触れ合う。

「櫻子は知っているかもしれないけど、魔物がこの町を攻めに来ますから、とっとと準備して行きますよ」

 そうして否応なしに、金持ち女神からミスリルの短剣を数本与えられた。

「近距離……」

「グサグサと刺してきなさい! 心配しないで、治癒魔法は得意分野だから」

 あなたを刺したい。

「櫻子もいいわね?」

 お金持ちのお陰で、初期パーティーの我々は豪華な装備を纏うことになったが、盗賊とかに襲われないよね?

「向かうのは北ですね」

「あの、東の森は」

「しーちゃんたら〜。私たちのことは誘導しなくていいんですよ」

 魔物に食い千切られてこい。痛いんだからほんと。

「両親がいる、らしいんです。ゲームの性質上会ったことないから、会いたいなって」

 そしてこの二人には退場してもらい、一人北へ向かう。

「まぁ相手が魔物ならいいですよ。私のレベルなら、ちょちょいのちょいですから」

「あたしもどうやら女神の加護でステータスアップしているから、大丈夫かなぁ」

 思わぬ展開。

 そして裏切ることなく、魔物の群れを二人だけで一蹴してしまったのだ。

「人間いなかったね?」

「つまり嘘をついて勇者を誘導……しーちゃんさんって、本当魔王に向いているんじゃない?」

「ダメですよ。魔王はイケメンでなければならないので」

 仕方ないじゃない。村人Cは少女設定なんだから。

「でも世間ではしーちゃんさんが魔物にまわされる系の本も」

「セクハラ!!」

 急に自由になったと思えば、サイコとセクハラ。

「本来ならこの魔物が第一の村を襲うんですよね。倒しちゃうとどうなるのかしら」

 運命が集結するタイプであれば、どこからか湧いてくるんだろうけど、森は至って静かだ。

「まずはこの町に火を撒いておこうかしらね」

「サイコ女神。何言ってんの?」

「だって私、こんな世界滅ぼしちゃいたいんだもの」

「第一の村なんて辺鄙なところ襲っても仕方ないわよ。イケメンがたくさんいる大きな都市にしない?」

 このおっさんもどんなディストピア作る気なんだ。

 元人間の村人C、脅しに屈して北を目指します。

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