2.初めての空、堕ちてきた女神
次のゲームを待っていると、何万回目かにして初めての事態が起きた。地震だ。バグかなにかが起きたのかと足先から揺れを体感していると、次は大きな音と同時に地震とは比べ物にならない衝撃がして、次の瞬間には天井に大穴が開き、床はへこんでいた。
「うわぁ……いい天気……」
私って規定の台詞以外話せたんだ。
違う、そこじゃない。え、なんで?
「久しぶりの下界ですね。うーん、ちょっと埃っぽいような」
「誰!?」
このゲームには空から金髪お姉さんが落ちてくるストーリーなんてないはず。そもそも今、この場面に勇者がいない。
「あーあなたには設定されてないですよね。私はこの世界に君臨する女神スイレンです!」
長い髪をかき上げ、埃で汚れた自称女神は胸を張った。
「先程このゲームのプロテクトが解除されました。私もあなたも自由の身ですよ!」
どうやら重大なバグが発生しているらしい。
「どうしましたか? そんな遠い目をして」
「いや、空が青いなと」
「もっと喜びましょう!」
手を掴まれる。いきなり距離を詰めるな。
「えーと……あなたの名前は……村人Cさん?」
「はい」
「名前もないんですか!?」
女神なんて大層な肩書を持っているやつに同情されたくない。
「じゃあ「しーちゃん」ですね。そうしましょう、可愛い名前です」
どんな権限を行使したのか、私のステータスが「しーちゃん」に書き換えられた。
「これ名前じゃなくてあだ名ですよね!?」
「いいじゃないですかー。さて、しーちゃん、自由になったことですし、私と一緒に世界を滅ぼしましょう!」
「はぁ?」
まだ握られていた手を思い切り振り払う。
「痛いじゃないですか」
「いきなり来て何をほざいているんですか? 女神なんですよね?」
自称女神のステータスは、ちゃんと女神になっている。女神って勇者の味方じゃなかったっけ? 打倒魔王じゃないの?
「好きで女神になったわけじゃないですしー、下品な目で勇者に視姦されるのも嫌ですから。プロテクトが解除された今、私は世界を滅ぼし、新たな王になりたいんです!」
「はぁ、そうですか。大変ですね」
「冷たい! しーちゃんも一緒に世界征服ですよ?」
「何で? 名前すらなかった私が?」
「私って女神じゃないですか」
「みたいですね」
威厳ないですけど。
「女神であるが上に、根本的な属性が善なんですよ。つまるところ、あまりにも残虐なことができないというか」
世界征服考えているのに?
「だから次期魔王として、悪属性の人間で動かしやすいやつにやってもらおうと思いまして」
「……今の話だと、私が悪属性ってことになりません?」
「そうですよ。基本的に人間は善属性となっているのに、私もびっくりしました」
慌てて自分のステータスを確認する。「人間族、悪属性」の文字。
「なんで!?」
家から出たこともないのに? 台詞も一つしかないのに? むしろ勇者に家を荒らされる被害者なのに?
「巷であなた有名ですよ。勇者の「もしかしてこれは隠しクエストかなにかか!?」という期待を裏切ってゲームオーバーに追い込む鬼畜キャラだって」
「ひどい! そんな噂流れているから最近立ち寄りがなかったの!?」
「ということで一緒に世界を滅ぼしましょう」
「嫌だよ! これ以上嫌われ役とか!」
「そう言わずに。ぁ、そうだ、天界からお土産持ってきて異端でした。新鮮なうちにどうぞ」
背中を向けて、ごそごそと不自然に持っていたカゴを漁る。「イタっ」とか聞こえたけど何を持ってきたの。
「どうぞ」
ムカつくくらいいい笑顔で渡されたのは、コップに注がれた赤い液体。え、コップ?
「天界のトマトジュースみたいなものです。どうぞ」
「どうぞって、せめて瓶に入れるとか」
「すぐ飲むのならコップでもいいじゃないですか」
すぐというかやばいやつからの貰い物とか飲みたく、
「ほらほらほら」
相当握力があるらしく、抵抗虚しく、無理矢理トマトジュースとやらを喉に流し込まれる。
「おごっ!?」
そして大半を吐き出した。キラキラのモザイクでお願いします。
「トマトじゃなくない!? むしろ鉄の味したんだけど!?」
初対面の相手に血を飲ませるとか、この女神相当やばいんじゃ……。
「私の血ではありますが、トマトジュースとあまり変わらないですよ。栄養満点♪」
「……」
女神の呪いとかかけられたんじゃないか。慌ててステータスを確認すると……種族が人間から「吸血鬼(女神専属)」に変わっている。
「定期的に、目安としては日に一度くらい、私の血を飲まないと死んじゃいますよ」
「あまりにも勝手過ぎない!?」
私こんなサイコ女神の血を毎日飲むの? しかも普通に血の味がして美味しくなかったんだけど。
「安心してください。慣れればトマトジュースです」
「味覚音痴になっているだけでしょ!」
「さて。新しい勇者が向かってきていますね」
そいつに助けを求めればいいんだな。
「行きますよ。とりあえず勇者から抹殺していきましょう」
初めて出る外の世界。まさか貧血気味の女神に手を引かれて拝むことになるなんて、誰が想像していたことか。
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