31.「思ったからって、思われるってことは、よほどのことがないとね」
「人質、みたい」
「人質」
「地図を探しに行った時、私、何か訳判らないこと言ってる外国人達にひきずり出されて…… 村の人達のところに連れて行かれるかと思ったら、ここだったの」
「まあそりゃ、ガキばかりこんなにいちゃ、たいていの奴はげっそりするよな。女の子に任せてしまおうって気持ちは判らなくもない」
変なとこで感心するなよ。
「人質、か…… それで捕まった人達は?」
「判らないの。でも、このどこかで作業をさせられているみたいよ。さっき、その外国人と、そういう話をしていたひとがいて」
「話を? 英語で?」
「ううん、それはあたしにも意味が判ったの。だから日本語。でも何だろ。恰好が作業着じゃないのね。何か偉いひとのようで」
「偉いひと」
判らない程度に、あたしは遠山のほうを見る。だがその表情は格別変わっていた訳ではない。むしろ、やれやれ、と言いたそうなものだった。
彼はそこにいた子供の一人にまとわりつかれながら、問いかける。
「若葉ちゃん、その連中って、どっちにいるんだ?」
「向こうよ。ほら、今あの壁ごしに、立ってる。だけど、銃を持ってるの」
「銃?」
「―――だと思う。本物見たの、初めてだから、本当に本物なのか判らないけど、ただ、結構重そう」
それは本物だな、とあたしは眉を寄せる。どうしたものか。
「とにかく、子供たちだけでも、ここから逃がさなくちゃ、若葉。このままじっとしていると、ここで生き埋め、なんてことになりかねない」
「生き埋め! ……逃げる――― そうね、逃げなくちゃ。そう言えば、二人とも、どこから来たの?」
いまさらのように、彼女は訊ねる。このあたりが少しおっとりしているというか。
「松崎が、兄貴に昔聞いた道を覚えてたんだよ」
「規ちゃんが」
「若葉ちゃんが、あいつのこと、どうとも思っていないのは、どうしようもないけれどさ…… あいつにはあいつなりの、気持ちがあることだけは判ってやってよ」
遠山は、くしゃと顔を歪めた。
「規ちゃんのことは、好きなのよ。ただ、その好き、が雄生さんに対するものとは違うの。これはどうしようも、ないでしょ?」
「ああどうしようもない。思ったからって、思われるってことは、よほどのことがないとね」
どき、と心臓が飛び跳ねる。
「それに、思って思われたからって、幸福な結末が待ってるとも限らない」
「そんな」
「だから皆努力すんだよ。とりあえず、俺等は俺等の幸福の追求っー奴をしねーとな。森岡、まだ痛むか?」
「痛いことは痛いわよ」
「がまんできる程度か?」
「ふん」
実際、かなり痛い。冗談でない程痛い。
この先進んで行ったところで、お荷物になるかもしれないくらい痛い、だ。
だけど、自分より小さい子達の前で、そんな顔は見せられない。
「歩けるわよ。さすがにさっきの子を抱きかかえてはいけないけどね」
「了解。じゃあお前、来た道を引き返してくれよ。若葉ちゃんとこのガキども連れて」
「遠山?」
「呼び捨てだもの、なあ。いつの間にか、お前」
そんな場合ではないと思うが。
「でも名字なんだよなあ」
彼はふう、と息をついた。
「あのさ森岡、親父がいるんだよ。ここには。いるはずだ。親父はいつも、『えらいひと』を見せつける様な恰好で動いてるはずだ。こんなところでもな」
「―――!」
「俺は親父と話をつけなくちゃならない。ここが爆破されるってことを奴が知ってたら」
「それは」
「だけどそうでない可能性もある」
そうか。
ようやく納得がいった。
どちらであろうが、遠山は親父さんに死んでほしくはないのだ。
知っていたなら、きっと一発殴って外に引きずりだして、管警に告発でもしかねない勢いで。でも知らなかったなら。
助けたいのだ。それでも。
「ほら行けよ、森岡。向こうの奴が、ほら、あくびしてるぜ」
だからって、肩に触るんじゃない! あたしはおそらくひどい顔で彼をにらんでいただろう。
「さつきさん!」
「行こう、若葉」
子供たちは総勢十五人、というところだった。
ほんの赤ん坊は、その中でも大きな子と、若葉が抱いている。あたしは、と言えば、腕をぶらぶらさせているだけ。ざまあない。
そうっと、裏側へと回る。音を立てないように。そうっと、そうっと。
ところが。
「あっ!」
三つくらいの子が、すべった。反射的に、顔が歪む。しまった!
「わあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
子供は生理的に泣くのだ。止めたいのだが、あたしも若葉もその手がない。
「Noisy! Shut up, kids!」
耳に飛び込んでくる。
早く、とあたしはうながした。何て言ったの、と若葉はあたしに問いかける。意味は分かる。だけどそれどころではない。
「Who? what do you…」
半分まで言ったところで、遠山が飛び出した。見張りの男は、短い金髪だ。
銃の位置から視線を逸らさず、遠山はその男に勢いよくぶつかった。
「ouch!」
「早く行け!」
遠山は叫びながら、男の上にのしかかる。腹をひざで押さえてる。もしかしたらケンカ慣れしてるのかもしれない。一応グレてるんだし。
急ごう、とあたしは若葉をうながした。
「足元に気をつけて」
赤ん坊が抜け出した道を、逆にたどって行く。
だけどどうして、道というのは逆になっただけで、こうも記憶が頼りなくなるんだろう!
「さつきさん、次の角は、どっち?」
「―――右…… いや、さっき右だったから、逆だ、左!」
懐中電灯がある訳ではない。手は塞がっている。肩が痛い。寒気までしてくる。夏だというのに。
腰のあたりくらいでざわついている子供達が、それでも何とかあたしの気持ちを引き留めている。
「おねーちゃん、腕が痛いの?」
初等に入ったか入らないくらいの子が、心配そうに問いかけてくる。
「痛いけど…… 大丈夫だよ」
だからそっちの子の手を引いてやってね、とできるだけ優しく言葉にする。
正直、虚勢でも張ってないと、辛いところなのだ。
「本当に、大丈夫?」
「痛いよ。だから助かってとっとと医者に診てもらうよ…… 次は、まっす……」
ぱぁん!
言葉が止まる。反射的にあたしは振り向いていた。
「あれ――― は」
「足を止めないで!」
あたしはあえて声を張り上げた。
「だ、だって遠山くんが」
「あたし達が戻ったって、何もできない!」
「さつきさん!」
「行こう」
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