1.何がいけないって、アスファルトが黒いのがいけないのよ。

「おんや?」


 思わず声に出してしまったではないの。

 自転車を止める。ブレーキを握ると、きぃ、と甲高い音がする。そろそろ油させって悲鳴を上げてる。

 足を下ろすと、じりじりと道路から熱が上がってくる。

 何がいけないって、アスファルトが黒いのがいけないのよ。

 思わず八つ当たりしてみる。

 何だっけ、黒は確か、熱を吸収する色だったっけ。でも白は紫外線を通すから日焼けを防げないんだっけ。

 視線の先には、久々の人影。

 割れた道路の端に自転車を立てて、縁石に座り込み、うつむいてる。

 何のへんてつもない、白の木綿の開襟半袖。長い三つ編みが肩からずるりと落ちた。

 女の子だよな。女の子だから三つ編みってのは納得いかないんだけどさ。

 自転車のスタンドを立てて、あたしはそろそろと女の子に近づいて行く。あんな首すじ丸出しってのは良くないよ。

 のぞきこむ。げ。

 思わず口に手を当てる。寝てるよ、このひと。

 こりゃあかんわ。こんなとこで寝てちゃ、絶対日射病や熱射病になるわ。


「ねえ」


 そっと手を伸ばす。肩に手をやる。動かない。やべ。本当にこりゃまずいんじゃないかい?


「ねえねえねえねえねえねえねえ」


 ゆさゆさ。

 ぱっ、と女の子は顔を上げた。眼を見開く。あ、結構可愛い。数秒、見つめ合う。あ、目でかい。

 そして次の瞬間。


「あああああなたなに、だれ、だぁ? れ?」


 何って大きな声。思わず肩をすくめる。えーと。あたしは眉を寄せる。誰はいいけど何はないでしょ。

 えーとえーと、と向こうも、突如自分を揺さぶっている奴に、何が何だか訳わからなくなってるらしい。


「あたしはただの通りすがりだけど。 あんたね、こんなとこで寝てると、肌焼けるよ」


 はっ、と顔に手を当てる。彼女は上目づかいに軽くあたしをにらみつけると、くやしそうにこう付け加える。


「夏は焼けるものよ」


 それはそうだけどさ。確かにくっきりと、腕に半袖の線ついてるし。


「んー…… じゃ、そうじゃなくてさ。こんなとこで寝てると、熱中症になるよ」

「私の勝手よ」

「ふうん」


 ちら、と彼女のそばに立てられている自転車を見る。

 何かずいぶんごつい車体だった。少なくともあたしの知ってる女の子仕様じゃない。

 だってこんな、でかくてごつくておまけに後ろの荷台が広くて四角い。

 こうゆうのは、仕事に使うもんよ。物を乗せるためのものだもの。

 くくりつけてある黒いゴムは、きっと元はチューブだったシロモノ。荷物の滑り止めにつけてあるのよね。

 そりゃこの時代だし。女の子だって自転車を乗り回して仕事することはある。当然だ。

 だけどこれはどう見ても、大の大人の男が運転するような奴だよね。

 だいたい車体の色が濃いめのカーキだなんて、渋すぎだっていうの。

 ふと心当たりがあって、その下に目をやる。

 ……はいはいはいはい。


「何すんの!」


 よいしょ、と後輪を持ち上げ、スタンドをがちゃ、と上げてみる。う、重い。

 後輪を下ろす。ぺしゃん。


「やっぱり」


 あ、と彼女の口が大きく開く。


「パンクしたんだよね」


 そしてがっくりと肩を落とした。

 ついでに三つ編みもぽろんとひざに落ちた。ふうん。綺麗な髪だ。黒くて、まっすぐで、つやつやとしてる。

 あたしの髪とは大違いだ。


「直してあげよか?」


 ぱっ、と彼女は顔を上げた。できるの? とお願い、が入り交じった視線を添えて。


「ただし」


 眉がちょっと寄せられる。


「名前を教えてね」


 は、と彼女は今度は目をぱちぱちとさせる。けっこう表情が豊かだ。


「わ、私の?」

「他に誰がいるの?」


 それはそうだわ、と彼女は左の頬に指を当てる。


「若葉。今泉若葉というの」

「あらさわやかさん。あたしは、森岡さつき」


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