第07話:町での様々な出会い

 タリスさんのお店を出ると、すでに陽は天頂付近だった。二日酔いのせいもあり、朝ご飯が少なかったし、ルーミィに付き合って、あっちへこっちへと歩いた僕は、かなりお腹が減っていた。


 店に入るにしても、どんな店に入ればいいのかわからない。入ってみたけど、実はすごく高くて、そうだといって店をすぐに出るのも難しいような気がする。

 それなので、店頭にてお昼ご飯の値段が書いてある店を見て回る。とはいっても見慣れないメニューばかりで何を選んだらいいのかもわからない。


 そうしてルーミィとウロウロしていると一軒の『木々の恵み亭』というお店が目に留まる。石などを使わずに全て木組みで建てられているように見える店で、料理の名前も使っている素材も、僕達の村で見かける物だから、安心して食事できるかもしれない。貨幣の価値はわからないけど値段も銅貨8枚で、他の店よりは安そうだ。


カラン……コロン……


 ドアを開けると、ドアについている小さな鐘がなって僕達の入店を知らせる。外装通り店の中もほとんど木組みで建てられており、明るさがほどほどで、とても落ち着けそうだ。


「はぁい、いらっしゃいませ」

 店の奥から、少し年配のエルフの女性が姿を現す。全体的に緑色の服装は、何だか村での衣服に似ている気がする。


「あらあら、見ない顔ね。でも、どこか懐かしい匂いがする気がするわ」

「えぇ、昨日からリーフィンドに来た、森の氏族ドルイドの者です」

 親しげに優しい声で語り掛けてくる年配のエルフに、僕は自己紹介をする。


「あらー、じゃぁ同郷じゃない。私も森の氏族ドルイド出身よ。木々の恵みの村出身ね」

「僕達は精霊樹の村出身です」

「あらあら、じゃぁ本家本元ね。精霊樹の村から出てくるなんて、とても珍しい事だわ。何か訳あり?」

「え、えっと……」

 木々の恵みの村は精霊樹の村から北西に行った木の実が多く取れる林に隣接した村だ。そしてちょっと突っ込んだ質問を受けて、僕は言い淀んでしまう。


「あぁ、ごめんなさいね。どうも年を取ると詮索しやすくなってしまっていけないわ。それぞれ事情があるんだものね。こちらの奥の席に座って頂戴」

 少し年配のエルフは、軽くウィンクをすると、奥の席を指し示しながら、メニューを取り出して案内してくれる。


「これがメニューよ。今日の日替わりはシカ肉の香草焼きよ。精霊樹の村出身なら食べなれた味だと思うわ。ごめんなさいね、一人で店をやっているから手が回らないところがあるかも知れないけれど、許してね」

 そう言って日替わりメニューを勧めてくれたので、僕達は2つ注文する。


「おにーちゃん。同郷の人の店で良かったね」

「そうだね。でも店主さんが一人で切り盛りしているって、とても大変そうだ。注文取って料理して、買い出しや下ごしらえも一人なんだろうな」

「うん。大変そう。ルーミィも家でご飯のお手伝いとかしてたけど、お家のお手伝いだけでも大変だったもん。あと、このお店ってなんか家みたいで落ち着くね」

「この町の家は木だけではなくて石もかなり使っているから、僕達の村とは全然違う雰囲気だよね。だから、こういう全て木で作られている家の方が村の家に近くて落ち着くのかもね」

「うん、うん。ルーミィは木の家のほうが暖かな雰囲気だから好きだなー」

「うん。石の家も頑丈そうで安心感があったりするけどね」

 この店の調度品も華美ではなく、木を掘って作られた置物や、草を編んだ花輪など、森の自然を活かしたものばかりだ。

 僕達はそんな店の中の調度品をルーミィと感想を交換しあっていると、店主さんがすごく食欲をそそるガリクの根の匂いと共に料理を持ってきてくれる。

 軽く火を通した鹿のモモ肉に、森で取れるガリクの根とジルの葉をベースに、その他の香草をすり潰して、砕いたマッツの実と和えたソースを丁寧に塗ってから、窯で焼き上げ、最後に辛味の強い乾燥させたカプシを細い輪切りにして散らした料理だ。

 付け合せはポタトの根をざく切りにして上げた者と、クレソの茎と葉、ロットの根を甘く煮たもので、野菜も多い一皿になっている。

 それに麦パンと野菜を煮込んだスープがついて銅貨8枚らしい。


「あの……僕達村から出てきたばかりで、貨幣の価値もよくわからないんですが、これってかなり安いような気がするのですが」

 他にお客さんもいないし、同郷だという事に甘えさせてもらって、僕は訊ねてみる。


「あはははは。そうねぇ、昼ご飯は殆ど設けは出ないかな。安くして味を知ってもらって、夜にお金を使ってもらおうとしているから。ちなみに普通の売値だけど、パンが銅貨1枚、スープも大体銅貨1枚、鹿のモモ肉の香草焼きは銅貨8枚ってところね。鹿のモモ肉が2つで銀貨1枚もするし、香草のソースもなんだかんだ言って銅貨3枚くらいはかかるのよね」

「えっと、銀貨と銅貨っていうのの価値が……」

「あら、そこからなの?今まで騙されなくてよかったわねぇ。パン1個とかミルク一杯とか一番安く買えるものが銅貨1枚。そして銅貨10枚で銀貨1枚。ただ泊まるだけの宿だったら大体銀貨5枚。食事の値段が大体銀貨1枚くらいが多いわね。銀貨100枚で金貨1枚になって、見たこと無いけど金貨1,000枚で白金貨1枚になるらしいわ」

「じゃぁさっきタリスさんのアクセサリー屋さんで買ったルーミィの首飾りネックレスが銀貨5枚だから、ご飯5回分?」

「え?!タリスさんのお店で買った首飾りネックレスが銀貨5枚?タリスさんのお店なら魔道具でしょう、それ?」

「うん。お知り合い記念にって安くしてもらったんだ」

「それ、普通の首飾りネックレスの素材代だけで銀貨5枚はするわよ。それに加工費と付与加工エンチャント代入れたら、銀貨20枚はすると思うんだけど」

 色々な貨幣ついての話をしてくれた店主さんが、ルーミィの呟きを聞いて吃驚した顔で教えてくれる。


「やっぱりこれ高かったんだ……」

「目的はあるけど、それを達成するためにも、しばらくこの町で、冒険者としての下地を作ると思うから、町を出る前に稼いだお金でタリスさんのお店で何かを買って、恩返しをしよう」

 ルーミィがやや元気をなくした感じになってしまったので、僕は元気付けるように提案すると、笑顔を浮かべて肯定する。


「あぁ、色々ごめんなさいね。さぁ、冷めないうちに食べて頂戴」

 店主さんがそう言ってテーブルから離れると、僕達は料理に手を付ける。


「はわわぁー、これすごく美味しいよー。ちょっとピリッとするけど」

「うん。ガリクの根とジルの葉の香りが凄く効いてて美味しいね」

 鹿のモモ肉をナイフで切り分け、ソースと一緒に口に含むと、ガリクの根の強烈な香りと鹿のモモ肉の旨味、それを香草の複雑な香りが包んで、とても美味しい。そして香草独特のちょっとした苦味が後味を軽くしてくれる。

 鹿肉から溢れ出た脂とソースを絡ませて、パンにつけて食べると、パンの荒い目にソースが染み込み、これまた極上の味わいだ。

 あまりの美味しさに、僕とルーミィは何も言わずに食べ続けて、あっという間に完食してしまった。


「はわー、すっごく美味しかったね!おにーちゃん!」

「うん。村で似たような料理があったけど、多分ぜんぜん違うと思う。これが町ならではのお店の味なのかなぁ」

 ルーミィがみどり色の綺麗な瞳をキラキラさせながら、興奮気味に話すので、僕も全面的に肯定する。


「喜んでくれて何よりだわ」

 食後に冷たい水を持ってきてくれた店主さんが嬉しそうにしている。


「似ていないようだけど兄妹きょうだいなの?」

「ううん。ミスティおにーちゃんは、ルーミィの命を救ってくれた恩人さんなの。優しくてルーミィの事守ってくれるから、おにーちゃんなの」

 店主さんの質問に、わかるようなわからないような回答を返すルーミィ。店主さんは笑顔を浮かべながら、なんか納得したような顔で僕を見るので、僕は肩をすくめてみせる。


「きちんと守ってあげるんだよ」

「はい」

 ポンっと肩を叩かれてアドバイスされるので、頷き返す。そして、冷たい水を飲み干した僕達は、食事代の銅貨16枚を払ってお店を出る。


「また、食べにこよーね」

「うん。ちゃんと自分達で稼いだお金で食べたらもっと美味しいだろうから、頑張ろう」

 ルーミィとまた来ることを約束して、僕達は『木々の恵み亭』を離れるのだった。


 満足の行く昼食を食べた僕達は、さらに南東ブロックのお店を見て回る。僕はそのうちの一つの店、『鉄塊と炎』という武器屋の前で足を止めた。


「おにーちゃんどうしたの?」

 急に足を止めて、手が引っ張られたルーミィが上目使いで聞いてくる。


「あぁ、うん。ちょっとそこの店に入ってみたいんだけど。いい?」

「うん、いいよー。ルーミィの行きたい店に一杯行ってもらったし」

 ルーミィが空いた左手で首飾りネックレスを弄りながら笑顔で答える。


 そして僕はルーミィの手を握ったまま店に入る。開けっ放しだった扉の奥に見えたある物が気になったのだ。


「あぁ?!ここはガキや、乳繰り合ってる奴らが来る場所じゃねぇぞ?」

 僕が店に入ると、背が低くて樽のような体型をして、立派な髭を蓄えたドワーフが睨みつけながら、ドスの利いた声で威圧してくる。

 僕がルーミィと手を繋いだまま入ってきたのが気に食わなかったらしい。はぐれないための措置なのだが、それが軟弱に映ったのだろう。


 僕はちょっと後ろめたくなってルーミィから手を離す。


「ふんっ、貴様みたいなもやしのようなやつに扱えるブツは、俺の店には置いてねぇ!帰んな!」

 相変わらず、お客さんをお客さんとも思わない接客だ。まぁドワーフという種族としては当たり前の対応なのだろう。職人気質で頑固、力と技術に重きを置き、酒と物作りをこよなく愛す種族だ。


「いや、ちょっとアレを……」

 すごい威圧をしてくるドワーフに対して、ちょっと腰が引けてしまうけど、僕は何とか切り出す。


「あぁん?アレってなんだぁ?」

 ドワーフはそう言いながら、僕の目線を追う。


「うわっはっはっは。無理無理!貴様みたいなもやしに扱える逸品じゃねぇよ!」

 たしかに僕はひょろ長いからもやしに見えなくもないけど、それを言ったらドワーフは酒樽じゃないだろうか?と、そんな事を思いながら、大事そうに壁に掛けてある逸品に近づき良く見てみる。


「無理だって言って……あぁん?お前さんの腰の物……そりゃ刀か?」

「あ、はい。師匠から譲り受けた物です」

 僕の腰に佩いた刀に気づいたドワーフが急に興味を持って聞いてくる。


「ちょっと見せてくれ?何、悪いようにはせんから」

 こと技術のことになると頑固かつ好奇心が高まるドワーフだ。悪いことにはしないだろうと思い、腰から外して手渡す。


「なるほど、刀を持っているなら、ソレに興味を持つのもわかるな」

「は、はい。それにしても大きいですね」

「あぁ、斬馬刀というらしい。俺の師匠が最後に作った逸品だ。どうやらカチの歩兵が、騎馬兵をぶった切る武器らしいな。まぁ、使い手は相当選ぶだろうが」

 壁にかかっていたのは、一振りの巨大な太刀。確かに斬馬刀というだけあって、馬ごと一刀両断できそうな大きさではある。

 僕の持つ刀に近い形をしてはいるが、その刃や峰は比べ物にならないぐらいに厚い。


「これは、相当に傷んでいるな。恐るべきはこの刃金だ。これだけの細かい刃こぼれがあるにも関わらず、切れ味は保ち続けている」

 ドワーフが棍の切れ端のような木の棒を、刃に沿って滑らせると、棍の棒があっさり切り落とされ、その断面は滑らかだ。


「コイツを研ぎ直してやるから、少し預けないか?」

「え?えっと……でも」

 ドワーフがそんな提案をしてくる。ドワーフは信用できそうだが、貴重な刀を預けるのは躊躇われるし、さらに初めての町を丸腰で歩くのは抵抗がある。


「あぁ……そういうことか。無理もない、初対面だしな。じゃぁ、これを担保に持ってけ」

 そう言って、店のカウンターの脇の壁に掛けてあった一本の長剣を放ってくる。


「いやっ!あっ!危ない」

 いきなり放られて、ちょっとバタついてしまったが、何とか受け取る。


「一応、この店で一番高い剣だ。切れ味は保証するから持ってっとけ。あぁ、ちなみに使って刃毀れしても気にするな。したらソレまでの剣だったってことだ」

 剣から鞘を抜くと特徴のある波打った刃紋が見える。中心部は厚いが、両刃の刃先の鋭さは、僕の持っている刀以上かも知れない。


「何で、こんな業物まで貸してくれてまで、研いでくれるんですか?」

「師匠が虜になった刀への純粋な興味と、刃毀れしたままの刀が泣いているからだ」

「あ……うぅ」

「安心しろ。見た所、お前さんのせいじゃぁ無い。ただ長い間、整備できる者が居ずに使われすぎたせいだろう。刀身、鍔、柄、それぞれに大事に使われていた跡、そして本気で練習に取り組んだ想いっていうのが刻まれているのがわかる。まぁ悪いようにせんから、預けてみろ」

 僕が疑問に思って聞くと、想定外の答えが返ってくる。この店に入った時の人とはまるで別人のようだ。


「それじゃぁお願いします。でも代わりの剣は、もっと安そうなやつにできませんか?ちょっと凄すぎて身分不相応すぎて持てません」

「こんな刀を平気で佩いていた奴が何を言うんだか……まぁ、いい。うちの店にあるやつから好きなものを持っていけ」

 ドワーフさんは話が終わったと言わんばかりに、僕を放っておいて、店の奥に行ってしまう。さすがドワーフ、商売より技術だなぁと思うのだった。


 僕はその後、店の中を一通り見せてもらって、十把一絡じゅっぱひとからげに無造作に縦長の籠に放り込んであった、長剣を取り出して眺めていると、奥のドワーフさんが大声で伝えてくる。


「ちょいと丁寧にやるから2日程かかるぜ。だから3日後くらいに取りに来るといい。あとしょぼい剣持ってくならスペアも持ってっとけよ」

 どこかに監視する魔導具でもつけてるんだろうか?と思うほどの的確な指摘だった。

 僕はドワーフさんの言う通り長剣を二本借りて、武器屋『鉄塊と炎』を後にして宿屋に戻るのだった。


 宿屋に戻ると村長さんたちからもらった革袋の中身を確認する。貨幣の量によって、これからの生活をどうするかが決まってきそうだからだ。


「うわ……」

 僕はその金額に驚嘆する。村長さん達、村では使えないからって相当な額を渡してくれたみたいだ。


「金貨8枚と、銀貨が100枚、銅貨は150枚位あるね」

「これだけあれば3ヶ月位は食べていけそうだ。でもその3ヶ月の間に自分たちが自活出来るようにならないと大変だ」

「うん。ルーミィも頑張っておにーちゃんのお手伝いするね」

 ひとまず先立つものは大丈夫な事に胸を撫で下ろすけど、これからどうやって自活しようか悩んでしまう。多分、冒険者としてやっていきながら、聖都ユグドラシルを目指すことになるだろう。

 聖都ユグドラシルへ行って村に返ったとしても、多分僕の居場所はない。僕は僕なりに自分の居場所を作らないといけないから。

 ルーミィは……やっぱり家に帰そうとか頭の中をよぎったが、ルーミィの母親もわかってて送り出したみたいな所もあるから、もう少し頑張ってみよう。


 僕達は夕飯は宿の食事で済ませて、明日の冒険者ギルド講習に向けて早めに休むことにしたのだった。

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