第二章「まあねえ、こんな小娘が本来の『中の人』なんて言ってもねえ」
#06
「……つまり、どうしても君の素性は明かせないと?」
『ええ。理由は、先にお話した通りです』
「『ヒューム』に狙われないため、か。しかし……」
『みなさんのお気持ちはわかりますよ? 僕が言うのもなんですが、『ヒューム』の技術を圧倒する実力がありながら、正体を明かさないのですから。もしかすると、僕もやはり『ヒューム』に属する者で、旧国家群を完全に制圧するための罠ではないか……とね』
「それが自然な反応というものだからな。もっとも、君があの時邪魔をしなければ、そんな回りくどい罠を張る必要もないというのは、頭では理解しているつもりだがね」
『ですので、取引をしましょうか。僕の正体は『ヒューム』解体まで明かさない。その代わり、僕のもつ技術の一部を、『
「……どのような?」
『御心配されなくとも、罠を仕込んだブラックボックスのようなものはお渡ししませんよ。そうですね、接収した「フェザーズ」を制御するためのコマンド群の他に……』
◇
「……より効率良く制御するためのアルゴリズムね。まあ、コマンド群があれば時間をかけて同じものを独自に作り出せそうだけど、数年はかかりそうよね」
『あくまで、信用してもらうためだからね。もっとも、そんな『応用』が可能であること自体、『ヒューム』側も知らないことだけど。同調レベル1でも性能をフルに引き出せるなんて、想像もしていないだろうさ』
「捕縛したパイロットの言動から察するに、熱狂的な宗教団体のようになっているみたいだからねえ」
『ヒューム』侵攻から数週間が経過した現在。世界の情勢はあまり変わっていない。相変わらずの緊迫状態に、どうにもずっとぼけられないものを感じた私は、素性を隠しつつも、しぶしぶ応対していくことにした。
そして今、ハルトがVTuberのアバターを経由して『
「もしかして、ヒュームさんが残した『結晶体』が、実は神秘的なものでもなんでもない、ってことを示した方が早いのかな?」
『信じるかな? 同じ物を作り出せれば話が違うだろうけど』
「
結晶体……
「っていうかね、『ハルト』の中の人がAI、っていう方が信じてくれないと思うから」
『僕自身は、意識や意志は持ち合わせていないんだけどねえ』
「そうなんだけどねえ」
確かにハルトのAIは、ネット越しに見たら人間と話しているとしか思えない。でも、ハルトのあらゆる言動は、私にとっては全て『想定の範囲内』なのである。こういう時はこう、ああ聞かれたらそう、という感じだろうか。もっとも、自律型AIだけに、ハルトがネット経由で独自に得た情報は、当然ながら私は知らない。だから、こうして会話が成り立つし、意義もある。
しかしだとしても、そんなAIを作ることは、実は『結晶体』がなければ実現不可能だったのだ。モーションキャプチャーやボイスチェンジャーの入出力部にこれを付けるだけで、高精度なデータが瞬時に生成される。それを幾重も学習させ、アバター組込みの際に更に結晶体経由で微調整することで出来上がったのが、ハルトである。この結晶体、私はヒューム侵攻まで『高精度なセンサー拡張キット』みたいな感じで使っていた。だって、形状がコネクタ類にピッタリだったんだもん。もっとも、だからと言って、そんな使い方がホイホイ頭に浮かんだ時点でおかしいと気づくべきだったのかもしれない。
「私は、ヒュームさんの思考パターンにどれだけ侵されてるんだろうなあ。悪い人ではなかったのは確かだけれども」
『君は人生で最も多感な時期に「結晶体」と共にあったからね。もう、区別がつかないほど融合していると思うよ?』
「だよねえ」
実際のところ、私の表向きであるところのバスケ好きさえも、あやしくなっている。確かに、小さい頃からスポーツは好きだったのだが、バスケを始めたのは、ヒュームさんと交流した後の中学時代からなのだ。たまに病院にお見舞いに行って話をするだけで、あのお婆さんとバスケがどうという話をした記憶はない。ないのだが……気になるわけで。
『さっきの「信じてくれない」の話だけど、もっと信じてくれない、でも、極めて本質的なことがあるよ』
「はいはい、私が『ヒューム・グランザイアの継承者』ってことよね。まあねえ、こんな小娘が本来の『ハルトの中の人』なんて言ってもねえ」
AHC首脳陣と直接交渉する、JK2の私。そんな絵面を思い浮かべて……うん、何の冗談だろうって思う。
「さて、そろそろ寝るよ。進捗があったら、また後で」
『ああ、おやすみ、カスミ』
明日はバスケの朝練があるのだ。だから、おやすみ。ぐー。
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