一方で、それ以外
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一方で、それ以外
木々は葉を身にまとっておらず、乾風が吹くたびに凍えるように枝を揺らした。空はオレンジ色に染まり始めていた。
俺は教室の窓から外を眺め、今朝テレビで観た『海外のあるお屋敷が猛烈な風によって倒壊した』というニュースを思い返していた。
机の上の青色の缶を手に取り、中にある炭酸飲料を飲み干してから、教室を見回す。
今は放課後なのだが、教室には人がそれなりに残っており、彼らは真剣な面持ちで勉強をしていた。期末テストが2週間後に迫っているからだ。そして、テスト勉強に集中できるようにと、今日からほぼ全ての部活が休みとなっており、俺が入部している料理部も休みであった。
ちなみに、なぜ俺が料理部に入部したかというと、それは『ある目的』のためである。このことは秘密にしていたのだが、どうやら最近このことについて噂が広まっているらしい。しかしみんなが知っているのは、俺が『ある目的』のために料理部に入部した、ということまでであり、『ある目的』が何なのかということまでは知らないようだ。
さて、お腹も空いたしそろそろ帰るとするか。
俺は荷物をまとめ教室を後にした。下駄箱に到着し、靴を履き替えるために下駄箱の扉を開けた。
すると、そこには1通の封筒があった。
今日は2月14日であり、そのことを踏まえると、これはラブレターである可能性が高い。
俺は期待しながら封筒の中身を確認した。
***
封筒の中には手紙が入っており、そこには
『今日の放課後、昆虫部の部室に来て!
と書かれていた。
瑛花? 一体誰だろう。昆虫部の人だと思われるが俺の記憶にはない。
行くべきだろうか? もしかして、イタズラか?
考えた末、俺は昆虫部の部室に向かった。部室の前にたどり着いた俺は、1度深呼吸をした後、扉を開いた。
そこには1人の女性がいた。
褐色の肌にベリーショートな髪型。ハツラツと開かれた目とキリッと整えられた眉毛。彼女からは溢れ出るパッションを感じる。
昆虫部の部室は、部屋の中央に長机が1つと、机を挟むように椅子が2つ置かれているだけのシンプルな部屋だった。また、それだけで部屋の半分程度が埋まってしまうほどの狭さであるが、その狭さのおかげで物寂しさを感じずに済んだ。
彼女は自分が座っている椅子の対面にある椅子を指差し「まあ、座ってよ」と促した。
俺はその椅子に座り、彼女と向き合った。
「来てくれてありがとう!」
「あなたが瑛花さんですか? 会うのは初めてですよね?」
「うん、初めて。でも、キミのことは噂に聞いているよ。料理部に入ったのは『ある目的』のためらしいじゃん!」
「そうですね」
「ズバリ当てちゃうよ。『ある目的』とは『料理の腕を磨くこと』でしょ!」
「正解です」
「料理を学ぶために料理部に入る。単純だけど、これ以上の理由なんて考えられないよね!」
彼女は虫の目で俺を観察していたかのごとく、明確に言い当ててしまった。いい目を持っているな。
「そういえば、今日はバレンタインデーだね。実は、手作りのお菓子を作ってきたから食べてみてくれない?」
「いいですよ」
「はい、どうぞ。ビスケットだよ!」
彼女はリボンで口が結ばれた透明な袋を俺に手渡した。ビスケットといえば、大抵は丸や星、ハートの形をしていると認識していた。しかし、袋の中のそれはアメーバのように形がいびつだった。
これはビスケットなのだろうかと思ったが、見た目だけで判断するのは失礼だ。俺は袋を開け、それを恐る恐る口にしてみたが、やけにボソボソしていて、なぜか塩辛かった。
「さて、そろそろ本題に入ろうかな。簡潔に言うね。料理部を辞めて、昆虫部に入ってほしいの!」
「なぜ、俺を昆虫部に誘うのですか?」
「ボクはね、昆虫食っていうのに興味があって、色んな昆虫食を作れるようになりたいの。でも、料理の腕がまだまだ未熟でさ。ほら、さっき渡したお菓子もイマイチだったでしょ?」
彼女はそう言って、恥ずかしそう笑った。
「料理部で料理の腕を磨いてきたキミの腕前は確かなもののはず。きっと、どんな料理もチョチョイのチョイと作ってしまうのさ! キミには、ボクに料理の指導をしながら一緒に昆虫食を作ってほしいの。だから、昆虫部に入ってくれる?」
俺はすぐには決められず、しばらく悩んでいると、彼女が声をかけてきた。
「迷っているようなら、昆虫部らしくジャンケンで決めよう。さあ、いくよ。じゃんけんぽん!」
彼女の掛け声につられて、俺はとっさにグーを出した。彼女の手はパーだった。
「やった! 勝った! ちなみにボクはクワガタよりカブトムシが好きなんだ」
「ま、負けた……」
「蝶のように舞い、蜂のように刺す。それがボクのスタイルさ。ボクが勝ったから、約束通りキミには昆虫部に入部してもらうよ!」
「
「なんてね、冗談だよ。しっかり悩んでくれていいよ。この選択は今のキミにとって、ささいな選択にすぎないかもしれない。でも、この選択は後の人生に大きな影響を与えることになると思うから。そう、ブラジルでの蝶の羽ばたきがテキサスにトルネードを引き起こすように」
俺は彼女の言う昆虫食というものに、少し興味が湧いていた。今まで試したことのないジャンルの料理であり、料理の幅を広げるために昆虫部に入るのも悪くないと思った。それに頼られるのは嬉しいものだ。
「決めました。昆虫部に入ります」
「ありがと!」
彼女は花開くように笑った。その笑顔が見られただけでも、この選択をしてよかったと思った。
「これからビシバシ指導していきますよ。まずは砂糖と塩を間違えないようにするところからですかね」
「はい、先生。よろしくお願いします!」
***
封筒の中には手紙が入っており、そこには
『今日の放課後、ロボット部の部室に来て
と書かれていた。
瑠美依? 一体誰だろう。ロボット部の人だと思われるが俺の記憶にはない。
行くべきだろか? もしかして、イタズラか?
考えた末、俺はロボット部の部室に向かった。部室の前にたどり着いた俺は、1度深呼吸をした後、扉を開いた。
そこには1人の女性がいた。
肩のあたりで切り揃えられた黒髪。少し長い前髪は斜めに流している。そして、切れ長の目にシャープな顔立ち。
彼女は美しかった。
ロボット部の部室は、左右の壁に貼り付けられるように机と椅子が並べられており、その机に何台ものパソコンとロボットが置かれていた。部屋の中央は広く空いており、この空間は試作のロボットを動かすための空間であると考えられた。
彼女は自分が座っている椅子のそばにある椅子を指しながら、「まあ、座って」と促した。
俺はその椅子に座り、彼女と向き合った。
「来てくれたのね。ありがとう」
彼女は表情を変えず、淡々と言った。
「あなたが瑠美依さんですか? 会うのは初めてですよね?」
「そうね、会うのは初めてね。だけど、君のことは噂で聞いているわ。料理部に入ったのは『ある目的』のためだそうね」
「そうですね」
「当ててもいいかしら。『ある目的』とは『モテること』でしょ」
「正解です」
「料理部は女子が多い。そして、料理を一緒に作るときは自然と会話をするはず。君はこの環境を利用して女子と交流し、好かれようと努力した」
彼女は俺の思考をスキャンしたかのように、明確に言い当ててしまった。You are a high-spec human.
「ところで、今日はバレンタインデーね。君はこの日を待ち望んでいたんじゃないかしら? なぜなら、もらったチョコの数は『モテ』を表す指標となるからね」
「その通りです」
「ちなみに結果はどうだったのかしら?」
「0です。まったく、恥ずかしい話ですよ」
「ふふ、0。いい数字だわ」
言葉では笑っていたが、彼女はやはり表情を変えなかった。
「さて、そろそろ本題に入るわね。簡潔に言うわ。料理部を辞めて、ロボット部に入って」
「なぜ俺をロボット部に誘うのですか?」
「目的のために、最適な方法を選ぶ判断力。そして、モテるという曖昧な基準を、チョコの数で定量的に評価しようとする考え方。君はなかなかに賢いわ。ロボット部に入って、その知性を活かすべきだと私は思う。だから、ロボット部に入ってくれないかしら?」
もし、君がYESと答えれば、その時
私は笑う
それ以外の答えならば
私は泣く
以上
彼女から発せられたその条件文は、俺に限られた選択肢を与えた。選択は2つに1つだ。
どちらを選ぶべきだろうか。今、俺の心の色はColorIndex=15。つまり灰色だ。
俺は、あらゆる可能性の検証により答えを導き出そうとしたが、それには時間が必要だった。そして彼女は、検証の時間が無駄であると証明するかのように、こう言い放った。
「君はこの先、砂糖菓子を作り続ける気かい? それとも人生を変えるチャンスに賭けてみるかい?」
その言葉で俺は
「答えは『YES』だ」
「ありがとう!」
彼女はまるで子供のような無邪気な笑顔を見せた。
俺は彼女のことを美しくてクールな人だと思っていたため、そのギャップに心奪われてしまい、しばらくの間、固まっていた。
***
封筒の中には手紙が入っており、そこには
『今日の放課後、料理部の部室に来てください
と書かれていた。
志衣菜? ああ、よく知っている。料理部の同期だ。
行くべきだろか? もしかして、イタズラか?
考えた末、俺は料理部の部室に向かった。部室の前にたどり着いた俺は、1度深呼吸をした後、扉を開いた。
そこには1人の女性がいた。志衣菜だ。
軽くウェーブのかかったショコラ色の髪が胸のあたりまで伸びており、前髪は眉にかかるくらいの長さで切り揃えられている。肌は白く、長いまつ毛が目の大きさをより強調している。
その姿は、お嬢様と呼ぶにふさわしかった。
料理部は家庭科室を部室として使っている。家庭科室には教員用の机が1つと学生用の机が6つあり、それぞれの机にガスコンロと洗い場がついている。学生用の机は最大で10人ほどが囲んで座ることができる大きさだ。
彼女は自分が座っている椅子の隣にある椅子を指で示し、「まあ、座ってください」と促した。
俺はその椅子に座り、彼女と向き合った。
「来てくれたんですね。ありがとうございます」
「何かあったんですか?」
俺たちは同期だが、お互いにタメ口で話すことはあまりなかった。
「確認したいことがあります。あなたが料理部に入ったのは『ある目的』のためだという噂を聞いたのですけど、その噂は本当ですか?」
「そうですね」
「当ててもいいでしょうか。『ある目的』って『私を護衛すること』ですよね」
「……正解です」
「やはり、そうでしたか。最近、父が教えてくれた、というより口を滑らせたのですが、入学当初から私には13人の護衛がついていたそうです。私は護衛が誰なのか気になったのですが、父は護衛の人たちの名前までは教えてくれませんでした」
彼女は淡々と話し続けた。
「そこで私は考えてみることにしました。護衛は13人いるのでおそらく時間や場所を分担して護衛しているはずだろうと。また、部活の時間に私を護衛する人がいるとしたら、同じ部活の人であるはずだと思いました。そして、あなたが『ある目的』のために料理部に入部したという噂から、あなたが護衛の1人だと考えました」
「……お見事」
彼女は研いだ包丁のようにスパッと言い当ててしまった。この人、かなりのキレ者。
彼女の父親は大金持ち、つまり貴族である。そして心配性でもある彼女の父親は、可愛い娘が危険な目に遭わないように護衛を雇った。護衛の役割は命に代えても彼女を守ること。とはいえ、そんな物騒なことは滅多に起きないが。
「ところで、今日はバレンタインデーですね。実は、あなたに渡したいものがあります。手作りのお菓子です」
「すみません。そのような物を受け取ることは契約上できません」
「そう言うと思いました。まあ、いいでしょう。そろそろ本題に入ります。簡潔に言いますね。私と友達になってください」
「なぜ俺にそんなことを頼むのですか?」
「私は多くの人と仲良くなりたいですし、皆の価値観や考え方を知りたいのです」
「すみません。そういう訳にはいきません。俺は庶民であり従者です。対して、あなたは貴族の娘であり主君の娘です。身分が違いすぎます。友達になるなんて恐れ多いです」
彼女のことはいい人だと思っていたし、仲良くなりたいと思うこともあったが、私情を挟む訳にはいかない。彼女は護るべき存在。ただそれだけだ。俺は心を氷のように冷たく閉ざすことで、彼女を、そして自分を護ろうとした。最初から心の距離を近づけないと決めておけば、今後、彼女との関係性で
「あなたはメロンパンが好きですか?」
彼女は唐突に話を変えてきた。
何が目的だろうか? しかし、勘ぐっても仕方がない。俺は素直に答えることした。
「ええ、好きです」
「そうですか。私もメロンパンが好きです。カリカリモフモフしていて、とても美味しいと思います」
「そうですか。ですが、なぜ今その話を?」
彼女は優しく温かな声で
「今度、一緒にメロンパンを作りましょう」
と答えた後、俺の手を取り微笑んだ。
「ちょっ、えっ!?」
握られた手を通じて、彼女の温かさが心と体に染み渡り、冷たく閉ざしていた俺の心が解け始めていくのを感じた。
「……わかったよ。今度、一緒に作ろう」
「ありがとう!」
***
封筒の中には手紙が入っており、そこには
『すぐに学校から出ろ』
とだけ書かれていた。
それはどこか見慣れた文字だったが、差出人は不明。意図もよくわからない。
出るべきだろうか? もしかして、イタズラか?
考えた末、俺は靴を履き替え、学校から出た。
しかし、俺が学校から出たのは手紙の指示に操られたからではない。手紙を読んだ後、どうするべきか自分で考え、自分で決断し行動したのだ。
人生は選択の連続である。そして、最終的に選ぶのは自分自身であることを忘れてはならない。
そして今、俺はある1つの選択に迫られている。
『小腹を満たすため、学校帰りに何を食べるのか』という選択だ。
ハンバーガー、たこ焼き、コロッケ、ラーメン……。あー、悩む。
うーん……よし、決めた!
うどん食べて帰るか。
Fine
一方で、それ以外 sudo(Mat_Enter) @mora-mora
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