エピローグ
――やっと見つけた!
彼女の姿を発見した俺は、嬉しくなって思わず駆け寄った。数か月間、学校帰りや友達と遊びに行く時に、この道を通る際はいつも彼女の姿を俺は探していたんだ。
どしゃぶりの雨の日に、傘が無くて途方に暮れている俺たちに、傘を貸してくれたお姉さん。絶対にお礼を言いたくて、俺は常にあの人から借りた傘を持ち歩いていたんだ。
水色で、ワンポイントの花の刺繍が施された折りたたみ傘は、涼し気な彼女にとてもぴったりだなって思っていた。
お姉さんは、近くの中学校の制服を着て、本屋さんの前でひとりでいた。背筋をしゃんと伸ばしてまっすぐにしているその姿は、とてもきちんとしていて。
なんだか綺麗だなって思った。女の人に綺麗だなって思ったのは、生まれて初めてな気がする。
あの日、雨の中優しく笑って傘を貸してくれた時も、なんだかドキドキした覚えがある。だけどあの時よりも、今の方が綺麗に見える。何故かわからないけど、瞳は活き活きしていいて、表情も穏やかに見えた。
「あれ、君は……。確か、雨の日に会ったよね」
いきなり現れた俺に、笑顔で微笑んでそう言うお姉さん。覚えてくれていた。何故かそれだけで信じられないくらいの嬉しさがこみ上げてきた。何をそんなに喜んでいるのか、自分でもよくわからない。
「あ、あの……。これ、返したくて」
「傘を貸してくれて、ありがとうございます」って流暢に言うことを、脳内で何度も趣味レーションしたのに。とても緊張して、すごくぶっきらぼうな言い方になってしまった。
だけどお姉さんはパッと明るい表情になった。まるで花が咲いたみたいな笑顔だった。
「あ! これをわざわざ返しに来てくれたの? ありがとう!」
「う、うん……」
ありがとうって言いたいのは俺の方なのに。心臓が想像以上にドキドキしてしまって、うまく言葉が出てこない。一体俺はどうしてしまったのだろう。胸の病気かな? ……と、思っていると。
「心葉、ごめん待たせて」
俺の背後から、そんな声が聞こえてきた。すると途端に、お姉さんが頬を赤らめて、心底嬉しそうな顔をした。
振り返ってみると、そこには彼女と同じ中学の制服を着た男がいた。何故かそれを見た瞬間、心が氷点下にまで冷えた。何をそんなにがっかりしているのだろう。
「ううん、たいして待ってないよ。掃除当番お疲れ様」
「そっか。捜してた本はあった?」
「うん、買えたよ。今日帰ってから読むのが楽しみ!」
ふたりの会話から、どうやらお姉さんは掃除当番で遅くなった男を本屋で買い物をして潰して待っていたらしい。
「心葉、その子は?」
彼が不思議そうに俺を眺めてお姉さんに尋ねた。ここは、って言うんだ。なんだか響きがきれいで、いかにも彼女らしい名前だと思った。
「ああ。ほら、ちょっと前に私が雨の日に傘を貸した子」
「あ、あの時の子かー」
男が納得したようにいった。仲睦まじそうに、当たり前のように俺のことをふたりは共有している。子供の俺にだって、二人の仲がただの友達ではないことはなんとなく分かる。
「……じゃあ、俺行く」
なんだか逃げるような気持だった。武骨にそう言うと、俺はお姉さんたちから背を向けて、早足で進みだす。
「雨が降りそうなときは、ちゃんと傘(持ち歩くんだよ~。妹ちゃんにもよろしくね!」
透き通ったお姉さんの声が、背中越しに聞こえてきた。俺は聞こえないふりをして反応せずに、走り出した。
俺は何から逃げているのだろう。何をこんなに悔しがっているのだろう。お姉さんに対する、このむず痒い気持ちはの正体は一体何なのだろう。
――だけど。
お姉さんと男は、お互いを見る時に同じような目をしていた。何人たりとも入り込めないようなお互いの強い想いが、そこには存在しているよう見えた。
ふたりが一緒に居る姿がとてもしっくりきた。彼に対する悔しい想いよりも、お姉さんがとても幸せそうで、ああよかったな、と俺は何故か思ったんだ。
君だけが見えない、君だけに恋する 湊祥@「鬼の生贄花嫁」9万部突破 @sho_minato718
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