君にだけ恋する(5)
そして私たちは、キャンプファイヤーが行われている旅館の中庭へと一緒にたどり着いた。花火前のダンスやレクリエーションはすでに終わっていたようで、先生たちが花火の打ち上げ準備をしているのを、生徒たちが待っていた。
「あっ……」
少し離れた場所に牧野さんが友人たちと立っていた。私たちに気づいて気まずそうな顔をした後、目を逸らす。
彩斗くんが話していた通り、きっと彼女は私が何をしても気に入らないのだろう。彩斗くんと両想いになったなんて知られたら、また嫌がらせを受けるかもしれない。
――だけど私は、彩斗くんのことを好きという気持ちが一番大切だ。牧野さんのことを気にして、この思いを封じることは絶対にない。
少し前なら、牧野さんの一挙一動が気になって、嫌われない様に四苦八苦していたと思う。自分の行動の変化に、我ながら驚いた。
「……心葉」
キャンプファイヤーの炎を見ていたら、背中越しに小声で名前を呼ばれた。振り返ってみると、そこには罰悪そうな面持ちをしている圭太がいた。
「……捜してたんだ。もしかしたら、一足先にキャンプファイヤーの会場にいるんじゃないかって思ってから、ここに来たんだけど。……ってか、そんなことよりさっきはごめん、秘密勝手にばらしちゃって」
心底申し訳なさそうに言う圭太。私は笑って首を振る。
「私、彩斗くんが好きなんだ」
はっきりと言った。すると圭太は驚いたように目を見開いた。
「でも、この能力があるから諦めようってずっと思ってたの。圭太にバラされて、かえってよかったんじゃないかって思う。自分からはたぶん、一生言えなかったから」
「心葉……。ってかお前ら、手を繋いでんのかよ。あーあ、とんだピエロだよ、俺」
ふざけたように言う圭太だったけど、どこか寂しげに見えた。心がずきりと痛む。
――だけど、私は自分の気持ちをやっぱり大切にしたいんだ。
「ありがとうね、圭太。私を小さい頃から見ていてくれて。仲良くしてくれて。私、この能力をもう言い訳にしないように頑張っていこうと思う。いちいちくよくよしないようにしたい。すぐには難しいかもしれないけどさ」
圭太が切なそうに顔を歪める。そしてその後、ぎこちなく微笑んで頷いた。――すると。
「あー! 心葉いたー! どこに行ってたの⁉ ……! ってか彩斗くんと手を繋いでる⁉」
そんなことを言いながら由梨が近づいてきた。大声で言われたことに私は恥ずかしくなって、「うん。ま、まあ……」と覚束ない声を上げた。
「あ、確か心葉と仲良くしてる子だよね」
由梨に向かって、私と手を固くつないだまま落ち着いた様子で言う彩斗くん。いちいち恥ずかしがっている自分がちょっと馬鹿みたいに思えて、なんだか悔しい。
「うん! 名前は由梨っていいますー! ね、手を繋いでるってことは、ふたりはそういうことなんだよね⁉」
「そうだね」
迷わずに答える彩斗くんだったが、由梨は興奮した様子で「やったああああ!」とその場で絶叫した。
「私ずっとふたりのこと応援してたの! 心葉には彩斗くんがぴったりに思っててさ!」
「マジで? そりゃ嬉しいね。まあ実際ぴったりだけどね。ね、心葉」
私の顔を覗き込んで、自信たっぷりにそう言う彩斗くん。なんでいちいちこの人は、私の心を嬉しさで引っ掻き回すようなことを言うのだろう。私は「う、うん……」とか細い声で返答するのが精いっぱいだった。
「ちっ。はいはい、お幸せになー」
そんな私たちの様子を見て、圭太がぶっきらぼうに言う。由梨は圭太の肩に勢いよく腕を回した。
「残念だったねー。まあ、失恋を乗り越えて男は大きくなっていくもんよ。ってか、言ったじゃん前に。たぶん心葉は圭太のことを友達としてしか思ってないよって。あんたも諦め悪い男だねえ」
由梨が圭太の気持ちを知っていたことに、私は驚いた。幼馴染間の恋心を知って、由梨も複雑だったんじゃないかと思う。
でも、由梨は私と圭太の気持ちを知った上で、私の初めての恋を応援する方を選んだらしい。きっと、私のことをよく分かっていたから。圭太の恋が実らないということも。
――ありがとう、由梨。
「うるせーな由梨は。……彩斗、心葉を泣かせたら許さねーからな」
圭太が半眼になって彩斗くんを見据えて、脅し文句を言う。彩斗くんはそんな圭太の眼差しを笑顔で受け止める。
「一生、離れる気なんて無いよ」
彩斗くんは繋いだ手に力を込めながら、断言するようにそう言った。「キャー!」という由梨の悲鳴のような声が響く。圭太の大袈裟な仏頂面が見える。
そんな中私は、繋いだ手の温もりを深く味わっていた。彩斗くんの心の声は、いくら固く手を繋いでもやっぱり聞こえない。
――だけど。
そんなの聞こえなくても、彩斗くんの気持ちは痛いほど伝わってきた。だから私も彼に伝わる様に強く思った。
「私だって、一生離れる気なんて無いよ」って。
花火が打ち上がり、夜空に大きな花が咲く。みんなが騒がしく歓声を上げた。
そんな中、私と彩斗くんは、目を合わせて静かに微笑みあったのだった。
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