君にだけ恋する(2)
「あー、滑った滑った!」
「さすがに二日連続で長時間滑ったから、疲れたねー」
そんなことを話す由梨と中村さんの顔は、確かに少し疲労が滲んでいたけれど、満足そうだった。
お昼時。私たちは、スキー場に併設されているリゾートセンターの中で、昼食を摂るための休憩に来ていた。中にあった食堂のメニューはボリュームたっぷりだったけれど、体をたくさん動かしたためか、普段は到底食べきれなさそうな大盛りのカレーを私はあっさりと平らげることができてしまった。
「でも、楽しかったね」
私がそう言うと、ふたりともうん、うんと頷いて同調する。
「なかなかできないもんね、スキー。午後は滑ってから夕食を食べて、キャンプファイヤーの準備って予定だったよね」
「夜のイベントに備えて、この後は控えめに滑ることにしようか」
「そうだねー、体力残しておかないと。……あ、私飲み物取ってくる。やたらと喉乾いちゃって……」
ふたりにそう告げると、空になってしまったコップを持って立ち上がる。さっき並々とお茶を注いだはずなのに、運動をしたせいかすぐに飲み干してしまったのだった。
ドリンクバーの機械があるところにまで行って、コップにウーロン茶を入れる私。――すると。
「心葉……! あー、やっと会えた~」
そんな風に話しかけてきたのは、これから昼食を摂るらしい圭太だった。大盛りのカツ丼が載ったトレイを持っている。
「あ、圭太。やっと会えたって、どういうこと……?」
そう言えば、昨日も今日もスキー場で圭太の姿は見なかった気がする。でも広い場所だから、あまり私は気にしていなかったのだが。
「いや……。少しは一緒に滑りたくて……。その、探してたって言うか……」
何故かモジモジと、少し言いづらそうに言う。それならそうと、連絡してくれればいいのに。昨日の夜だって、会ったのだし。
「あ、そうだったの? それなら午後一緒に滑る?」
「……! いいの⁉」
「……? うん、いいけど」
やたらと嬉しそうな顔を彼がしたので、不思議に思いながらも私は了承する。幼い頃や小学生の時、家族ぐるみで一緒にスキーに行ったことなんて、何回もあるのに。今さら何をそんなに喜んでいるのか、全然分からなかった。
「そ、それじゃこの後……」
「け~い~た~」
私に何かを言いかけた圭太だったが、恨みがましい声で名を呼ばれながら、誰かに首根っこを掴まれた。誰だろうと見てみると、彼のクラスの男子だった。よく一緒に居るところを見るので、仲の良い友達なのだろう。
「うわあ!」
圭太は驚きつつ、少し怯えたような面持ちになった。
「抜け駆け禁止って言ったろ! 俺たちは男子同士寂しく滑るって約束したじゃねーか! 裏切りもの!」
「いや……その、えーと……」
「男の友情を大切にしろっ! というわけで、七瀬さん……? だっけ?」
「え、うん……」
「圭太は俺たちと滑るから! ごめんねっ!」
「はあ……」
突然の圭太の友達の言い分に、私は呆気に取られながらも頷く。すると圭太は涙目になって私は見た。
「そ、そんなあ~」
「ほら! 行くぞ圭太! 早く飯食え!」
「こんなの横暴だ~!」
悲しい声を上げる圭太だったが、友達に引きずられるように引っ張られて、行ってしまった。
「……なんだったんだろ、あれ」
よくわからないけれど、結局圭太は友達と滑るってことでいいんだよね……? まあそういうことなら、当初の予定通り由梨と中村さんと私は一緒に滑ることにしよう。
圭太とその友達の意味不明な行動に気圧されながらも、そう納得した私はドリンクバーの機会の前から立ち去ろうとした。
――すると、その時だった。
どんっと、背中を強めに押された。コップに入れたお茶が零れそうになったけれど、慌ててバランスを取ってなんとか防いだ。
『……ほんと気に入らない。消えればいいのに』
それと共に心の中に聞こえてきたのは、聞いたこともないような冷淡な声。思わず、ぞくりと背筋が震えた。
振り返ってみたら、私の背中を押してきた人物がいた。
「邪魔」
氷のような冷たい表情で、私を見据える牧野さん。それまでの、分かりやすい激怒の表情や憎しみを込めた面持ちとは、まるで違っていて。心の底から私の存在を否定しているような、計り知れない冷酷さを醸し出している。
「あ……ごめん、なさい」
身の凍るような思いになりながらも、慌ててそう言って彼女から離れる私。牧野さんは虫けらでも眺めるような鋭い瞳で私を一瞥すると、自分が飲むらしい飲み物を取り始めた。
一刻も早く彼女から離れたくなった私は、早足で歩き出す。
――なんだか、今までとはまるで違う雰囲気だった。もう牧野さんには屈しないって思っていたはずなのに、思わず怯んでしまった。
彩斗くんに昨日直接断られたことで、私に対する憎悪が深くなったのかもしれない。もしかしたら、何かまた嫌がられせをしてくるかも……。
そう思った私だったけれど、慌ててその考えを打ち消す。
そんなこと、気にしちゃだめだ。私は何も悪いことはしていない。私は自分の好きな人達と、楽しく過ごすことを諦めないって決めたんだ。人にはもう流されないって。
――ね、彩斗くん。
私は、いまだに部屋で休んでいるらしい大好きな彼の顔を思い浮かべて、先ほどの牧野さんの冷酷そうな面持ちを、頭の中から必死で消したのだった。
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