君にだけ恋する(3)
スキーを終えた後は、旅館の中の朝食会場と同じ場所で夕食だった。回復した彩斗くんはいるだろうかと、レストラン内をくまなく探したけれど、姿は見えなかった。
まだ具合治らないんだろうか。大丈夫なのかな。
さっきまでは彩斗くんがいなくて寂しいという気持ちが一番大きかったけれど、さすがに心配の方が強くなってきた。もうこうなったら勇気を出して男子部屋に行ってみようと、私は夕食のしゃぶしゃぶをあらかた平らげたあと、決意した。
――しかし。
「この後、全員でキャンプファイヤーの準備しなきゃなんだよね」
「そうだったね。薪運んで組んだり、穴掘ったりだっけ」
「……あ、そっか」
由梨と中村さんとの会話を聞いて、この後の予定のことを今思い出した私。そっか、全員で準備するんだったよね。
さすがにそれをサボって彩斗くんのところに行くわけにはいかないか……。
渋々お見舞いを諦めた私は、みんなと一緒にキャンプファイヤーの準備に取り掛かった。旅館の中庭で行うのだが、薪や火をくべる道具は、少し離れた倉庫にある。まずはそれらを運ぶことになった。
由梨と中村さんは穴掘り係に任命されてしまったので、ひとりで倉庫にやって来た私。うず高く積まれた薪に圧倒されるも、まずは長テーブルを運ぶように取り仕切っている先生に言われたので、それを運ぶことにした。
持ち上げてみたら、やや重いけれどひとりで運べないほどではなさそうだった。会場までは少し遠いから、なかなかの重労働になりそうではあったけど。
足の折りたたんだ長テーブルを抱えて、足場の悪い道をひとりで歩く。やっぱり、結構大変だな。
と思っていたら、急に長テーブルが軽くなった。驚いて振り返ってみると、彩斗くんがいつものつかみどころのない笑みを浮かべて、テーブルの端を持ってくれていた。
「彩斗くん!」
「ひとりじゃ重くね? 俺も一緒に運ぶよ」
「ありがとう! 具合、もういいの? 熱出てたから部屋で休んでるって、男子が話してるのを聞いたんだけど」
「ああ、もう大丈夫。三時くらいからは元気だったんだけど、スキーするには微妙な時間だったから、サボっちゃったわ。飯は行こうと思ったんだけど、その前に先生が部屋に運んできてくれたから、行かなかった」
「――そうだったんだ」
スキーを一緒にできなかった残念さが、彩斗くん本人を前にすると一瞬で消えた。顔を見ただけでここまで気持ちが高揚してしまうなんで、私は彼のことをどれだけ好きなのだろう。
そして、ふたりでテーブルの両端を持ち、キャンプファイヤーの会場まで一緒に運び始めた私たち。スマートフォンが既読にならないことを聞かなきゃ、と思ったけれど、いざ聞ける状況になると、なかなか勇気が出てこない。
「心葉、静かだね。なんか考え事してる?」
「……え」
誰のせいでこうなっていると思っているのだろう。今なら冗談交じりに言えると思ったので、私は口を尖らせる。
「だって彩斗くんさあ。昨日私が送ったメッセージ、何で見てくれないの?」
「え、返事してくれてたんだ。ごめんごめん」
「……どういうこと?」
「実は心葉にメッセージ送った後、部屋でふざけていた連中にスマホ踏まれて壊れちゃったんだよね」
「え! そうだったの⁉」
意外な事実に、私は驚きの声を上げた。
「電源入らなくなっちゃって。だから、昨日の夜からスマホ使えなかったんだ。まあ、壊した奴らにはめっちゃ謝られて、ちゃんと弁償するって言われたから、もう別にいいんだけど」
だからずっと私のメッセージが既読にならなかったんだ。――だけど。
「じゃあどうして、昨日一緒に星を見た時にそのことを言ってくれなかったの? 私、なんで既読にならないんだろう?って少し気になってたんだよ」
少しどころか、とてもだけど。気になりすぎて、消灯後に忘れたスマートフォンを取りに部屋を抜け出すほどに。
すると彩斗くんは、どこかぎこちなく微笑んで、言いづらそうにこう言った。
「いや、俺もさ。昨日会った時に、心葉の方から何か言ってくれるのかな、って思ってて。だけど言ってこないから、うざがられてるのかなって」
「え……?」
彩斗くんの言わんとしていることが全く分からず、私は首をひねる。
「だってさ、『キャンプファイヤーの花火、誰かと一緒に見る約束した?』って送ったじゃん、俺。まだ誰かと約束していないんなら、心葉の方から昨日話してくれるかなって思って。でも言ってこなかったから、誰かともう約束してて、言いづらいのかなって」
「約束なんてしてないよ! ……聞いてくれれば答えたのに」
「俺からしつこく聞きづらいじゃん、そんなこと。明らかに誘ってるのにさ」
「え……?」
――明らかに誘ってるのに。
その意味が一瞬理解できず、私は呆けた表情になって彩斗くんを見てしまった。彼は珍しく、私から目を逸らした。まるで照れ隠しでもしているみたいだった。
「だから、誘ってたの俺。キャンプファイヤーの花火、一緒に見ようってさ」
はっきり言われて、やっと意味を飲み込めた。彩斗くんが、私を誘ってくれていた。男女が一緒に手を繋いで見れば、将来を添い遂げるという伝説がある、キャンプファイヤーの花火を。
「あ、彩斗くん。そ、そ、そ、それって」
唇が震えてうまく喋れない。すると頬をほんのりと赤く染めた彩斗くんが、私をじっと見つめてきた。しばしの間、私たちは無言で視線を重ねた。
「俺だってさ、好きな人を誘うのはやっぱり人並みに緊張するんだよ」
「好きな……人」
「というわけで、一緒に見てくれる? 花火を、俺と手を繋いで」
心臓がばくばくと波打つ。口の中がカラカラになる。嬉しさで頭がおかしくなりそうだった。
『一緒に見てくれる?』だって? 『俺と手を繋いで』だって? 私のことを『好きな人』だって?
これは夢? 幻? だって、本当に信じられない。好きで好きでたまらないけれど、諦めようと決めていた恋を、彩斗くんのほうから求めてくれているなんて。
なかなか私は何も言うことができなかった。信じられない気持ちが大きすぎて。真剣な面持ちをしている彩斗くんを、黙って見つめてしまった。
――その時だった。
「おい! ちょっと待てよ!」
怒気のはらんだそんな声が聞こえてきたと思ったら、圭太が血相を変えた様子で私たちの前に現れた。
「あれ? 君は確か、心葉と幼馴染の……」
突然の圭太の登場に、彩斗くんは少し驚いたようだった。そんな彩斗くんを、圭太はぎろりと睨みつける。
「あんたさ。今心葉に告白していたみたいだけど。心葉の能力のこと知ってんのかよ」
「能力……?」
圭太の詰問に眉をひそめる彩斗くん。私はぞくりと背筋が凍った。圭太が言わんとしてることを、理解して。
「心葉が、触ったやつの心が読めるってことだよ。その様子だと知らないみたいだな。嘘みたいな話だろ? まあ別に信じなくてもいいよ」
彩斗くんは、口を引き結んで圭太を見つめた。その言葉を聞いて特に大きく動揺はしていない様子だった。
「心葉はこの能力のせいで、恋人なんて一生作らない、ひとりで生きていくって思ってるんだよ。このことを知られたら、気味悪がられてしまうからって」
「圭太……やめて……」
こんな形で秘密を彩斗くんに知られてしまって、ショックのあまり固まってしまう私。泣きそうになってしまい、か細い声をあげることしかできない。
しかしそんな私の声が届いていなかったのか、圭太はさらにこう続けた。
「お前、そんな心葉を支えられるのかよ。心葉のことを『ちょっといいな』って思ってるくらいなら、諦めろよ」
彩斗くんは黙って圭太の言葉を聞いていた。一体何を考えているのだろう。いきなり非現実的な話をされて、ついていけていないのかもしれない。
「俺は……俺は違う。俺は、心葉のことが昔から好きなんだ! 心なんて読めたってそんなことどうでもいい! お前にそんくらいの覚悟はあるのかよ!」
「やめてっ!」
圭太の突然の告白。もうわけがわからなくなってしまい、気づいたらそう叫んでいた。
彩斗くんも圭太も、私が突然大声を出したことに驚いたようで、目を見開いて私の方を見ている。
――きっと、もう嫌われてしまっただろう。こんな変な力のある女の子、自分が男だったら絶対に願い下げだ。
絶対に知られたくなかったのに。こんな私のことなんて、気持ち悪いって思うに決まっている。
私は彩斗くんに向けて自嘲的に微笑んだ。彼は何も言わずに、私を見つめ返す。
「ごめんね、彩斗くん。気味が悪いでしょ、私。触っただけで人の心が読めるなんて。だけど、何故かあなたの心だけは読めなかった。だから私もあなたが気になっていた。……でももう、どうでもいいよね。関わりたくないでしょ、こんな子。――私のことは、忘れて」
自分で言葉にしていくうちに、どんどん辛さが深まっていった。気が付いたらぽろぽろと落涙していた。「心葉……」と、圭太が虚を突かれたような面持ちをしていた。
私はいたたまれなくなって、持っていたテーブルから手を放すと、彼らに背を向けて走った。背中越しに「心葉!」「どこ行くんだ⁉」という、彩斗くんと圭太の声が聞こえてきた。
だけど立ち止まることなんてできるわけない。私はもう、この世界から消えてしまいたかった。
あてもなく走っていた私がたどり着いたのは、さっきテーブルを持ち出した倉庫だった。もう物は運び出したようで、あれほど高く積まれていた薪はひとつも残っていなかった。
私は思わず倉庫の中に入って扉を閉めると、壁に背を付けてしゃがみこんだ。きっと彩斗くんや圭太が、捜しているだろう。だけどこんな状況で、出ていけるわけがない。もう放っておいてほしかった。
アウターを着ているのに、雪山の中にある倉庫内はとても寒い。私はボロボロの身をかばうように、膝をぎゅっと抱えた。
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