君にだけ恋する(1)

 一夜明け、起床した後身支度を整えてから、由梨と中村さんと一緒に朝食会場である大きなレストランにやって来た私。

 

 由梨の念入りメイクと丁寧なヘアセットが終わるのを待っていたせいか、他のみんなに比べて遅めになってしまった。ほぼ満席の会場だったが、隅っこにちょうど良く空いているテーブルを見つけ、慌てて席につく。


 朝食はビュッフェ形式だった。ビュッフェ台には、見慣れた学校指定のジャージ姿の中学生達が並んでいる。きっともう彩斗くんは食べ始めているだろうな、と思いながらご飯や味噌汁、フルーツなど、食べたい物を私は取っていく。


 しかし、ビュッフェ台の列の中にも、レストラン内のテーブルにも、彩斗くんの姿は見つけられなかった。


 まだ来ていないのかな? でも、そろそろ来ないと食べる時間がなくなっちゃうよね。食べ終わるにしては、早すぎるし……。どうしていないのだろう。


「ご飯ホカホカだねー! 卵焼きもふわふわでおいしい!」

「味噌汁も具だくさんで、山の幸たっぷりって感じだね。この辺で摂れた野菜が入ってるらしいよ」


 おいしそうに朝ごはんを食べる由梨や中村さんだったけれど、彩斗くんのことが気になってしまっている私は、なかなか箸が進まない。


「どうしたの、心葉。食欲ない?」


 私がモタモタ食べているから、気になったのだろう。由梨が心配そうな顔をして尋ねてきた。


「あー……。まだちょっと体が起きてなくて。食欲が無いわけじゃないよ」


 そう言って、ご飯をひと口頬張って見せる。


「そっかー。昨日はスキーを長い時間したし、夜もお喋りいっぱいしちゃって寝るの遅くなっちゃったもんね。私もちょっとだけだるいわ」

「今日も一日スキーして夜はキャンプファイヤーだよ。そんな調子でふたりとも大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫! 少しくらい疲れてても楽しいことはできちゃうから。ね、心葉」


 私は「そうだね」と由梨の言葉に同意する。確かにいつもより寝不足だけど、一日動けないほど元気がないわけではない。


 だけど彩斗くん、本当にどうして姿が見えないのだろう。気になって気になって、ご飯やスキーどころじゃないっていうのが正直な気持ちだ。


 そんな風に、彩斗くんの行方を考えながら箸を進めていると。


「彩斗どうしたって?」


 朝食を摂り終えたらしい男子達数人が、私がついているテーブルの横を通った。彼の名前が聞こえてきたので、私は素知らぬ顔をしつつも必死に耳をそばだてる。


「ああ、なんか少し熱が出たって言ってたよ。初めてのスキーで頑張り過ぎたんじゃね?」

「マジかー。じゃあ今日はあいつスキーしないのかな」

「うん、とりあえずよくなるまで部屋で休むってさ。たいしたことないとは言ってたけど」


ーー彩斗くんが、熱?


 驚きながらも、だから朝食会場にいないんだと、納得する私。


 今日も彼と一緒にスキーをするのを楽しみにしていた私は、心底残念な気持ちになる。昨日は「明日は朝から中級者コース行って滑ろっかー」なんて、元気に言っていたのに。

 だけど、具合が悪いなら仕方ないか……。大丈夫なのかな? 男子たちは、「少し熱が出た」って言っていたから、そんなにひどくはないようだけど。


 部屋に様子を見に行くことを一瞬考えたけれど、この後はクラスごとに点呼を取って全員がスキー場に行くことになっている。抜け出して彩斗くんのお見舞いに行くのは、ちょっと難しいだろう。


 相変わらずスマートフォンのトーク画面にも、何の音沙汰もない。こうなったら直接「私が送ったメッセージ見た?」って聞いてみようと思っていたんだけどな。


「心葉、大丈夫? やっぱり食欲無い?」


 再び箸を動かす手を止めてしまった私を不審に思ったのか、向かい合わせに座っていた由梨が心配そうな顔をして尋ねてきた。


「ああ……。あのね、今日も私と一緒に滑る予定だった彩斗くんなんだけど。熱出ちゃったらしくって」

「えっ⁉ マジで!」

「昨日は元気そうに滑ってたのにね」


 中村さんが意外そうな顔をして言う。確かに彼女の言う通り、昨日の彼に風邪を引くような前兆なんて全くなかった。


「彩斗くん、確かスキー初めてだったんだよね。張り切りすぎちゃったのかなー?」

「あー、そうかもね。七瀬さんに教わりながらスキーしてた彼、すごく楽しそうに見えたし。普段は落ち着いている人だから、私のちょっと意外に思ったんだ」

「え……。そうなの?」


 中村さんの言葉に昨日のことを思い返してみる。確かに昨日の彩斗くんは、滑り終えたらすぐにリフトに乗り、少しでも疑問に思ったらしいことはすぐに私に尋ねてきた覚えがある。


「……心葉と一緒に滑れて楽しかったんじゃない?」


 ニヤッとした由梨が、私がやっと聞き取れるくらいのとても小さな声でそう言った。それを聞いた瞬間、嬉しさがこみ上げてくる。


「そ、そうかな……」


 平静を装ってつとめてドライにそう答えたけれど、もし本当にそうだったとしたら。私が彩斗くんに楽しい時間を与えられたのだとしたら。


 ――彩斗くんは、私のことを。好意的に見てはくれているってことなのかな。それが友情なのか恋愛感情なのかは、置いといて。


「ま、そういうことならさ。今日は七瀬さんも一緒に滑ろうよ」

「あ、それじゃ三人ですべろっ!」


 相棒がいなくなってしまった私を心配してか、ふたりは笑顔で誘ってくれた。


 彩斗くんと今日一緒にスキーができないことは残念だけど、親友の由梨や最近仲良くなった中村さんと滑るのも、きっと楽しいだろう。


「うん……! ふたりとも、ありがとう」


 私は破顔して言った。


 ――彩斗くん。早くよくなってね。


 キャンプファイヤーについての返事が来ていないとか、彼が一体に何を考えてあんなことを伝えてきたのかとか、いろいろ気になることはあったけれど。


 とにかく元気な彼が早く戻ってきますように。何よりも私はそう思ったのだった。

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