君だけ見えない(3)
昨日出会った彼のことが気になって、あまりよく眠れなかった。
「気になった」とは言っても、もちろん惚れただの腫れただのという意味ではない。
どうして触ったのに心の声が聞こえなかったのだろう。そんな人、存在するんだ。何か他の人と違うところがあるんだろうか。
――もしかしたら、私みたいに。
そんな風に、純粋に彼の正体が気になったのだ。
私は欠伸をしながら家を出た。すると、家の前にはすでに由梨と圭太の姿があった。
「心葉、おはよー」
「おっすー」
「おはよ、遅くなってごめんね」
いつもの気安い調子でふたりが言う。その様子に、昨日から抱えていた苛立ちや、睡眠不足によるだるさが少しだけ薄らいだ気がした。
「あれ、心葉なんか疲れた顔してないー?」
「ほんとだ、大丈夫かよ。具合でも悪いんか?」
ふたりにはすぐに見抜かれてしまう。もちろんふたりは私と違って人の心なんて読めないけれど、幼稚園からの付き合いである彼らは、私のことをよく知っている。
私が変な能力を持っていることを知っているのは、両親以外では由梨と圭太だけだ。
「あはは、そうー? ちょっと眠れなくてさ」
「もしかして、クラスで何かあったの?」
笑って誤魔化そうとしたけれど、由梨は心配そうな顔をして尋ねてきた。傍らの圭太も、同じような面持ちをしている。
「いや、特に何も」
私は素知らぬ顔をして歩き出す。
ふたりはとても優しい。その上、私がこの体質のせいで抱え込みやすいことも、自分を押し殺してしまいがちなことも、知っている。
だから言えない。ふたりは私を思って、何か行動を起こしてくれるだろう。
その気持ちはもちろんありがたい。ーーありがたいけど。
私はクラスで波風を起こさずに、空気のようにいたいんだ。
「ほんとー? 何かあったら言うんだよ」
「今年も全員違うクラスになっちゃったもんなあ、俺たち。心葉のクラスの様子分からないから、たまに心配になるよ」
圭太の言う通り、中学になってから私たち三人は同じクラスになったことがなかった。
ふたりのうちどちらかでも、昨日二年三組の教室にいたとしたら。きっと彼らは、私の代わりにクラス委員をやってくれたと思う。
そうなったらよかったなと一瞬思ってしまった。慌ててその考えを打ち消す。
ずっと由梨と圭太と一緒にはいられない。私たちはそのうち大人になる。
私はひとりでこの体質と、向き合えるようにならなければいけない。
ふたりに迷惑だってかけたくない。
「あ、そういえばさ心葉。昨日海の近くで、誰かと会ってなかった?」
「えっ」
不意に由梨に尋ねられて私は驚いてしまう。
昨日私が海の近くで会っていた人物といえば、ひとりしかいない。
「昨日、学校から帰ってからお母さんの買い物に付き合うために、車に乗ったらちょうど心葉の家の近くを通ったんだ。そしたら防波堤の上に心葉がいるのが見えて。一緒に私服の男の子いたよね?」
由梨がそう言うと、何故か圭太が眉をひそめた。
もう二度と会わない彼のことを人に話す気はなかった。だけどこう聞かれてしまえば、別に隠す理由もないので、私は彼についてふたりに話すことにした。
私が初めて心を読めなかった人だったということも。
すると、ふたりは目を見開いて、大層驚いたような顔をした。
「心葉が心を読めなかった人なんて、初めてじゃないの!?」
学校へと歩きながらも、由梨は私に詰め寄りながら興奮した様子で言った。
「うん、そうかも」
「俺の知る限りでも聞いたことないなあ。でもさ、知らない奴だったんだろ?」
「うん……」
名前と連絡先を聞いておけばよかったと後悔する。逆ナンだと思われてしまうかもしれないけど、それでもやっぱり何故彼が例外だったのかを、顔見知りになって突き止めたかった。
それに、財布を届けた時に自分の連絡先を書いておけば、彼がお礼の連絡をしてくれたんじゃないかということに、後になって私は気づいたのだった。
あの時は「落として困ってるだろうから、早く届けないとなあ。お礼なんていらないや」という気持ちしかなかったから、そんなことにまで気が回らなかったんだ。
今となっては後の祭りだ。今さら交番に行って「やっぱり、落とし主からのお礼が欲しいから連絡先書きに来ました」って言いに行くのも、なんだか恥ずかしいし。
「もったいないなあ。よく見えなかったけど、なんかかっこいい感じの男の子だったよねー」
「えっ、そうなのか心葉?」
「うん、まあね。学校にいたらファンクラブ出来そうなレベル」
私がそう言うと、圭太は何故か焦ったような顔をした。しかしすぐにぎこちない微笑みを浮かべる。
「ま、まあ。もう二度と会わないだろうしな。あんまり気にしてもしょうがないんじゃね?」
「うん……」
確かに圭太の言う通りだ。私達三人は生まれてからこの土地を離れたことがないけれど、彼のことは一度も見たことがない。あんなに印象的な存在の人がこの辺に住んでいたとしたら、私達の誰かがきっと認識しているに違いない。
車で家族で来ていたみたいだから、きっと遠くに住んでいる人なんだろうな。
そんな人のこと、いつまでも気にかけても仕方ない。
「えー、でもさあ。心葉が心を読めなかった男の子なんて、初めてじゃん。そういう人なら心葉の恋愛対象になりそうなのにー」
とても残念そうに由梨が言う。
由梨も圭太も私の事情を全部知っている。心が読めることで、私が今後恋人を作る気はないと思っていることも。
幼稚園の時の私は、みんな自分と同じように人の心が読めるんだと思っていた。だから私は同じクラスの子達に、「てをつなぐとあたまのなかにこえがはいってくるよね!」なんてことを、毎日のように言っていた。
そんな私に対して「嘘つき」「気持ち悪い」と言って、みんなが離れていってしまったのは、仕方ないことだったと今では思う。
だけど由梨と圭太は、私のことを信じてくれたのだ。「ここはちゃんはうそをつくようなこじゃないから」って。
それから早十年以上。ふたりはずっと、私と仲良くしてくれていた。
お父さんとお母さん以外で、唯一私の秘密を知っているふたり。こんな気味の悪い能力を持っているのにも関わらず、仲良しでいてくれるふたりのことを私は大好きだった。
ちなみに両親は、こんな能力を持つ私のことをよく気遣ってくれる。優しい親だとは思うけど、時々まるで腫物を扱うかのような過保護さを感じる時があった。
中学生にでもなると、それが面倒に感じることが多く、何かあっても元気そうに振舞って心配をかけないようにしている。
「いいよー、私はもうそういうのは。昨日その人に嫌な態度取っちゃったから、嫌われたと思うし」
昨日のことを思い出しながら、苦笑を浮かべて言う。
今思えば、私のことを気遣って声を掛けてくれたっぽいのに、怒鳴った挙句海に落ちそうになるというへまをやらかすなんて、私相当嫌な女だ。
クラス委員になってしまったことでとてもイライラしていたとはいえ、そんなこと彼には関係ない。例え再会できたとしても、合わせる顔なんてないや。
「えー、そうなの? 心葉が人にそんな態度取るなんて、珍しいね」
「新学期初日でちょっと疲れててさ。それにあれだけかっこよければ、きっと彼女いるんじゃないかな? あと、この力を知ったら普通は気味悪がるでしょ」
「俺は心葉を気味悪いとか思ったことなんて一度もない! いつだって心葉を受け入れる準備はできてるからなっ」
私に向かってにんまりと笑って、圭太が言う。
圭太は昔からよくこんなことを私にいうけれど、一年生の時にはかわいい彼女がいた。すぐに別れてしまったけれど、私のことを好きとかそういうのではないはずだ。
きっと、私を元気づけるための冗談なんだろう。
すると、由梨が意地悪そうな笑みを浮かべた。
「圭太の心を読んだら、常にエロいこと考えてそう。心葉が引くくらいの」
由梨の言葉に、圭太の笑みが引きつる。
「そ、それは……。はい、考えてます……」
「あは、正直。心葉の手前嘘は付けないもんねえ」
「あ、いや……。で、でも嫌いにならないでー!」
私に向かって涙目で訴える圭太。その姿が滑稽で、私は思わず笑ってしまう。由梨もお腹を抱えて笑っていた。
三人での楽しい時間。わたしにとってこのふたりがが仲良くしてくれるのが、唯一の心の支えだった。
きっともう、こんな風に気を許せるような友達は私にはできないだろう。
心が読める能力について、これ以上誰かに言うつもりはない。だから私は、一生自分のことを隠しながら、人と接していくのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます