第208話 強者エンジュ

「やはり、知り合いだったか」


 声を上げて再会の喜びを分かち合う男と子供の姿。ミズキも思わず破顔してしまう。


「これは、俺の弟子だ」

「うん、父ちゃんは師匠で、僕は後継者だよ」


 ハクアは胸を張る。味方を得たことで安心したのか、声もしっかりしている。


「この男、エンジュは、後生大事に笛を抱えているというのに、王が頼んでもなかなか吹きやしない。しかし、琴姫も認める吹き手だ。何としても、俺のために一度は吹かせてやりたいと目論んでいたら、先に弟子の音を聴くことになってしまった」

「俺は、吹きたいと思った時にしか吹かない。ましてや、シェンシャン第一主義の男になんて」


 成人しているにも関わらず、ダヤン以上の無礼者だ。アイラは、最悪この場で首が飛ぶことを覚悟して、ダヤンの目元を塞いだ。


 しかし、そこまで事態は緊迫していない。ミズキは茶化したような様子で、話を続ける。


「やれやれ。弟子は物分りが良くて可愛いげもあるが、師匠の方は全くだな」


 カケルとコトリが道中危険だったところを助けた人物であり、琴姫が贔屓にしている男。今は客として王宮に滞在させている。


 実は、既に酒も飲み交わした仲だ。エンジュから聞く様々な土地の話は学ぶところも多い。灰汁が強いが、気が合わないわけではないと分かってきたところである。


「ハクアはまだまだ修行が足りていないだけだ。神苑の笛吹きともあろうに、こんな奴に聴かせてやるなんて、馬鹿か? 追加で鍛錬が必要なようだな」

「え、もう、やらないよ。許してよ、父ちゃん」


 エンジュは笑いながら、ハクアの頭を押しつぶすようにして撫でつけた。


「とにかくだ」


 ミズキが、ぐるりと辺りを見渡した。場を引き締めるように、眼光を鋭くする。


「この国では、シェンシャンと笛は、光と闇の関係とよく似ている」


 琴姫を筆頭に、表舞台から民を救ってきたシェンシャンの音。そして、秘された業として神代から脈々と受け継がれてきた、闇を切り裂く光の音、シャオ。


「それぞれに役目があり、それぞれに得意とするところがある」


 ここで、ずっと置いてきぼりになっていたダヤンが前へ飛び出してきた。


「シェンシャンもすごいかもしれない。でも、ハクアのシャオは本当にすごいんだ!」

「分かってるぞ、小僧。どちらもすごい。それぞれの方向性でな。だから、どちらの方が優っているだとか、比べるのもおかしな話だ。そうだろう?」


 ダヤンは、またもや軽くあしらわれてしまった。けれど、その勇気を認めてくれる者もいる。


「シャオのために、怒ってくれてありがとうな、少年」


 エンジュは、下手くそな笑顔をダヤンに向けた。


「別に、良いんだ。闇の存在でな。無よりはマシだ。そういう楽器があるということ。笛吹という生き物がいるってこと。それさえ認めてくれりゃぁ、ここまで生き長らえてきた意味もあるってもんだ」

「嘘つけ。お前は、そんな殊勝な奴ではないだろう?」


 ダヤンは、父親が想像以上に国王と意気投合していることに驚いている。


「まぁな。欲を言えば、笛の底力を世に知らしめたい。いや、皆が知ることにならなくていいか。せめて、お前らみたいに国を牛耳ってる奴らには、見せつけてやりたいな」

「だったら、これはちょうど良い話かもしれない」


 ミズキが少し手を上げると、近くにいた文官が巻物を一つ抱えてやってくる。それがさっと広げられ、現れたのは大陸東側の地図だった。


「こんなものをどこで?!」


 アイラが目を瞠る。地図というのは、貴重品だ。まず、計測する技術が稀なものである。さらには、こんなにも細部まで書き込まれているということは、様々な土地で実際に歩き回れるだけの権力と人員、それらを支える物資を調達できるだけの経済的力も持つことを表す。さらには、軍事的にも重要な資料となる。


 この紫国に、それだけの進歩した技術や、ゆとりがあるとは思えない。となると、どこからか入手したということだ。もはや、悪い予感しかしない。


 ミズキは、アイラの様子を楽しむように眺めると、パチパチと手を叩いた。今度は、アイラやハクア達が入ってきた時に使った大扉が開かれる。現れたのは――――。


「放浪王子」


 セラフィナイトは、久方ぶりに聞く自らの蔑称に少しだけ顔をしかめた。


「ご無沙汰しております、お義母上」


 永らく他国との国交を絶ち、帝国と全面対決して勝利を収めた紫国。ここならば、帝国の者はいないと踏んでいたのに。ここならば、息子、ダヤンを守れると思っていたのに。


 既に地図という重要なものを共有する程度には、二国が強い結びつきを持っていたなんて、とんだ誤算だった。


 何もかも、終わった。


 そう悟ったアイラは、咄嗟にダヤンを背後から抱え込んだが、次の瞬間、膝から崩れて意識を飛ばしてしまった。


「酷い嫌われようだな」


 セラフィナイトは、半笑いのミズキを睨みつけた。


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