第131話 当日の騒動

「何なの、これ?!」


 狂ったような悲鳴を上げているのは、マツ、ウメ、タケの三人組だ。いつもならば、その姦しさに周りは眉をひそめるものだが、今ばかりは心から同意してしまうのである。


 今日は、春の園遊会。都中から大勢の貴族が王宮へやって来て、広大な敷地内にある庭園に設けられた野外の席で、食事や酒を楽しみながら桜を愛でることになっている。


 御用商人も慌ただしく出入りし、侍女や女官だけでなく、身分の低い下働きまてが上へ下の大騒ぎで準備が進むこと数日。


 当日である今朝からは、たくさんの馬車が列をなして代わる代わる王宮の門をくぐり、いよいよ騒々しくなってきたのは昼前のことだ。


 そんな中、早朝から鳴紡殿を出発し、出番まで控えの間で準備をしていた楽師団だが、全てが前例通りではなかったのである。


 まず、コトリ達とハナ達の二組に分かれて部屋があてがわれた。そこまでは良い。

 次いでやってきたのは、見知らぬ女官達。園遊会は尊い身分の方達が勢ぞろいするため、身を検めねばならぬなどと申して、楽師達の下着の中までも不審な物がないか確認したのである。


 これも、目的としては真っ当なため、辛うじて耐えたとしよう。しかし、いつも皆の胸元を彩っていた神具までもが妙な言いがかりをつけて、取り上げられてしまったのである。


 今となっては、社通いの恩恵で、神具無くとも神気が見えるようになった面々だが、それでも貴重で高級な装飾品でもある事には変わりない。それを怪しいからという理由だけで、持ち去った挙句、いつ手元に戻ってくるのか分からないなんて言語道断だ。あの三人組が騒ぐのも、無理のない話なのである。


 サヨ、そしてミズキは、数日前に王が王宮へ戻ってきたことを掴んでいたため、おそらくそれに関する嫌がらせの一環なのだろうと溜息をついていた。楽器の演奏の本番前というのは、それでなくても精神統一が必要だというのに、こうも気分を乱すようなことをされては、温厚なコトリでさえ腹を立てている。


 こうして、前代未聞の身支度が終わった頃合いで、サヨの元に菖蒲殿から派遣された小間使いがやってきた。


「せめて、これを付けましょう。私達は、これまで懸命に稽古を重ねてきました。朝から酷い目に遭いましたが、仕切り直しです」


 サヨがそう言って、各々の手に挿頭花と呼ばれる髪飾りを配っていく。なぜか、それについては先程の非常識な女官達は何も言ってこなかった。おそらくは、そういう指示が元々下っていないため、言われたこと以上の仕事はしないだけなのであろう。


 その時、ふとコトリは違和感を感じて周囲を見渡す。


「あら? カヤ様は?」


 サヨの手元にも、一つだけ髪飾りが残ってしまった。部屋の中にも、庭先にも、皆の妹として愛されている、あの無邪気な笑顔を浮かべた少女の姿は無い。


 すると、ミズキが静かに近寄ってきた。他の楽師が自分達と距離があるのを確認すると、本来の性別である時の調子で声を潜ませる。


「心配せずとも、生きている」


 コトリは一瞬目を見開いたが、それ以上の事はできない。サヨも、ただ頷くだけにとどめた。


「予想があたってしまったわね」


 コトリは残念そうに眉を下げる。カヤの動きが気にかかっていたのは年末からだ。何か仕掛けてくるならば、この機会だとは思っていたが、その通りになってしまった。不審な女官達の一件は、カヤの主導であったのだ。


「今は紫で捕えている」


 カヤが消えた瞬間は、サヨやコトリにも分からなかった。紫にはその道の手練れがいると聞いていたが、それは本当らしい。


「え。じゃぁ、あの子、本番は演奏できないの?」


 サヨは、囁き声ながらも、ミズキに強い調子で言い返す。


「演奏させた方が拙い。おそらくは、出鱈目な不協和音を出して、全てめちゃくちゃにされてしまう」

「そういう手もあるのね。だとすれば、早くに裏切ってもらえて良かったかもしれないわ」


 敵と思しき者を味方に抱えるのは、確かにそういった恐れもある。それでも、あのいたいけな少女がここまでの事をするとは、やはりただ事ではないとコトリは思うのだ。


「それで、誰が糸を引いているのかしら?」


 ミズキは、少し申し訳なさそうにかぶりを振る。


「まだ明確な証拠は掴めていない。だが、あの神具には仕掛けがあるだろう?」

「えぇ」


 コトリは、ソウに頼んだ仕様を思い出す。事前に登録している人物以外が、あの道具を通して神気を確認しようとすると、全身が痺れたり、火傷したような症状が全身に現れるはずなのだ。


「順当に考えて、あの神具が必要となるのは楽師。そして、ちょうど今日は園遊会当日だ。もしかしなくても、ハナ様派の誰かがカヤを飼っているのだろう」


 ミズキは、何もしなくても演奏の本番を迎えれば、犯人が分かるはずだと言いたいらしい。おそらく惨い事になるので、本番に出てこない者が犯人だろう。


「たぶんハナ様派は、俺達が神具なくとも神気が見えるようになっている事を知らない。今回の騒動で、かなりの痛手を与えたつもりになっているだろう。だから、きっとこれ以上の事が起こる可能性は少ないはずだ」


 そう言いつつ、ミズキは内心自信が無くて上手く笑顔が作れない。


 そして、その薄っすらとした悪い予感が当たってしまったのである。


 女官がやってきて、あと半刻で出番だと告げた直後のことだ。身支度の際に別室に保管してあった全員のシェンシャンが、忽然と消えてしまったのである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る