第132話 心配無用

 いくら楽師とは言え、楽器がなければ音を奏でることはできない。一同は唖然として途方にくれた。


 そもそも楽師は、自らの楽器を所謂愛器として、大変大事に扱っている。それが、どこの馬の骨とも分からぬ者の手に渡っているかもしれないと思うだけれでも穏やかではない。


 さらには、それら愛器には、それぞれの弾き手に合わせた独自の調整が施されている。これは演奏を補助したり、より良い音を出すための工夫だったりする。長い年月付き合いを重ねる中で、楽器と語り合って生み出してきた知恵でもある。


 この子と頑張ろう。この子と苦難を乗り越えて、望む結果を掴み取ろう。そう心に強い気持ちを秘めて、楽器(相棒)と歩んできた日々が、全て帳消しにされたような思いになってしまった。


 あるはずの物が無く、酷く落ち着かない楽師達。その中、いち早く立ち直ったのはコトリだった。


「それにしても、皆さまはご無事ですか? 私達の半身は何者かによって奪われてしまったようですが」


 これだけの嫌がらせをするのだ。もっと致命打になるような事もされているのではないかと、不安になったのだ。見回すと、皆一様に首を横に振っている。楽師の身が直接傷つけられる事態にならなかったのは不幸中の幸いだが、事態を打開できたわけではない。もう出番は目の前なのだ。


 駄目元でシェンシャンの行方を女官に尋ねてみるも、知らないの一点張り。より上の者を連れてくるよう伝えたものの、その場から立ち去って戻ってくる気配はなかった。


「どうしよう」


 ついに、コトリが弱弱し気に呟く。楽師達を率いる立場の者がこの有体では、他の者にも本格的に動揺が伝染していった。


「どうするんですか?」

「私達のシェンシャンを返して」

「あなたが首席なんかを狙うから、こんなことになったんじゃないの?」

「責任とってよ!」


 初めからコトリの取り巻きではなかった者達は、ここぞとばかりに好き勝手な事を吠え立てる。そこへ、凛とした佇まいで、皆の前へ進み出る者がいた。


「カナデ様に付いていくと決めたのは自分達でしょう? 今更何を言っているの?」


 サヨだ。涼し気な笑顔を浮かべている分、凄むような気合が入った強い言葉は薄ら恐ろしく聞こえる。


「そもそも、これは派閥の争い。何かが起きるなんて想定済みよ。それよりも、皆、自分の髪に触れてみて」


 言われた通り、全員が自身の頭に手をやる。そこには、先程サヨから配られた髪飾りがあった。まるで本物の生花のようだが、実は精巧な作り物である。


「この小手毬の花の飾りは神具です」


 サヨの言葉に、部屋の気温が一気に上がった。それだけ、神具というのものへの期待度が高いのだ。


「まず、髪飾り、この簪という一本串の形は、そもそも神が宿りやすいもので、悪しきものを祓う力があると言われています。そして、小手毬。皆さま、花言葉はご存知?」


 全員ではないが、貴族の子女が大半であることから、ほとんどの者が軽く頷いて見せる。楽師になってからも、その手の教育は施されてきた彼らならば、少しの時間で思い出すことができるのだ。


「優雅、上品。そして、友情ね」


 代表して答えたのはアオイだ。サヨはゆったりと頷く。


「今日は、趣ある演奏をいたしましょう。そして、私達の結束と究極の奏でを、王をはじめとする貴族の皆々様に見せつけましょう。そういう想いで用意した物でした」


 今回の神具は、ラピスを中心としたヨロズ屋の職人達が手掛けたものだ。珍しい神具素材と引き換えに、菖蒲殿の名を使って無理を通し、準備したものでもある。


「そして、念のためにですが、音の神を降ろし、ルリ神のご加護も受けたものとなっております」


 すると、先ほどまでのギスギスした空気はどこへやら。楽師達の中に歓声があがった。音の神だけでなく、最高神の加護があるなんて、鬼に金棒である。それだけの高性能な神具が味方をしてくれるならば、少々失敗しそうになっても、完璧な奏でになってしまうことだろう。


「私達のシェンシャンは、今から菖蒲殿と紫が責任をもって捜索します。代わりのシェンシャンもアテがありますから、本番についてはご心配は要りません」

「アテとは?」


 アオイが尋ねる。


「アオイ様はご存知ですか? クレナ王は近年、我が国とソラ、両国の各地から、様々な価値ある工芸品を収集してらっしゃいました。その中には、社のご神体となっていたシェンシャンなども含まれております」


 つまり、かつては国宝指定されていたような代物ということだ。


「つい数日まで、王宮は王が不在でした。その間、正妃様の旗振りでこれら工芸品の一部が既に元の場所や元の持ち主のところへ返却されています。でも、まだ多くは王宮に残されているのです」

「ということは、見た目にも美しく、楽器としても素晴らしいシェンシャンを弾かせてもらえるということ?」


 説明を聞いたナギは、かなり好意的に捉えているようだ。


「はい。それでも、皆さまが元々お持ちだったシェンシャンには適わないかもしれません。ですが、その辺りは髪飾りの神具がある程度補完してくれることでしょう。何しろ、今話題のヨロズ屋製ですからね」


 サヨの話に、またもや楽師達が沸いた。昨今は、神具が手に入りにくい。そんな中、ヨロズ屋だけはクレナ産でありながら安定、信頼の品質、比較的良心的な価格で神具を製造販売し続けていることは、かなり有名な話なのである。


「ここまでお話しましても、まだ不満をお持ちの方も、もちろんいらっしゃるでしょう。けれど、私達は楽師。本来は、今日の日のような大切な行事に美しく雅な音を添えるための存在。出番に穴を空けることは許されません。今日ばかりは、私に免じて死力を尽くしてください」


 最後に、サヨは皆に向かって頭を下げる。今をときめく高位貴族、菖蒲殿の娘がそんなことをしたのだ。礼は尽くされた。腹に一物を抱えたような顔をしていた者も、ここまでされては折れるしかない。


「分かったわ。でも、そこまでして、あなたがカナデ様を支えている意味は何なのよ?」


 アオイの派閥からやってきた者が声を上げる。おそらく、これは、その場全員の総意思でもあったに違いない。もしくは、前々から抱いていた疑問。何てたって、カナデは庶民の娘なのだ。わざわざ貴族の娘がかしずくような相手ではない。


 サヨは、コトリに目くばせをする。コトリは静かに頷いた。いつか、こんな日がやってくるとは思っていたのだ。それが、ちょうど今日の日なのだろう。今日を無事に乗り越えることができれば、どの道明かすことのできる話でもある。明確な言及にならなければ、王との約束も守ったことになるだろう。


 サヨは、ゆっくりと口を開く。


「カナデ様は、本物の琴姫様なのです」


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