第61話 村の神官

 カケルは思案する。ここでソラの暁の所へ連れては行けないとなれば、暁の存在自体が実在するのか怪しまれてしまうだろう。


 いずれミズキ達の仲間達の勢力が大きくなれば、商売上も良い客となるかもしれないのに、ここで信頼を失うのは得策とは思えなかった。となると、使いたくない手を使うしかない。


「お心遣い感謝します。ただ、我々にも商売上の秘密となることがありますから、同行いただくのは少し」


 実際カケル達は、ソラ王宮までの移動時間を短縮するために、クレナでは出回っていない神具を使っていた。今回は真っ当に香山の関を越える予定だが、緊急時にソラと行き来するための密出国用の道も用意している。秘密があるというのは、嘘ではない。


「あたしは口が固い方だよ。それにね、あたしは人質がいると思ってるんだ」

「人質?」


 チヒロは頷いた。


「暁だって、あたし達のことが胡散臭いに決まってる。そんなところに高価な神具を融通するなんて馬鹿なこと、普通ならばやらない」

「その辺りは私が間に入って保証しますから」

「いや、こういうのはちゃんとしておきたいんだよ。これまでもそうだけど、あたし達は命懸けでやってる。それをきちんと伝えておきたいんだ」

「ですが、私はあくまで仲介する商人。彼らの場所は教えることができますが、商売に触りが出る程お人好しなことはできません」

「あんたも頑固だね。じゃぁ、どうしたらあたしを信用してくれるのさ。秘密を知ったところで何もしやしないよ」


 話は、カケルが考えていた通りの流れになってきた。そろそろ、ケリをつけにいくこととする。


「では、教えてください」


 カケルの予想通りであれば、王子であることが明らかになってもお釣りがくる程の話が聞けるはずだ。


「ミズキ様の簪。あれは、神具ですよね? あれは、どこで手に入れましたか?」


 不思議な簪であることは、サヨからの文で知った。実際目にしたわけではないが、それはカケルの知識にあるものと合致したのだ。

 チヒロの顔は強張っている。既に、あれは曰く付きだと答えているようなものだ。


「尋ね方を変えましょうか。あれはかなり特殊な輝石で出来ていますね? その輝石とこの村には深い繋がりがある。違いますか?」


 これでも王子だ。カケルから発せられる威圧は、チヒロの心を簡単に折ってしまった。


「なぜ分かったんだい?」

「この村は、異様に神気が濃密なんです。特に強いのは、ここの裏手にあった社のあたり。初めは、シェンシャン奏者が多いから土地が富んでいるのだと思っていましたが、少し変です。これは私の勘ですが、何か特別なものを祀っているのでは」


 チヒロは降参するように両手をあげた。何歳か老け込んだようにも見える。


「分かったよ。あたし達の最大の秘密を教える。詳しい話は、あたしの親父からの方がいいかもしれない」



 ◇



 チヒロに連れて行かれたのは、社に隣接した小屋だった。一目では生きているか死んでいるか分からぬ程衰弱した老人が、その片隅に蹲っている。

 チヒロは、しっかりと人払いした上で、その男に話をせがんだ。


「これでも神官の端くれでな」


 男の声は、見た目に違わず、かなりくたびれている。けれどカケル達と話をする気にはなっているらしい。


「これは、ニシミズホ村、最大の秘め事なのだ」


 そう言って語り始めたのは、カケルの想像以上の事であった。


「この社は、他では見られない神を祀っている。名は大神。ついて来なされ。その証拠となるものが、この社の地下にあるから」


 ぞろぞろと小屋を出て、その裏手の林へと入っていく。林の入口にはしめ縄と紙垂があった。そこが神域であることが分かる。道理で、人が踏み歩いた跡が全く無く、雑草ばかりが生い茂っているわけだ。きっとこうして、何か大切なものを守っているのだろう。


 普通の村にわざわざこういった場所が設けられているのは、なかなか見られない。物珍しげに見渡していると、先導する老人がカケルの方を振り向いた。


「村では、ここに入ると祟ると言われている」

「実際はそんなことはないのでしょう?」

「さぁ、それはどうだか。でも、あれを見つけて、悪さをすれば神の怒りをかうかもしれませんな」


 老人は悪戯っぽい笑みを浮かべると、さらに草をかき分けて、ほの暗い林の中を奥へ奥へと進んでいく。しばらくすると、巨大な岩の前に行き着いた。一枚岩らしい。てっぺんには、千切れそうな縄と紙垂が岩にしがみついていることから、ここが目的地であると思われる。


「これですか?」

「いんや、これはただの岩だ。大切なものは、この下にある」


 老人はチヒロと共に大岩を横へ回り込み、足元の草を抜いていた。やがて、いかにも人の手で仕上げたと見える石の平面が現れた。


「これだ、これだ」


 その石を二人がかりで持ち上げると、ぽっかりと空いた大穴が現れた。その穴、地下からは、若干の風を感じる。


「では、入るとしようかの」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る