第62話 石の正体
大穴の中に広がる暗闇に、白い光が差し込んだ。老人が、大穴の入口に置いてあった光の神具を使ったらしい。覗くと、下へと続く階段がある。
「こっちだ」
カケルは、老人に手招きされて、その背を追いかけることにした。
粗削りの岩が坂を作っている。足元が悪く、狭い道。人ひとりが通るので精一杯だ。なのに、不思議とかび臭さもなければ土臭さも無い。むしろ、清涼な空気に包まれていた。そして、漂う神気がますます濃密になっていくのである。
「ここだ」
老人がカケルの方を振り返る。道は、突然開けた場所に出た。カケルは息を呑んで辺りを見回す。もう、言葉にならなかった。
壁床、高い天井、全てが水晶でできているかのようだ。青みがかった白の光る石で覆い尽くされている。老人が神具を懐に仕舞ってもなお、十分に明るい。石が、自ら光を発しているのだ。
そして、その中央。圧巻だった。
赤の巨大な輝石が聳えている。縦長のそれは、神の立ち姿と例えたくなるような荘厳さに溢れていた。この辺りの神気が、全てこれを源にしているのは間違いない。
どこか既視感を感じる。しかし、その時のカケルにはそれが何なのかは分からなかった。
再び、老人が口を開く。
「この村の社の御神体こそ、この石。ミズキの簪は、これを削ってこしらえた」
「御神体を削る?!」
カケルも過去には散々禁じ手とも言える無茶ばかりしてきたが、ここまでではない。非難めいた目をするカケル達に、チヒロが少しムッとしたらしく、一歩前へ出てきた。
「あたし達のご先祖からの言い伝えでね、どうしてもという時だけ、この石を使っていいことになってるんだよ」
「此度は、村の……いや、クレナの一大事だ。必ずやミズキを楽師団に送り込まねばならんとなると、女に化けさせる必要がある。でもそんな神具は普通には手に入らんとなると、作るしかなかったのだ」
老人が補足する。しかし、それは俄には信じがたいもので。
「ここにも、神具を作る方が?」
身につける者の性別を変える神具など、聞いたこともない。これでもそれなりの腕があると自負しているカケルでさえ、作れる気がしない代物だ。
その様子を見て、チヒロは豪快に笑った。
「あんた達の商売敵はこの村にいないよ。そこの赤い石がちょっとおかしいだけさ」
「おかしいのではなく、そういうご利益がある。ここで、どんな道具にしてほしいか願えば、それが叶えられるという意味さね」
さらに酷い内容ではないか。人であれば、教えを乞うこともできようが、神がかった石が相手では、その技をものにすることはできない。神具師として、悲しすぎる現実である。
それにしても、何でも叶えられるとは物騒な響きだ。これでは、大陸を制圧して我が物とするための道具だって作ることができてしまいそうだ。関わってはならぬものに関わってしまったのかと危惧したカケルは、こわごわとそれを老人に尋ねた。
「それができているならば、儂らはとっくに、村人が働かなくても生きていけるような道具を望んでいるさ。けれど、石に認められた願いでないと駄目なんだ。どうやら石には意志があるらしい。いや、違うな。これは石ではない。おそらく神そのものなのだと儂は考えている」
その時、老人に同意するかのように石が一瞬その光を強めた。全員がその神秘体験に鳥肌が立ち、しばらく誰も声を発することができなかった。
カケルは逡巡する。
この石。意思を持つ、神そのもののような石。何かと似ている。
そうだ。これは――――。
気づいた時には、冷や汗が止まらなくなっていた。
「ソウ、大丈夫か?」
ゴスが心配そうにカケルの肩へ手を置いた。カケルはかたかたと震えている。
「この石の正体が分かってしまいました」
老人とチヒロも、続くカケルの言葉を待つ。カケルは、振り絞るようにして声を発した。
「おそらく、これは……クレナ国の礎の石です」
ソラ国にある礎の石は、青い色をしている。厳重に管理された王宮の奥深くの隠し部屋からしか入ることのできない、濃い神気で充満している小部屋。幼い頃は、神気が見えるようになるまで入り浸っていたが、それ以降は出入りをしていなかったので、すっかり忘れていた。
けれど、何か話しかけると呼応するように光を変えること。この底なしの神々しさ。さらには、これまでずっと隠すようにして祀られてきたことを考えると、それしか考えられない。
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