第42話 店主とミズキ
「お帰り」
店に戻ってきた時には、幾分気分が晴れていた。アヤネの墓から都の南門までの長い道のり、カケルは適当な言い訳をし、コトリと手を繋いで歩いてきたからだ。
カケルは、奥から出てきたゴスに片手を上げて応えた。
「気は済んだか?」
「さぁ、どうだろう」
コトリと共に足元の悪い道なき道を歩き続けて分かったことがある。
やはりカケルは、コトリが好きだ。
好きな人が自分以外の人を好いていても、絶対に諦めなければならない、ということは無いだろう。長い人生、まさか、という事が時折起きる。いつか、コトリがカケルの方を見る日が来るかもしれない。カケルはそれに賭けたいと思っている。現に、今のところ、コトリには他の男の影が全く無いのだから。
ゴスは、これは何かあったな、と察したものの、それを口にはしなかった。何せ、出発日が迫ったカケルは多忙なのだ。これ以上サボらせるわけにはいかない。
「いろいろ報告が上がってきてるぞ。あ、ラピスからも文が届いていた」
カケルはゴスとすれ違うと、自分の執務室へ向かう。卓の上は、いつもにも増して紙が山積みになっていた。その中から、ラピスからのものを探し出す。
「無事に接触できたみたいだな」
カケルは、ユカリというクレナ国出身の女へ接触するよう、ラピスに指示を出していた。その女はずっとソラ国に潜伏していて、ちょっとした事情もあり、ほとんど街中には姿を現さない。そこで、彼女が隠れていそうな所に当たりをつけていたのだが、カケルの予想通りに会えたようだ。
文には、ユカリが一月後を目処にクレナ国へやってくることが書かれてあった。カケルが彼女と会うのは久方ぶりである。
近頃、クレナ国の関所はかなり検閲が厳しくなっているが、ユカリならば簡単に入国できるだろう。彼女は、かつてカケル発行したソラ国の旅券の他、クレナ国の旅券も持っているのだ。
次にカケルが手にしたのは、サヨからの文だった。もしコトリがソラへの遠征に同行できなかった場合、サヨはコトリとは別行動になってしまう。クレナに残るコトリを補佐し、警護してほしいという旨だ。
そして、次に書かれていた話は、カケルにとっても興味深い話であった。
「そうか。やはりクレナにも、そういう組織があるんだな」
サヨは、ミズキ達を紹介したのである。手を組んでくれとは言っていない。金はきちんと払うので、活動に必要な神具を融通してくれないかという伺いである。
カケルは、サヨへの返事をしたためた後、店で働く下女に渡して鳴紡殿へ走らせた。
◇
カケルは、店の前にその者が現れたことに気がついた。日が陰り始め、通りは家路を急ぐ者などが慌ただしく行き交っている。その者は、夕闇と同化するように、ひっそりと立っていた。カケルは、帳簿をつけていた手を休めて、椅子から立ち上がる。
「お待ちしておりました」
ミズキは薄っすらと笑うと、カケルの後ろについて店の奥へと進んでいった。
「私はこの店の主で、ソウと申します」
「ミズキだ」
ミズキは、男の格好をしていた。サヨの文には田舎の出だとあったが、下位の貴族と同等の装いで、なかなか堂に入った風格がある。さらに女と見紛う程に美しい顔とくれば、魅入られる者も多いだろうし、男子禁制の楽師団へ潜入することも簡単だろうとカケルは頷くのである。
だが、一つだけ違和感のようなものがあった。それは、香り。サヨの文と同じものだったのだ。
「ミズキ様は、サヨ様とかなり懇意にされているようですね」
ミズキは一瞬苦い顔をしたが、すぐに立て直す。
「店主さんもサヨ狙いなのか?」
カケルの目が点になる。咄嗟に本音が出てしまった。
「私は、一も二もなく、コトリがいい」
「それならば良かった。これから手を組もうってのに、早速仲違いするところだった」
「いえ、私はミズキ様と手は組みません。あなたが手を組むべきは、別の組織です」
「何だって?」
カケルは、折り畳んだ紙を二人の間にある卓の上に置いた。
「クレナ国王に思うところがある者は、あなたがただけではありません。ソラにも、暮らしを良くしたいと考えている連中がいるんですよ。彼らの名を、暁と言います」
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