第43話 カケルの提案
暁。それは、ソラ国の田舎で、自然発生的に生まれた組織だ。彼らもまた、クレナ国の楽師団からもたらされるはずの恩恵が減って、困窮している被害者なのである。
昔はクレナから頻繁に楽師がやってきていたが、今では年に一度。演奏されるのもソラの都で行われる儀式に限られている。これまでソラは生活に役立つ多くの神具を作ることでクレナに貢献してきたが、クレナからの見返りはあまりに少ない。クレナ王の指示で高価な神具が安く買い叩かれることも増えてきた。
これでは生活が立ち行かなくなってしまう。
ソラの特産である神具を、軽く見すぎていることも許せない。
とうとう、怒りを募らせたソラ国民が集まって組織を作り上げた。それが暁である。
「彼らもあなた方のように、独自の楽師団を作って、王家や役人任せではない土地の活性化を目標にしています」
「でもその暁ってのは、ソラ国を良くしたいんだろう? うちはクレナ国をどうにかしたい。他所の事はどうでもいいな」
カケルは、出していた紙を広げた。
「そうおっしゃると思っておりましたので、ここに理由をまとめてあります。まずはお読みください」
ミズキは、紙を手に取った。
ここには、カケルの事情と見解が書かれてある。
まず、ミズキ達が必要としているシェンシャンは、ヨロズ屋で全て用意できないということ。これは、クレナ王がシェンシャンの生産を制限していることに関係する。
クレナ王は、とにかくシェンシャンを嫌っている。以前から目の敵にしていたが、近年それに拍車がかかってきた。国内の商人は、シェンシャンの取り扱い数を国に正しく申告せねばならず、もし数を誤魔化そうものならば都から追い出されてしまうだろう。
そこでカケルが提案したのが、ソラからの輸入だ。通常は商人を介して行うものだが、暁を通せば安価に良いシェンシャンが手に入る。
関所はあるものの、クレナに持ち込む方法はいくらでもあった。何せ二国は隣り合っており、その境界は高い城壁で区切られているわけでもない。不正に入国して見つかれば罪に問われるが、田舎では国境沿いで取り締まる衛士も少ないので、実際にはザルなのだ。
では、対価はどうするのか。これは、ミズキの今の身分を活かすことができる。暁は、クレナの楽師団の特殊な演奏の仕方を知らない。それをミズキが教える。すると、ソラでも土地に恵みを与えることのできる本格的なシェンシャン演奏ができるというものだ。
ミズキは低い声で唸った。
「確かに、手を組む理由にはなる。だが、これで俺達はソラ国王家からも睨まれることになりそうだ」
カケルは思わず声を出して笑ってしまった。自分こそが、その王族なのだから。けれど、正体を明かすことはできない。サヨにすら、まだなのだ。
「それは杞憂ですよ。なぜならば、敵の敵は味方だからです」
ソラ国とて、クレナ国から狙われているのは分かっている。さらに言えば、問題があるのはクレナ国というよりもクレナ国王であることも把握している。となると、同じくクレナ国王に対して憤っている組織は都合が良い。もし王家の手を汚さずして、クレナ国王を倒せるならば万々歳なのだ。また、クレナに強く出られないソラ王家を責める勢力もあるので、それに拮抗できる組織として成長させたい狙いもあった。
「つまり、暁はソラ国王家黙認の組織ということか」
「えぇ、そういう認識で構いません。何はともあれ、クレナ国外に味方を持つことは良いことではないでしょうか? いつかクレナ国王を倒すならば、相手が想定しにくい者を引き込んでおく方が強いはずです」
まさか商人如き、しかも年若い男がここまで政を語ってくるとは。しかも、ソラともかなり強いコネを持っているようだ。ミズキはカケルを侮っていたわけではないが、これは認識を改めざるをえなかった。
だからこそ、尋ねておきたいことがある。
「それで、何故ここまでの便宜を図ってくれるんだ? 店主さんの利が見えない」
暁は明らかに表舞台の組織ではないだろう、とミズキは考えている。となると、カケルがもたらした情報は、普通の方法では得られないものだ。
しかも、シェンシャンという高価な神具まで融通することを約束してくれるとなると、カケルへの対価も覚悟せねばならなくなる。ヨロズ屋との単なる商談へ出向いたつもりが、急に話が大きくなってしまった。
カケルは、戸惑うミズキの様子は当然だと思う。
「利はありますよ。クレナ国王が倒れると、コトリが自由になります。それが私の願いですね」
もちろん他にも理由はある。王族としては、二国を無理やり一つにするのは危険だという見解を持っていた。何より、国民が混乱するのは目に見えている。そして、戦は何も生み出さないことは、歴史と帝国に侵略された周辺諸国の現状が物語っていた。そのためには、首謀者の失脚を狙うしかない。
「じゃ、そういうことにしといてやるよ」
カケルは真面目かつ誠実に答えたつもりだったが、ミズキは少々茶化されたと思ったらしい。
確かに、ただの商人が陶酔するには王女という身分は高すぎる。そして、クレナ国内でこういった組織を支援することは、商売だけでなく、自らの命取りにもなりかねない。ミズキが解せないという顔をするのは仕方なかった。
それを分かっても尚、カケルはコトリのために、と口にする。告白する前に何度もフラれ続けた年月の長さを考えると、時々自分でも馬鹿だと思うが、やはりこの気持ちに正直でありたいのだ。
最悪、王子でなくなったって構わない。コトリさえ無事ならば、コトリさえ彼女の思うように生きられるのであれば、形などには拘らない。
だからこそ、クレナ国王に対抗できそうな存在には力を惜しまないつもりなのだ。
「今は、それでいいです。まだお互いが信頼できないのは、無理ありません」
「そうだな」
ミズキはカケルから受け取った紙を懐に入れた。
「仲間と相談したい。返事は近々」
「それで結構です」
その後は、二人がサヨから受けているコトリの護衛の話と、その他の神具について商談を行った。全てが終わった時には、往来の人通りはほとんど無くなり、どの店も閉めていて、あるのは僅かな月明かりだけ。
カケルはミズキを店の外まで見送った。表は閉めてしまったので、裏口から路地へ出る。
ミズキは、カケルを振り返った。
「それにしても、姫さんを呼び捨てにするのはどうかと思うぞ」
「大丈夫です。カナデ様の前では粗相しませんから」
いっそのこと粗相できたら、コトリとより親密になれるのだろうか。とカケルは思案したが、やはりできそうもない。本人へコトリと呼びかけられるようになったが最後。自分を押さえられる自信が持てないのだ。
カケルは、ミズキの姿が暗闇に消えるのを見送った。
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