第4話 シェンシャンを探しに

 日が暮れた。コトリの筆頭侍女であるサヨは、格下の侍女達に残りの仕事を指示すると、大貴族らしい艶やかな衣に着替えて、迎えの馬車に乗り込んだ。


 四半刻で到着したのは大店の裏路地である。サヨは、御者が持つ蝋燭の灯りを頼りに、店の通用口を探し当てた。中から無言で出てきた者に懐から出した木札を見せると、少し裳の裾を片手で少し引き上げて、店の奥へと入っていく。


 すぐに案内されたのは、中二階の部屋だった。店の者でないと迷う程複雑に作られた店内。その一階を一望できる細長い窓と年季の入った大きな卓があり、その前には一人の男の姿があった。まだ若い。少年と呼んでも差し支えない幼さが残っているが、正真正銘この店の主人である。


 実際、身につけている目の覚めるような美しい青の衣は、貴族と見紛う程の上質な絹が使われており、上品な光沢感が財力と大店たる格を見る者に印象づけた。


 案内してきた男はすぐに部屋を辞した。男はすぐに立ち上がって、サヨの前に出る。


「今夜もはるばるご足労くださり恐れ入ります」

「来られては困ると申したのはこちらですから。ソウ殿はお気遣いなく」


 サヨは、断りなく手近な椅子に腰掛けた。ソウと呼ばれた男も、その向かい側に座る。


 昼間に届いた文の筆跡からして、サヨは明らかに焦っている様子だった。すぐに本題へ入るため、ソウは準備してあった物を次々と机の上へ並べていく。


「庶民では手が届きにくいが、貴族には物足りない程度の品でしたね」

「ええ、こちらの店の品揃えでしたら、ちょうど良いものがありそうだと思いまして」

「うちも今は庶民向けが多数を占めますが、いずれは王家の御用達になりたいものです」


 サヨが王宮に仕える者だと知っての言葉だ。


「他はともかく、シェンシャンについては確かな腕をお持ちだと聞き及んでおります。この分野では王宮に出入りする日も近いのではないですか? それ故、此度の依頼をしているのです」

「もったいないお言葉です」


 謙遜しつつも、ソウの瞳は自信に満ちている。ソウは店の経営者であると同時に、シェンシャンの職人でもあった。


 サヨは、コトリの門出に相応しいシェンシャンを購うためにやってきたのである。


「それでは早速ご説明を」


 ソウは、シェンシャンの既製品を含め、部材のサンプルや、楽器の腹に当たる部分の本体の図柄などをサヨに紹介していく。それらの組み合わせは数多あるが、サヨにはどれが適切なのか決めることが出来なかった。


「ソウ殿はどれが良いと思われるか?」

「それは、店の主人としてですか? それとも職人としてですか?」

「どちらでも構いません。ソウ殿個人としてのご意見を伺いたいのです」


 ソウはふと真顔になって、居ずまいを正す。


「楽器は人を選びます」

「人が楽器を選ぶのではなく?」

「その通り」


 ソウは、手元にあった既製品を手に取った。


「サヨ様は、シェンシャンも神具の一つであることをご存知ですか?」

「知識としては」


 貴族としての教養があるサヨの言葉に嘘は無い。だが、知らぬと言ったも同じの響きであった。


「本来、この手のものは、持ち主に合わせて一から作るものです。持ち主と相性の良き神を降ろせるよう、そして持ち主の才能を最大限に引き出せるよう、工夫しなければなりません」


 ソウは、少し話が長くなると前置きした後、シェンシャンを含めた神具について語り始めた。


 まず、神具とは、神気と呼ばれる力を用いて何かを成す道具の総称である。部屋の中を明明と照らす光であれ、料理をするための熱を帯びる厚板であれ、どれも神気の流れに一定の命令を下して望む機能を引き出しているのだ。


 では、神気はどこから来るのかというと、神具に神を降ろすことで自然発生すると言う。そのため、神具には神を降ろすための祝詞と、道具としての機能を司る記述の二つが記されることとなる。


「こう言いますと、高位の神を降ろし、緻密な機能統制をすれば、最高の神具が仕上がるとお思いになるかもしれません」

「そうではないのですか?」


 サヨは、彼女の想像と離れたところにあった神具の実態に、目を丸くして驚いている。


「はい、ちがいます。使い手が、神具に宿る神から愛されなければなりません。物を大切に使うと長持ちすしたり、時折びっくりするような人助けまですることがある、などの話を聞いたことはありませんか?」


 サヨは思い至るところがあり、小さく頷いた。


「使い手である持ち主と神との相性や絆次第で、神具は本来の何倍もの力を発揮します。それ故、神具を作る際には使い手がどのようなお方なのか、詳しく知る必要があるのです」


 サヨは黙ってしまった。


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