第5話 意地と執念の結果
この反応からして、探しているシェンシャンはサヨが使う物でないことはソウも気づいている。しかし、王宮勤めの彼女が夜半に人目を忍んで店を訪れ、なおかつ慎重になっているとなると、そうやすやすと直接的に使い手について尋ねることはできないのだ。
サヨはしばらく思案した後、声を潜めて返事した。
「今回のシェンシャンは、私の……友人に贈るものなのです。彼女にとって、今後武器となることでしょう」
「武器?」
ソウは剣呑な視線を向けるが、それを跳ね返す強さでサヨは言葉を続けた。
「ええ。彼女の人生がかかっているのです」
「それは、真に生死がかかっているということですか? 一般的にシェンシャンは護身にはなりませんが」
「そんなことは存じております。ですが! 彼女程シェンシャンを愛し、愛された乙女はおりません。必ずや、シェンシャンは彼女を守ってくださると私は信じています」
ソウは、サヨの気迫に息を飲んだ。と同時に、抑えきれぬ胸の高鳴りに、体が熱くなるのを感じた。こんな気持ちになるのは、実に十年ぶりだ。
「分かりました。持ち主になる方については、それで十分です。私が一から作りましょう」
ソウは腕の良い職人として名が通っているものの、そう簡単には自身で依頼を受けないことでも知られている。
サヨは身を乗り出す勢いで頭を下げた。とても、貴族がとる態度とは言えない。腹を探り合うような貴族との商談に慣れているソウも、これには慌ててしまった。
「で、ではいつまでにお納めすれば? そして今更ですが予算は?」
「九日以内にお願いします。お代はいくらでも構いません。完成しましたら、いつもの方法でお知らせください」
制作期間は長くとれないものの、この上無い好条件である。ソウは決まった内容を書面に認め、控えをサヨに手渡した。
「出来上がりを楽しみにしております」
「えぇ、期待していてください。決して王女様だとは見抜かれず、それでいて最高の作品を作り上げてみせます」
サヨは瞬時に顔を強張らせたが、ソウは穏やかな笑みを浮かべたままだ。
「ご心配なく。大切なお客様の不利になるようなことを当店は決していたしません」
「その言葉、お忘れなく」
サヨは若干青ざめたまま、小走りに店を出ていった。
◇
「親方、やりましたね!」
サヨが帰るのを見届けたソウの前に、作業着姿の少年が現れた。その金髪からは、帝国由来の血筋が見て取れる。事実、その少年の母方の親戚は、今も帝国内に居を構えているのだった。
「ラピス、立ち聞きなんて趣味が悪いぞ」
「今夜は大切なお客さんが来そうな気がしてたんだよね」
ラピスは、先程までサヨが座していた椅子にどっかりと身を沈める。
「で、どんなシェンシャンにするの?」
「もう、ほぼ出来ている」
「は?」
「だから、彼女のためのシェンシャンは前々から作っていて、もう完成間近まで仕上がっていると言っているんだ」
これには、ソウの弟子として付き合いの長いラピスでも、驚きを通り越して引いてしまう。
「げ。この人、ガチで変態だ」
「お前に言われたくはないな」
ソウは怒った風を装いながらも、まだ浮かれ続けていた。
「それにしても、クレナ国で商売して、本当に王女様とご縁ができるとはな。初めは、こんな遠回りなことをしてる親方の正気を疑ってたけど、意地と執念で店をデカくしてきたかいがあったじゃないか!」
「まぁな。そういうわけで、後は彼女のためのシェンシャンに神を降ろすだけだ」
ソウは、窓と反対側の壁際を眺めた。そこには、クレナ国とソラ国で有名な神々の絵が描かれた屏風が立てられている。その中央には、シェンシャンを抱えた白い髪の妖艶な美女の立ち姿があった。彼女の名はルリ。最高位の神である。
「まさか、親方、王女様のシェンシャンに降ろすのって……」
「そう、そのまさかだ」
「でも、ルリ神は社の総本山に安置されている伝説のシェンシャンを依り代にしているから無理なんじゃ」
「それぐらい知ってる。だから、俺の作ったシェンシャンに引っ越してもらうしかないな」
今度こそラピスは、驚きすぎて声すら出なかった。降ろした神を別の依り代に移し替えるなど、前代未聞の事である。
「無理、かもしれない。でも、やるんだよ」
ソウは、早速帳面を捲って今後の予定を確認していく。この件は何を差し置いても優先させるつもりなので、他の商談については別の者に振り分けたり、調整が必要となるのだ。
その時、サヨに指定された納期の翌日にこんな記載を見つけた。
【王立楽師団入団試験】
この日は、多くのシェンシャン奏者の入団希望者が王宮近くに詰めかける。シェンシャンの外観の流行を調査するため、試験会場近くへ出向く予定にしていたのだった。
しかし、今となっては、これは別の意味となってくる。
「なぁ、ラピス」
「何ですか、親方?」
「コトリが楽師団に入るぞ」
「はい?」
「とりあえず、十日後は俺、仕事は何もしないからな」
「え?」
「もちろん、まだ名乗ることはできない。連れて帰ることもできない。でも一目でもいいんだ。素顔の彼女を見てみたい!」
ソウは、拳を力強く握った。やっと巡ってきた機会。このために、これまで血や涙、汗を流してきたと言っても過言ではない。
「はいはい。熱くなるのも良いけど、ちゃんと依頼の品は落ち着いて完成させてくださいよ?」
最後にラピスは、声を落としてこう呟く。
「がんばれよ、カケル王子」
弟子は、師匠の長年の片思いを心から応援しているのである。
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