第3話 王の野望

 コトリがサヨとの話に花を咲かせていた頃、王とワタリは密談を続けていた。


「先程は、申し訳ございませんでした」


 ワタリは王の足元で膝をつく。コトリがいる前では年長者らしい風体をしているが、父親と二人になると、たちまち小物感が否めなくなる男だ。こんな時、淡い青の衣は彼の弱々しさを際立たせているようにも見える。


「確かに、反抗されたのは想定外だった」


 話題は、コトリの帝国行きが頓挫したことに関する対策についてであった。ワタリがコトリの機嫌を損ねなければ、予定通りに輿入れさせることもできたかもしれない。そう思うと叱責されて然るべきだと、ワタリは胃を痛めながら冷たい床を間近に見つめるのである。


 一方で、王はあくまで楽観的だった。


「何、問題はない。あの娘はそのまま泳がせておけ。下手にこれ以上刺激しても良いことなど起こらぬだろう」


 コトリは王宮内でこそ呪い付き妃の娘として風当たりが強いものの、外では庶民を中心に人気がある王女である。おそらく、慰問と称した貧困街でのシェンシャン演奏などが功を奏しているものと思われる。


 さらに、現在、王族の若い女性はコトリしかいないことから、何かと注目を集めやすい存在でもあった。初代王が女性であったことで、ワタリを差置き、次期王にコトリを推す勢力も無いわけではない。王にとって盤石とは言えない国内の勢力図に、今余計なことをしてヒビを入れたくないのが本音なのだ。


「では、帝国には何と返事をなさるのですか?」

「どの道、婚姻を結ぶのは時期尚早だからな。未だ、我が国に有利な条件はほとんど引き出せていないのだ。交渉が終盤に差し掛かった頃合いで、あやつを帝国へ引き渡す準備をすれば良かろう」


 元より、王はコトリの意向を優先するつもりなど微塵も無い。できることならば、乗り気で嫁がせて、帝国の情報を収集させたり、あわよくば皇帝の男子を産ませたいところだった。だが、本人にその気が無く、王の思惑が叶いそうにない今、ひとまず帝国と縁戚関係となるための駒にするしか使い道はない。コトリが何を言おうと、時期がくれば問答無用で身柄が帝国に移されることとなるだろう。


「そんなことをすれば、また嫌われますよ」

「嫌いだと言われる機会を作らなければいいだけのことだ。さすれば傷つかずに済む」


 王も曲がりなりには父親である。実際に可愛らしい娘を前にすると、面と向かって冷徹な指示を出すことはできない。しかし、部下を使えば、非道な事も滞りなく進めることはできるのだ。


「さすが、父上です」


 ワタリは王の見解に同意しながらも、別の懸念があることに気づいた。


「それにしても、楽師団は危険ではないのでしょうか? あそこは社とも結びついておりますし、何よりシェンシャンは奇跡を起こすとも言われています」


 楽師団は王直下の組織であるが、王国からは独立した立場を持つ社とも深い関係があった。社は、その御神体が楽器であり、シェンシャンは最高位の神の依代とされている。さらに、古くから楽師団へ経済的な支援を施し、内部に介入し続けてきた歴史もあった。そして、コトリを担ごうとする者の多くは社の関係者や信者なのだ。


「嫡男としての立場が揺らぐのではないのではないかと危惧しているのだな」


 王は笑った。


「コトリがやつらに唆されて、さらに増長する可能性はある。だが、それだけだ。女、それも楽師如きにできることなど何も無い。シェンシャンなど、何の腹の足しにもならないのだから。そうだろう? 気にするな」


 ワタリは、王族のみが読むことのできる禁書の内容を思い返していた。それは初代王の伝記。そこには確かにシェンシャンの活躍があった。決してお伽噺ではない、歴史書としての記録。何やら悪い胸騒ぎが収まらない。


 王はシェンシャン演奏の才が全くなく、その神がかった楽器の有効性を否定して劣等感を隠そうとしてきた。ワタリは、王の死角に大変なものが潜んでいるのではないかと、ついつい不安になってしまう。


 ワタリは曖昧にしか頷かなかったが、王はそれを気にも留めようとしなかった。


「それに、ちょうど良いではないか。コトリの言う通り、急に王女が姿を消すわけにもいくまい。社での修行は体の良い理由になるだろう。国の発展を願い、社にこもって祈祷し続ける王女。そんな女が国のために帝国へ嫁いでいく。庶民が好みそうな劇の筋書きのようだ」

「はい」

「そうだ、この話は母親にも伝えるといい。庶民の娘が王宮内をうろつくのを嫌う女だぞ。手を汚さずして王宮外へ追い出せるとなると、さぞかし喜ぶことだろう」


 ワタリは、王もコトリのことを良く思っていないことを指摘しそうになったが、口にはしなかった。そもそも王は、自分の思い通りに動かせる限り、娘であろうと何でも使う人間だ。きっとこれまで王女を生かしておいたのも、帝国へ嫁がせる作戦を昔から用意していたからにちがいない。


 王は、ただ自らの悲願達成のみを目指している。


 クレナ国を強くすること。

 そして、ソラ国を手に入れて、クレナ国に吸収すること。

 これこそが、国の本来あるべき姿だと信じているのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る