第276話 父の威厳が消えた日

 初夜も終わり、イルリカだけは妾だから別扱いって事で先延ばしにして数日、各国の来賓たちが帰路の準備を始めた頃、緊急案件が飛んできた。

 差出人、クロノアス家と聖樹国教皇。


「え、何事?」


「さぁ……。ただ、話を聞いたテオブラム王が各国の王達を緊急招集して、城の会議室を貸して欲しいと言ってきております」


「結構な重大案件?」


「詳細を知らされてないので何とも。ただ、陛下も他人ごとではないと言われていますね」


「じゃあ、貸し出して。全員が集まり次第、行くって伝えてくれるか」


「わかりました」


 ブラガスが指示を出し、ナリアは給仕の選抜を始め、ノーバスは会議実の準備に入る。

 官僚達には近づかないように手配して、念の為に天竜達も呼んでおく。

 後は……八木辺りで良いか。

 神喰とウォルドは会議室前で護衛として、ゼロとツクヨに話をして、ロギウス軍務卿に、即応人員の準備だけして貰おう。

 そんなこんなで朝から慌ただしく動いて、昼前に全員が揃い踏みしたと連絡が入った。

 会議室は円卓風で、中央が開けた大きな丸いテーブルが置かれているわけだが、何故かその中央部分に、正座した父上ともう一人。


「ち、父上? それと……」


「来たか、シンビオーシス王。悪いが、同盟裁判を行わせてもらうぞ」


「は? 裁判んん?!」


 よく見れば、クロノアス家揃い踏みである。

 但し母は、かなぁり怒っている。

 いや、姉達もかなぁり怒っている。

 兄達は溜息ですか。

 ああ、殿下達も――え? 結構ヤバい状況? マジで?

 よく見たら、ミリア達もいるじゃん。

 これって、公開処刑かなんかですか?


「シンビオーシス王、とりあえず経緯を話すから、座ってくれ」


 テオブラム王に促され、席に着く。

 しっかし、父上が何かやらかすと思えんのだがなぁ。


「まず事件概要だが、同衾事件である」


「ぶっ!」


 テオブラム王が言う罪状に、思わず吹き出してしまった。

 いや、確かに同衾事件なら、母達が怒る理由にも納得いくけどさ、どうして同盟裁判にまで……いやまて、女の方が原因かぁぁぁあああ!


「その前に、証拠はあるのかのぅ」


 はっ! そうだ、証拠だ。

 そこについては……宿の人間が目撃していると。

 しかも、まだ数が少ない逢引き宿の。

 あ、これは有罪確定かもしれん。


「さ、裁判長、弁明したのですが!」


「今はまだならんっ! このド阿呆めがっ! 親子揃って心労ばかり加速させおってからにっ」


「テオブラム、抑えろって」


「皇王の言う通り。それに、その息子君の前で言う事じゃないと考えるけどね」


「……すまぬ、グラフィエル。少々言い過ぎた」


「そっちで行くんですね。まぁ、俺は気にしてませんけど、ちょーっとだけ、時間もらえません? ナリアが今にも噛みつきそうなので。比喩ではなく」


 全員から許可を貰って、テオブラム殿を睨むナリアを宥める。

 実際、過去には心労加速装置と言われても否定できない自分がいるので、そこは仕方ないからと、どうにかして宥めた。

 後、結構、余裕が無いと思われる。

 信の厚い側近の貴族しか連れて来てなくて、今も同伴させているのに、マジギレしてるって珍しいからな。

 そこまで言うと、とりあえずは納得した。

 尚、女の方には、若干呆れ返ってる自分と、ちょっとオコな自分がいる。

 マジでどうしてくれようか、あのババァ。


「あなたも何考えてるんですかっ! 彼とそう言ったことになれば、厄介事になると分かっているでしょう!」


「教皇、落ち着けって。怒る気持ちは理解できるから、な」


 ジャバがヴァルケノズさんを宥めている。

 普通は逆なのに、珍しい光景だ。

 いや、そうじゃなくて、とりあえず現状の問題と解決策だ。


「まず経緯から確認と、箝口令は敷いたな?」


「目撃者は軟禁して、箝口令を敷かせましたが、何処まで目撃されてるかまでは」


「調べろ、ナリア」


「御意」


 とりあえず、目撃者関連はナリアに任せる。

 事が事なだけに、今、揺らぐのは宜しくない。

 とは言え、平民に罪がある訳でもなく、犯罪を犯したわけでもない。

 軟禁者には迷惑料が必要だな。


「軟禁者は何名だ?」


「現在は3名です」


「迷惑料と口止め料を支払っておけ」


「御意」


 ん? 何か静かだな。


「すべからくして、王であったか」


「素質は十分にあったからなぁ」


「テオブラム殿の目は正しかったという訳ですか」


「今からでも、傭兵国任せてぇなぁ」


 当事者と関係国以外は、なんか言ってるが、スルーしておこう。

 そして、概要をまとめたブラガスが入室してきて、書類を渡すのだが……うん、父上、有罪。


「ちょっ、まて、息子よ!」


「いや待ちませんよ、父上。これは無理でしょう」


 書類を兄達にも見せる。

 揃って有罪判決が出たよ。

 とりあえず、父上たちの弁明を聞く事にする。


「子供達も全員巣立ちして、まぁ後見人の仕事はあるが、肩の荷が一つ降りて、街並みを見て末息子も安心できると思いながら、昨日入った飲食店で、女性と意気投合してな。その、同衾自体は認める。でも、隣の女じゃない! 流石に酔っていても、彼女とそういう事になれば、どうなるかぐらいわかっている!」


「で? その隣の女さん、一体どういうことなのかな?」


「えーっとですね、そのですね……」


「俺はあんたを、母親と呼ぶ気は、これぽっちも無いんだが?」


「そ、そこは無理に呼ばなくても良い気がしなくないでもありますです、はい」


 隣の女さん、俺のオコに結構焦る。

 まぁ、家族を引っ掻き回してくれたのだから、意趣返しくらいはさせてもらう。

 そもそもな、あんたは代表者としてこの場にいるんだろうが。

 俺が招待したのは、為政者達と選ばれた貴族だけだぞ。

 為政者で無いのなら、一般招待客程度で呼んでるんだが?


「そ、そうですね」


「そうですね――ではないだろうがっ!」


「落ち着けって! ヴァルケノズ」


「ジャバ殿、私は落ち着いていますとも!」


 うわぁ、ヴァルケノズさんも大荒れだわ。

 まぁ、ブチ切れる理由は分かるけど。

 じゃ、ネタばらしだな。


「で? なんで父上との同衾になってんですかねぇ、レラフォード代表?」


「よ、酔った勢いで……」


 そう、よりにもよって、未だ聖樹国として統合作業のあるレラフォード代表が、父上と同衾していたのだ。

 そりゃ、関係国はブチ切れるわ。

 痛くも無い腹は探られかねんわ、二国共謀説流されても困るわ、クロノアス家との関係強化を疑われるわ、何処も損しかないというね。

 じゃ、この中で得する人は誰でしょうか? レラフォード代表です。

 夢にまで見た結婚だからね。

 得しかないわけですよ。

 実際には、針の筵だろうがな。

 まぁ、そこは一旦置いといて、父上に再確認。


「父上、本当に、代表とは気付いていなかったんですね?」


「そもそも、容姿がまるで違う。酔ってはいるが、容姿自体は酔う前から知っている。相席で意気投合して飲んでいたからな。まぁ、だから飲み過ぎたというの否定できんが」


「で、そこの隣の代表、どういうことですかね?」


「よ、夜、自由に飲み歩きたくて、認識変換の魔法と幻覚魔法を使っていました」


「だ、そうですが、どうしますかねぇ」


 各国とも悩んでいるが、そう難しい話でもない。

 酔った上での間違いでした。

 でも、片方は貴族で、片方は代表だよね? 責任の取り方はあるよね? する? それなら宜しい。

 これだけで済む話に持って行ける。

 シンビオーシス国内にいる、他国の貴族も全てこの場にいるのだから、クロノアス家の評判が落ちる程度に動けば良いだけの話。

 貴族としてはよくある話でもあるので、そこまで問題ではない。

 寧ろ、家庭内の方に問題を抱えている状況なのだから、早く終わらせて欲しいのだが?


「ヴァルケノズ殿、どうする?」


「テオブラム殿、もう、あれしかあるまいて」


「そうか」


 で、二国が取った決断は、他の同盟国に頭を下げて、他意はないと話す事だった。

 裏の話ではよくある事なので、そこまで問題……クロノアス家的には問題だらけだが、まぁ仕方ない。

 フォローくらいはするさ。


「各国とも、我が父が迷惑をかけて、大変に申し訳なく」


「ぐふぅっ!」


「グラキオス、息子ではあるが、シンビオーシス王でもあるのだ。自身の行いで頭を下げさせたこと、深く反省せよ」


「申し訳ございません」


「ま、父上には色々と迷惑かけましたから、ちょっとした親孝行って事で。代表は知らんけど」


「ちょ――精霊王様!」


「あ、精霊ズ、カマン」


 大精霊ズを呼び出して、事情説明。

 お説教という流れにしておいた。

 各国とも、これで一つ水に流してください。


「相変わらずラフィは――」


「スケールが大きいですよね」


「自分もああなれるように精進だな」


「流石は義弟君だねっ」


 四殿下からの言葉で、各国との話し合いはひとまず終了。

 でも、この先があるんだよね。

 家族での話し合いが。

 各国代表団が会議室を後にして、クロノアス家関係者だけが会議室に残る。

 さて、こっからが本番だな。


「あなた、私、言いましたよね?」


「あ、アリーエル、あのな……」


「言い訳は聞きたくありません。妾も側室も許容しますが、まずは挨拶してからが先だと言いましたよね?」


「その、それは悪かったと……」


「それに、順序を守らないのは嫌だとも言いましたが?」


「その、ルルエナ、それはだな……」


「「言い訳無用!」」


 母上達、本気で怒ってるわ。

 怒れる母に祟りなし……祟られに行く道しかないんだよなぁ。

 兄達も尻込みしてるし。


「フェルはこんなことにはなりませんよね?」


「二人きりで深酒する時は、ルラーナとしかしないからね」


「そっちは惚気かよ」


 いや、違うな。

 フェルのやつ、平静を装っているが、地味に冷や汗掻いてやがる。

 やましい事でもあるのか?

 いや、単に怖いだけか?


「あなたは、こんなことにはなりませんよね?」


「まぁ、そうだな。そもそも、一人で外食とか、ほぼあり得ないし」


 こっちにまで飛び火来ちゃったよ。


「前科、ありますよね?」


「あれは流石に勘弁してくれって。別に酒飲んでた訳じゃ無いんだし」


「まぁ、私達も最終的には認めてますから、脇を甘くしないでくださいねってだけです」


「りょ、了解」


 父上ぇ……ちょっと恨みますよ。

 とりあえず、父上と代表には有罪判決を受けて貰ったうえで、どうするのか決めんと。

 あ、兄上達も奥さんに詰め寄られてる。

 姉上達、旦那さんが大変だから、程々にお願いします。


「それで、どうされるんですか?」


「ブラガス、落し所は?」


「暫く二人は、針の筵になって頂き、貴族的な責任の取り方しかないのでは?」


「やっぱそこになるよなぁ」


 ぶっちゃけると、代表の方はまんざらでもない様子。

 しかし父上の方がなぁ……。

 いや、気が合うからこうなってるわけだし、立場上の問題か?

 うーん、まだ別室に、ヴァルケノズさんいるかな?


「教皇様のみ、別室で待機して頂いていますが、お呼びしますか?」


「ナリア、お前、こうなること予見してたな?」


「可能性の一つとしては」


「もう一つは?」


「なかったことにする可能性も」


「代表の顔見て言えるか?」


「なかったことにする可能性も」


「ナリア、お前、鬼か」


 代表を見て言ってのけたナリアさん。

 代表は絶望した。

 こいつ、マジで鬼だわ。

 まぁ、ナリアは一旦横に置いて、収拾つかないから、ヴァルケノズさん宜しく。

 後、光の大精霊もカマン。


「なんでしょうか、精霊王様」


「今から、ちょっと話し合いするんだが、少し居てくれ。もしかしたら、一仕事頼むかもしれんから」


「わかりました」


 光の大精霊ステンバーイッに、何故か絶望する代表。

 まぁ、一仕事頼む時は、悪い結果ではないから、そう絶望すんなよ。

 そして、ヴァルケノズさんが部屋に入って来て、ド直球で聞く。


「国同士の合併に、レラフォード代表って、あとどれくらい必要です?」


「別に事務作業して頂けるなら、誰でも。ただ、ある程度は歴史を知る人物でないと厳しいですね」


「光の大精霊、中精霊でも歴史の話って出来るか?」


「精霊と人型種では認識に齟齬があるかもしれませんので、あまりオススメ出来ません」


「そうなると、新しい代表選抜が必要になる訳か」


 ここで、今が勝機っ! と言わんばかりに、代表が食い付いて来たが、ハウス!


「犬ですか!」


「犬より質が悪いわ! 犬は縦社会には忠実だからな!」


「酷い!」


 さて、話を戻そう。

 問題は、歴史を知る代表者か。

 ヴァルケノズさんから推薦は? あ、特に無しと。


「1人、役目を与えても良いかと思える人物に心当たりがありますが」


「大精霊のお墨付きなら、問題は無いのか? 因みにあれは?」


 レラフォード代表を指差す。


「優秀でしたよ」


「過去形かよ」


「問題を起こしているので、もはや優秀とは。推薦者は婚姻も終わらせていますし、問題無いでしょう」


「同種族婚?」


「ええ。但し伴侶は、流行り病でなくなっていますが」


「それ、大丈夫か?」


「大丈夫ですよ、あれの母親ですから」


 そう言って、視線を向ける大精霊。

 視線の先には、代表。

 あ、優秀なのは納得。


「やる事が無い―って、小精霊相手に愚痴ってますから。寿命も、最低でも後千年は大丈夫でしょう」


「もしかして、古代妖精エレメンタルエルフ族?」


「その末裔ですね。流石に、その原種は滅んでいます。元々、数も少なかったですし」


「ハーフなのか?」


「その認識で間違っていません」


 なら、問題無い……無いよな?


「問題が起きたら、修正してやります」


「君はどこぞの艦長なのかな?」


 光の大精霊、どこぞの艦長さんみたいなことを言い出した。

 後任者が修正されたら、ぶたれた事無いのにっ! とでもいうのだろうか? 非常に気になるが、とりあえずは置いておこう。


「父上、一つ確認します」


「グラフィエル、後にしてくれませんか?」


「母上、こちらはこちらで必要な事です。流石に今の状態で代表は不味いでしょうから」


「……わかりました」


「それで父上、もし代表が、ただのバズゼリナになったなら、きちんと責任を取りますか?」


「……取る」


「嫌いではない、好ましくあるって事で良いんですね?」


「違いない」


「分かりました。あ、バズゼリナさんもこっちに来て、二人で母上からお説教喰らって下さい。ほら、初めての共同作業ですよ」


 言っておくが、俺はこんな初共同作業はごめんである。

 でもまぁ、なんだかんだ怒っている母上達だが、怒っている理由は一つなんだよなぁ、多分。

 こちらの話し合いが終わっても、お説教が終わって無かったら、助け舟を出すとしようか。


「てなわけで、バズゼリナさんは代表解任で、そのお母さんを新代表で宜しく」


「精霊王様の御心のままに」

「神聖騎士様の御心のままに」


 これで終わり――ではなく、ちょっとした調整作業はあるから、即解任は無しでの方向に。

 まぁ、調整と言っても、本国に戻って1か月程度らしいので、上手くいけば年内には妾になれるかもだな。

 あ、断じて母親とは言わん。

 流石に無理。

 皆もバズゼリナさんで通してね。

 良い返事で何よりです。


「で、まだお説教中ですか?」


「う、うむ……」


「父上、なんで母上達が怒っているか、いや、お説教が続いているか、分からないのですか?」


「う、うむ……」


 父上、それはダメでしょう。

 ああ、ほら、火に油になっちゃったよ。

 仕方ない、火中の栗を拾いに行くか。

 後で絶対に、母上達から文句言われそうだけど。

 気付かせないとダメだって。

 でもね、それは家でやれって話です。

 ここ、城の会議室で仕事場。

 職場で修羅場とか、昼ドラじゃないんだから。

 はぁ……気が重いわ。


「父上、ちゃんと謝りましたか?」


「……あ」


「じゃ、そういうことで」


 その後は、二人して土下座して謝ってたわ。

 母上達は何か言いたそうだったが、ミリアの言葉を聞いて、あって顔になってたよ。

 流石に気付いたらしく、後で謝りに来てくれた。

 父上? 帰国日まで軟禁するってさ。

 ヴァルケノズさんも元代表を軟禁するって。

 光の大精霊が監視とか、すっごい贅沢だわ。

 新代表告知も終わらせているらしい大精霊は、監視任務をしながら、食事を楽しむらしいとの事。

 まったく、一大イベントが終わったら、まさかの二大案件とか勘弁してくれ……。

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