第264話 叔父になりました

 ヨルム殿下事件から1週間後、母上から連絡があった。


『エルーナが無事に出産しました』


「母子共に、健康の状態はどうですか?」


『エルーナが疲れ切ってる位ですよ。健康には問題ありません。ただ……』


「ただ、なんですか?」


 聞くと、嫁ぎ先がお祭り状態らしい。

 まぁそれは、仕方ないのでは? と思う。


『もう少し落ち着いて欲しいものですが、他家の事なのでただの愚痴ですね。それと帰宅ですが、やはり春先になってからです。暫くはこちらに泊めて頂きます』


「ご迷惑では? 迎えなら行きますが」


『無用です。それに、孫も愛でたいですしね。他家に嫁いだ娘の孫など、早々愛でられませんから』


 母上から遠回しに、早く孫の顔を見せろと言われてしまう。

 俺だってそうしたいが、色々と段取りがあるんですよと言いたい。

 言ったら逆撃待った無しなので、絶対に言わんけど。


「出産祝いはどうしましょうか?」


『無難で良いとは思いますが……話し合って決めても良いのでは? とだけ、言っておきます。……え? はい。ありがとうございます』


「母上?」


『先方が、顔を見に来たいならいつでもどうぞ――との事です。出産祝いに関してはその時でも良いですし、商人経由でも構いません』


「手ぶらじゃ行けませんので、何か見繕いはします。出産祝いは別で贈る形にしますよ」


 その後は、出産祝いに関する注意点だけ言われて、電話を終了する。

 ふぅ……と、安堵の息を吐くと、ミリアを筆頭に全員からお祝いの言葉が送られた。

 いや、俺に送られても困るんだが?


「安堵されたのは事実ですよね?」


「まぁ、ね。もし何かあったら、エステスを締め上げに行くところだった」


「冗談じゃないから怖いんだけど!?」


 ヴェルグから、本気でやりそうと言われて、またも笑い声が響く。

 実はこの話、母上がエルーナ姉上の嫁ぎ先に赴いてる事が関係していたりする。

 姉上が産気づいた後、難産かもしれないという一報が入ったからだ。

 前世ならば、帝王切開とかでどうにかなるが、この世界だと厳しい。

 衛生観念はあるけど、無菌室を作るとかは不可能に近いからだ。

 菌事態は認識していても、どの菌がどのように作用して、どのような結果を人体にもたらすかまでは理解してないから。

 ついでに付け加えるなら、ウイルスの様な悪性菌も、食材を発酵させるような善性菌も、全部同じだと考えていたりする。

 菌事態を肉眼で確認不可能――技術不足で――でもあるから、説明して作らせるなんてのも不可能。

 結果として、出来る限り清潔な部屋で、徹底的に洗浄した布地を使って――というのが主流。

 貴族でそれなのだから、平民はもっと大変だったりする。

 王族の場合は、王宮医師なんてのがいるから、ちょっとマシかな? くらいだ。

 そんな事情があるので、母上は冒険者としての俺に指名依頼を出して依頼料を支払い、送迎を頼んだ訳だが、別にそこまでしなくてもとは思っている。

 母上曰く――息子でも他国の王で最高ランク冒険者なのだから、手順は大事との事。

 貴族的なあれこれもあるから、余計にらしい。

 貴族社会とは、本当に面倒だとつくづく思うわ。


「その筆頭になってるんでしょうに」


「それを言うな、蛍」


「でも、親子で――って考えると、確かに変よね」


「うーん、詩音の言う事も分かるんだけど、前世風に言い直すなら、息子がタクシー運転手だから、無償じゃなくて運賃支払って、会社に気を使ったとかって感じか?」


「うわぁ、生々しい答え過ぎるぅ。でも、わかりやすい例えではあるのかな?」


「そうね。私達には分かりやすい例えね」


 詩音の疑問に答えると、優華がうわぁ……って顔をしながらも理解できると言い、桜花も肯定して頷く。

 元世界組は今の答えで理解して貰え、今世界組はそもそもが当たり前の話なので、前座の話は終わりにして本題へ。


「さて……これからが本題だ」


 サッとサングラスをかけて、顔の前で両手を組んで、両肘をテーブルの上に置く。

 某アニメのゲン◯ウポーズである。

 それを見て真っ先に口を開いたのは、やっぱり蛍であった。


「蒼、あんた、なんでゲン◯ウポーズになってんのよ。後サングラス、何処から持ってきたっ」


「ツッコミご苦労、蛍。そしてサングラスは試作品だっ」


 とりあえず、ボケとツッコミをやってから本当に本題へ……あの、ミリアさんや? そんなニコニコ顔で、優しく微笑まれてもですね……うん? 楽しんでるんだ……それは何よりだよ。


「とりあえず、本題に行くぞ」


「締まらないなぁ……」


 ヴェルグが何か言ってるが、無視って本題の話をする。

 手土産と出産祝いに関して。

 ぶっちゃけ、手順を間違えると大変なことになる案件だ。

 最悪、ランシェス王国のテオブラム王から苦情が来る。

 なので、間違えられない。

 だから……王女組、ヘルプっ!


「もうラフィは。でも、頼られて……ふへっ」


「あの、リリィさんや?」


「気持ちは分かりますね。でもラフィ様、将来できる子供達の為に、ご自身も覚えて下さいね。特に他国へ関連してしまう事については」


「リーゼ、時間が出来たら、教師役頼むわ」


「ラナはですね、お任せで」


「ラナさん、私が教えてあげますから、覚えましょうね」


 近い内に俺とラナは、リーゼとミナが教師になって、お勉強会開催が決定した瞬間だった。

 尚、ミリアも少し不安要素はあるらしく、今回はリリィに付いて回って覚えるそう。

 つうか、一回で覚えられるとか、完璧正妻過ぎる。

 あ、はい、頑張って覚えます。


「では、今回は私の故郷における貴族ですし、構いませんよね?」


「お任せしますが、ラフィ様とミリアさんへの相談はして下さいね」


「勿論ですよ、リーゼさん」


「君ら、仲良いの? 悪いの?」


 直ぐに張り合おうとする、リリィとリーゼ。

 その割には、意気投合も多い。

 君らの仲ってどうなってんのか……。


「素で語り合ってるだけですよ。単なるじゃれ合いですから」


「まぁ、ミリアが大丈夫って言うなら」


 正妻候補であるミリアが他の婚約者達のあれこれをしていく立場なので、問題があって解決不能ならば俺に連絡が来る。

 今まで無いのだから、問題無いのだろう。

 まぁ、端から見れば、楽しそうには見えんがな。

 ミリア達が楽しそうにしているというのだから、今は見守ろう。

 で、本題なのだが――。


「まず一つ、皆さんも覚えておいて欲しいのですが、シンビオーシスの名で贈り物をする時は、注意が必要です。特に、他国の貴族へは絶対にダメです」


「それは実家もか?」


「実家に関しては、事情に関してですね。冠婚葬祭ならば、シンビオーシスの名でも良いですが、それ以外はあまりオススメ出来ません」


 リリィが言うには、爵位授与に関しての部分があるからと説明されて、何となく納得。

 爵位授与は、王家だけが持つ特権である。

 だからこそ、貴族は忠誠を誓う訳だが、そこに他国の王族の名でとなると、要らぬ誤解を生む。

 誰しも、痛くも無い腹を探られたくはない。

 故に今回の場合だと、シンビオーシスでの贈り物は禁止という訳だ。

 では、王家の名で贈り物が出来る貴族は誰になるのかという話になる。


「四大諸侯くらいでしょうか? 後は、ラフィが見出した者達でしょう」


「意外に少ないな」


「新興王家ですから。年月を重ねれば、逆に増えすぎて困ると思いますよ」


「それはそれで嫌だなぁ」


 まだ見ぬ子孫たちよ、ガンバレ!

 さて、では今回の解決方法は?


「普通に、名前で贈るか、クロノアス性で贈るかですね。お義姉様が結婚時はクロノアスでしたから、ギリギリ可能です」


「手土産は?」


「名前を出す必要性も無いのでは?」


「それもそうか」


「どちらにしても、出産祝いとなると商人に任せるのが通例です。奇を照らす必要も無いのでは?」


「うーん……」


 ちょっとは関わりたいんだよなぁ。

 それを告げると、手土産でという話になった。

 何故に?


「あまり高価な物は、表立ってはダメですけど、今回は特例系が使えますから」


「姉だから?」


「はい。ただそれでも、表立ってはマズいですけど」


 何かに忍ばせて――ってことかぁ。

 まぁそれは良いけど、何贈ろうか。


「折角ランシェスにいるのですから、スペランザ商会に任せてみては如何でしょう」


「出産祝いはそうするか。手土産は……手製のお菓子系を表だってにして――」


「あ、それもダメです」


「えっ!?」


 リリィからのダメ出しに驚いた俺に説明し始めたのはリーゼ。

 因みにこれも、先と同じ理由。

 超面倒だと思ったのは、俺だけじゃ無い筈。

 因みにだが、婚約者達が作るのもダメらしい。


「こういう場合は料理人にお任せですね。ですが、抜け道はありますよ」


「聞こうか」


 自分では駄目だけど、料理人に食べさせて再現させるのはアリらしい。

 誰が作って、誰に手渡すかが問題だそう。

 それともう一つ、王家から渡された物は、程度に関わらず下賤品となるので、注意が必要との事。

 まぁ、同国内の貴族ならば、手作りの食べ物系で、ギリって感じらしい。


「ラフィ様、本当に気を付けて下さいね」


「お、おう。それで、抜け道は使って良いんだよな?」


「今回は大丈夫です。ですが、家名はクロノアスで」


「わかった。一応、護衛だけど……」


 その後は、訪問日時などを決めて、護衛の選抜もして、一度解散。

 後、俺が料理人に教えるのは禁止された。

 誰に? ナリアにだ。


「ブラガス宰相から、決裁は絶対と言われています」


「息抜きくらいさせてくれ」


「出かけられるのですよね? それも外泊で。決裁に遅れが出ていますので、息抜きはお出かけでという事で。それと、宰相からは、遅れた状態での外泊は却下と指令が」


「ナリアさんや、君の雇い主って俺だよね?」


「そうですが? だからこそですね」


「あー! あー! ナニモキコエナイーッ!」


 ナリアからのお小言が始まりそうだったので、全力で阻止ったわ。

 尚、料理人に教える係は蛍に決まった。

 俺に内緒で。

 嫁会議で決まったと、事後報告でな。

 それから半月後、遅れを無くして、ようやくエルーナ姉が嫁いだツェイラ伯爵家へと赴いた。

 流石に真冬なので、ゲートは使用したけどな。

 今回だけは仕方ない。


「ようこそおいでくださいました、シンビ……いえ、グラフィエル殿」


「この度はわざわざのご招待、誠に有り難く」


 社交辞令の挨拶を行った後、エルーナ姉に会いに。

 普通はちょっと不敬なのだが、やはり体調を崩してしまったと聞いていたので、軽く診断する為に略式にして、相手も合わせてくれたわけだ。

 そして診断するが、少し栄養不足と夜泣きのせいだと判明。

 夜は普通、メイドが夜泣き番をするのだが、エルーナ姉が頑なに拒んで今に至る。

 乳母も断ったらしく、どうしても自分の手でと思ってるみたいだ。


「姉上、流石に看過できかねます」


「でもね――」


「言っときますけど、今は病気に罹る危険性が高いです。暫くは安静第一です」


「でも……」


「ダメです。百歩譲って、お昼は仕方ないですけど、夜はダメです」


「うぅ……」


「嘘泣きしてもダメです。旦那さんを始め、ツェイラ家一家に家臣一同、母上も心配してます」


 その後も、あの手この手で攻めてきたが、ダメの一言で片づけた。

 それでも引かなかったので、最終兵器である父上召還を言うと、流石に諦めた。

 ……父上、姉上に嫌われてる?


「直ぐに帰ると思う?」


「え? 首根っこ掴んでも強制送還しますけど」


 父上はランシェスの貴族である。

 今はテオブラム王の計らいで、シンビオーシス国で手伝いをしてくれているのだから、仕事中なのだ。

 何日も帰らずに、孫と一緒に居る? 職務放棄だよね。

 流石に、テオブラム王に報告するわ。

 父上の給金だけは、ランシェスから出てるのだから尚更だ。

 だから最終兵器足りえるのだよ。


「弟が、こんなにも貴族らしく……あの頃のラフィは、もういないのね」


「姉上、俺が汚れてしまった! 的な言い方は、止めて下さい」


「ちょっとした仕返しよ。それで、子供は見に行ったのかしら?」


「先に姉上の診断を。ミリア達は、甥っ子を見に行ってますよ」


「私の子供、大人気っ!」


 まぁ、元気はあるから大丈夫だろう。

 回復魔法を掛けた後、ツェイラ家の侍女に診断書を渡して、甥っ子の元へ向かう。


「久しぶりですね、グラフィエル殿」


「お久しぶりです、グルグランデ殿。ルナエラ姉上の挙式以来でしょうか」


「あまり話せていないから、妻との挙式以来かもしれないね」


 他愛ない話をしてから、甥っ子の元へ……うわぁ、大人気過ぎる。


「か、かかか、カワイイッ!」


「うー!」


「今ボクに声掛けたよね!?」


「違う。私」


「あぅー」


「エルーナお義姉様の子供ですから、どことなくラフィ様にも似てますね」


「鼻の位置とかは、クロノアス家の方々と同じ気がします」


「うぁー!!」


「喜んでる? のかしら……」


「将来は私も……ぐへへへ」


「はい優華―、よだれ垂れてるから拭きましょうねー」


「ちょっとカオスってるな」


 念の為、診断はしておく。

 うん、特に問題は無し。

 後はステータス……神ぇ!


「(やりやがった……)」


「ラフィ様?」


「なんでもない」


 その後、グルグランデ殿に抱かせてもらう――甥っ子カワイイ。

 ふむ、甥っ子に何かあってはいけないな。

 完全防御魔道具でも作るか?


「ラフィ様」


「ん?」


「ダメですよ」


「え? 何が?」


「贈り物です」


 何故バレたっ! さすミリとしか言えねぇ。

 そういや、名前聞いて無いな。


「マグナスだよ。妻が直感で出て来たそうだ」


「エルーナ姉らしいと言うか」


「私もそう思うよ。でも、良き名だとは思う」


「自分もそう思います」


「だぁー!!」


「甥っ子――」

「我が子――」


「「カワイイなぁ」」


 それから、簡単な晩餐会を開いて貰って、一泊して帰宅した。

 ただ、少しだけ気になる事が――。


「マグナスの加護、ヤバいよなぁ」


 神眼で視たステータス、加護がヤバいんだよなぁ。


「竜神と獣神の加護レベル5、戦神と武神がレベル7、生命神と死神がレベル6、時空神がレベル3、やり過ぎなんだよ」


 ただ一点、これだけのステータスなのに、魔法神の加護が無いのは何でだ?

 偶然? それとも――。


「わざと、か? 判断に悩むな」


 あれだけ加護レベルが高いからな。

 余地が無かった可能性も考えられる。

 もしくは、わざと余地を失くしたか。


「一人だけじゃ、判断しにくいんだよなぁ」


 今後、観察は必要かもな。

 ただ願わくば、脳筋は回避して欲しい所だ。

 俺みたくなるなよ、甥。

 ん? 電話? ……あ。


「どうして私も連れて行かなかったんだぁ!」


「父上、休みの申請、テオブラム王に出してますか?」


「うっ……」


 それだけ言うと、愚痴るだけ愚痴って、電話を切ったよ。

 うーん……可哀想なので、テオブラム王にこちらから申請しとくか。

 年越しまで後一ヶ月、来年は良い年に……平穏な年になりますように。

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