第263話 どこの殿下も大変って話
建国開始から半年以上が過ぎた14月、既に冬真っ只中だが、今日も今日とて心地よい建築音が鳴り響く。
公都建設地は温暖な地で開発されているので、工事が止まる事は無い。
雪は降らないが、少し肌寒い日があるくらいだ。
そんな中、例年通りの決裁をしている。
(今年は無いと思ってたんだがなぁ……)
家臣一同から、新年から天幕暮らしは止めて下さい! と言われ、じゃあどこに住むんだという話になり、結局、ランシェス大使館で新年を迎えるって形で落ち着いた。
何故ランシェスなのかというと、単純に他国の大使館が建築途中で、ランシェスしか選択肢が残っていなかったから。
ただ、シンビオーシス王族だけ普通に新年を迎えて良いのかって考えたよ。
もしかしたら、国民から反発あるんじゃね? と。
結論から言うとな、国民から怒られた。
但し、天幕で新年を迎える方でだ。
国民曰く、自国の王が、開発途中とはいえ天幕で新年を迎えるのは、自国の王が軽く見られて嫌――との事だった。
民から愛されているのは嬉しいが、それで良いのかと思う。
「上が休まないと、下も休めませんよ?」
「働き過ぎなんですよ、ラフィは」
「ブラガス宰相の采配が厳しいのだと思います」
「時には休息も必要です」
「だからゆっくりしましょう!」
順に、ミリア、リリィ、リーゼ、ミナ、ラナの王族組からの言葉だ。
まぁ俺もそう思うんだが、ブラガスがなぁ……。
「ん。殺る?」
「いや、それは絶対にダメだからな」
リュールの過激な発言に、間違いでも駄目だと釘を刺しておく。
「そう言うがのぅ、あやつは配分を間違えとる気がのぅ……」
「俺もそう思うけど、無茶振りしてるから、何も言えないのが……」
「「宰相の主ですよね?」」
イーファの言葉に応えると、リジアとスノラがハモって突っ込んできた。
まぁ、そうなんだけど、主だから無茶振りさせてるというか。
「ブラック企業化だけは止めなさいよ?」
「旦那が社畜とか嫌だし」
「忙しくて一緒に居る時間が少ないのは嫌だけど、思いっきり甘やかせて癒したいってのはアリかも」
「優華、依存させるって言ってるように聞こえるのだけど?」
蛍からの注意に、真っ当な意見の詩音。
そして、桜花の優華に対する考えに、誰も異を唱えずに頷く。
優華さんや、あんたちょっと怖いんですが?
そんなやり取りをしながら、年内の決裁を全員で片づけているわけだが、そこに鳴り出すスマホもどき。
空気を読んで鳴ったのか、読まずに鳴ったのかはさておき、誰からの電話ですかね?
「もしもし?」
『公王陛下か? 私だ。ゼルクトだ。今は大丈夫か?』
「大丈夫と言えば大丈夫ですが、違うと言えば違います」
『どっちなのかはっきり聞きたくないが、動けそうならこちらに来ては貰えないだろうか?』
竜王国王からの呼び出しに、思わず書類の山を見て……断りたいけど、断れないよなぁ――と考える。
どう答えるのが正解なのだろうか?
『忙しいのは分かるぞ。どの国でも、どんどん忙しくなってくる時期だからな。だから完全に忙しくなる前にだな……』
「なんかあったんですね?」
『あると言えばあるし……いや、あるんだが、その……なぁ』
「言いにくい事だと?」
『ヨルムの奴がなぁ……公王と、出来ればで良いんだが、三国の殿下をだなぁ……』
「……言いたくは無いんですが、ラナがすっごい顔で睨んでるので、言いますね。こんな時期に招致とか、お宅の息子、何考えてんの?」
『耳に痛いなぁ。だけどね、ちょーっと、ややこしくなってるんだよねぇ。だから、息子がこの時期に選んだ理由も分かってしまうというか……』
断る選択肢はなさそうなので、伺いはする――が、ブラガスへの言伝は必要だし、三殿下の都合もあるので、伺うなら明日で、三殿下については折り返し電話する形にした。
まぁ、不参加だろうけど。
『僕は構わないよ。迎えは宜しくね』
『明日ならば、調整は出来ますね。参加はしますが、ヨルム殿下の招集というのは……ちょっと怖さがありますね。あの御仁、普通に爆弾落としそうですから』
『父に報告だけして参加するよ。ヨルム殿下からの招集は凄く珍しいと思うからね。どんな話なのかは想像できないけど』
とまぁ順に、フェル、ガライ、ディズとの会話である。
全員が一度、公都の集まってから移動するとの話も決まっていたりする。
開発中で発展途上ではあるが、一度はこの目で見ておきたいというのが本音らしい。
多分、有用な部分があったなら、将来的に取り入れるつもりなのだろう。
特別変わったこともしてないから、別に困らないけどな。
そして翌日、ゲートを開いて三殿下を迎え、軽く見学してから竜王国へと向かう。
昼食は竜王国側が用意しているので、昼前には出発したぞ。
ただ一点、いつもとは違う事があるが……。
「良く来られたっ! 我が魂の友よっ!」
「お兄様、相変わらずウザいです」
「ぐふぅっ」
いつもの調子で演劇の様に大仰に出迎えてくれたヨルム殿下を、妹のラナがバッサリと切る一連の流れを見てから、一先ずは王城の応接室へと案内される。
尚、今の同行者は、各護衛数名、フェル、ガライ、ディズ、ラナ、そしてリリィだ。
さて、お気付きの方もいるだろうが、なんでミリアはいないのかって話をしよう。
実は、相手側から断られた上に、リリィを指名されたから。
別に言う事を聞く必要は無いのだが、相手は海千山千の王族である。
何の理由もなしに――とは、考えにくかった。
それにだ、三殿下の妃もご遠慮願っている事から、正妃に参加されては困るらしい。
なので、今回だけは、相手側の思惑に乗ることにした。
あと一つだけ言っておくと、普通は喧嘩売られてるからな、これ。
結構な付き合いのある竜王国王だからって覚えといて。
もし貴族がこんな真似したら、本当にヤバめの理由が無ければ抗争待った無し案件だから。
「まぁそうなんだけど、王家や皇家に喧嘩売って、勝てると思う?」
「普通に無理ですね。その普通ですら無理なのに、公王陛下に喧嘩を売る? 自殺志願者か破滅願望の持ち主ですか?」
「公王陛下に喧嘩を売るくらいなら、自国の王家や皇家に喧嘩を売った方が、極小確率で勝てるかもだからな。ん? 公王陛下、どうしたのだ?」
「君ら、俺に喧嘩売ってる?」
「「「事実を述べたまでだけど?」」」
君らの共通認識は良くわかったよ。
これは抗争で良いよね? え? 認識は正しく持っておかないと、国が滅びる? 俺はそこまで野蛮人じゃないんだけどな。
ダグレストは成り行きもあるから……。
喧嘩売って来て、自業自得で滅んではいるけど、滅んでる事実は変わらないから無意味? 正論パンチは止めてくれないかね? 地味に効くから。
そんな他愛もない話をしながら、用意されていた軽食を摘まんで時間を潰す。
どうやらこの後、場所を変えるらしい。
そこで本格的な昼食を兼ねた懇親会を開く……らしいのだが、竜王国貴族家もそれなりに参加するとの事。
つまりは、厄介事の話し合いになる可能性が大って話だ。
貴族絡みは面倒だよな――って話をしてると、部屋のドアがノックされ、案内役の騎士がドアを開けて、俺達を会場へと案内した。
メイドではなく騎士なのは、単純に忙しいのもあるだろうが、護衛の意味も兼ねているのだろう。
だって、武者震いしてたからさ。
「いえ、自分は、公王陛下に憧れており。こうして案内役が出来るなど、感極まりなくっ!」
「そ、そうか。是非とも職務を全うしてくれ」
「はっ! 非才の身なれど、全身全霊で護衛と案内をさせていただきますっ!」
敬礼して、短い間の職務に全身洗礼で挑む案内役の騎士。
強さは――Bはあるかな? 冒険者でも食っては行けそうだな。
つうか後ろ、ニヤニヤしてんじゃねぇ。
「いやいや、他国に熱烈な者が居るのは良い事だと思うよ」
「フェル、ニヤけながら言っても、説得力ねぇからなっ!」
とりあえず怒ってます的なそぶりを見せながら――バレてるけど――会食場へと到着。
騎士は扉を開けた後、メイドに引継ぎをして、一礼して去っていった。
去り際に握手を求められたので、ちゃんと対応もした。
そして、どうやら自分らが最後だったらしく、貴族達が待っていた。
こういうのには、未だに慣れんのよな。
「直ぐに慣れるさ」
「そうかねぇ」
ガライの言葉に、そんな日が来るのか疑問だと答えて、所定の席に着き……あれ? ラナとリリィは?
「おお、友よ。婚約者二人はもう少し待って欲しいな」
「構わないが、手順通りではないだろうに」
普通は、同時に顔見せか、先に来て待っている。
それを伝えると、予想だにしない答えが返って来た。
「母上がね、二人に似合いそうだと色々とね。時間もあるから、先にって話だよっ」
「あー、なんか納得」
イリュイア王妃――通称、我道直進妃。
平たく言えば、自由な妃。
うん、ゼルクト王にピッタリな妃だと思う。
ゼルクト王も、割と自由人だからな。
そういう事情も込みで、懇親会開始……貴族の数が少なくね?
「少ないですね」
「ガライ殿下もそう思うか。しかし、ゼルクト王は人望に厚いと聞く。何かあると踏んだ方が良いな」
「……そうだね」
ん? 今、フェルの言い方がおかしかったような……あ、こいつ、事情知ってるんじゃね?
「なぁ、フェル」
「なんだい、ラフィ」
「……吐け」
「……何の事かな?」
いきなりの吐けに、ギョッとするガライとディズ、そして周りの貴族に侍女たち。
威圧とかはしてないけど、ジーっと横目で見る事十数秒、フェルが根負けした。
そして事情を聞こうとしたところで、ゼルクト王がご降臨。
貴族達は臣下の礼を取り、三殿下は胸に手を当てて一礼。
俺? 普通に立ってるけど。
他国の王なので、階位は同じだからな。
媚び諂う理由は無いし、下手に頭を下げようものなら、自国が軽く見られてしまう。
属国では無いのだから、無難に後で握手で終わりだ。
三殿下達は、今は王太子と皇太子なので、同階位でも事実上は一つ下になる。
でも他国の人間だから一礼のみってわけだ。
その後は、ゼルクト王の楽にせよから始まり、いつもの王家のご挨拶。
そして、イリュイア王妃が遅れて来場してきた。
両手には、ラナとリリィを連れてな。
「おー、ラナが昔にあった頃の王女様っぽく」
「ラフィ様、非常に失礼です」
「いや、だってなぁ……」
最近のラナはなぁ……。
王女って言うより、冒険者の方がしっくりくるんだよな。
「ラフィ、どうですか?」
「流石はリリィ。他国の衣装でも着こなすなぁ」
「むぅ。そう言うのを聞いてるんじゃありませんっ」
むくれたリリィ、かわゆす。
何と言うか、昔の可愛さを残したまま、大人の魅力が上がった感じだな。
だから何を着ても似合うんだよなぁ。
褒めたいんだけど、褒め方は難しい。
それがリリィって女の子だ。
「まぁ、王女として扱わないから良いんですけど」
「それはラナも思います。いつもどこでも王女は……」
「ちょっと疲れますよね。あ、ラフィはエスコートして下さい」
「承知しました、お姫様」
冗談っぽく言って、二人の手を取り、ゼルクト王の元へ。
……あれ? イリュイア王妃、何時の間に。
「仲が良くて安心ですぅ、うふふ」
「うむ。孫の顏も早く見れそうだな」
「気が早いですよ。……いや、そこまで早くも無いのかな?」
あれ? とは思いながら、お互いに握手で友好関係をアピールする。
続いて、三殿下も握手をして、同盟関係は強固であると誇示ずるゼルクト王。
さて、ここまでは普通。
問題はこの先……なんだが、ヨルム殿下の姿が見えない。
そう思って探そうとした瞬間、一人の貴族を連れたヨルム殿下が現れた。
いや、ちょっと待て、なんで気配消してた?
「すまない、公王陛下。少々込み入った事情があるんだ」
「? なんか違和感が……」
「ラナもです」
「私も」
三殿下は挨拶されてるので、今は俺、ラナ、リリィ、ヨルム殿下、貴族一名のみの空間……ん? 空間? ……あっ! 遮断結界張ってやがるっ!
「気付いたようだね。この先はヨルムと言ってくれ」
「言葉には甘えるが、どういうつもりで? これ、下手をすれば国際問題になりかねませんが?」
害する気ならとっくにやっているだろう。
つまりは別の目的がある……いや、待て、違和感が凄いんだが。
「あっ、喋り方ですっ! あなた、お兄様の偽物ですねっ!?」
「ぐふっ!」
「殿下、お気を確かにっ。って、いつものやり取りですな、表の」
「表? ……あ、そういう」
なるほど、ぜーんっぶ演技だったわけね。
王族や皇族は、貴族に弱みを握られるわけにはいかない。
三殿下も、時と場合によって使い分けている。
だが一つだけ、腑に落ち無い点がある。
普段の言動から見せているのならば、家族にまで演技をする意味があるのか? 特に王の前では不敬だと思うのだが。
「父上は全て承知なんだよ。母上も全てわかっているよ」
「じゃあ、ラナだけ?」
「酷いのですっ、お兄様」
文句を言うラナに対して、言い訳するヨルム殿下だったが、聞いてると仕方なかったと思う気持ちが強くなる。
今のラナではありえないが、出会った当初を考えると……確かに――と、思わざるを得ない。
誰が悪いとかの話でもないので、𠮟責も擁護もしにくいという。
「当時から妹は素直で可愛かったが、だからこそ狙う貴族家は多い。そして、王子は僕一人だけだ」
「簒奪もありえたと?」
「今は無いとだけ言える。理由は幾つかあるが、その最もたるは、公王陛下とラナの婚姻だ。とは言え、次々世代までは安泰だろう」
「まぁ、わからなくも無いですが」
同年代とは言いにくいが、次代の王達が終結して語らい合ってるからな。
そこに子供が生まれたら、まぁお互いに行き来して遊ばせるだろう。
付け入る隙は無いと思う。
「何を他人事みたいに。その主軸は、間違いなくラフィですよ」
「リリアーヌ王女の言う通りだね。竜王国と聖樹国の貴族は特にかな? なんて言っても英雄だからね」
「でも、ラナにまでって説明にはならない……わけでもないか」
「ラナは素直だからね。良くも悪くも」
嘘を吐く時もあるが、見破られやすいし、騙されやすい面があった訳か。
下手に言質を取られる訳にもいかないから、お調子者の王太子とそれを撃退する王女って肩書が必要だった――やるせねぇなぁ。
「そんなわけで、今日参加の貴族たちは地盤固めのってわけ。懇親会が終わったら、別室で」
それだ言うと、遮断結界を解いて貴族達の元へと向かっていくヨルム殿下。
呆気に取られていたラナとリリィだったので、二人の手を取ってから行きたくはないけど、貴族達に挨拶へと向かう。
そして懇親会も無事に終わってから、別室にて集合。
参加者は、来賓組に加えて、ゼルクト王とイリュイア王妃、それと、先程紹介された貴族が1人。
ただ、ちょっと雰囲気が違う……あ、もしかして。
「お待たせ―。色々と手間取っちゃった」
テヘペロとか言いそうであったが、こっちも忙しいので手短に願いたい。
それと、殺気紹介された貴族と今この場にいる貴族、別人だよね?
言い訳いらんから、早よ吐いてくれ。
「バレるのかぁ。まぁ、そこはどっちでも良いんだけどね。君、連れてきて」
傍に控えているメイドに指示を出すヨルム殿下。
待つ事数分、一人の……え? 何故あなたがこの場に!?
「お、お姉様……」
「お初にお目に掛かります。ランシェス王国第三王女エグリア・ラグリグ・フィン・ランシェスと申します」
まさかの人物が登場してきて、来賓組は全員が驚愕――いや、フェルだけしてねぇな。
「フェル、知ってただろ」
「そりゃあ知ってるよ。因みにさ、ガライ殿下の奥さんって誰だと思う?」
そういや、ランシェス王に聞いた事があったな。
第一王女は皇国へ、第二王女は想い人の所へ、第五王女のリリィが俺で、第四王女はヨルム殿下って言ってはず……あれ? 帝国だけいない?
「そういえば言ってませんでしたね。私の妻は、ランシェス第四王女のイルネリア王女ですよ」
「し、知らんかった。……ん? そうなると、ヨルム殿下のお相手って……」
「ん? エリィだけど?」
驚き一杯ですわ。
後、既に愛称呼びなほどの仲なんですね。
しかし、何故に今、カミングアウトするんだ?
「公王陛下は、貴族に関しては分かってるよね?」
「まぁ、憶測だけど。ヨルム殿下の演技と才覚に、意の一番に気付いて、裏で援助や支持してきた貴族だろ?」
「うん、そうだね。ついでに言うとね、不正行為が無い貴族家でもあるんだ」
そう言ってから、資料を手渡してきたのだが、見ても良いのかね?
三殿下も困ってるんだが?
「見られて問題ある様なら、我が国の恥部だね。いや、見ようが見られまいが、恥部か」
だから気にせず見て良いよと言われ、ゼルクト王に確認すると、溜息を吐いてから了承が出た。
意を決して見ると――うん……不正貴族の名簿一覧。
確かに恥部だわ。
で? これを見せられてどうしろと?
「先に言っておくと、僕が王位を継いだ時点で、そいつらは処断する。各国とも、気を付けて欲しいって話さ。特に公王陛下はね」
なるほど、彼なりの気遣いね。
新興国で人手不足だから、変な人物に変な役職を与えないようにって事か。
うちは分かるけど、三殿下の国なら必要無いんじゃ。
「なるほど、これは盲点だったね」
「うちもですね。調査しないと」
「紹介状や推薦状は無くても、陛下の一存はありうるからね。リストアップは急務か」
「あ、うちの為の三殿下か」
おたくもした方が良いよ――っていう、ヨルム殿下からの注意と優しさか。
頭が上がらんなぁ。
まぁ、見返りは欲しいんだろうけど。
「で、こっちは?」
「彼女の説得」
「ん? どういうこと?」
この先は、ディス殿下以外が知っていた話になるが、エグリア第三王女、竜王国王太子殿下妃になる気が無いらしい。
実はヨルム殿下、後1,2年で戴冠するそうだ。
そしてエグリア王女は、それまで補佐して、時が来たら姿をくらませる予定だったらしい。
勿論、子種は頂いた状態で。
「なんでまた?」
「だって、正妃なんて面倒じゃない」
「出ました、お姉様の面倒が」
リリィが呆れるが、これ多分演技だよな? 本音は何処だろうか?
「ヨルム殿下」
「彼女は私と同類なんだよ。だから気が合うし、喧嘩もするけど寄り添え合える。だから是非にと、ランシェス王に嘆願したんだけど……」
「結婚自体は嫌がって無い?」
「どうなんだろうか?」
難しい話だなぁ。
勘ではあるけど、エグリア王女もヨルム殿下の事は好いていると思う。
そうじゃ無ければ、自国に帰っているか、そもそも竜王国にまで来ていない。
あー、でも、同類とは?
「演技って事さ。勝気な部分も、腹黒さもね。後者のお手本は、リアフェル王妃殿だっけ?」
「ヨルム、バラすのは酷いと思うわ」
「ね? かわいいでしょ?」
「お姉様が、しっかりと乙女やってる。これは夢かしら?」
リリィが現実じゃないとか言い出してるが、問題解決してないから少し放置。
大丈夫、リリィなら一人で現実に復帰できるから。
そして話を戻すんだけど、好きだけど正妃は嫌。
結婚は問題無いし、子供もウェルカム。
うーん、正妃だけが嫌なら、側妃とか?
「政に携わりたくないのよ」
「いや、王女としてそれはどうよ」
「姉上、流石にそれは……」
はっきりと言う俺、言い淀むフェル。
でも、この場の人間の想いは一つである。
――我儘言うなよっ!――
とは言え、問題解決にはならないし、意固地になられても困る。
でもさ、王族だろ? 政は仕方なくね? と思う自分がいる。
そして誰かが何か言う前に、リリィがキレた。
「は? 政が嫌? あの腹黒お姉様とは思えない口ぶりですね」
「り、リリィ?」
「王族たるもの、それも責務でしょうに。ああ、単純に逃げたいだけですのね。この弱虫腹黒お姉様」
「なぁんですって!?」
「私、グリアお姉様って、むぅーっかしから、超絶苦手でしたんですけど、克服できそうで何よりです」
「あ、あんたぁ……」
「政に参加なさらないんですよね? あ兄様も他のお姉様も参加するのに。あ、負け犬ですね」
「ふっっざっけんな、ぺちゃぱいっ!」
「王女の価値は胸じゃないですので。むしろ、私と同じ妻たちの一部からすればぁ、お姉様の胸でもぺちゃぱいですけどねぇ、おーっほほほっ!」
「ラフィ、止めてよ」
「妹と姉なんだろ? お前が止めろよっ!」
収拾、最早付かず。
どうしようか? そう思っていると、エグリア王女が泣きだした。
もうそれは子供が泣くように。
それを抱きしめて宥めるヨルム殿下。
これ、流れが悪くね?
「謝りませんよ。先に気にしてる事を言ったのはお姉様ですから」
あ、リリィもちょっと涙目だわ。
うん、抱きしめて宥めよう。
だからフェル、一旦任せた。
「投げやり過ぎないかなっ!? とは言え、どっちかって言うと、リリィ側の意見だしなぁ」
「その前に一つ良いですか?」
ラナが挙手して、ヨルム殿下に顔を向けた。
どこから先は、可哀想の一言だったよ。
「ウザいだけならまだしも、情けない兄で、ラナはガッカリです」
「ぐふっ」
「好きな人が表舞台に出たくない? 出さないようにすれば良いだけなのに。その努力もしないで泣きつくとか。情け過ぎてガッカリ王子ですよ」
「がはっ」
「こんな王子が、戴冠する? 国の将来が不安で、ラナは嫁に行って良いのか考えちゃいます」
「ら、ラナ?」
「ラナちゃん、ちょっと休憩しましょうねぇ」
父であるゼルクト王は絶句。
母のイリュイア王妃は止めに入るが……敢え無く失敗。
そして、ラナの口撃は続く。
「そもそもですね、奥さん1人説得できない男が国を治めて行くのなんて無理だと思うのです。ラナの旦那に統治して貰った方が幸せなのでは?」
「げほぁっ!」
「ダメダメな兄を持つと、妹が苦労するのです。あ、奥さんもダメダメでしたね」
「っ!? ラナっ!」
ラナの最後の一言に、ヨルム殿下が手を上げた。
でも、その手は振るわれる事は無かった。
何故なら先に、ペチンと弱弱しい、でも、ラナの頬を叩いた手がそこにはあったから。
「ごめんさない……ごめんさないっ、弱い私でごめんなさいっ! でも、お兄さんの事を、私が愛した人の事をこれ以上はっ――」
エグリア王女の本当の姿。
ランシェス王女の中で、一番弱い王女だった事を隠してきた王女。
そんな王女を、ラナは怒らず、優しく胸の中に抱きしめて、頭を撫でた。
「あの言葉で、自分ではなく、兄の事で怒ってくれて良かったのです。そして、これはラフィ様の受け売りでもありますが、愛した人の事で怒れるなら、きっと強くなれるのです」
「…………」
「ラナは数年前まで、疑う事を知らない子供でした。でも、愛する人と出会って、色んな経験を積んで、勉強して、修練して、まだ隣に立って戦えませんが、確実に強くなって、色々と知る事が出来ました」
「…………もう、遅いですよ」
「時間は関係ないのです。愛した人と共に居たいか、そのために強くなろうとするか。ただ、それだけなのです」
そう言ってから、ラナは兄であるヨルム殿下へと顔を向けて、頭を下げた。
「お兄様、申し訳ありませんでした。どうしても、この方法しか思いつかなかったのです」
「あ、いや……」
「縁切りされても文句は言わないのです。でも、これだけは言わせて欲しいのです」
そう言うと、とびっきりの笑顔で一言。
「お兄様、やっぱりウザいのです」
そして、両頬を涙が流れる。
もう言う事は無いだろうと、覚悟を決めた言葉の後に。
思わず抱きしめようとして動いて、誰よりも早く、兄であるヨルム殿下が抱きしめた――二人を。
「力の無い、不甲斐ない兄で済まないっ。縁切りなんてするものかっ! 私の……僕の夢は、ラナとエリィの子供を遊ばせる事なんだから」
「お兄様……」
「ルムン……」
「正妃が嫌なら、内縁でも良い。ボクは独身でいよう」
「っ! それはっ!?」
「君が嫌がる事を、僕はしたく無い」
ええ話やなぁ……で、どう落とすの、これ? ゼルクト王なんて、頬が引くついてんだけど? イリュイア王妃? 泣いてるよ。
「ねぇ、ラフィ」
「奇遇だな、俺も聞きたい」
「難しいですよね」
「良き話ではあるのだけどな」
三殿下と俺の考えは一緒だった。
マジでどう収拾つけんの、これ。
リリィはまだちょっと壊れてるし。
「うぉっほん!」
「うぉっ、びっくりした」
この場にいた一番貴族――心の中で命名――の咳払いに驚くと同時に、空気読めよって言葉を言いやがった。
「どちらにしても、内縁は不可能でしょう。ならばいっそ、ランシェス王も交えてお話すれば良いのでは?」
「「「「空気読めよっ!」」」」
後な、その手は一番の悪手だからなっ!
美しいものを見た後に、汚物を見た気になったわっ!
これがから貴族ってやつは。
ん? 今、ニヤリと笑って……あ、自分が悪者になる手か。
ふむ……乗るか。
「言いたい事は分かるけど、悪手だよな? 後、王家の婚姻事情に、貴殿は口出しを許されていないはずだが?」
「これは失礼いたしました。ですが、解決策が出ていないはずですが?」
「少し時間を設ければ良い」
「フェル?」
おっとぉ、フェルも気付いた様だ。
俺達の芝居に付き合うらしい。
「父上には、僕から話を通そう。姉上、時間は稼ぎますから、強くなってください。少なくても、正妃になる強さだけは」
「フェル君……」
「ふむ……ネリアに応援を頼むべきかな?」
「私もミレールに、同じことをと考えたが、悪化しないかがなぁ」
「リリィを教官として――」
「「「それだけは止めよう。お互いの平穏の為にも」」」
三殿下から、リリィ派遣は無しの方向でと言われてしまった。
まぁ、俺もそう思うけど。
「うーん……ホントに変わりたいと願うなら、死ぬ気が必要ではあるけど、手が無いわけでも」
「ラフィ、ナリア殿も禁止で」
手詰まりです。
仕方ない、フェルがしくじったら、俺がランシェス王に直談判しに行くか。
一応、切り札は持っているし……。
「孫の顔見せるの禁止はダメですよ」
ガライに先出しで切り札潰されちゃった。
じゃあ、過去の貸しで行くしかないか?
「貸しも何も、ほぼ消えてる気がするのだが?」
ディズの手厳しい助言により、この手も駄目……と。
「ごほんっ。取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。私が。お父様に直談判しましょう」
「リリィ、挙式関連は交渉材料にすらならないからな」
「お兄様にも見くびられたものです。勝算無しで交渉するわけないじゃ無いですか。それに、今のグリアお姉様なら、手助けもありかなぁと」
「見返りは?」
「竜王国の食料関連ですっ! ラフィが好きなのでっ!」
「我が国の生産技術で済むなら、安い……のか?」
「それはゼルクト王が決める事では?」
斯くして、もう色々あったんだけど、ヨルム殿下とエグリア王女の婚姻の為に、リリィは馬車馬の如く、俺のゲートを多用した。
ヴァルケノズさんに美談の台本になるからと、一部詳細をぼかして説明し、興行収入を割合を決めてから、次は傭兵国へと渡り、傭兵王と所縁のある傭兵団にいざという時はと話をつけて貰い、帝国にいる姉に話を持って行って仲間に付け、皇国の姉には連盟の代表署名をして貰いと。
あ、因みにここまでの話は2日ね。
2日で全部やっちゃったのよ……こっわ。
で、いざ、父であるランシェス王と対決! ……の前に、母であるリアフェル王妃に話をしに行くという徹底ぶり……いや、リアフェル王妃は諸刃の剣じゃね?
「そうですね。毒にも薬にもなりますよ、私は」
「あはは、まぁ、味方になればこれ以上心強い人はいないと思っています」
「あら、嬉しいですね。ですが……どうしたものか」
確証はないけど、一肌脱ぐか。
リリィも攻めあぐねてるみたいだし。
「時間さえあれば、どうにかなると思いますよ」
「根拠はなんですか?」
「冒険者による第六感ですかね」
「EXランカーの勘ですか。無視はできないのが実情ですが、動くには弱いですね」
「でしょうね。だからもう一つ。実際に見て来た者と話しでしか聞いて無い者の差――と言うのはどうですかね?」
少し考えたリアフェル王妃は、頷いてから応接室を後にした。
この先からは、内政干渉になるからここまでだ。
リリィでギリギリの話だから、相談の電話が来てから対応だな。
そして、リリィを待って帰国すると……ブラガスが待ち構えていた。
「全部終わりましたね? さぁ、決裁です」
「休ませてくんねぇのな」
翌日、三殿下からも、同じ様な状況下にあると連絡が入った。
ついでに、ヨルム殿下もらしい。
時期も時期だし、仕方ないのだけど、わざわざ演技が必要とか、何処の殿下も大変だよな。
それを言ったら、公王陛下よりマシとか言われたよ。
やっぱ俺の境遇って、結構酷かったんだね。
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