幕間 とある冒険者は苦労する

 俺は【白銀の翼】ってクランに所属してる冒険者だ。

 所属前はうだつの上がらない冒険者だったが、紆余曲折あって順風満帆な冒険者家業をしてる。

 そんな俺に、一通の手紙が届いた。

 届けに来た人物は、目深にフードを被っていたが、服装はメイドだった。

 怪しさこの上ないが、お貴族様からの秘密の依頼なら珍しくもない。

 一応、怪しんで受け取るが、受け取った後に手紙の蝋封を見てギョッとした。

 何故かって? そりゃあお前、うちのクラマスからの手紙だからだよ。

 じゃあ、驚く事じゃないだろうって? いやいや、クラマスは手の込んだ事をする人じゃあない。

 建国して王族になっても、それは変わって無いと、別の冒険者からも聞いてるからな。

 なのにだ、わざわざ手渡しで、秘密裏な手紙だぞ? 驚くし、怖くないか?


「見たくねぇなぁ。でも、見ないと大変なことになる予感しかしねぇんだよなぁ」


 冒険者の第六感もあるんだが、確実に届けさせたってのがなんとも怖い。

 恐る恐る便箋を開封して、中の手紙を読む……読んで、溜息しか出ねぇわ。

 クラマスは俺に何をさせる気だっての。


「とりあえず、あいつに会わないといけなくなったのは間違いねぇな」


 重い腰を上げて、クラン内で与えられた部屋から出る。

 お、今日も新人は頑張って依頼を吟味してやがるな。

 ただ、何か悩んでるようにも見えるから、話を聞いてやるか。


「おーい、何を悩んでるんだ?」


 新人に声をかけ、相談に乗って、いつもの酒場に向かう為に受付の前を通り掛かる。

 流石に昼間っから飲まねぇ……いや、今日は休みにして飲もう。

 飲まなきゃやってらんねぇし。


「あー! また昼間から飲みに行く気ですね!?」


「ちっ、見つかった。わりぃけど、今回だけは見逃してくれ」


「今回も――の間違いですよね?」


「痛い所を突く嬢ちゃんだぜ……。でもよ、今回は仕事絡みだ」


「指名ですか?」


「……特秘」


「……それ、実在したんですね」


 俺が帝国支部のクランに帰って来てから少し経って、受付として入った若い嬢ちゃん。

 もうちょいで一年経つくらいのはずなんだが、すっかり馴染んでいる。

 この半年ほどは、口酸っぱく言われ、監視されてる気がしないでもない。

 最近では、書類仕事を一緒にこなしたりもしたな。

 まぁ、優秀ではあるよ――口煩いのを除けば。


「役職付きが、昼間から飲みに行こうとするから、口煩くなるんですぅ」


「何も言ってねぇだろうが」


「顔に出てましたから。それと、支部長からも単発依頼を受ける様に言え――と言われてます」


「あんのクソ支部長め。もうぜってぇに酒奢らねぇ」


「へぇ、そのクソ支部長ってのは、アタイの事かい?」


「げ」


 ほんっと、今日は色々ツイてねぇ。

 だが、今日は流石に引けねぇな。


「クソ支部長かはともかくだ、今日は仕事だよ」


「特秘だっけ? アタイにも内緒ってのは、流石にどうかと思うんだがねぇ」


 普段なら間違っちゃあいねぇ言い分だな、但し普段なら――だ。

 指名依頼の中でも、特秘は限られた貴族しか出せねぇし、このクランじゃ、その中でも更に限られた貴族のしか受けねぇから、おおよその当たりは付けて言ってるんだろうなぁ。

 そうなると……めんどくさい事になるか。


「本気でヤバい特秘だ。知っとくのは二人だけにしろ。後、もし情報が洩れたら……」


「ゴクッ、漏れたら……」


「どうなるってんだい?」


「嬢ちゃんは良くて帝国追放。悪けりゃ、人知れず魚の餌だな」


「え……」


「支部長は更迭後に解任待った無しで、多分総合ギルマスの刑」


「げぇっ!!」


「俺は……魔物の餌かな」


「何も知りませんっ!!」

「何も聞かなかったッ!!」


「「健闘を祈るっ!」」


「もうおせぇよ」


 怖がらせるようなことを言っちゃいるが、俺も支部長もクラマスが今言ったことをするなんて、微塵も思っちゃいない。

 そもそもの話だ、俺も支部長も実直で信用が置けると言われていたりするわけだが、当時燻ぶってた俺としちゃ、ちょっと笑けて来ちまうわ。

 そんな俺だから、余計に信憑性が出て来ちまうんだよなぁ。

 特に、この受付嬢に関しては。

 だってなぁ、この受付嬢、クラマスの顏とか知らんし。

 それとな、今言ったことに関して、嘘や脅しじゃない事も言っとく。

 クラマス本人は別として、手紙を持ってきたメイドとかはヤベェんだよ。

 気配というか、第六感というか、とにかくヤバい。

 クラマスに害意ありと判断したら、有無を言わさずに殺っちまうだろう。

 そんな感じがしてるから、敢えて口にしたわけだ。

 だから支部長さんよ、マジで夜逃げの支度すんな! 喋んなきゃ良いだけだろうがっ。

 一応、蝋封を見せてから……あ、嬢ちゃんが青褪めて卒倒した。

 しゃあねぇ……仮眠室に寝かしておくか。

 予定から少し遅れてクランを後にして、酒場へ向かう。

 人をやったから、あいつも来てる頃合いだろう。




「……なんで来てねぇんだよ」


 酒場に入った第一声がこれだ。

 あいつ、逃げたんじゃね? そう思った矢先、そいつは姿を見せた。

 但し、何故か手紙を届けに来たメイドも一緒に。


「どういう状況なんだよ……」


「ははは……こっちが聞きたい」


 会って早々に理解が……あれ? あのメイドは?


「深く詮索しちゃいけない事もあると学んでくれ」


「嫌な予感しかしねぇから、そうするわ。とりあえず飲もうぜ」


「そうする。飲まないとやってられないから」


 そいつ――幼馴染と席に着いて、適当に注文を済ませる。

 注文したものが全て揃うのを待ってから、酒を一気に煽り、おかわり。

 二杯目が届いてから、本題の話だ。


「で、あのメイド関係か?」


「察しが良くて助かるわ。んで、こいつが本題」


 届けられた手紙を幼馴染に見せる。

 あ、一瞬で顔が真っ青になりやがった。

 気持ちは分かるから、敢えて突っ込まんけどな。


「お、おまっ、これほんとかっ!?」


「嘘で呼び出したり、見せたりしねぇよ。で、いけんのか?」


「……いけるかいけないかで言えば、五分だな。問題は事実上、国家に頭を押さえられてるってことだが」


「いけんなら、話し合いは出来るって連絡入れんぞ? 俺の仕事はこれで終わりだしな」


「んなわけあるかっ! どうせ当日の警護も込みの話に決まってんだろうがっ。はぁ……その能天気さ、どうにかならないのか?」


「難しい話だし、俺の仕事は仲介だからな。後はお前に任せて終わりだ」


「はぁ……人選間違ってる気がする」


 それから約一カ月後、俺は案内役に任じられた。

 警護じゃねぇぞ? ただの案内役。

 お忍びで来たクラマス――今は新国家の王様なんだけどな、随伴のメイドがヤバいのなんの。

 多分、クラン帝国支部を一人で潰せると思うわ。

 ランクで見るなら、多く見積もってもSかSS位なんだろうが、多分手段を選ばないタイプだ。

 もしかしたら、実力も偽ってるかもしんねぇ。

 それくらいヤバい。

 逆らったらダメなやーつ。

 んでクラマス、そんな逸材いるなら、クランに下さい。

 え? ダメ? まだ公式発表してないけど、妾になる可能性がある? クラマスって好色――なんでもないでっす!

 ヤベェ、メイドの気配が一瞬で変わった。

 クラマスの嫁になる人って、地味に化け物揃いだよな。


「そういやクラマス、噂に聞いたんですけど――」


「ん? 噂? どんな?」


「クラマスって元は貴族の子弟で、独立貴族になって、今は王族ですよね?」


「そうだな。それで?」


「いやね、王族になる前に、ヤッバイメイド集団を育成してるとかって噂が流れたんですよ」


「へ、へぇ……」


「で、間違いなくそのメイドさんがそうですよね? 後、何人いるんです?」


「いや、俺も把握してなくてなぁ……」


「クラマス、早急に把握すべきだと具申しときますぜ」


 クラマス、あんた、しっかりしてくれよ。

 トップが把握しきれてない超ヤバメイド集団とかシャレになんねぇよ。


「あ、でも、本気でヤバいのは10人かな」


「10人もいるん!?」


 あ、横のメイドから殺気が……。


「イルリカ、控えろ。今は王ではなく、クランのマスターとして話している」


「差し出がましい事をしまして、申し訳ありません」


「はは……。うん、やっぱクラマスには逆らわんわ」


 手綱はしっかり握れてるようで安心だけどさ、間違いなく狂犬だよね、そのメイド。

 そんなのが後十人? こっわ!


「言っとくけどな、俺が育てた訳じゃ無いからな」


「へ?」


「ほら、うちの侍女長いるだろ」


「あー、鬼神ウォルドの奥さんの」


「そう。そいつが、俺にも内緒で育て上げたんだよ」


 何その人材!? めっちゃクランに欲しいんですけど!

 あ、やっぱダメっすか……。


「ダメというか、絶対に行かないが正解だな。なんだかんだでオシドリ夫婦だし、あいつら」


「ちくしょうっ! 俺の春はいずこ!」


 俺、今年で34なんだ……。

 そして、未だに独身で、彼女もいません。

 クラマスは何人に? え、十九人? やっぱ好色――なんでもないでっす!


「ったく、どいつもこいつも人を好色家呼ばわりしやがって」


「自分の意志ではないと?」


「……黙秘する」


「あー、何となく了解っすわ」


 クラマスの立場的に、流されて半分、役得半分って感じですか。

 そして開き直って、自分の意思で認めると。

 クラマスって、女関係は優柔不断っぽい気が……。


「言うな。俺だって、偶にそう思うんだからな」


「クラマスが羨ましいって思ってましたけど、苦労されてるんっすね」


「理解者が居てくれて嬉しい限りだよ。いや、ほんとに」


 他愛ない話をしながら、密談の会場に案内してるんだが、実は少し警戒度を引き上げてる。

 裏通りに入って、スラム街近くを密談場所に選んでいると聞いちゃいるんだが、当然ながら治安は最悪だ。

 普段ならゴロツキ共がたまり場にしていて、絡んでくるのが日常のはずなのに、誰一人として絡んでこねぇ。

 それどころか、その姿すらもいねぇ。

 マフィア共が手を回した? いや、組織に所属してない奴らもいたはずだ。


(どうなってやがる?)


 異常と判断したところで、クラマスから声をかけられた。


「そういや、普段はどんな感じなんだ、ここ」


「まぁ、想像通りですよ。今はおかしいんですけどね」


「ふぅん……。イルリカ」


「陛下のお時間を取らせない処置をいたしました」


 処置? それってまさか……。


「どれくらい?」


「半日ほど。なんでしたら、掃除しますが」


「掃除?」


 掃除って何!? 隠語なら、間違いなくそっちの方向だよね!?


「必要無い。つうか、絡んでくれた方が楽なんだけどな」


「見せしめですね? では、お喋りな者を贄に――」


「ストーップッ! 色々ストーップ!!」


 おかしい、あんたらおかしいよ! いや、クラマスは出会った頃から色々おかしかったけどさっ!

 つうか、帝国へこれ以上損害出すなって言いたいよっ!

 あんたも言ってただろ、クラマス。

 人は宝だって。

 だから俺は、新人共をしごいてやってんだからさ。


「悪い、ちょっとした冗談」


「へ?」


「いや、気を張り過ぎてたからな。もっと気楽に行こう」


「い……」


「い?」


「いけるかぁぁぁぁああああっ!!」


 心の奥底から出た魂の叫びは、俺の緊張をほぐしてくれたよ。

 後クラマス、そのメイド、マジで言ってたからな。

 冗談の勉強をさせて下さい。

 マジで、切にお願いします!

 はぁ、もうちょい気楽に行こ。

 そんな感じに気持ちを切り替えて、密談場所に到着。

 建物内の一室に案内されると、帝都を根城にするマフィアのボスが勢ぞろいかよ。

 流石クラマスなんかね?


「お待ちしておりました、シンビオーシス王。それとも、クロノアス卿と?」


「好きな方で良いさ。それよりも、今日は集まってくれて感謝するよ」


 他愛もない会話から始まったが、まぁ案の定だったな。

 帝都を根城にする五大マフィアに加えて、中堅どころも集まっていたわけだが、話をしていくうちに拗れて、いくつかのボスが子飼いの暗殺者や部下を動員させようとして、逆に恐怖を味わうという。

 ご愁傷さまとしか言えねぇ。


「やるってんならいくらでも相手するよ? 但し――やるからには徹底的に潰す」


 この言葉通り、徹底的にやってたからなぁ。

 うん、だからさ、早く終わってくんねぇかな。

 殺気がヤバいんだわ。

 クラマスに随伴してきたメイドさんは当たり前として、建物の至る所から、果ては周囲の建物までから、殺気が飛んで来てるんだわ。

 いやさ、クラマスが強いって言っても風聞はあるわけだし、メイド1人が護衛って事は無いってわかってたよ。

 わかっていたけど、やり過ぎ。

 いや、これも作戦? 相手の油断を誘う為の。

 だとしたら、やっぱクラマスっておかしいわ。


(気配的に、一番実力が下でもAランク相当とか、どんだけって話だよ)


 そこそこ歴史を重ねた国家なら、今の状況にも納得できる。

 でもな、これで新興国家なんだよな。

 そしてこの中で一番強いのがクラマスっていう……。

 もうこれ、詰みの段階だな。

 頭の悪い俺でもわかる。

 だから幼馴染よ、縋るような視線送るな。

 俺じゃどうにも出来ん。

 助命だけはしてやっから。


「で? 誰が相手してくれんだ?」


 クラマス、もうそれくらいで。

 相手は既に詰みですから。

 だからさぁ、そこのメイドは煽るなっ、お前だよお前っ。

 ああ、もうお前黙ってろよっ!

 そして密談は、クラマス優位に終わった。


「この密談をバラされても――」


「バラしたきゃ好きにしろよ。但し、その後どうなってるかは知らんけどな」


 こんな風に、脅しが脅しにならないっていうね……。

 クラマス、色んな意味でつえぇわ。

 後そこの随伴メイド、いちいち相手を煽るなっ。

 はぁ、マジで疲れる。

 それとそこの幼馴染よ、救世主みたいな目で見んな。

 ちょっとキモイんだよ。

 そんな感じで終始進んで、密談は終了した。

 その後クラマスは帰国したんだが、その後日。


「なぁ、なんで俺はシンビオーシス王からの評価が高かったんだ?」


「さぁ、な……」


「ところでさ、本気で頼むよ」


「しつけぇなぁ……。俺は帝国に残るって言ってんだろうがっ」


 なんて話を酒場でしたわけだが……その翌日、シンビオーシス公国への移動が決まった。


「何故?」


「クラマス直々の招集」


「いや、マジでなんでだ?」


「あたいが知る訳ないだろ。まぁ、一応は栄転だし、頑張んな」


 結局、腐れ縁は切れないって事か……。

 向こうで嫁、見つかると良いなぁ。

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