幕間 イルリカ
知らない方はお初にお目に掛かります、イルリカと申します。
ただのイルリカで――いえ、違いますね。
陛下の剣であり、奥方様方の盾である、戦闘護衛侍女のイルリカと申します。
私の過去は……まぁ、気になさらない方が良いでしょう。
詮索なさらない方が身の為です――とだけ。
こんな私ですが、ランシェス王国にあるクロノアス侯爵邸で働かせて頂けることになりました。
当初は……ええ、死ぬかと思いましたね。
ナリア侍女長の修練は、半端無かったですから。
ですが、私には色々と才能があった様で、1か月で戦闘技能の大部分を会得し、侍女としての仕事や作法も、侍女長からお墨付きが出るほどの会得をしました。
ただ皆さん、もう一度言っておきますが一ヶ月ですよ? いくら才能があっても、普通なら泣いて逃げ出すと思いませんか? まぁ私の場合、逃げ出せない事情もありましたけど。
少し時が経ってから、侍女長に聞いたんですよ――なんであんな無茶な修練させたのかって。
お母様は普通だったから、余計に気になったんですよね。
そして答えですけど、逃げ出せない事情がある才能の塊だったからですよ? 諦めの悪さも評価されてました。
ええ……色々と見透かされていたり、情報も入手していたようです。
そんな私ですが、現在はランシェス大使館へ駐在しています。
戦争終結後に一度は現地に集合したのですが、私に割り振られた仕事場が大使館の駐在任務だったわけです。
「何故、私が?」
「陛下の指示です。母親と一緒に働きたいだろうと」
「ご厚意、感謝いたします。ですが、宜しいのですか?」
「……序列四位イルリカ、
「はっ、承知しました」
与えられた命令は、ランシェス貴族の調査でした。
良からぬ動きを見せた貴族に関して、監視、厳重再調査、そして必要とあらば、掃除をする。
ああ、掃除とは隠語ですよ。
まぁ結論から言えば、掃除にまでは至らなかったと言っておきます。
陛下がご到着後に、別の序列が数家に処置はしましたけどね。
それよりも、今は大事な事があります。
陛下達がご到着された初日の夜、私は、序列三位と話をしました。
侍女長に出した手紙の件で。
「それで、侍女長は何と?」
「状況次第では認めるそうですが、奥の輪を乱すことは許されないとの事です」
「事前の根回しと許可が必要という事ですね。……陛下の方へは?」
「最後で良いと。但し、序列四位は複雑だと、口を酸っぱくして言い聞かせるようにと言われています」
「最下層に甘んじろ――という事ですか。わかりました。こちらに依存はありません」
「あの、本当に良いの?」
序列三位――陛下がランシェスで独立貴族となってから勤めて来た侍女。
その彼女が心配そうに聞いてきますが、何の問題もありません。
「私が言うのもおかしいのだけど、大変よ?」
「先輩のご慧眼とご忠告、大変に有難く。ですが、全て侍女長が悪いんです」
当初は、凄い人……英雄的な憧れしか無かった筈なんです。
ですが、侍女長の竜も裸足で逃げ出しそうな修練と洗の――ゲフンゲフン、陛下の偉大さを説かれ続け、憧れから尊敬、そして恋慕へと変わっていきました。
勿論、尊敬もしておりますし、忠誠心も持っております。
色々な感情を持っているのが、私なのでしょう。
ですが、何故、先輩がそこまで心配するのかが不明です。
「先輩、何故、そこまでの心配を?」
「……先に言っておくけど、序列の中で妾になれる者は複数名いるって事を大前提に。それと、過去にあった侍女長の大量処断事件を話すわ」
先輩から話を聞いて行くと、思わず頬が引く攣いて、「うわぁ……」って声が出ましたよ。
しかもこの話、陛下――当時のお館様は報告だけ聞いて、侍女長を褒めたとか。
あ、私、ちょっとヤバい?
「侍女長からの許可は出てるから、手順さえ間違わなければ大丈夫だけど……」
「もし、間違ったら?」
「……次の職場でのご活躍を期待しています」
「せんぱぁいっ! てつだってくださぁい……」
「泣くほどっ!? いや、気持ちは分かるけどねぇ」
結局、最優先は何処を真っ先に落すかだけ教えて貰いました。
後は自分でやれとの事です。
先輩の助言、ありがたやぁ。
あ、二つほど言っておくと、まず先輩は既婚者です。
なので、序列での妾候補には入っていません。
次に侍女長が過去に行った処断ですが……これは恐ろしい部類ですね。
陛下が当時、ランシェス貴族の侯爵になられた頃、侍女の増員がなされました。
陛下は当然、各侍女に合いそうな見合い相手を見繕っていたのですが、一部の侍女は柵の関係上で雇用せざるを得なかったそうです。
王侯貴族の弱点とも言える内容ですね。
ですが、問題はこの先でした。
未遂で終わった事件らしいのですが、侍女長は珍しく激怒していたそうで……。
結果、彼女らは不興を買って、主犯は解雇、同調した者達は出向という形になりました。
ただ、出向場所について、先輩は話してくれませんでしたね。
ただ一言だけ「彼女達は、二度と戻ってこないわ……」と言い残していました。
探っても良いのですが、侍女長の不興を買う恐れがあるので、直接聞いた方が良さそうですね。
答えられる内容に関しては、侍女長は必ず答えをくれますから。
もしそれで、何も話さなければ、知る必要のない事なのでしょうし。
話が逸れましたが、侍女長からの許可は下りたので、明日から行動を開始します。
え? きちんと仕事はしますけど? はい? 暴走しそう? しませんよ。
我欲に溺れて、職務放棄なんてしたら、直ぐに侍女長から処罰されてしまいますから。
ですから、行動は夜、奥方様が就寝準備中の僅かな時間で行うのです。
下準備が整えば、呼ばれるでしょうから。
……あ、少しだけ、お腹痛いかも。
「で、ボクなんだ」
「はい。どうかヴェルグ第十一王妃様のお力をお借りしたく」
「まだ妃じゃないんだけど?」
「我々の共通認識では、既に妃と同義ですので」
「……公で言えるようになるまでは、内々だけにしてよね」
「はっ。……それでぇ、そのですねぇ」
伝えるべきことは伝えました。
うぅ、お腹痛い……でも、これは第一関門。
どれだけお腹に負担をかけようと、引くわけには……。
「一つ質問。いつから?」
「地獄の様な修練後、序列になる試験の時でしょうか」
「ん? ……ああ、ラフィが皆に声をかけた時か」
「はい。正直、私はその……出自がですね」
「ラフィはその辺り、気にしない性格だからなぁ」
「それは理解しております。正妃様を暗殺しに来た者すら改心させて、分け隔てなく重用されていますので」
先輩の助言通りに、真っ先にお願いをしに来てはいますが、身分が違うので、お願いする部分だけ素にしてます。
それとヴェルグ様、陛下の事を言えませんよ? 類友ですよね? 口が裂けても言えませんが。
「今、類友とか思ったでしょ」
「いえいえ、そんなことは……」
「イルリさぁ、嘘が下手だよね。嘘吐く時とか誤魔化す時って、絶対にいえいえって言うよね」
「しまった!」
くっ、なんという失態! ここから挽回する手を考えなければっ。
「別に怒ってないから良いけど、ボク以外には気をつけなよ」
「ご恩情、感謝しかなく」
「調子良いなぁ。それで、本気なんだね?」
「はい。私は、陛下の妾に立候補したく。侍女長からの許可は頂いております」
「ナリアは落してるんだ。……ミナに関しては?」
やはり、その疑問には行きますよね。
ですので、正直に話します。
ぶっちゃけ、どうでも良いと。
「各国は面白くないよね?」
「私は、シンビオーシス王家の筆頭侍女の1人にしかすぎませんので」
「イルリがどうかじゃなくて、各国がどうかなんだけど?」
「出自が面倒なのは理解しておりますが、全て闇に葬り去られた過去ですので」
「そうなんだけど……話は簡単じゃないって理解してるよね?」
やはり手強いですね。
なので、秘密兵器を使う事にしましょう。
先輩、用意してくれてありがとうございますっ!
「ヴェルグ様、こちらを」
「うん? ……へぇ、そういう事をするんだ」
「勘違いしないでください。これは本気を見せる為の証です」
やはり賄賂として見られてしまいましたか。
ですが実際は違います。
ヴェルグ様へお贈りしたのは、超人気店のお菓子セット。
開店と同時に即完売と言われるほどの人気菓子。
大貴族でも数か月は予約待ちと言われる人気菓子。
これが私の本気です! あ、各奥方様分ご用意してあります。
「良く買えたね」
「少しだけ職権乱用しましたので」
「褒められないよね、それ。まぁ、本気を見せる為ってのは分かったけど、でもねぇ……」
「条件をクリアすれば良いのですよね?」
「まぁ、そうだけど……」
本気度を見せてからのー、根回し済み書類っ!
「うっわっ……本気度が凄すぎ」
ふっふっふ、そうでしょうとも。
わざわざ陛下から、使い捨ての送迎用魔道具を頂いたのですから。
正確には、必要だから要請しただけであって、そこに便乗しただけですが。
とにかくですっ! 各国の王妃様経由での王達の署名は頂いているから問題無しですっ! 傭兵国と聖樹国? 勿論、根回し済みですともっ!
「ジャバ王は百歩譲ったとして、良くヴァルケノズ教皇様が認めたなぁ」
「強硬移民しそうだった聖騎士数名を、ナリア侍女長直伝の洗の――ゲフンゲフン、説得術で説き伏せましたので」
「イルリ、今、洗脳って言ったよね? もしかして君も――」
「私は普通ですが? いえ、一時期はそうだったかも知れませんが、今は大丈夫です」
「説得力が皆無だよっ!」
おっと、失言でした。
因みにですけど、私が洗脳下にあったか否かは、ぶっちゃけると数日だけありました。
地獄の修練中だった時ですね。
より正確に言えば、陛下に対する忠誠とかの洗脳では無いです。
寧ろ逆でしょうか? 陛下への恋慕などもってのほかや、尊敬は構わないけど崇拝はダメとか、そんな感じですね。
だから今の私は、至って普通ですっ! と力説しておきました。
「うん……面白い方向に吹っ切れた感があるね。まぁ、洗脳状態じゃないのは認めるけど、なんでボク?」
「理解が得られそうなのと、話しやすいからですかね」
はい、嘘です。
あー、いえ、全部が嘘では無いです。
本当のことを言うなら、今言ったのは本当の事で、言ってない事があるだけです。
「嘘は言ってないけど、言ってない事もあるよね?」
ギクッ。
「ボク、聞きたいなぁ」
い、言う訳にはっ。
「聞かせてくれるよねぇ?」
こればっかりはぁっ!
「言えるよね?」
「……はい」
先輩、すみません。
私は、イルリカは、先輩を売りました。
全てを聞いたヴェルグ様は……あ、陛下が悪巧みしてる時と同じ顔してます。
「あの娘には、きっついお仕置きでもするとして、まさかイルリまでなんてねぇ」
「うぅ、すみませぇん……」
先輩からの最後の助言。
――ヴェルグ様が一番落しやすい――
これは不発に終わりました。
後、不興も買ったっぽいです。
これは……失敗しましたかね?
「はぁ……。まぁ、仲が良くて何よりではあるよ」
「ヴェルグ様?」
「話しは通してあげる。でも、条件は付けるよ」
「!? ありがとうございますっ!」
何故かはわかりませんが、第一関門は突破出来ました。
でも次の日の夜、心の準備が出来ない内に、いきなり最終関門になりました。
あの、話が早過ぎませんかね?
「イルリ、あなたねぇ……」
「申し訳ありません、叔母様っ!」
「叔母様は止めてって言ってるでしょっ!」
いつも通りのやり取りで、どうにか心に余裕を――。
「イルリカさん」
「ひゃ、ひゃい!」
「あ、噛んだ」
ヴェルグ様、そりゃ嚙みもしますよ。
いきなりの最終関門、正妃様の説得ですよ!?
たった一言で、心に余裕を持たせようとしてたのすら吹っ飛びましたよっ!
「時間もあまり無いんだから、こうなるでしょ」
「いきなり過ぎですよっ!」
思わず素で応対してしまいました。
あ、これは本当にダメかもしれない……。
「イルリカさん、いくつか聞きたいんですけど……」
「何でも聞いて下さいっ。全部吐きますっ!」
ムリムリムリムリぃっ! 全部ゲロって楽になりますっ! だから解雇だけはぁっ! 施設行きはご勘弁をぉぉぉっ!!
「子供、好きですか?」
「大好きでっす!」
「陛下との子供、欲しいですか?」
「超欲しいでっす!」
「継承権、与えたいですか?」
「必要ありまっせん! ……ん?」
あれ? なんか尋問? 質問? が変な気が。
「私からは以上です。誰か他にありますか?」
「私からいくつか」
つ、次はリーゼ様ですか。
ええいっ、女は度胸! 何でも来いヤァァ!!
「では、いくつか聞きますが――」
……前言撤回します。
リーゼ様が一番ヤバかったです。
根掘り葉掘り聞かれましたとも。
ええ、奥方様全集結しての根掘り葉掘りですよ。
あと陛下、申し訳ございません……。
私は、序列としてとんでもない情報漏洩をしてしまいました。
うぅ……私だけが持ってた秘密なのに。
「さて、結論ですが、私は良いと思いますよ」
「良い情報も得られましたしね」
「うぅ、陛下……申し訳ございません」
「イルリさぁ、流石にそれはないよね」
ヴェルグ様、地味にその言葉は響きます。
心の芯まで。
「まぁヴェルグ、良いじゃないですか」
「叔母様……」
「叔母様は止めて。次に呼んだら、この話に反対しますよ」
「ミナさまで良いでしょうか!?」
「……変わり身早過ぎです」
叔母様――いえ、ミナさまが何か言ってますが、誉め言葉と受け取っておきます。
私は出来る女なので。
「では、皇国からお願いしますね。それとですが――」
「各宴へ参加までのお付は、私が最優先でします」
「情報共有もお願いしますね」
「はっ」
「それとですね、内々の時は堅苦しいのは止めましょう」
「はっ。……え?」
えーっと?
「正妃、側妃、妾と、表向きの序列と区別は必要なのでしますが、一家団欒中はそういったのは無しですよ」
「いえ、ですが……」
「イルリ、私達は家族になるんだから、おかしな話ではないでしょ?」
「ミナ様」
「違うでしょ」
「……うん、ミナちゃん」
「それで良いの」
なんか、あったかい。
こういうのがあの時にもあれば……。
(たらればの話ですね)
こうして私は、妾第一号として迎えられました。
ただ、腑に落ちない点はあったので聞いてみると、やはりというかなんというか……。
「私達が一番大事な人、愛してる方への想いが大事ですから」
その一点で、私は合格基準にはいたらしい。
その他には、輪を乱さないなどの第二基準と、細々したのもありましたが、私は十分に合格だったそうです。
ただ、条件は付けられました。
ヴェルグ様にだけですが。
「ミリアが懐妊するまで、避妊する事」
条件であり、ちょっとした罰らしいです。
まぁ、罰であり罰では無いんですけどね。
慣習であり、風聞的な事です。
――妾が正妃より、先に子供を作るな――
柵だらけの貴族社会なので、仕方ない話です。
ただ陛下に言わせてみれば、害悪で前時代的だと。
私は……どうなのでしょうかね?
そういえば、一つだけ聞いておきませんと。
「皆様は、愛人はお認めにならないんですよね?」
あれ? 空気がなんか冷えて……あっ、これはやらかした!?
「ふふふ、面白いこと言いますね、イルリさんは」
「せ、正妃様?」
「ミリアですよー。それで、愛人が何ですって?」
「な、何でもないでありますっ!」
ミリア様に‟愛人„って単語は禁句ですか! 誰か、教えといて……あ、全員が禁止ワードなんですね。
ん? でも、愛人ってどこからが愛人なのだろう?
禁句ではあるけど、勇気を出して聞いてみますっ。
「そう言えば、何処からでしょうか?」
「ミリアさん、隠すから愛人なのでは?」
「でもリーゼさん、愛する人って書きますよね?」
「公にしてれば良い?」
「リュール、それは早計過ぎない?」
「じゃ、ヴェルグは?」
あ、これは終わらないやつだ。
私、明日も早朝から仕事なんですけど……。
ええ、振っておいて言えませんよねぇ。
結局夜更かしになって、次の日は眠たかったです。
しかもですね、纏まらずですよ。
今日も私の終業を待って、議論するって言われました。
それから帝国の宴に参加する日まで、毎日寝不足でしたとも。
結局は、どうやっても答えが出ずで終わりましたけどね。
そして運命の日、私は皇国で存在感をアピールしました。
メイド服ですが、妾だと大いに存在感を出しましたとも。
リーゼ様から、出す様に言われましたからね。
だから陛下、事後承諾気味ではありましたが、怒らないでください。
ちゃんと、お慕い申しているのですから。
私、尽くす女ですよ!
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