幕間 とあるメイドは色々と……

 初めまして、メイドです。

 序列八位を頂いております。

 え? ずっとメイドだったかですか? いえ、前職は暗殺者です。

 孤児だった私は、初めは孤児院に居たのですが、取り潰され、奴隷にされたところで、とある組織に買われ、暗殺者として育成されました。

 幸か不幸か、私にはその筋の才能が有り、実力で上位暗殺者に上り詰め、上司にも物申せる位の地位に居ましたが……上には上がいると理解させられました。

 そして今は当時のお館様――陛下に犯罪奴隷として買われて、今に至ります。

 尤も、建国された時に、犯罪奴隷ではなくなっていますが。

 そう言えば、奴隷解放された時に聞かれましたね。


『恩赦を出したわけだが、国元に戻るのか? そして、同職に就くのか?』


 この答えに、私はNOと言いました。

 正直、故郷への愛国心はこれっぽっちもありません。

 ですが、同じ境遇の仲間や後輩には、少し……といった気持ちがある事も伝えました。

 包み隠さず、素直に話しました。

 ええ、以前の様な尋問は御免被りたいからです。

 思い出すだけでも――ヒュッ、ヒュー、ハァハァ……ふぅ……いえ、大丈夫です。

 いつもの発作ですので、お気になさらず。

 え? 流石に気にする? 精神安定の薬や魔法を掛けて頂いておりますので、あまりお気にならずに。

 これは、過去の自分が起こした過ちへの罰だと思いますので。

 今ではこの様なやり取りをしていますが、これも侍女長が行っている修練のおかげでしょう。


『お館様が決められたからには、喜んで死地に向かって、五体満足に、笑顔で帰って来られるようにします』


 その言葉通り、地獄なんて生温い、暗殺者育成されてきた過去の自分の修練など、赤子でも出来ると言わんばかりの修練をさせられました。

 今となっては、良き思い出の一つですね。

 まぁその中で、新興宗教の洗脳みたいなやり方にはどうかと思いましたが。

 私ですか? 喜んで、全身全霊粉骨砕身で働かせて頂きます。

 御子がお生まれになったら、専属護衛を申し出る所存です。

 元組織から守らねばなりませんから。

 え? 染められている? 何の事でしょうか。

 私は、恩義に報いるだけです。

 そういった事情もある中、侍女長から特別任務が言い渡されました。


「奥向け専属の護衛侍女を、序列から数名選抜します。部下に仕事を任さられる育成をしており、今後も任せられると判断出来た者達を第一選考として通過させなさい」


 また面倒な事を……なんて思いましたが、ふと疑問が浮かびます。

 何故、私なのだろうと?


「あなたは、奥向きではなく、将来産まれて来られる御子の専属護衛を狙っているのでしょう? ああ、別に疑っていたり、咎めてるわけではありませんよ」


 何かバレてるぅぅうう!? 何故っ! 一体どうして!?


「はじめは、陛下の妾でも狙っているのかと警戒しましたが、情報網を駆使してみれば、子供好きだと。やましい気持ちがあれば別でしたが、恩義に報いたいという事でしたので、要経過観察はしますが、支持はしましょう」


「あ、ありがとうございます……」


「まぁ、だからこそのあなたです」


 ナリア侍女長――序列統括が言うには、序列侍女の一部には、そういった思惑があるらしい。

 所謂、妾候補の意味が。


「問題ない人物ばかりですが、少々やり過ぎました。特にイルリカは」


「序列四位殿ですか? あれは素でないかと愚考しますが?」


「忠誠、尊敬、恋慕、全てが入り混じってますからね。手紙も来ています。問題がありそうならば、その位置についても良いかと」


「隠さないし、ブレませんね。お認めになるのですか?」


「仕方ありません。私は既に既婚者ですし、あなたは興味がない。他の者でも構いませんが、血筋だけを見れば、優位性はあります。問題を上げるならば――」


「面白くない各国と、継承問題ですね」


 序列四位のイルリカ殿は、現皇帝の孫だ。

 書類上は縁戚から除名されているが、血筋までは変えられない。

 一つ間違えば、シャルミナ様への対抗馬と早変わりに。

 そうなれば、ナリア侍女長は処断するだろう。

 侍女長の怖い所は、陛下の害悪となるものは、己が手をいくら汚してでも排除する点だろう。

 顔色一つ変えずに、粛々と排除していく。

 私は……運が良かっただけに過ぎない。

 陛下――当時のお館様に尋問され、完全に心を折られていたから。

 もし、この未来を見据えてやっていたとするなら……。

 少し震えが来てしまう。

 陛下には、未来が視えているのではないかと考えてしまったから。


「それはないです」


「え?」


 侍女長からのいきなりの否定に、素っ頓狂な疑問の声で返してしまった。

 思わず、しくじった! と考えたが、侍女長はこちらの疑問に応えてくれた。

 珍しい事もあるものだ。

 明日は、火球でも降り注ぐのだろうか?


「あなたも存外失礼ですね。まぁ、それだけ染まったという事でしょうか。そして先程の疑問ですが、答えはシンプルですよ」


 答えを聞くと、確かにシンプルだった。


「当時でもそれなりに優秀。鍛えれば、伸びると判断された。ただ、それだけです。心を折られた事に関しては、陛下からすれば副産物でしかありません」


「あはは……副産物ですか」


 ちょっと泣いて良いですか?


「正確に言えば、私に折らせる予定だった――が、正解でしょう。あなた個人相手なら、圧勝できますから」


「身に染みて分かっています。(侍女長がおかしいのは)」


「何か言いましたか?」


「何も言っておりませんっ! それで、どうされるのですか?」


 聞き直すと、白金貨を渡されました。

 大金に、思わずギョッてなりますが、侍女長は涼しい顔で命令を下します。


「まずは奥方様から、了承を取れるか確認しなさい。確認後、奥方様がお認めになられ、陛下も認められたなら、夜に酒場へと連れ出して、真意をお聞きなさい」


「無茶ぶり過ぎませんか? 侍女長愛弟子の1人ですよね」


「やりなさい」


 有無を言わさず、やれと言われ、YESしか道は残されませんでした。

 ですが、理不尽とは思いません。

 まず第一に、私とナリア侍女長の考えは、ほぼ同じであるから。

 唯一違う点は、その線引き箇所くらいです。

 それと、侍女長は絶対に不可能と思える仕事は振らないからです。

 人を見る目、才能の発現、能力の見極め、この三点において、侍女一同はナリア侍女長を信頼しています。

 なので……本人は無理だと思っていても、侍女長からすれば実現可能な無茶振りだという事です。

 こうして、失敗したら共に反省して次への対策を練って下さり、成功したら自信が付くわけです。

 執事の一部からは鬼畜侍女長なんて言われてますが、我々からすれば優しさのある鬼侍女長ですね。

 口が裂けても言えませんが……。


「何か変な事を考えてますね? 少し、厳しめの――」

「何も考えてませんっ! 失礼しますっ!」


 180度きっちりの綺麗なターンを決めて、脱兎のごとくその場を後にします。

 あ、気持ち的にですよ? 本当に脱兎の様な動きで後にしたら、捕まえられますから。

 こうして、シンビオーシス王族の国外活動へと従事することになりました。

 ただ、出発の数日前に、序列二位殿も外す様にと言われ、理由を聞く暇もなく出立となったのは痛手でした。

 まぁ、おおよその理由には見当が付きますけど。

 そして、従事序列達は……クッソ忙しかったです。


「良くない動きをしている貴族がいる? 手勢を連れて排除しなさい」


「ちょっと良いかしら? 八位殿」


「問題ですか?」


「ええ。この隊の従事侍女の統率権は、侍女長直々の命令ですから、あなたの指示を仰ぎたくて」


「それで問題とは?」


「降り立つ場所に人が集まり過ぎてる事よ」


「害意ある者なら速やかに排除へ。歓迎の意なら、怪我人が出ないように動いて下さい」


「了解です。それと、ランシェスからの行動については?」


「序列四位は陛下に付きます。私も特命がありますので、序列三位に緊急性がある事以外の権限を一時的に委譲します」


「わかりました。伝えておきます」


 これ、ほんの一部なんですよ? ドレス選定や警護は当たり前として、諜報活動や部下への指示もあるので、通常業務が一部不可能でしたね。

 侍女長に知られたら……考えるだけでも恐ろしい。

 そんな中、私は特務に就きます。

 与えられた特務は三つ。

 一つは、イルリカの真意に関して。

 これに関しては、今は経過観察でしょう。

 次に、奥向き専属序列の選考に関する調査。

 これも少しの間は経過観察です。

 部下に見張らせているので、報告を待ちましょう。

 最後に、危険分子の排除。

 ランシェスは貴族派閥が事実上の消滅をしていますが、元貴族派閥がいないわけではありません。

 謀反に対し著しく関与が薄かった貴族や、全く証拠が出なかった貴族は多数残っています。

 爵位自体が低かったのもあるかもしれませんが、危険分子ではあります。

 それと、各国が後ろ盾となり、承認されて樹立した新国家ですが、陛下の事を疎ましく思っている中立派閥と強硬派閥の貴族達が居るのは、四位からの報告で分かっています。

 暗殺などの安易な手段は用いませんが、何かしようとする動きがあるのならば、二度と逆らう気が起きないようにしなければなりません。

 こういった危険分子についての調査と排除ですが、今回は何もする気がない様です。

 尤も、悪巧みしていた二家の貴族には改心して頂きましたが。

 ランシェスでの活動はこの様な感じでしょうか。


「次は宗教国家ですね。各員、報告と準備」


 聖樹国に関して言えば、教皇様に密かに接触して、一家のみ暗殺の許可を頂きました。

 勿論、一家丸ごとではありませんし、嫡男は当主に反発しており、どちらかといえば味方と思える御仁でしたので、こちらにも接触はしております。


「よろしいでしょうか?」


 概要を説明し、何時、何処で、どの様に、と――確認という名の決定事項を突き付けて行きます。

 相手も貴族ですので、清濁併せ吞んではくれましたが、良い顔はされませんでしたね。

 当たり前の事ですが。

 良き古き時代と言えば聞こえは良いですが、新しき風が吹き始める中では老害でしかありません。

 それはご嫡男の方も理解しておられました。

 ただ、シンビオーシス王の評価を落とすわけにはいきません。


「先に申しておきますが、我らが陛下は何も知りません。我々が、陛下の道を妨げる者を独自に排除しているだけです」


「それが暗殺だと?」


「暗殺は最終手段として考えて下さい。逆に言えば、それしか手段が残されていません。今の時期に、聖樹国で内乱など笑い話にもなりません」


「一家郎党は御免だが……」


「あなたは何も知らない。知らされていない。墓場まで持って行けば良いだけです。それと、お子さんに繋ぐために、ほんの少しだけ吞んで下されば良いだけです。我々は陛下の為に。あなたはお家の為に。ただそれだけの話です。お話したのは、せめてもの誠意とお受け取り下さい」


 説得しながらの意識誘導を掛け、お互いに頷いて密約は成りました。

 教皇猊下も、少しは楽になるでしょう。

 我らが陛下の恩師でもあるお方なので、多少は贔屓しますとも。

 侍女長は……するかも程度でしょうかね。

 この辺りが、私と侍女長との違いとでも思って――今、何故か悪寒が……。

 ……気にせず次です!




「……やられました。流石は四位。侍女長の愛弟子です」


 皇国主催の宴で、四位がやってくれましたよ……ええ、部下は何をしていたのでしょうか?

 言い訳? 聞く意味は無いですね。

 報告書と始末書に加え、反省文と侍女長によるスペシャル修練が妥当でしょう。

 ええ、本当にやってくれて、涙が出そうですよ!

 侍女長への報告、なんてしようかしら……。

 その夜、私は、イルリカを酒場へと呼びだしました。

 言っておきますが誘っていません、呼び出しです。

 穏便に探るつもりでしたが、そうも言ってられませんから、直球で聞きます。


「あなたは、シャルミナ様に取って代わるつもりなのですか?」


 一番の懸念事項を口にしましたが、本人にその気はない様です。

 彼女の望みは二つ。

 一つは、奥様方が懐妊された後の話で、お情けを頂けたら良いと。

 もう一つは、出来れば子供は欲しいと。

 陛下の事ですから、間違いなく認知されるでしょう。

 では、継承問題はどうするのか?


「私から辞退します。我が子なら、理解するでしょうから」


「そう上手くいくでしょうか?」


「いかせますし、させます。陛下のお情けが頂ければ、独身でも良いです。未婚の母も良いですね」


「あなたは……駄目に決まってるでしょうがっ! そもそも、陛下が認知しないわけ無いのですから、未婚の母になる訳ないでしょうっ! 全く……揶揄っているのですか?」


「ええ、少しは。侍女長からですね?」


「黙秘します」


「しなくても分かります。それで、あなた的にはどうですか?」


「……ちっ」


 思わず舌打ちで返してしまいました。

 陛下の剣であり盾である序列に、これはダメな行動ですね。

 心の中で反省していると、イルリカから笑われました。

 何がおかしいんですかね?


「いえ。あなたも馴染んだな――と」


「余計なお世話です。後、害意が無いなら認めますが、今後、邪な考えを抱かない――という保証はありません。そこは報告させて頂きますが、良いですね?」


「構いませんよ。今後も無いですから」


「……せめてもの情けです。もし今後、そういった事態になったら、私があなた方を殺して差し上げますよ」


「素晴らしい提案ですね。ですが、その様な未来は一生来ませんからご安心を。そもそも、お情けを頂けるかもわかりませんしね」


「……白々しい。絶対にそうなると踏んでるくせに。血は争えないですね」


「誉め言葉と受け取っておきます」


 こうして、臨時査問会は閉会させ、軽く飲み食いしてお開きとしました。

 そして、傭兵国、竜王国と宴の日を迎えた訳ですが、特に問題は無かったですね。

 竜王国は話に聞いていたので不思議に思いませんでしたが、傭兵国で問題無しは意外でした。

 その事を、偶々仲良くなった、傭兵国の暗部に聞く事が出来ました。

 その答えは簡単で、傭兵王が頑張ったのと、傭兵たちからの指示が上がったせいとの事。

 結果、国民たちも恩恵を受けることになり、貴族側も黙るしかなくなったと。

 咥えて、前傭兵国王の悪政と息子の不始末も大きくあったらしい。

 そんなわけで、残すは帝国と北部と西部の代表貴族だけなのだが……やってしまったかもしれない。


(陰から護衛してたけど、この話って聞いたらまずいのでは?)


 侍女長に報告……出来るわけない。

 では、誰に報告する? ブラガス様? ミリアンヌ様?


(そもそも、報告するべき?)


 結果、誰かに詰め寄られてから、言い訳して報告する事にしました。

 え? いきなり口調変わったって? そりゃ変わりますよ。

 ワンチャン、侍女長からのお仕置きコースですから。

 丁寧に接しますよ? だから部下たち、逃げんな。

 あなた達も一蓮托生ですからねっ!

 酷い? 鬼上司? 何とでも言いなさい! さぁ、皆で怒られましょう!

 結果、帰国したら、侍女長に苦情として嘆願書が部下たちから届けられて、お仕置きされました。

 でも侍女長、聞いて下さい! 帝国での事は、誰に話せば良かったのですか!?

 その事を伝えると、少しだけお仕置きが緩和されたことを伝えておきます。

 でも、今私が死にかけている状況の犯人は、侍女長ってダイイングメッセージだけは残しておきます。




 ――誰か、タスケテ……。

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