第241話 汚泥に沈み、生まれ出もの

 野戦陣地での戦いから数日、ダグレスト王都目前でありながら、未だに足踏み中のランシェス軍。

 死体の放置も出来ないので、ある程度纏めてから火葬していくわけなのだが、その中で不穏な報告が上がって来た。


「来栖の遺体が無い?」


「はっ。あの愚勇者ですが、八木殿の話では両手両足残っていたと、報告に上がって来ていたのですが……」


「あのどさくさで、どっかに蹴られたりとか」


「それならば、あの戦場に残っているはずかと。それともう一つ、八木殿が砕いたという剣も発見できませんでした」


 兵達からの報告を軍議の中で聞いているのだが、そんな事があり得るのだろうか?


『可能性は低く、あり得ないとは思うのですが、無いと断言できません』


 リエルからの答えに、何故かと尋ねる。


『ダンジョンで獲得できる魔道具に、超低確率ではあるのですが、蘇生の魔道具が手に入る事があります』


『仮に手に入れていたとしよう。でもな、それは即蘇生だろう?

 百歩譲って、損傷部位の完全回復付きだとしても、今の状況には合わんと思うんだが?』


『発動条件に、遅延ディレイブレイクが設定されていたのなら、辻褄は合います。ただ――』


『魂縛か。確か、死亡時から復活、再生時には、全ての状態異常が解かれるんだっけか?』


『はい。ですので、復活はしていると仮定した上で、警戒度を最大限に引き上げることを推奨します』


 リエルと話した後、兵に伝令を頼み、同盟戦力各員を軍議に参加させて、リエルと話したことを伝える。

 あくまでも仮定の話ではあるが、無視はできないからな。

 その話を聞いた八木は、少しだけ気が安らいだようにも見えた。

 そして、捕虜を移送してからさらに数日後、ランシェス軍はダグレスト王都郊外へと布陣した。

 こちらの兵は、減りに減って、現在は当初の兵力よりも4割弱減。

 数字だけで見るならば、既に全滅の域を超えて、壊滅の定義に近付いていたりする。

 実際に数字だけでは測れない部分はあるにしろ、この場所に辿り着くまでに大打撃を受けた形となっていた。

 因みにだが、一番被害が少ないのは皇国だと連絡が来ている。

 神喰が暴れに暴れて、損害は1割程度らしい。

 帝国はランシェスよりもマシではあるが、それでも3割弱との事で、全滅の定義まで秒読みと言った感じだった。

 細かい話は戦争終結後にと言う事で、定時連絡は終了となったのだが、陛下は深いため息を吐いていた。


「あの、陛下……」


「何も言わんで良い。恐らくだが、こちらに戦力を集中させたのだろう。少し聞いただけだがな、どちらも防衛軍だけらしいぞ」


「それはまぁ……ちょっとだけ羨ましいですね。こっちは、あれですもんねぇ……」


 防衛軍の目に鎮座する3匹の亀、その後ろにさらに3匹の計6匹。

 要塞亀フォートレスタートル武砲亀アサルトタートルが、最前列で手ぐすね引いて待っていた。

 どちらも例外魔物であり、ランクはA~S程度。

 こいつらが領域外で活動する例外魔物な理由は、その前身に理由がある。

 元は城亀キャッスルタートルという草食亀がいるのだが、魔素を多く取り込んで魔物化したのが、先の二種類となる訳だ。

 因みに大きさだが、城亀キャッスルタートルは最低でも全高20メートル以上の亀で、種別は動植物側である。

 尚、内臓以外は捨てる所が無い優秀な亀でもある。

 竜も捨てる所が無いと言われているが、この亀は竜の下位互換とさえ言われていたりする、この世界では超優良狩猟動物だ。

 ただ、デカすぎて狩るのは大変だけどね。

 そんな亀の魔物化した姿が、先の2種と言ったが、これにもきちんと理由が存在している。

 デカい亀だからして、トドメを差し切れず、手負い状態で逃がすことも多いのだが、傷を癒す際に魔素を多く取り込んで魔物化すると言われている。

 この推論を立てた学者――数百年前の人物――は、見事、的を得ていたのだ。

 なんでそう断言できるのかって? リエルが調べてくれたから。

 俺が知る訳ねぇ。

 で、そんな魔物化した亀たちだが、攻撃特化と防御特化に分かれている面倒な亀だ。

 尚、リエルがどうでも良い事も調べて教えてくれた。

 要塞亀フォートレスタートルがオスで、武砲亀アサルトタートルがメスとの事だ。

 どこの世も、女性を守って殴られるのは男の役目らしい。

 そんな話を、陛下達に聞かせていたのだけど――。


「今はどうでも良いわ! それよりも、どうやって攻略するかをだな――」


「え? そんなもの、一つしか無いですけど?」


 実は魔物化した亀たちは、魔物化する前の亀の半分の大きさまで縮小する。

 その分、特化能力を身に着けるのだが、やべぇのはメスの方だったりする。

 射程に入った途端、弱めの魔法障壁なら貫通させる魔法弾を上空に打ち上げて乱射してくるのだ。

 それでも、高ランク冒険者の一部ならば懐に入れなくはない。

 それを邪魔するのがオスの方である。

 防御特化なので、それはもう堅いのなんの。

 メスの乱射にも余裕で耐えきれる防御力を有しているので、オス纏めて乱射されて終わり――なんて話も珍しくはない。

 事実上、ソロ討伐は不可能とされている魔物なのだ。

 では、どうやって倒すのかと言うと、方法は二つ。


「一つは、メスの射程外からの高威力魔法で、ひたすらメスを集中砲火ですね。オスが守りに入るでしょうが、相手の防御力か耐久力を上回れば良いだけですから」


「もう一つはなんだ?」


「3パーティー以上で突っ込んで、1パーティーはオスの足止めです。残る2パーティーで、メスを素早く片付けます」


 陛下に提案してみるが、将校たちは揃って首を横に振った。

 いやいや、それしかないんだって。


「陛下、そんな高威力の魔法が放てる者など、軍にはいませんぞ」


「パーティーにしてもそうです。辿り着くまでに魔砲の雨あられで終わりますぞ」


「ああ、そういう話なんですね……」


 そもそもの話、あの亀たちに対抗しうる人手がいないと。


「クッキーさん」


「ムリよぉん。一番ひとつがいだけならどうにかできる冒険者はこの場にいるけどぉ、三番さんつがいはムリよぉ」


「一つはクッキーさんが受け持ちとかでも?」


「私とあの亀って、相性最悪なのよねぇ。オスだけなら勝てるけどぉ、メスは厳しぃわぁ」


 クッキーさんが言うには、オスを倒した時点で、余力があまり残らないそう。

 その上でメスもとなると、一つのミスも無く上手く立ち回って、運が良ければ討伐できるくらいらしい。

 あれ? ランク認定ミスってね?


「単体だとぉ、間違って無いのよねぇ。番でとなったらぁ、間違いなくSS以上よぉ」


「どっかで聞いたような感じだなぁ」


 元の世界にあった漫画で、二体は最強――とかってあったな。

 確か、う○おと◯らだっけか?

 しかしこうなると、俺が出るしかないのかね?


「ラフィが出る必要性はねぇと思うぞ」


「ウォルド?」


「ようは、あの亀6匹、倒せば良いだけだろ? 確か、あの亀って美味かったはずだし」


「いやまぁそうなんだが……」


 と言うか、あの亀って美味いのか。

 ただのゼルクトさんとイリュイアさん曰く、魔物化しようがしまいが、あの亀は美味いとの事だった。


「魔物化前の亀はな、鍋にすると美味かったのを覚えている。確か、ラナが生まれた祝いとして贈られた物だったような……」


「あなたのおっしゃる通りです。確か、精をつけて頑張って下さいとかで、貴族から贈られた品のはずですよ」


「そうだったな。ただ流石に、魔物化した方はわからんが」


 二人の言葉に対し、今度はウォルドが話し始めた。


「俺は逆だな。たまたま別の依頼を受けた時に、遭遇戦になっちまったんだけどよ、どうにか番を倒して持ち帰って喰ってみたんだが、焼いても煮ても美味かったな」


 そんな三人の言葉で、俺の食指が動かないわけがない。


「ふーん、美味いのか。じゃ、ちょっくら狩りに行くか。あ、ウォルド、どっちも美味かったで良いんだよな?」


「おう。脂身の少ないのがオスで、メスは脂の差しが綺麗だったぞ」


「一度だけ食べた、高級牛肉を思い出させるな。同盟戦力で問題無そうな奴ら、全員連れてくか。ボーナスも弾むとしよう」


「お、マジか! じゃ、俺が見繕っておくわ。これって、自己責任で良いんだよな?」


「冒険者の方で。てなわけで陛下、冒険者として狩りに行くなら、問題無いですよね?」


「う、うむ」


 その後、ウォルド厳選の冒険者+何故かセブリーが参加して、亀狩りが開始された。

 結果だけ言うと、怪我人数名、死者無し、全亀討伐+防衛軍にも多少の損害を与えて、その日は終了となった。

 その晩は、亀料理が振舞われたわけだが――。


「うっまっ! これ、超美味いじゃん!」


「だろっ! 俺はメスの方が好みだから、沢山食わせて貰うぜ」


「あ、ちょ、肉だけいきすぎ! ミリア達も早くしないと、ウォルドに全部食われちまうぞ」


「大丈夫ですよ。私は、オス亀肉の方が好みなので」


 軍にも亀肉を卸したので、あっちこっちで「うんめぇぇぇぇ!」と、声が上がっていた。

 軍飯改革もしてはいたが、この亀肉は絶品過ぎたのだ。


「明日から本番だけどよ、勝てる気しかしねぇ!」


「生きて帰って、また亀肉を食うんだ!」


「ばっかおまえ、そもそも買える値段じゃねぇっての」


「明日、めっちゃ目立って褒賞で買えば良いんだよ!」


「「「お前、天才かっ!?」」」


 天才じゃなく、馬鹿だと思うよ。

 そんな声を聞きながら、何故か陛下と飯を食う俺達。

 しかも、陛下? そんなん知ったこっちゃねぇ! と言わんばかりな食い方をしている。


「陛下、こちらをどうぞ」


「お、すまんな。しかし、クロノアス家ではいつもこんな感じなのか?」


「ナリア殿、昔からこうなのですか?」


「ノーバス殿と陛下からの疑問ですが、本家では違いますよ。お館様の家では、たまにでしょうか」


「そう言えば、一度だけありましたな。確かあれは……」


「ポイズンボアですね。極稀に、全く毒に侵されていない部位を持っているのだとか。私達も頂きましたけれど、確かにあれは美味しかったですね」


「ですなぁ。ただ、あの時よりも騒いでいるようにも見えますが」


 ナリアとノーバスが陛下に聞かせていると、わなわな震えてから立ち上がって、俺に詰め寄って来た陛下。


「こらっ、グラフィエル! そういう美味いもんが手に入ったなら、俺にも声掛けろ!」


「えぇ……と言うか、口調」


「今は私事だ!」


「未だ戦時中なんだから、公務でしょうに」


「飯の時ぐらい、忘れたいんだよっ!」


 そんな感じで騒いで、夜が更け、翌日。

 王都門壁の上に、一人の中年が立っていた。

 遠目でもわかるその姿に、誰もがなんで? と思ったに違いない。

 俺を除いて。


「貴様ら……昨日は楽しそうだったな」


 風魔法を応用した拡声魔法で、俺達に語り掛けて来る中年。

 その中年の正体は誰もが知ってはいたので、陛下に許可を貰ってから、俺が相対する事に。

 なんせこっちは、腹に据えかねているからな。


「誰かと思えば、暗躍しか出来ない弱虫宰相じゃないっすか。昨日は楽しそうだった? いやぁ、こっちの士気上げに、美味い食材をありがとう」


 皮肉たっぷりで返してやると、青筋立てて睨んで来やがった。

 本当のことを言われて腹が立つとか、心が狭いねぇ。


「まぁいい。どうせ貴様らは、ここで終わりだ。貴様らをこの場で殺して、私が世界を統べるのだから」


 宰相の言葉に、ざわつく防衛軍。

 聞いてた話と違うぞって、指揮官も怒っている様だ。

 いや、それ以前にさ、今の言葉ってダグレスト王家に対する宣戦布告だよね?


「あんた、ダグレスト王家にまで喧嘩売るんだ」


「はははっ! これは面白い事を言う。貴様なら、気付いているだろうに!」


 はい? 俺が気付く? なんのこっちゃ。


『マスター、お忘れですか? あのミジンコ以下の奴は、魂縛を使えるはずですよ』


『それって……』


『ダグレスト王家にも使っているのではないかと』


 リエルの言葉で、思わずマジか……って口にしてしまった。

 だとすれば、ダグレスト王家は傀儡にされてるって事じゃねぇか。

 助ける方が良いんかね?


「お前、王家を傀儡にしてるな? そこまでして、何がしたい!」


 さぁて、素直に話してくれるかな?


「何をだと? 決まっているではないか。我が神をご降臨させ、この身を依り代として顕現して頂く! その力を以て、私が世界を統べるのだ!」


「は?」


 思わず、開いた口が塞がらんくなったわ。

 そもそもさ、お前の神って誰よ?


「メナト?」


「知らないよ。でも、今までの行動と力の根源からして、神喰じゃないのかい?」


「あいつ、俺の下僕だぞ」


「ラフィ、そこはせめて、眷属って言ってあげなよ」


 思わず出た本音に、メナトは軽く引いていた。

 あれ? この流れはもしかして――。


「ミリア?」


「そうですね。神喰さんはそうですよね」


「蛍」


「素直にドン引きなんですけど」


「えー……と、皆?」


 全員が、俺から一歩引いていた。

 ……おのれ、クソ宰相! 許すまじ!!


「こっちのせいにするな! 自業自得だろうが!」


「うっさい! そもそも、お前が戦争なんかしなけりゃ、俺達はこの場にいねぇんだよ! 全部お前が悪い!」


「責任転嫁だ!」


「知るか! さっさと降伏して、縛り首になれ!」


 不毛――この一言に尽きるやり取り。

 蛍から見れば、あんたらは小学生かと言いたくなるレベル。

 しかし次の瞬間、言い合いは終わりだと言う様に、宰相から強大な力が迸った。


「なに……これ……」


「蛍? っ! 全員、身体強化! ミリアっ、精神強化を!」


「は、はいっ!」


 宰相の力の奔流に、絶望と言う二文字で飲み込まれそうになった者達を強化していく。

 飲み込まれたが最後、二度と安寧はやってこないと直感した行動だったが、間違ってはいなかったようだ。


「ひ、ひぃぃぃ!」


「奴が……奴がぁぁぁぁ」


「クル……キットクルゥゥッ!」


 宰相の味方である防衛軍にすら、絶望の伝播がなされていたのだから。

 そして、それはダグレスト王都、王国民にも伝播した様で、王都内から叫び声が聞こえ始めて来た。

 それと同時に、王都壁が光だし、魔方陣を形成し始める。


「あれは……」


「! ラフィ、止めるよ!」


 メナトからの今までにない声に、思わず体の方が先に反応してしまう。

 その後を、ミリア達がついて来ようとして、ナリアとノーバス、席次たちに止められていた。

 尤も、それすらも振り切ってついて来た者達もいるが。


「ラフィ、ありゃ一体何だ?」


「何かは知らん。ただ、ヤバいとだけ感じて動いてる」


「ラフィさんが、ヤバいと感じて動くっすか……。待機してりゃ良かったっすかね」


「俺はそれでも良かったんだがな。守りを厚く出来るし」


「お喋りはそこまでだよ。ここから先は、更に気を引き締め――」

「「「なっ!」」」


 メナトの言葉は、続かなかった。

 俺についてきた、ウォルド、八木が共に見たのは、宰相の胸を貫く一振りの両手剣。

 そして、その両手剣を扱い、宰相の胸を貫いたのは、八木が殺した来栖であったからだ。


「ラフィの予想通りってか? だが、なんで……」


「来栖……」


「魂縛は……解けているようだが……」


「三人共、ぼうっとしない! 魔方陣の輝きがおかしい。この先、どうなるか分からないよっ!」


 メナトの言葉で、進んだ距離から少しだけ下がって様子を見ることに。

 一定の距離を保つと同時に、向こうのやり取りが聞こえて来た。


「ごぼっ……来栖、き……さまぁぁぁっ!」


「思った通りだ。この世界は俺が主役で、俺だけの世界なんだ。だって俺は、生きているんだから、なっ!」


「がっ……」


「散々人を玩具にしてくれたよな。だからさ、今度は俺が、その力を奪って使ってやるよ。そうすれば――」


「ごはっ! この……大馬鹿者がぁぁぁ! 貴様如きに、扱えるわけなかろうがぁぁぁぁ!」


「いいや、扱えるさ。俺が主人公――え?」


 俺達が推移を見守っていると、来栖の胸から剣が生えた。

 いや、今の今まで感じなかった気配が、唐突に感じられたのだ。

 そして、来栖の胸を貫いた人物は――。


「「阿藤!?」」


 八木と二人で、警戒していた人物の名を口にした。

 でも、どうやって、俺達の探査から逃れて――。


「待ってたぜぇ、この瞬間をよぉ! てめぇが死にかけて、来栖が油断するこの瞬間をっ!」


「あ、とう……」


「き、きざまらぁぁぁ!」


 来栖は、今の一撃で絶命した様だが、それでも剣は離さずに倒れた。

 その来栖に変わって、次は阿藤が、宰相の背中に剣を突き刺した。

 刺しては抜いて、刺しては抜いてと、何度も何度も。


「この、俺を、バカにしやがって! なにがハズレだぁ!? 言い気味だぜ。どうよ、ハズレ君に全て奪われる気分はよぉ!」


「おい、あれって、本当に阿藤なのか?」


「俺も、あんな阿藤は知らないっす……」


 俺達が少し話す間に、次は死んだ来栖へと何度も蹴りを入れる阿藤。

 死人に鞭とは、こういう事を言うのだろうか?


「てめぇもよぉ、いつも、いっつも、馬鹿にしてくれたよなぁ! それがこのザマだ。剣を突き刺した時の間抜けな声とツラぁ、さいっこうだったぜ!」


「あ、阿藤……」


 八木が震えながら声を出すも、阿藤は二人にご執心していた。

 死体となった来栖を蹴り、宰相へは何度も剣を刺して抜くを繰り返す。

 そんな光景を見せられていたのだが、メナトの一言で我に返った。


「全員、更に下がるよ! 魔方陣が停止しない。これは何かある!」


「っ! ウォルド、八木!」


「おう!」


 二人に声をかけるが、ウォルドからしか応答がない。

 八木の方を確認すると、放心していた。


「ちっ」


 立ち尽くす八木を脇に抱えて、全力で更に距離を取る。

 丁度、本陣と防衛軍の中間辺りまで引いた時、それは起こった。

 魔法陣が高速点滅すると共に、今までとは違う色を放ち始めたのだ。


「メナト、これは一体?」


「くそっ、あの異世界人と宰相め。厄介な事をしてくれた!」


「……メナト?」


 俺が声をかけると同時、魔方陣が発動し、王都全体を包んだ後、上空へと上がっていく。

 城よりも高くに魔法陣が形成され、地上の魔方陣と挟むようになった後、異変は起こり始めた。

 防衛軍の兵士、指揮官の身体が、崩れたり、足元から消滅し始めた。

 そしてそれは、ダグレスト王都内でも同じらしく、届く無い筈の阿鼻叫喚が、ランシェス軍へも届き、混乱をさせて行く。

 そんな中、三人の方を見ると、いつの間にか阿藤が串刺しなって死んでいた。

 宰相の方も、既に事切れているようだ。

 そう、既に三人とも死んでいるにも関わらず、何故か叫びが木霊した。


『この俺が、世界をヲヲヲヲヲ――』


『俺がァ、主人公だぁぁァァァ――』


『全部全部、俺のだけなんだよおおぉぉォォォ――』


 己の欲求に従い過ぎた故の破滅。

 だが、話はそれだけでは終わらなかった。


「ぐっ!」


「ラフィ!? クソっ、思念による怨嗟か! リエル! 聞こえているなら、原初化させろ!」


 メナトの言葉が届いたのだろう。

 リエルが強制的に、俺を原初化させる。

 但し、肉体ではなく精神の方を。


「クッ……ソ、い、今のは」


「良かった。神格付随みたいだから、人の精神じゃ持たなかったけど、間一髪だったね」


「あのさぁ……それよりも、お二人さん?」


「なんか、王都の地面から、でっかい半透明の灰色っぽい何かが出て来たんっすけど?」


「……これは、最悪の状況だね」


 ウォルドと八木、二人の言葉に対して、メナトが出した答えであった。

 同時に、俺もそれが何かを理解した。


「邪神……」


 こうして、三人の欲望とエゴにより、数多の命と欲望と、そして原罪すらも糧として、最凶最悪の邪神が生まれ落ちたのであった。

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