第228話 クロノアス家防衛戦 ~裏門は黄泉への入り口~
正面門での防衛戦が始まる少し前、ナリアから本作戦における説明がなされていた。
「我々、裏門組は、少数精鋭部隊です。何故、少数精鋭なのか、分かりますか?」
誰も何も答えない――否、答えてはいけない。
ナリアがこの様な問いかけ的な説明をする時は、答えてはいけないと体に叩き込まれているからだ。
そう、この場にいる者達全員、ナリアによって
だからこそ、少数精鋭に組み込まれ、席次入り出来たとも言えるが。
逆を返せば、ナリアに気に入られ、直々に手解きされ、期待に応えた者達でもある。
だから、ナリアの行動を良く知っているとも言えた。
そんな者達を見渡し、ナリアは説明を続ける。
「簡単な話です。お館様の敵は我々の敵。最終の投稿勧告は出しますが、もし蹴ったならば――」
「「「身命を賭して、駆逐するのみ!」」」
「その通りです。但し、死ぬことは許されません」
「「「我々の命だけならず、髪一本、爪先に至るまで、全てお館様の為に!」」」
「よろしい。そして敵は――」
「「「蹂躙すべし! お館様の二つ名を汚すことなく!」」」
少数精鋭の説明は何処に行ったっ!? と、傍で聞いていたノーバスは、思わずツッコミそうになって我慢する。
そもそも、説明にすらなっていない。
そして、今の状況を見て激しく後悔もしていた。
新人執事の教育の一部を任せなければ良かったと。
ノーバスのみならず、誰から見ても新興宗教の教祖と信者にしか見えなかったからだ。
さしずめ、クロノアス教――とでも名付けようかと、思ってしまう程には。
だが、そんな考えに至ると同時に、正面門の方が騒がしくなってきた。
そこで意識を切り替え、戦闘態勢に移行する。
ノーバスだけでなく、この場にいる全員が――だ。
「さて皆さん、お客様をお出迎えします」
ナリアの声と同時に、全員が散開して隠れ潜む。
裏門に佇むは、ナリアとノーバスのみ。
そこでノーバスは、軽く話を振ってみた。
「見事なものですな」
「何がでしょうか?」
「この場に選出された者達の事ですよ」
「なにか、おかしかったでしょうか?」
微妙に話が嚙み合わない。
今回も、クロノアス家の教育絡みでは、何故か考え方がズレあっている。
いや、正確に言えば、教育課程における考え方のせいだろう。
ナリアとノーバスの違い――それは、当たり前か、そうでないかだけなのである。
ノーバス自身、ナリアの教育についてはやり過ぎ感が否めないと思っていたりするが、手腕に関しては認めていたりもする。
だからこそ、やり過ぎ感を感じてしまっているわけだ。
そう、先程のグラフィエル教である。
ナリアの考え方では、出来て当たり前で、褒められる事でもないと思っているからだ。
だから、微妙にズレるわけだ。
そして、そんな二人であるからして、たまーに会話が途切れたりもするわけで、この後にどう話そうかと、ノーバスは考えるのだが、その時間に終わりが来た。
「ノーバス執事長、お客様がお見えになったようです」
「その様ですな」
二人して、先程のぎこちな感じから、戦闘態勢へと移行する。
ガチャガチャと鎧が鳴る音と、気配を殺して潜む影。
いや、気付かれてる時点で潜むのは失敗しているのだが、相手は気付いていない。
なので、いつも通りに応対する。
「ようこそおいでくださいました。ただ、こちらは裏門になるのですが、どういった御用件でしょうか?」
「御用がおありでしたら、正面門からの来訪をお願いしたく」
あくまでも、いつも通りに、淡々と告げて行く二人。
それにイラついたのか、一人の貴族が前に出て……言ってはいけない一言を口にした。
「成り上がりの若造の従者風情が。私を誰だと思っている」
「申し訳ありませんが、存じ上げません」
「どなたにしても、ご来訪は正面からお願い致します」
「ふんっ。あの小僧の従者らしい。礼儀も知らんとはな」
「それは……どういう意味でしょうか?」
ナリアの殺気が一段階上がるが、相手は気付かない。
だから、竜の尾を踏むことになった。
「たかが成り上がりの冒険者だと言っている。他者に取り入るしか能の無いガキだからな」
周りに笑えと指示を出す貴族に応え、一団は下卑た声を出す。
それが、戦闘開始の合図となった。
一瞬、閃光が走ったと思えば、失礼極まりない言葉を発していた貴族の首が落ちる。
それを見た他の敵は笑い声を止め、何が起こった理解できないでいた。
そんな中、ナリアとノーバスから指令が飛ぶ。
「各員へ。最終勧告は不要となりました。速やかに排除なさい」
「主を愚弄されたのです。一切の情けは不要」
そして始まる、蹂躙劇。
ノーバスはナリアの教育はやり過ぎで、グラフィエル教の教祖と思っていたが、本人が気づいていないだけで、しっかりと信徒――否、副教祖になっていた。
もう一度言っておくが、本人にその気は全くない。
だが、行動が、指示が、全て物語っていた。
「さて、皆様にはお帰り頂きましょうか。黄泉へ」
その言葉の後、ノーバスは食器暗器を敵に投げつけ、一撃で命を刈り取って行く。
「流石は執事長です。こちらも負けていられませんね」
静かに言ったナリアは、グラフィエルから賜った小剣で相手の心臓を一突きしていく。
そんな中で、真っ先に立ち直ったのは、敵の暗殺者であった――が、直ぐに意識を黄泉へと旅立たせた。
潜んでいた、席次戦闘メイドの手によって。
「無粋なお客様ですね。早めに退場して頂けたこと、嬉しく思います」
「くっ、このっ!」
一礼しているメイドに、背後から襲い掛かる暗殺者であったが、その刃が届く事は無かった。
別のメイドに首を飛ばされてしまったから。
転がっていく首を見て、ようやく我に返った敵であったが、それは少し遅かった。
他の者達により、既に退路を断たれていたからだ。
この時点で生き残るには、裏門に配置されたクロノアス家精鋭部隊を排除する道しか残されていなかった。
「ひっ――」
「遅いです。なにもかも」
恐怖の声を上げた敵の一人であったが、直ぐに黄泉路へと旅立つ。
各所から少しづつ上がる阿鼻叫喚であったが、一角だけは様相が違っていた。
阿鼻叫喚が上がっていることに違いは無いのだが、問題は誰の担当かと言う事。
その様相が違う一角の担当は、先にグラフィエルに核心ばかりを言っていた幼メイドであった。
「ぐへへ。お嬢ちゃぁん、おじさんとあっちに行こうねぇ」
伸ばされた手は地面に落ち、変態の笑みは細切れにされ、黄泉路へと旅立たせる。
先程から同じ手で、何人も葬る幼メイド。
そんな少女から零れた言葉は……。
「キモいです。生まれ変わってどうぞ。……間違えました。生まれ変わらないでどうぞ」
かなり辛辣な言葉であった。
いや、毒舌とも言えるだろうか。
「私に触れて良いのはお館様だけです。だからそこの変態暗殺者、覗くなっ!」
「なっ!? バレて――」
る――と、最後まで言わせては貰えず、脳天、両目、首、心臓、腹部に、ナイフが突き刺さる。
だが、その隙を逃さないと言った感じで、別の敵が息を荒くして突進してくる。
どうやら、組み伏せようと言う算段らしい。
ならばこそ、それを逆手に取った少女。
ギリギリまで引き付け、身体に触れそうなギリギリで回し蹴りを放つが、空を切った――のに、何故か膝から崩れ落ちる敵。
その直後、首から血が噴水の様に噴き出た。
「うへぇ、気持ち悪いです。早くゴミ掃除を終わらせて、お風呂に入りたいです……」
普通なら狼狽する出来事なのだが、少女は全く狼狽しない。
尚、何が起きたのかと言うと、ノーバス直伝暗器術の一つが炸裂しただけだ。
靴に仕込んだ短刀で、首をかっ切っただけ。
但し、身長と体格差を考えたら、相当な胆力が無いと組み伏されて終わりだろう。
この幼メイドも、中々におかしい存在であった。
尤も、原石を磨いたのはナリアだが。
「これもナリア侍女長のおかげです。……頭のおかしい訓練でしたけど」
既にバグキャラの道を歩み出した幼メイドですらおかしいと言う、ナリアの訓練内容。
後にグラフィエル以下、主要メンバー全員が聞く事になるのだが、確かに頭がおかしいレベルであった。
そして、その訓練内容に付いて行ったこのメイドに、戦慄を覚えたのは言うまでもない。
「おっと、サボっていたらダメですね。本業のお掃除をしないと」
そして駆けて行く幼メイド。
因みにだが、敵を殺して回るのが本業では無い事だけは言っておく。
いや、その辺りの区別がついてない時点で、軽く手遅れなのかもしれないが、考えてはいけないのだ。
そう、新米執事君は思う事にした。
(自分、この屋敷で働きだして半年だけど、あの子、ヤバいよな。お館様にご報告するべきなのだろうか?)
敵を屠りながら葛藤する新米執事君。
実は彼、王家からのスパイだったりする。
スパイとは言うが、実際には監視だったりする。
裏切るとかではなく、心労が加速する事をしていないかを報告するのが任務だ。
尚、この彼だが、ぶっちゃけるとナリアに消されかけたりもしている人物である。
『間者ですか。では死になさい』
『そこは捕えて尋問でしょ!?』
なんてやり取りもあったほどである。
因みに、彼が今も無事なのは、ノーバスの口添えがあったからに他ならない。
だがしかし、借りを作ってしまったのと、ナリアが手元に置いて監視したいと言ったので精鋭部隊入りした、ちょっと可哀想な人物でもある。
勿論、実力は折り紙付きである。
あるのだが……。
(クロノアス家の精鋭侍女と執事って、頭おかしいレベルだよな。一応、陛下にご報告は入れてあるけど、帰ってきた返事は好きにさせれば良いだったし。……監視の意味、あるのかね?)
敵が何か叫んで死んでいく中、訓練内容を思い出していく。
思い出していくにつれ、やっぱり頭がおかしいと思わざるを得ない。
まず準備運動だが、屋敷の周りを30週走るところから始まる。
しかも時間制限付きで、もし過ぎようものなら、その後の訓練はより苛烈になるのだ。
勿論、年齢などは考慮された時間ではあるのだが、走る距離は変わらない。
そしてそれを軽くこなしていく幼メイド。
お館様への報告には制限がかけられているが、陛下には当然ながら報告済みである。
勿論、好きにさせたら良いだったが。
「し――ぎゃっ!」
「このっ――ぐぇっ!」
「とは言え、戦闘能力はかなり向上したからなぁ……」
一人愚痴る新米執事君。
思い出しながら戦闘していて、ようやく気付く。
敵の当たりが弱くなってきたことに。
「先輩方、相変わらずえっぐいな。これ、生き残りとか出ないんじゃ……」
そう考えて、戦線を上げる新米執事君。
結果は……大変にヤバい状況だった。
「や、やめっ――」
「もう逆らいませんから、命だけはっ――」
新人執事君は思った。
絶対に、侍女長と執事長には逆らうまいと。
それと、幼メイドにも逆らうまいと。
彼が見た光景は、一言で言うと――地獄そのものだったから。
「お館様に対する誹謗中傷と暴言。許すわけがないでしょう」
「これからは、考えて喋る事ですな」
「私達を助けて下さったお館様に対する無礼。どうして許されると思うのですか?」
たった一言、それだけ言って葬って行く三名。
前者二名のナリアとノーバスならば、使えている機関なども考えて理解は出来るのだが、幼メイドまで言わせるとは……。
(そう言えば、執事長が言ってたな。お館様を信仰する宗教団体になりかけてるとか。これ、結構な大事なんじゃ……)
そんな考えが浮かびながらも、打ち漏らし、こちらに逃げてきた敵を冷静に狩って行く。
そして、なんとなく思ってしまった……思っちゃったのだ。
(執事長も懸念してたけど、完ッ全にそっち側にしか見えないんですけど。……ああ、だからお館様教なのか)
何となく納得してしまう。
だから気付かない――否、認めたくないのかもしれない。
自分も既に、そちら側だと言う事を。
そんな中、頭一つ抜けた魔力が、正面門方向で放出される。
「な!?」
驚く新米執事君。
だが、驚いたのは彼だけで、他の精鋭部隊の誰もが驚いていない。
なんでぇ!? と言いたいのを堪え、たまたま近くに寄っていた幼メイドに声をかけて聞く。
「なんで皆さん、冷静なんですか?」
「? 聞かされていないのですか?」
「何をですか?」
そこで初めて聞く事実に、少し頭痛を感じずにはいられない。
陛下になんて報告すりゃよいんだよ! と、声を荒げそうになって、どうにか堪える。
と同時に、なんで聞かされていないかも納得する。
(絶対に、侍女長が情報封鎖していたよな。陛下、好きにさせた結果がこれなんですが、本当に良かったんですか?)
だが、そんな思いを胸に抱く頃には、全てが終わってしまっていた。
後に残るは、死屍累々の敵の骸のみ。
精鋭部隊の被害は無し。
と言うか、捕縛してる者すらいない。
完全に殲滅してしまっていた。
そして、正面門の方からも勝鬨が聞こえてくる。
「どうやら、向こうも終わったようですな」
「そのようですね。さて、次は後片付けです」
「「「はいっ」」」
「死体は一か所に。身分証明になる物は剝ぎ取りなさい。終わったなら、焼却処分を」
「侍女長、清掃しても良いでしょうか?」
「全て終わった後になさい。しっかりと清掃して、完璧な状態でお出迎えします」
「「「了解しましたっ」」」
「ナリアさん、もう少し、自重をですね……」
「ノーバスさん、こちらはお任せいたします。手の空いてる侍女たちは、ミリア様の着替えを手伝う様に。それと、監視体制は解除しないように」
「執事長、あれ、良いんですか?」
「……良いですか? 長い物には巻かれる方が楽なのです」
「つまりは、諦めてると?」
「人聞きが悪いですな。否定は出来ませんが」
「これ、陛下になんて報告すれば良いですかね?」
「ありのままで良いでしょう。恐らくですが、目を瞑ると思いますので」
元王宮執事長であり、陛下の教育係であったノーバスからの進言により、ありのままを報告する事に決めた新人執事君。
ノーバスの役割も聞いているのだが、陛下の思惑から外れてきている気がしなくも無いのであった。
そんな彼とノーバスは、揃って溜息を吐いた。
「ナリア侍女長。上手く出来ていたでしょうか?」
「良く出来ました。貴方の年齢を考慮するならば、お館様に進言しておくべきと考えています」
「本当ですかっ!?」
「はい。だから、これからも精進しなさい。あなたも、侍女長後継候補なのですから」
ナリアと幼メイドのやり取りに。
(進言……ですか。将来、お生まれになるお子の護衛メイド筆頭でしょうな。外堀が埋められていく気がしなくもありませんが。お館様のお考えは、さてはて……)
危険は去ったのに、どうにもしっくりと来ないノーバスなのであった。
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