第229話 新原初のガチ切れ

 王都での争乱が終結に向かっていた頃、郊外の戦闘では第二次戦闘に移るか、仕切り直しになるかだった。

 本来であれば、士気を保ち直すため、負けている方が仕切り直しに舵を取るのだが、今現在被害の大きい反乱軍は、仕切り直しせずにこちらへと第二次攻撃を敢行してきた。

 その最も足る理由は、人の軍勢がいない事だった。

 第一陣は魔物の軍勢、そして、第二陣はゴーレムっぽい何かであったからだ。


「ご報告しますっ。敵は後方待機させていた軍勢を展開。第二次攻勢をかけるつもりのようです!」


「なんだと?」


「仕切り直しをしないのか」


「みな、どう思う?」


 フェルの一言で、全員が思案に耽るのだが、誰もこちらと目を合わそうとしない。

 いや、合わせたくないが正解だろうか?

 その答えだが、リュールが甘えん坊さんになっているのが原因だったりする。

 更に付け加えるなら、リュールに同情したヴェルグが、気を使っているのも理由だ。

 追い打ちで、リアも気苦労が大変だったこともあった。

 そこに至るまでの一部始終を、この場にいる全員が見聞きしていたので、何とも言えない――否、こればかりは同情すると言う流れになっていた。

 普通の流れなら、不謹慎だ! と、怒る貴族しかいないのだが、先程こちらに噛みついてきた貴族ですら、仕方ないと思っているからして、逆に大変だなぁと思われていそうだ。


「あの、そこまで気を使わなくても」


「いや、まぁ、なんだ……」


「もし、自分の祖父や父が、あんな戦い方をされたらと思うとな……」


「リュール殿に何も言えないと言うか……」


「リア殿も大変だったですな――と労うくらいしか……」


「ん」


「わかったから。でもさ、リアには謝ろうな」


「……ん。リア、ごめんなさい」


「うん……気持ちはわかるから、うんとしか言えないよね」


 素直に謝ったリュールに対して、自分の家族が同じ戦い方をしたら……と、考えてしまったリアは、怒る事は出来なかった。

 そして、流れ始める変な空気。

 軽く咳払いをして、どうにか軌道修正を図ってみる。

 流石にこちらの意図には気付いた様で、最初の議題へと戻ろうとして、王都内に関する報告が入って来た。


「内での報告です! 争乱の元凶及び同道者ですが、その悉くが捕縛、あるいは死亡したとの事です」


「王城への被害は?」


「はっ! 損害はあれど、反発した子弟たちの挟撃もあって、死傷者は少数との事」


「死者が出たのか……」


「クロノアス卿の心、痛み入ります。死者は、王城警備の兵士が数名との事です」


「そうか……。他の情報は?」


「目下、収集中との事です、殿下。それと、クロノアス卿の屋敷に大多数の反乱分子が押し寄せた様ですが、お味方の死亡報告はありませんでした」


「上手くやってくれたか。城下は?」


 その後も、出来る限り分かっている報告を聞いて行く。

 城下町も負傷者は多数出てはいるも、死亡報告は入ってきてないとの事だたった。

 ただ、建物への被害はそれなりに出ており、復興には多少の時間が必要と報告された。

 貴族に関してだが、主要である上級貴族の一部が死亡したそうだ。

 現在役職付きの貴族家への被害は無いらしいので、持ち回りに変化が出る位らしい。

 それと、やはりと言うか、一部の貴族家は我が家に逃げ込んできているみたいだとも報告を受けた。

 そちらに関しては想定内の事なので、ねぎらいの言葉で返しておいた。


「報告は以上となります! 陛下への報告は、何かおありでしょうか?」


「殿下、どうされますか?」


「……順調――とだけ、伝えておいて」


「承知しました」


 伝令は一礼してから、天幕を後にした。

 その姿が無くなった後、俺は声をかける。


「フェル、良いのか?」


「本当は良くないんだけどね、わざわざ伝令を寄こしてきたのが気になってさ」


「どういう事だ?」


 俺は王族じゃないからな。

 フェルと陛下の考えがどういったものか、良く分かっていなかった。

 そしてこれに関しては、他の貴族達も同様の感じでもあった。

 ただ、その空気感を感じ取ったフェルは、改めて説明をし始めた。


「簡単に言うとね、今の報告は二つの意図に分けられるんだ」


「二つの意図?」


「うん。一つは、こちらに心配させないように、わざと被害報告少なく報告させにくるって事さ」


「ちょっと待て。それって……」


「流石に、被害が出ているのに無いとの報告はしないよ。逆に言えば、王城の方は被害が大きかった可能性もあるって話さ」


「……もう一つは?」


「発破をかけられてるって話さ」


「なるほど……。時間的にか被害的には知らんけど、良い結果を持って帰って来いと」


「そういう事さ」


「そう上手くはいかんから、戦争なのにな」


「全くだね。ただ、陛下も言わざるを得なかった可能性もあるけどね」


 最後のフェルの言葉に、ちょっとだけバツの悪そうな顔をした貴族が居た事を、俺は見逃さなかった。

 今は一枚岩ではあるが、戦争終結後は派閥争いがあるのだろう。

 これだから貴族ってのは……。


「しかしだな、現実問題、どうすんのって話なんだが?」


「だよねぇ。そして、最初の議題に戻る訳なんだけど」


「引くわけにはいかんでしょうな」


 フェルの言葉に、一人の貴族が答える。

 まぁ、言ってる事は間違っては無いんだが、じゃあ貧乏くじを引くのは誰だ? という話になる。

 当然、最前線にいる兵士達だ。

 既に対魔物戦で負傷者が多く出ている状態で、この戦が終わったら次はダグレスト戦だ。

 士気が保てるのか? という問題点も出てくるだろう。


「今の士気は?」


「クロノアス卿が固有戦力を投入して頂けたお陰で、士気は落ちてはいません。しかし――」


「体力的な問題か……。それで、人の戦力は?」


「確認できていませんな。いや、居ない方が有難いのかもしれませんが」


 別の貴族の言葉に、フェルを含め、全ての貴族が同意した。

 勿論、俺も同意している。

 今の反乱軍の中には、地方領主も複数人を確認している。

 そして、地方領主が参戦すると言う事は、現地の領民を徴兵している場合が多いからであった。

 人の軍勢が居ないと言う事は、徴兵していないとも言えたからだ。

 ただこの考えは、後で大きな間違いだったと思い知らされた。


「それで、どうしますかな?」


「やるしかないよね。ただ、一先ずは当たる方向かな?」


「駄目なら引くと?」


「情報が少ないからね。第二陣のゴーレムっぽい何かの戦闘力も不明だし」


「戦力をいたずらに消費させない方向ですか。……わかりました。全軍に指示を出してきましょう」


「お願いするよ。それと――」


「被害が甚大になりそうならば、クロノアス卿に一任するのですな?」


「それで頼むよ。異論はあるかもしれないが、武功はこの先にもある。内乱は早目に終結させたいから、皆も飲んで欲しい」


 フェルの言葉に対して、反対意見は出なかった。

 これに関しては、王家の考えを全貴族が読み取った結果だろう。

 王家としては、内乱での武功より、ダグレスト戦での武功に重きを置くと共に、内乱の早期終結に賛同した貴族家ほど、重宝しやすいと遠回しに言った様な物だからだ。

 となると、俺の仕事が増えるわけか。


「もし、被害が甚大になると判断したら、俺が出張るで良いんだな?」


「それで頼むよ。戦争よりも非効率的な内乱は、早く終わらせたいからね」


「一応、貴族と軍の面子は守るって作戦か」


「そうしないと、周りが五月蠅いから。王家も、ラフィもね」


「それは勘弁だな」


「尤も、この場にいる貴族達は、物分かりが良くて柔軟な者達ばかりだけどね。だから僕も、楽できる」


「それは羨ましいな。俺は文官に恵まれたいけど」


「お互い、無い物ねだりってあるよね」


 最後は軽口で締める。

 ただ、最後の無い物ねだりに関しては、この場にいる貴族達が同意していた事からして、彼らも苦労はしている様だ。

 ほんっと、貴族って面倒だわぁ。

 そうこうしている内に、第二次攻勢が開始される。

 今回の陣形は、一点集中型の陣形で、とにかく守りを意識した陣形で行くとの事。

 ゴーレムっぽい何かの戦闘力が未知数なので、被害を抑えやすい陣形で行くと言われた。

 そして、おやつの時間辺りで、第二次戦闘が開始される。


「無理はしなくて良いが、簡単には引くなっ! 怪我人は、直ぐに後ろへ回せ!」


「うおおおぉぉぉっ!」


「このぉっ!」


 先頭の兵士たちが、ゴーレムっぽい何かと戦闘していく。

 相手は防御力が高いのか、槍を弾いて反撃し、兵士数人を吹っ飛ばした。

 幸いにも使者は出なかったが、即時に復帰できる様な怪我ではなく、刻一刻と負傷者が増えて行く。

 そんな中、遂に一体目のゴーレムっぽい何かを倒したと、天幕に報告が入ったのだが、何やら伝令の様子がおかしい。


「どうしたんだい?」


「その……敵を一体倒したそうなのですが、その倒した中から人が出て来まして」


「あれに人が乗っていたのかい?」


 フェルの言葉に頷く伝令。

 そして、次に伝令が放った一言に、天幕内がざわつき始める事に。


「その乗っていた者ですが、既に死亡が確認されております」


「なんだって?」


 フェルが冷静に、驚きを見せずに聞き返すが、友人である俺から見れば、その胸中は穏やかでないとわかる。

 それもそのはずで、もし、今の軍勢全てが同じ状態の人間しかいないのであれば……。

 それはつまり、国民の命が大量に奪われたわけで、虐殺にも等しいと考えたからである。

 それと同時に、恐ろしい考えにも至ったからであろう。

 俺も一つの可能性としては考えてしまったので、リエルに確認を取る事にした。


『マスターの懸念通りだと、肯定します』


『具体的には?』


『あれは戦闘型強化防具であり、また拘束具でもあります』


『拘束具?』


『はい。但し、魂の――と、注釈が付きますが』


『おい、それって……』


『マスターのお考え通りではありますが、呪魂具とも言えま――ヒッ!』


 リエルは最後まで言い切れずに、恐怖の声を出した。

 それと同時に、フェルも答えを出した様で、二人でハモって口に出す。


「「人を動力源とした……か」」


「で、殿下? クロノア――ひっ!」


 一人の貴族が声をかけようとして、リエルと同じ恐怖の声を出す。

 その恐怖は伝播して、他の貴族にも伝わる。

 そして、婚約者達にも伝わるのだが、誰も何も言わない。

 いや、言いたくても言えない空気が流れていた。

 そんな空気の中、徐に席を立って背を向け、天幕を出ようとする俺に向かって、フェルが声をかけて来た。


「どうするつもりだい?」


「決まっている」


 恐ろしく低い、冷徹な声に、フェルは唾を飲み込む。

 その音は、俺にも、天幕内にいる全ての人物にも聞こえたかもしれない。

 そんな、今まで見た事も無い親友である俺の姿に、しかして怯むことなく冷静に、友として再度声をかけてくるフェル。


「全部かい?」


「あいつらは、超えちゃいけない一線を越えた。楽に死なせてやるつもりは無い」


「ならさ、一つお願いがあるんだけど?」


「……聞ける内容なら」


 フェルが提示したお願い。

 それは、生かして捕えて欲しい事と、死を望むようなやり方は避けて欲しいというものだった。


「こう言っちゃなんだけど、彼らには死に恐怖して貰わないといけない。それが死んで行った者達への、せめてもの手向けになればと思ってるんだ」


「他は?」


「特に無いかな? あ、助けられそうなら、ゴーレムっぽい中の人は助けてあげて欲しいかな」


「二つ目は無理だな。今、探ってみたけど、生命反応は無かった」


「じゃ、一つ目だけで」


「わかった」


 約束を交わして、天幕を後にする。

 そうだ、伝令を飛ばさないと。


「伝令」


「はっ――ひっ!」


「前線は後退。一定の距離を開ける様に。後は、俺がやる――と」


 それだけ告げると、風魔法と重力魔法を応用した飛行魔法で空へと上がる。

 伝令は酷く脅えながらも、即座に動く。

 そして数分で、前線は潮が引くようにして後退。

 敵が戦線を押し上げようとしたところに、空間魔法を応用した斬撃を放ち、行く手を阻む。

 それと同時に、魔法を行使する。

 反乱貴族共が行った行為は、人としては嫌悪するべきことであるし、原初としては許してはならない行為である。

 人の魂は自由であり、尊重され、その尊厳を侵してはならない。

 故に奴らには、神罰を下す!

 だがその前に、彼らの手によって穢された魂たちの浄化と解放を行おう。


「原初魔法・輪廻転生儀【蒼焔葬送華リィンカーネーション】」


 全ての戦闘型強化防具を標的固定して、蒼き焔の華にて弔い送る。

 原罪を浄化し、穢れを浄化し、全てを赦して、輪廻転生の輪へと導く。

 数ある原初魔法の中でも、現実の世で最も使う頻度が少ない魔法である。

 原初魔法とは、そのどれもが強力な魔法であるからして、使用制限が設けられているのも一つの理由ではあるが、今回に限っては制限解除されていたりもする。

 その大きな理由が、呪魂具の存在。

 決して許されてはならない古の魔道具にして、その存在を認めてはならない魔道具。

 故に、原初に課せられていた制限が解除されたのだ。

 そしてその魔法は、蒼き焔が立ち上り、華が咲いて散っていく。

 散った蒼き焔の花弁が空へと舞い昇り、儀が完了する。

 それと副産物が一つ。

 天寿を全うする事なく、理不尽に魂を穢され、呪われたのだから、当然、その痛みは推して然るべし。

 同時に、怨嗟もある。

 天に昇り、転生する際には、真っ白でなければならない。

 では、その怨嗟は何処へ?

 原初が保持し、苦痛を味わうのだが、それを逆手に取った報いを相手にぶつけることにした。


「反転【呪怨罪科カースド・リゼントメント】」


 無念の内に死んでいった者達の怨嗟を首謀者たちにぶつける。

 結界も構築して、外に漏れるのを防ぎながら、空間魔法で移送が出来る状態にもしておく。

 それと、心が壊れないように細工もしておいた。

 処刑されるその日まで、己の罪と向き合うと良い。

 決して、許される事は無いがな。

 こうして、本気で切れた俺によって、反乱軍はあっけなく瓦解した。













 …

 ……

 ………


 正直、怖かった。

 あんな友人の姿を見るのは初めてだった。

 無機質な声、冷徹な瞳、何者も寄せ付けない気配。

 この場にいる誰も、何も言えなかった。

 もし反論していたら、手を下す事は無いだろうが、今後、彼との付き合いは絶望的になるだろう。

 僕も良く、声をかけれたなと、今更ながらに思う。


「殿下……」


「ふぅ……何も、言うな」


「しかし……」


「良いか? 反乱軍は、竜の尾を踏むどころで済まなかった。ただ、それだけの事なんだ」


「ですが……」


「僕はね、それでも、彼と友人を止めるつもりは無いんだよ。分かってくれるかい?」


「いえ、そうではなくてですね……」


 この貴族は、何が言いたいのだろうか?


「兵士たちが怯えないかな? と。既に伝令は脅えていますし」


「あ」


「どうされます?」


「……父上に丸投げできないかなぁ」


「流石に無理かと」


「だよねぇ……。ほんと、どうしよっか?」


 確かに怖かった。

 でもそれ以上に、厄介事の方が大きかった。

 どっちにしても、怖い方向にしか行かなかったんだなぁ。

 まぁそれでも、僕の言葉に耳を傾けてはくれたのだから、やはり友人だな。

 でも、本気で怒らせるのはよそう。

 怒らせたら、だれにも止められないだろうから。

 ……正妻殿なら、止められるのかな?

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